混迷亭日乗 Editor's Diary

11月29日

26日。関学は作家・北康利さんの2回目。白州次郎と福沢諭吉による社会制度のイノベーション。貿易立国を国是とした通産省の設置者と私学(パブリックスクール)の存立理由を確立した創設者にスポットを当てて、共通するノブレスオブリージュの志を説いていた。そんな講義に寝ていた学生を氏は一喝、「そこの寝ている奴、目障りだ、出て行け!」。
一瞬、教室には緊張感が走る。どう反応するか察知していたら、指摘された学生は素直に出て行った。スーツ姿だったので、就活で疲れ果てていたのかもしれないが、これは善意の解釈、せっかくの講義がもったいない。ここには、学生はお客様である、という錯綜した認識はない。

27日。N社に契約関係書類一式を発送。空白の国民年金未納期間を今後の厚生年金でどう補填していくのか。もともと国家に対して、なんら期待していないゆえに、勝手にしやがれ!
そして花園大学8年間の講義の短い総括を送信。

28日。朝の仕事、空港島の見える丘までのラン12km。夕刻より,ギャラリー島田にて武内ヒロクニ展のオープニング。一点持ち寄りは、私にとっての思い出の品、豚まんじゅうを連想して、一貫楼のチビブタマン。ここでも画家の方で、新たな出会いが会ったり、35年前の私を知っている人が現れたりして、不思議な感じ。しあわせ食堂の原画の迫力、色鉛筆にして、この極彩色には、やっぱりうなるばかり。ちなみにヒロクニ画伯の価格は6万〜15万ぐらいであった。買える財力を蓄えること、に尽きる。

29日。関大カイザースの61年ぶりの関西リーグ優勝という歴史的出来事の続き、西日本代表決定戦が気になるものの、明石でのまちづくりシンポジウムに出席。大会開催への後押しのために、加西市長、そして明石市長とのコンタクトが目的でもあった。HTAの仲間3人とともに出席。その他、県知事、播磨町長、稲美町長という首長のそろいぶみで、市民主体のまちづくりについて行政のトップがどう関わり、推進していくのか、という課題を主に議論が行われていた。
聞いている間にもアタマを横切るのは「廃県置藩」。全国約270藩とは言わないまでも、およそ30万人前後をスタンダードにした行政サイズが最もコンパクトで、かつ総合的でもあるのだ、という持論。

午後8時前には帰宅して、テレビジョンの前に鎮座して、「坂の上の雲」と「JIN」を続けざまに見る。過去に学ぶべきもの、多かりし。
一生懸命になる、身を捨てる、にもかかわらず、天は幸運をもたらしていくれるとは限らない。
限られた時空のなかで、けなげさ、せつなさ、ひたむきさがそこここに間歇して噴出し、感動を禁じ得ない。


11月25日

22日。ビエンナーレ神戸、明日が最終日なので、コンテナ主体のメリケンパーク主会場から県立美術館まで船で渡る。船から眺める作品群には、榎忠の「リバティアイランド」(本人と仲間の生出演)、塚脇淳の「KOBEリング」、植松奎二の「傾くかたち、間のかたち、らせんの気配」、船の中ではダンスパフォーマンス(これはなくてもよい、やるならもっと異形のものでなければ迫力ないだろう!)、そして小さなカウンターバーもあって、それなりに楽しめた。芋焼酎「一刻者」が一杯350円は安い! 
帰りに、イタリア革のスニーカーを2足、訳あり商品で正価の三分の一、手入れさえすれば履けるのでお買い得。

23日。加西大会の企画書作成。T先生の最終校正。

12月から始まるN社の研修に向けて、顎髭を剃る。30代に戻ったわけだ。そして月末には口髭も剃る予定。

24日。カトウ眼科。眼圧15&18。先生は、「あくまで15が目標。真ん中が見えにくくありませんか?」と。確かに、少しは進行しているようにも思えるが、はっきり自覚できているわけではない。2月には精密視野検査しましょう」と。

本日、S副理事長と共に、加西市N課長にプレゼンテーション。市長は、出張で不在ではあったが、なければ同席する予定だった。好印象をあたえたのではなかろうか。行政の補助金について、予算化する、と明確に返答。
その足で、淡路の大会実行委員会へ。ここでも淡路市長が、継続の意思をはっきりと表明。神戸新聞事業社に対しても、加西大会の情報を伝えておく。

うまくいけば、我々は4つの大会をうまく回していかなければならない。それにしても、人材が不足している。
まして、私が前線から退くにあたって、平日に動ける人がいないと、協会運営は深刻な問題となる。誰かに代わってもらわなければならないのだから。
週末、そして来週には、常任理事の皆さんにその旨を伝えなければならない。

N社に送る書類一式そろったので、明日送付する。 
今のところ、顎髭を剃ったことで、指摘する人は一人もいない。口髭があるので、印象はかわらない、のだとしか考えられない。


11月20日

12日。関学では塚本さんという英国領事館事務官から医療・介護のNPO法人を設立し、人間の尊厳を守る高齢者の生活のQOLを高めようとしている方の講義。老健施設や特養施設の内実は、英国と比較するだけに、いまだ道遠し、という状況。

13日。午後から東京へ。寒いと聞いていたので今秋初めてコートを着る。渋谷のアトリエ麻生に立ち寄ってご挨拶。お二人とも元気そうでなによりだった、クリスマス恒例の個展の準備で、今年も息子たちの出演があるそうだ。
夜、外苑前にて、トップマネジメントカフェに参加。経営再建請負人の古田氏、詩人の小池昌代、落語家の柳家小ゑん、元ラグビー日本代表の増子輝則、そして主催者である平川克己によるコーディネートで「コミュニケーション論」が交わされた。
そもそもコミュニケーションに相当する日本語は存在しない。そうではないところで、日本の社会では、意思疎通を図っていた、という古くて新しい話になる。F氏の企業における意思伝達減衰論がおかしくもあわれ。でも、現実なんだもの、それをなんとかしなくては経営者としては失格だわな、ということになる。
懇親会
では、大手会計事務所の方としばし雑談。増子氏は、神戸製鋼ラグビー部監督を勇退して、実家の建設会社の副社長になっていた。12月のおとなの寺子屋で、平尾剛講演の件を伝えると、「久しくあっていないので、よろしく伝えておいてください」とのこと。
肝心の内容については、平川さんの的確な解説があるので、詳しくは、ブログを参照あれ。

小竹向原にて、息子とベルギービールの居酒屋で遅い食事。久しぶりに二人さしで話し合う。こちらの転身の報告と、諸々の音楽談義。彼も、月末に日本有数の吹奏楽団のオーディションを控えているので、ただ成功を祈るしかない。技術よりも情念だ、という話をする。

14日。羽田に着いたらスカイマークが機体整備不良でキャンセル(運営余裕のない安価な航空会社の宿命)。長い行列に人間模様。あきらめの早い人と、食い下がる人と。スタッフのご苦労を想像する。新幹線に振り替えて、帰神。ついたら午後4時になっていた。
夕食前に、一週間ぶり軽くラン。体重が62kg台になっていた。食事の量が減っているせいかも?

15日。午前5時半起床。淡路洲本温泉でのスパトライアスロン、審判員7名で協力。浴衣着てランニング8km、足湯で10カウント2回、ビーチウォーキング2カ所というレース。真剣且つおもしろくもあり、楽しめるイベント。三洋電機の元経営陣であった野中ともよ氏がゲストで来ていたのにはびっくり。なんでも、今は環境保全NPOで動いているらしく、有酸素運動の推進に加担しているの、と楽しそうに。三洋でも、居心地は良かった、と外交辞令かもしれないけれど、語っていた。

帰途、viviを迎えに盲導犬協会に。もう子犬はすべてパピーウォーカーにひきとられていた。相変わらず、抜け毛がひどく、かわいそう。薬もいただいて,帰宅。早速散歩。
3ヶ月ぶりなので、住環境を覚えているのかいないのか、早足で急ぐ、急ぐ。引きが強いので、しばらくは女房殿も転倒しないように、と注意する。

16日。大阪にて、N社と契約を交わす。12月から、私だけ、まずは研修のためにどこかに通うことになる。
今日は、健康診断のために西九条の病院へ。古ぼけた病院だったけど、看護婦さんが明るくておもしろくて、退屈しなかった。
身長が171cmに、「あれ、縮んだの?」と聞くと、「皆さん、そうおっしゃいますよ」(笑い)ですって。
終わった後、女房殿と近くの「王将」でランチ。餃子が大きくて安いのでびっくり。味もまあまあ。売れるはず、と納得した。

17日。講義の始まる前に院生Kさんの修士論文のための取材、8月に受けていた68年の学生運動のオーラルヒストリーについての修正相談にのる。徐々に、40年前の大学の中の空気、というものへの想像力を働かせようとするKさんではあるが、4人の取材を通じて、語る人々の語り口をそのまま残すことで、ニュアンスをつかみたい、と考えているようだ。

ニッポン再生、今日のテーマは、テレビを捨てて街へ出よう。というのは関大大学院ローマ史専攻のAくん、自ら草食系男子を語っている好青年。しかしながら、根絶するには、どうすればいいのだろう。
テレビに過度に依存している人々には、なかなか届かない提言ではあった。

18日。阪大臨床医工学スキルアップ講座の原稿に、医学統計学のエキスパートであるH先生への取材を受けて、修正にかける。
臨床研究の現場の声は、なかなか厚労省の政策に反映されていなかったのが今までで、政権交代した後、果たして期待できるのだろうか? 欧米との働く環境の落差がここでも大きく、医療の先進国とはとても言えない。
ここでも現場を知ろうともしない医系技官の存在が影を落とす。

19日。心斎橋のメロディのMが神戸へ。近所への移転のお知らせをかねて、プラネットEartHにてランチ。
そしたら、テレビの長寿番組、「遠くへ行きたい」(まだ続いているんだった!)の「神戸・下町篇」でとりあげられるらしい。私は来月の話かと思っていたのだが、今日だったらしい。ま、それはともかく、12月13日(日)の放映だそうであります。どんな絵になっているか、見てね!
夜、妹が来訪。一緒に、奥村彪生伝授の特製お好み焼きを食べる。「あら、おいしい!」、お土産は、勤務先が近くの堂島ロール。むむ、之が噂の堂島ロールか。確かにうまい。うまいが、あれだけ生クリームが多いと、ロールケーキじゃないだろ、っと、言いたくなるのはおじさんゆえか。

今日。朝早く、関学T先生の最終校正を受け取る。これを修正したら、いよいよ印刷へとかかる手筈。もう一つ、仕事のうえでのいい話をいただく。しかるに、日本の不況はさらに深まる、という話。
午後2時、真福寺にて十夜法要。いつもは妹が出てくれているので、今回は私が、姉夫婦ともども出席。お坊さんが8人ほど集まって、集団での声明に迫力あり。なかなかの法事であった。檀家が100名ほど参加していただろうか。

夜、JTU近畿ブロック協議会。梅田にて。貸し会議室なので9時まで。主に来年の国体予選の仕様について協議。コナミスポーツの特典問題については、善意の政策であっても、影は必ずつきまとうわけで、その分をふまえてもなお、提携した方が良いという意見が大勢。相互にウィンウィンであるはずなのだが、目先の減少額にとらわれていてはいけないと思う。現場担当者の問題ではなく、大所高所の判断だと思われる。



11月11日

月曜日は一日中、大阪大学関係の原稿作成。火曜日。花園の学生コメントへの返事。そして大学院。日本再生の第3弾は「国際理解教育」、「国際環境教育」などユニセフ提唱の教育啓蒙運動。でもねえ、立派な提言があっても、実際はそうはいかない。なぜなら、近代化が先行してしまった国々と、未開部族では、そもそも時空間が違うのだから、どちらが優位でもない。レヴィストロースの「悲しき熱帯」を読み返した内田先生は、あらためて、熱い社会(歴史のある国=いわゆる近代化された先進国)のなかに、どうやって冷たい社会(歴史のない社会=同一神話を語り続けている社会)を取り込んでいくかが課題、と言われた。非活動的な生活態度、生活活動を低めていくノウハウを我々は持っていないのだから、それは難しいチャレンジとなる。

もう一つ、精神統合失調症の前兆は、こだわり、プライド、被害者意識の3要素、これは信頼できる精神科医、春日武彦先生のご託宣である。

少し早めに花園大学へ。配付資料をコピーして、学食で昼ご飯を食べ、最後の講義。ひんとうにこれで終わりである。
早いモノで、2002年から、もう8年間経ったのだ。素直な学生諸君の健闘を祈るばかり。
帰りに、坪谷講師とともに、おでんや「はんじょう」にて、ぷち打ち上げ。
ほんとうに、お世話になりました。いい経験をさせていただきました。ありがとうございました。お疲れ様でした。
また、帰りの電車のなかでは、女房殿の精神的な病について、いろいろ心配をくださって、あわせて、ありがとうございました。生活環境が変われば、きっとよくなると信じています。

森永卓朗『価値組社会』,魚住昭『野中広務 差別と権力』、福岡伸一『世界は分けてもわからない』柳瀬尚紀『日本語は天才だ!』、吉本隆明『声と言葉』、堀江敏幸『正弦曲線』、『考える人』など、一気に求める。本屋へ行くと、やはり買わずにいられない!


11月8日

7時に家を出て、丹波青垣へ。舞鶴道は篠山を越えたあたりから,浅い霧模様。丹波の霧には子どもの頃も驚かされたことが多々あった。
青垣もみじマラソンの参加者は3700名を上回り、過去最大。東京マラソンがひきがねになったのかどうかしらないが、お金のかからないランニングは、このところのブームであるようだ。開会式に列席して、後援団体としての義理をはたす。今年のゲストランナーは、元プロ野球選手の広澤克己。今でも、でかいヒトであった。

帰りは、地道を通って、西脇から小野、三木を通過して、viviのいる盲導犬協会へ。3週間ぶりのviviは、後肢のあたりの毛が抜けて痛々しい、しきりに、脚で掻こうとする。スタッフの方の言では、6匹精一杯面倒見てたので、栄養もとられ、また心労もあるのかもしれません、という。犬にも個体差があって、子どもの面倒見のいい母犬とそうでない犬がいるとか、viviは前者だったようだ。子犬はも5kg以上で、しっかりしていて、すでに2匹はパピーウォーカーのもとへとひきとられていた後だった。来週には、すべての子犬が去るらしく、viviは我が家に戻ってくる。

3時に帰宅。一服して、ラン9km。快調な走りができたのは、やはり現場にいったせいか。そういえば、小出義雄監督が新書を出していたことを思い出す。確か毎日走っていてもマラソンは完走できない! というようなタイトルだったはず。売れるだろうなあ。


11月4日

日曜日は寒冷前線の通過で雨模様。

2日。置塩医院。先月は6.8%HeA1cと再びやや上昇。尿への残糖も珍しく+1だったので、その影響かなも、という置塩。7%にまであげないように、と指示される。最初の一杯ビール、というのがよくないのかな?

3日。風は冷たいが快晴。再び、神戸空港を望む2期工事区の南端までラン。泉州から淡路島、そして明石海峡大橋までぐるりと見渡せて、天空の広さを今更ながらに思う。秋の雲の流れにしても、万物流転。ひとときとして同じものはない。

午後、新大阪ムラマツホールにて、水越典子さんのフルート・リサイタル。メンデルスゾーンをのぞいては、なじみがない後期ロマン派の作曲家たちの作品を集めたもので、曲想が豊かである分、新鮮に響いてきて集中できた音楽の時間。ライネッキ作品が個人的には好みであった。
終了後、ホールのあるビルの最上階の居酒屋で打ち上げ。東の地平線上に浮かぶ満月が見事。京都から来られた3人組の男性の先輩たち、建築家、浮世絵の版画師、老舗ホテルマンの含蓄のある話に興趣は尽きないのであった。

息子が徹夜明けの朝の始発フライトでやってきて、最終フライトで帰っていった。母校のOBブラスの演奏会への客演だったらしく、言葉を交わす間もない慌ただしさだった。
13日に、平川克美氏の主催するビジネスセミナーで上京するので、そのときに、久しぶりに話ができるだろう。

初夏にパンフレットを制作したコンソーシアム関西のI事務局長から連絡。先日、朝日新聞に打ち出した臨床医工情報学のPR全面広告が効いたのか、なにやら動きそうな気配。


03年3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
04年1月
2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
05年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
06年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月
06年12月&07年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
08年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
09 年4月6月7月8月9月10月いま