混迷亭日乗 Editor's Diary

5月30日

蒸し暑い日。大学院へは出るのが遅れたためクルマを飛ばしていった。今日のお題は、民主主義という手続きの精査。東京からやってきたIさんの発表を聴いていて、はたまた内田先生の話を聞いていて、組織の形態によって、民主主義の手続きは異なって当然という思いがする。会社やNPO、倶楽部、政党、委員会などなど、さらには国民投票まで、採用すべき方法論は各々に適宜なものが望ましい。しかし、チャーチルが確か言ったように「民主主義は、最悪の制度だ。だが、それを上回る制度はいまのところない」。
皆が不利益を被る会議のほうが、実は民主的なのかも、ね。なり手のない住宅の管理組合の理事会、眼に浮かびます。責任をとらなくていいようにする組織の運営方法は「会議」が一番、という皮肉、でした。。

NTT出版の編集者Mさんが来ていて、昨年の『街場の中国論』のゲラが届けられたという。そこで急遽、Mさんを囲んで一献ということに。20代から50代の9人の談論風発、知的刺激になりました。
来週は聴講生麻雀大会、だそうです。


5月28日

土曜日、早朝のしごとを終えて、HTA副理事長のSさんを六甲でピックアップ。丹波市青垣に10時半着。車中では、渡辺京二の『逝きし世の面影』や85万部超のベストセラー『病気にならない方法』などをネタにひとしきりおしゃべり。
すでに先着のスタッフが準備にかかっていたので、さっそく大会準備にかかる。とはいっても、スタッフ・ミーティングが終われば、お愉しみの夕食&飲み会。Oさんの手料理を肴にいもと麦の焼酎で夜は更けた。

朝6時に朝食。なんだか頭が重い。焼酎で悪酔いするはすがない、のではなかったか? と自問すれば、すかさず常任のYさんが「だって、あれだけ飲んではりましたよ」と。やはり飲み過ぎだったようだ。雨はあがり、助かった。
アナウンス担当のTさんが急遽欠席となったので、代わりにアナウンスをやらねばならず、本部でばたばたと。計時記録の結果を待っての表彰の準備や、抽選の発表と景品の組み合わせに頭を悩ませる。
午後3時、無事終了。後片付けをすませて、4時前には現地を出発。5時半、神戸に着。

さっとシャワーを浴びて着替え、今日終幕を迎える『ARTイマジネーション in KOBE磯上・2006』に向かう。
早速、集まった作家たちを中心に2週間の展覧会の成功をねぎらい、乾杯の音頭をとって、ささやかなクロージングパーティ。
途中で、前回見ていなかった会場に廻り、あらためてエライ力の入った作品群になかばあきれ、しかし感心することしきり。ふだん見られぬ風景の現出に、ヒトはさまざまな思いをもって帰ることだろう。記憶に残る風景である。
主会場に戻る途中、麻谷宏さんの会場からフルートの音色が!
のぞいてみると、まさに作品を前にして武満徹作品とおぼしき楽曲が奏でられている。しろうとの笛ではない。思わず聞き惚れてしまう。まさに耳の幸せである。
急いでパーティ会場にいた麻谷さんに知らせると、驚いた顔で「エッ?」。早速、駆け付けると、「なんだ、来てくれたの!」と。実は、同じ京都芸大出のプロの演奏家で水越さん、西宮での演奏会の帰り、約束はしていなかったけれど、間に合うので立ち寄った、といふ。それにしても、鉄板を敷き詰めた白壁の無機的なしつらえの空間に滴りおつる水の音、そして空間を切り裂く音色。いっときの満ち足りた精神空間が現れて消えていった。

これをご縁と言わずしてなんと言おう。

そうこうしているともう9時近くになり、あわてて神戸文化ホールへ向かう。娘のジャズダンス、所属チーム“Y Stream”がトリの曲で踊るというので、最後だけ観るつもりだったが、既に終了。
この日、日本人ボーイフレンドとしては初めてのM君というアフリカン太鼓叩き(他になんと言えばいいのだろうか?)を紹介される。女房殿はしきりに「一緒に食事しよう」と誘うのだが、娘は「いくらなんでも初対面では」とあえなく拒否。息子の場合とは、違うようだ。
そこで、息子の高校同級生の両親が切り盛りする新開地の居酒屋で、遅い夕食。盛りの感覚が違うので女房殿、注文し過ぎ残してしまう。スミマセン。
でも、焼酎300円ですよ! 
帰宅したら、さすがに、もうバタンQ。

5月26日

ずいぶん空いてしまったので、メモがわりに書き付けておく。

16日。企画書を仕上げるために大学院は休む。夜、HTA常任会議。このところ参加者少なし。

17日。激しい雨。劇団クセックの公演『アッシリアの皇帝』。関西外国語大学にて。今年の作品はいたってシンプルだった。もう少し、メリハリが欲しかったかな? 来年は、もっと友達を引き連れて行かねば。

19日。雨。大阪・梅田のJ社へ。

20日。午前の便で東京。つまづきの日というのはあるもので、羽田混雑で出発が遅れ、モノレールでは地震で一時停車、浜松町で京浜東北線に乗ったら、快速期間中で東京駅まで行ってしまう、Uターンで新橋へ。
そのせいで、Japan Olympic Academyの年次総会前のセミナーに遅刻した。トリノでのメディアへの苦言、反省を促す現場報告だっただけに、残念。
総会後の懇親会で、ミズノの水野正人社長や中京大のW講師(創作ダンス)
や、首都大学東京のM助教授などとお話ができてよかった。
夜は、およそ25年ぶりに、新小岩でお茶屋さんを営むFさん(ジャン・コクトーに傾倒する民間の粋人だ)にお茶の水でお会いし、旧交を温めた。これも今は亡き師・Kが引き合わせてくれたのだ。感謝。

21日。早朝、城北公園までジョグ。鬱蒼とした欅がすごい。石神井川と氷川台をめぐる立派な公園だった。東京の緑の一部、である。

午後、赤坂プリンスホテルにて『富永直樹先生を偲ぶ会』。椅子が間に合わず、追加したのでおよそ600人参列されていただろうか、場違いではないかと氣をもんだのだが、美術界の人々だけではなく、三洋電機ラグビー部の若い面々もいたので、ほっとした。
終了後、隣のパーティ会場で、喪主のご子息(三洋)とそのお姉様に、ご挨拶できてよかった。自伝の原稿については読まれたそうで、「事情があったらしく、中座したようですけれど、よく書けてありましたねえ」と言っていただいた。あの感じだと、いつの日か本になるかもしれない。
新神戸19時45分着。

22日、置塩医院。血圧正常。血液検査。指先の痺れのこと、伝える。現状の薬で行こう、とのこと。

23日。大学院は「消費車かいと子ども」、フリーライターのMさんの発題。大きな消費動向に翻弄される我々が浮かび上がる。受験に悩む母親の立場、教育現場の話になる。
先週のゼミのことを聴講生Eさんがブログで虚構として取り上げ、なにやら不穏な気配。案の定、彼女は欠席していた。オバサン排斥の波動を敏感に受けとめているようだ。私にはわからないが。

24日。北野の異人館の活用の件で、Fくん、Mさんが来訪。だいたいのプランを確認しあう。8月下旬に、息子たちのコンサートでまずは助走、というところか。

検査の結果。A1cが6.5%と先月と一緒。だから、薬はそのまま。ただし、コレステロール241がちと高い、という。ドクターOは、心臓への負担を心配する。さらに食事に氣をつけてくれ、と宣う。

25日。『江戸の誘惑』展。やっと観ることができたが、想像以上の人出。ほとんどのおばさんたちは有名な絵画展に出掛けるのだろうなあ。なんだか、ポツンという感じ。肉筆が見られただけで良かった。ボストン美術館に行かない限り見られないのだから。図録の色がまた素晴らしい。先日、NHKの番組で、退色した鈴木春信の原画の色をCGで想像させていたが、まさに当時の色合いは豊かなことであったのだろう。浮き世絵に魅せられるのは自然だ。

午後、兵庫県公館での、のじぎく兵庫国体の最後の実行委員会に会長の代理で出席。知事の入れ込みようが伝わってきた。
夜、丹波市にてファインキッズ大会の実行委員会。M常任とともに出掛ける。往復3時間。帰宅は11時。やはり、疲れる。

26日。また雨。飯田眼科。一言「悪いな」。ところが、薬を切らした状態での検査だったことがわかると、先生おかんむり。「データにならんじゃないか」。次回、きちんと眼圧をはかることに。そのうえで、手術の選択が迫ってくる。


5月14日

母の日。ポートアイランドにあるデイケア、ショートステイ施設「ポー愛」(すごいネーミング!)に、花束と果物を持って母上を訪ねる。
ピカピカに磨きあげられた個室は広く、食堂で皆さんと3時のおやつを食べていた母だったが、肌はつややかで元気そうだった。
「したいことがないの、みんなに迷惑をかけて」という母に、いわゆる認知症というほどの健忘は生じていない。会話もきちんとできる。ただ、神経痛と目薬に悩まされている。1時間ほど話を聞いて、おいとまする。

夕方から磯上公園のすぐ北側で2週間に渡って行われるリフォープのイベントへ。オープニングの前口上をぶっつけ本番でやる。この6月で取り壊される戦後すぐに建築された木造オフィスビル(門屋ビル)での現代美術のグループ展である。
スペースをいかしたパワフルな作品群がそろった。在日コリアンのアーチストたちもこぞって参加。なかなかおもしろいので、ぜひ訪ねていただきたい。
28日にはクロージングパーティもあるので、ぜひどうぞ。


5月13日

朝8時に明石駅へ。M常任理事の車で丹波市青垣町へ。約2時間で到着。大会参加者200名の組み分けと参加の手引きの印刷。
午後4時発の特急で柏原駅から大阪駅へ。1時間20分ほどの小旅行気分。久し振りの福知山線、道路の沿線より線路の周囲のほうが自然が残っていて、新緑が気持ちいい。
昨年の尼崎の事故現場、通過する際に車輪と線路のきしみ音が耳につく。現場のカーブのきつさに、あらためて、「ここで100km以上で突っ込むか?」と素朴な疑問。運転手になにかが起こっていたのだろう、と考えるほうが自然のような気がする。

アロマセラピストのTさんと女房殿公認のデート。彼女は亡父の法事のため、長崎へ向かった。
理由はともかく、なぜか沢田研二のコンサート、である。冷静に音を聴いた。いろいろ思うところがあるが、40年舞台で身体を張っているのだから、アイドル時代から見守ってきた女性たちにはおおきなプレゼントなのだと思う。参加者の9割以上は女性だろうか、1000人以上は十分入るであろう梅田芸術劇場はほぼ満席だった。
三宮の若い人たちで賑わっている創作居酒屋で軽く一献。音楽、映画、文学、政治社会状況等、おしゃべりして満足。


5月12日

午後から大阪のJ社、富裕層の囲い込みが熾烈になってきている。近畿地区で、たった200数十名の上得意客へのインセンティブはなに?
湯水のようにお金が使える層の気持ち、ホントはわからないが、これもエイヤっと。
帰りにジュンク堂で書籍探し。こんなときだけはさすがに、時間を忘れて気持ちが豊かになる。


5月10日

週末、法事で長崎に帰省する女房殿が、「今日しか行けないから」と誘われて、阪急六甲の岩盤浴に。汗をたっぷりかく。初めての経験だが、効果はさていかに? 帰りに、以前ロゴやDMなどをつくってあげた犬の雑貨屋さん「ユメボーイ」に立ち寄り、ロゴのCD-
ROMを預け、HPのアドバイスをして、昼食は近くの事務所近くの「屋島」で、脂ののった「かもせいろ」。

補助金申請書類を作成して国体局に提出する頃には雨。
7時過ぎ、雨の中ジョグ、とはいってもポートライナーの橋脚の下ならおよそ雨をしのげるので、大変助かる。40分、なんだか気のせいか、身体が軽い。岩盤浴効果か? そんなすぐに?

久し振りのレッドカリーを作っていたら、圧力なべの水量を読み違え、手羽元を焦してしまう。カリー本体はいいのだが、スープをつくれず、肉はかたく、失敗失敗。


5月9日

快晴。暑い。午前中、ハーバーランドのKSJ社にて淡路市とともに大会予算などの打ち合わせ。

大学院は、京大博士課程のKくんによる世代間コミュニケーション論。「教えられなくても教えられるような大人」に恵まれれば、自然に世代間コミュニケーションは成り立つだろうが、同一価値観のものだけでまとまっている限り、他者とのコミュニケーションは不全と化してしまう。
行きがけの混雑した電車のなかで、隣の駅の某女子大の学生たちがしゃべっているのが聞こえてきたが、それが恋愛の話で「素の私をわかってくれるひとでなきゃ」というわがままな欲望がストレートに語られる。おいおい、そう無原則に自分を肯定してもらってはこまるのだよ、と思わず顔を向けたら、そこには見目麗しく、しっかり化粧をほどこしキラキラした今風の若者がいたのでありました。

講義のあと、内田先生が突然、「今日、麻雀の聴講生リーグを発足するので、残られる方はご一緒に」と。麻雀の輪はとどまることを知らず広がる。
家庭麻雀しか知らない、たばこの煙とあぐらが苦手な自称麻雀音痴としては、参加したくも、ためらってしまう。食事係ということで、傍観してみようかしらん。


5月7日

6日。午前中から午後にかけて事務所で、企画書一本。実現に向けてまずはたたき台。遅い昼食をかねて、女房殿とメイと六甲アイランド・マリンパークへ散歩。西風が強くて少し寒かったが、数年前まで実施していた現代美術野外展を思い出す。アオイアの後は今でも草ぼうぼう。

日曜は打って変わって雨ひとしきり。兵庫県民大会開会式は中止。いつも参加者が少なく難儀しているので実のところほっとする。
昼からはギルガメシュの恒例BBQの予定だったのだが、鍋物に変更。夕刻まで諏訪山の雨景色を眺めながら酔っぱらう。仲間と一緒に中山手7丁目から三宮駅まで歩いて帰る。降りるときはさほど遠くも感じないのだが、実際は3kmはあるのでは? 来週、昨年私が糖尿の引き金になったと思っている鯖街道ウルトラマラソンにKさんが参加する。好天であることを祈るばかり。

昨日から今日にかけて、堀江敏幸の『熊の敷石』と星亮一『会津戦争全史』を読む。前者は01年の芥川賞受賞作で、なにげなく縁があった友からユダヤ人問題がせりあがってくるという重さがさらりと描かれてズシンと響き、後者は会津戦争を敗者からだけではなく勝者の視点もまじえ、日本人の戦争観という論点から見つめなおしたもので、歴史に「if」があればと思わせる傑作である。


5月5日

子どもの日。久し振りに復活した朝日新聞大阪本社「子どものページ、リバティランド」が5日付け朝刊に掲載された。立命館大の春日井教授と子どもたちのトーク。親とケンカしながら育っていくプロセスをゆったり見守る先生の眼が行き届いている。

子どもを持つことの「不安」を醸成する報道があまりにも多すぎる。子どもを持ちたくない、という女性が増えるのもむべなるかな。

女優(?)ともさかりえは一昨年、出産は自宅で産婆さんとともに行ったそうだ。陣痛から2日にわたったそうだが、充実して「疲れきった」という感想が正直だと思う。好ましいことである。

昨日に続いて、モーツァルト三昧の日。東京国際フォーラムでの大イベント。総計200ものコンサート、すでに20万人もの人が訪れているという。さすが、東京、スケールが違う。息子も3日と6日に出演すると聞いている。

陽射しが暖かいので3時頃ジョグ。1時間5分。前半だるく、後半持ち直す。昨年のイヤな予感が、蘇る。
夕方、久し振りに女房殿とメイとポートアイランド2期区を散歩。1時間20分。
公園が知られてくるとゴミが散乱する。なぜ、こんなにもマナーが悪いのか? 老犬ゆえ、帰ってくるとクターっとする。もうすぐ13歳がやってくる。


5月3日

昨日は、大学院、「現代若者論」の後、恒例の宴会。約25名もの大集団。名前を覚えろというほうが無理で、数人と話しているうちにお開きの時間となってしまった。しかし、最年長ではなくなった。大阪の会計士Mさんが57歳という。東京からは3名、うち2名はすでに判明。今年は加古川や栗東、御所などからもかけつけているようだ。

今日も初夏を感じさせる陽気だが、風は冷ややかで爽やか。丹生山系の新緑がういういしい。新神戸トンネルを抜け、窓を開け放して社まで地道を走らせる。渋滞など一切なく、ちょうど1時間ぐらいで到着。
今年のJTUちびっ子ジュニアトライアスロン教室の候補地を視察。カントリークラブに併設されたスポーツクラブで、施設としては大丈夫だが、兵庫県の中央部という場所柄、子どもが少ないので参加者確保の問題が残る。

出かけるとき、クルマに乗ったらギョッとした。左のドアミラーの鏡面がなく、中身が露出している。まさに骨組みを見ているという違和感。帰宅してから女房殿に聞くと昨晩、元町でなにかに当たったらしく、ミラーだけが割れて落ちて行ったらしい。左側は徐々に無惨なカタチを残していっている。11万5000kmを越えているにせよ、私たちの運転は雑である。ステージアに申し訳ない!

夕方、1時間15分のジョグ。北公園から神戸空港までの往復、約13km。

憲法記念日。改憲・護憲、いずれもが集会などを行い、報道されるが、改憲派周回の参加者はほとんど老人会の様相だった。あえて、報道はそんな会場を選んだのであろうか?


5月1日

暖かい陽気。一気に初夏がやってきたような。
静かな5月のスタート。労働者の祝祭、メーデーも、熱気というわけにはいかないだろうが、「格差社会の是正」がスローガンになっているようだ。
しかし、問題は「お金の格差」だけではなくて、むしろ文化資本、社会関係資本の見えない格差のほうがこわいのだ、ということ。努力しても入れない「閉鎖集団」(クラスター)がアチコチに増殖しているわけで、文化資本、社会関係資本を持てない者たちが、その帰属者たちに「あ、この人たちちょっと違う」と思わせてしまう構造になってしまっているのだ。
見えない資産、と同じように、見えない「壁」が厳然として存在しているのだから、見えない「敗者」たちの切歯扼腕を救いとるのは、さらなる「敗者」へと向かってしまう暗い情感だ。

こんな、よろしくない、ギスギスした、乾燥した社会を私は望まない。


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