混迷亭日乗 Editor's Diary

2月26日

温かい雨。
昨日に続き、修正のコピーとデザインラフ案のチェック。午後から、JTU審判員一斉試験の会場へ行き、連絡事項を処理して引き返し、再度デザイン案のチェック。
その後、修理が終わったFMチューナーを引き取り、中古の CD屋さんでブラームスの交響曲4番を購入。¥1155なり。
このあたりで、どうも低血糖状態なのか、脱力を感じたので急いで帰宅し、自分だけの特製焼そばをつくり、一息ついた。


2月25日

朝から仕事。Mくんのラフをたたき台に、スタッフ3人で検討、女性の意見を尊重する。
夕方、一週間ぶりにジョグ。空港橋まで往復10km。約53分。橋を歩いている人が意外に多いので驚く。

夜、大阪・南森町のアート・スペースでの月例トークに参加。主宰は元神戸からのスタッフ、I君。報告者が書家・石川 九揚氏の門下生というので出かけたのだった。パンキッシュな報告者、ユニークだけど可愛らしいね、でももう38歳。自分の才能のもてあましぶりが、これからどう地に落ち着くのかどうなのか? 
相変わらず尼崎での東西線の乗り換えにつまづく。情けない。
帰りに、ご近所のFさん宅へ。引っ越しを肴にいつものSさん、Mさん家族と一緒にホームパーティ。子どもたち、といっても皆23歳以上になった、いいおとな。この春から、それぞれの世界へと旅立っていく。


2月24日

昨日の一件で企画案を練る、途中で、エイっと思って気分転換のため、心斎橋のテキパキへ。頭さっぱりして帰ってきたら、県のスポーツ表彰選手の表彰式代理出席を失念していたことに気づく。スマンスマン、と南に向けて謝る。
日本選手権準優勝の田山寛豪選手は、いまニュージーランド遠征中。
夜、近くの自然食カフェにて、写真資料を渡しながらデザイナーのMくんと打ち合わせ。明日、ラフスケッチを見ながら再度プランを練ることに。彼はソバ通、みずからソバ屋を訪ね歩いては批評をメール発信している。

56度目の誕生日。女房殿からは春にふさわしい感触のシャツをいただいた。あずき色と紫色が星雲のようにからまった柄もので地味だけどケレン味はたっぷり。この矛盾形容がいいですね。
ケーキはヤマトからいただいた。一切れだけ、生クリームをはずしていただく。すべては高血糖のせい、グスン。


2月23日

夕刻、若い頃の出版社での同僚で編集プロをやっているM君を訪ねる。業界同士の話になるが、どこに好景気があるというのだろうか? 制作単価は人間扱いを許さないほど落ち込み、価格破壊は余力のあるところが率先して行っている。
その後、大阪の代理店J社へ。今日の打ち合わせで、1日に広告の企画案を提出という強行軍。もうエイヤっと気合いで決めるしかない。熟考している暇はないのである。帰りのクルマのなかで、レナータ・テヴァルディを大きめの音で流して気分を高める。気分良く高速クルージングで帰宅。

ドラマ「白夜行」、断続的に見ているが、東野圭吾(新・直木賞作家)の原作、読んだ記憶が無いのに、なぜか子どもの頃のストーリーに覚えがある。
愛されることを実感できなかった子どもにとって、きちんと向き合ってくれる他者がなによりも必要であり、また、その他者ですら、どこかで根がつながっていることを感じとれるか否かで、相反する交情になり、さらなる仮面の道行きにならざるをえない、という過酷な運命を辿っていく。ツライね。
書店には文庫の「白夜行」が平積み。直木賞との相乗効果でブームの気配。テレビのチカラ、見せつけている。


2月22日

21日。神戸空港開港について、意見がさまざまだが、ギャラリー島田にて、懇話会。10人程度の小さな会合だけど、声高に言い募るのではなく、ワインと軽いオードブルで、静かな雰囲気で終始する。話題は、経済成長、国民投票、直接民主主義、神戸人気質などまでに及んだが、論々神戸にとっても収穫はあった。

早春の雨とはいっても、激しい。
名ばかりの理事をしているNPO法人アスロン(体育の家庭教師)の定期総会。といっても昨年の発足なので、初めての総会。代表のI君と、紹介して理事になってもらった神戸市会議員のUさんと3人で、一年の成果と次年度以降の展望について話し合う。
この事業は、いわば起業なので、I君の前進する姿が頼もしい。翻って我が身は?

終了後、近くの居酒屋で一献。酸っぱいおでん、だったので胸のなかで? をかかえながら食べたのだが、Uさんの馴染みの店だったので、「酢が入っとんのちゃうか?」の一言で、3人が同意。おかみさんは、なぜか認めようとしない。
帰宅して女房殿に聞くと「匂いしなかったの? きっと、かまぼこ系が痛んでいたのよ」と、バッサリ。一応、正露丸を飲んでおいた。

酸っぱいおでん、初めて食べた日であった。


2月20日

QJ64号を読んでくだすった東京のFさんから電話。ほぼ25年ぶりの声を聴く。家業はお茶屋さんで、ジャン・コクトーのコレクターでもあり、いわゆる江戸の粋を身につけてらっしゃる方である。ひとしきり想い出話に花が咲く。上京した折にはぜひお会いしましょう、と。
死者という他者が人を走らせるのです。


2月19日

習性からか目覚ましナシで5時半目が覚める。もう一度寝る、メイが起こしに来る、8時前だった。
散歩、急いで朝食をつくり、一週間ぶりのジョグへ。神戸空港橋を渡ってUターン、約1時間走。ひまな時間帯なのか飛行機の飛ぶ姿は見えず。相変わらずデッキはデートスポットになるようで、大勢の賑わいらしい。

すぐに着替えて、滋賀の瀬田にある近代美術舘での「sensibilia」展へ。学芸員のYさん(論々神戸の寄稿者でもある)から案内をいただいていたので、出かけてみた。新快速と普通で1時間12分。
センシビリアとは、感覚によって認識できるものという意味。アメリカの現題美術、なかでもミニマリズムといわれる所蔵作品への新たな見せ方の提案だった。最小限の方法で最大限の効果をあげるというミニマリズムの手法を、それでできた作品の展示方法に応用するというアイデアそのものがミニマリズムになっているというグッドアイデア。
ここでも経費削減をしいられる文化事業に携わる表現者の苦闘が新たな展開を見せていた。それにしてもフライヤーは素晴らしいデザインで、この時点ですでに展覧会は始まっていると言える。


2月18日

朝の仕事を終え、南公園へメイの散歩。

16日に開港した神戸空港への見学客がひきもきらない様子で、ポートライナーは大混雑。12時半の三宮駅では、ターミナルビルへは90分待ちという表示案内。新しいもの好きの神戸の人たちの面目躍如か。

HTAのM常任理事の車に同乗して丹波市青垣へ、5月の丹波青垣トライアスロン大会の打ち合わせ。新神戸トンネル、中国・舞鶴自動者道、豊岡自動者道を経て1時間20分、今までの最短時間(ちなみに帰りは明石まで一般道路で2時間10分)。合併による経費削減しわ寄せは、補助金一律35%カットに現れている。が、それ以上に驚いたのは、すでに団塊の世代の役所からの退職者が相次ぎ、07年問題はないという巷とは違う話。光熱費削減はむろんのこと、公民館スタッフも削減、とにかく役所の雰囲気が暗いという。
地方分権っていったいどこの話なんだろう?

夕食は必殺・チキンカリー。しかし、不評。娘は「手羽先はテリヤキよ」とのたまう。


2月17日

視野検査。今回初めて、中央部分に限定してチェック、右目にやはり欠損がある。左目は問題なし。眼圧は18、17で下がらず、追加の薬(3種類め)をもらうことになる。これで下がらなければ、いよいよ手術という段階に行くようだ。視力の衰えもかくせない。


2月15日

引き続き雨模様。春暖である。
隔月刊のQJ(Quick Japan)64号が太田出版より届く。
私が編集の師「KM」のことについて、彼の存命中にフリーライター・北沢夏音氏に語ったのは03年9月、そのときの取材が、連載13回目にして掲載されたのである。ちなみに64号の特集は『映画 ドラえもん』である。なんという雑誌と説明していいかわからないが、ぜひビッグな書店で手にとってみてほしい。

夜、兵庫県立芸術文化センターに初めて出かけた。阪急西宮北口駅から空中廊下で連結している。中途にコナミスポーツがあり、全面ガラス張りゆえ、老若男女がジョグ、ウォーキングなど満席で壮観。一時代前の自身の姿でもあった。
女房殿が取材で岐阜大学出張のため、メイの夕刻散歩に時間がかかり少し遅れ、すでに満席で、ロビーでのビデオ鑑賞という羽目に陥る。集中できるはずもなく、本を読みながら鑑賞。初めての経験だった。満足感はなし。
今日は小ホールでのピアノとチェロのデュオだったのだが、ホールの造作は360度客席で、木造感覚で仕上げられ、こじんまりとしていて室内楽には最適だろう。


2月14日

春雨模様。
ギャラリー島田での現代美術家・堀尾貞治氏のトーク。昨年の横浜トリエンナーレの報告を聞いていると、首都圏のアート関係者にかなりの衝撃を与えたようだった。
堀尾氏が若い頃、所属していた「具体」についてなど、今さらながら芸大に通う学生たちもすでに教えられることはないという話。相変わらず異端・前衛に縁はない、ということか。
2年前、画家・元永定正氏の講演会をリ・フォープで実施したとき、手伝ってくれたアートカレッジの男子学生が私を覚えていて、「いま、姫路でブックカフェをやっています」と、そういえば今朝、神戸新聞で紹介されていた店だった。名前は「ツリーハウス」(0792-84-8844) 姫路に出かけられたなら、ぜひ寄ってやってください。

特別にバレンタインデーということで、娘からティラミスをいただく。洋菓子、久し振りでうまい。


2月13日

薬が切れたので、置塩医院へ。いつものように血液検査。今回血糖値が落ちないようだと投薬量を再考するという。
クルマの点検。もう11万kmを超えているのでいろいろガタが来始めているが、特にフロント・サスがへたりかけているという。夏には修理になるかもしれない。


2月12日

11日。父の十七回忌。
福島までは無理として、阪神間の叔父と従兄弟、福岡の姉家族、神戸の姉家族、母・妹が集合。菩提寺である真福寺で読経していただいた後、西神墓苑への墓参りして、有馬温泉「兆楽」にて一泊。
父を媒介にした親族の絆というものをあらためて再認識させられた。
早朝、一面の雪景色。露天風呂にて雪見浴。舞い落ちる雪に陶然とした思いに浸りながら金泉・銀泉につかり、つかの間の安逸を味わう。
妹と次姉がすべてを仕切ってくれて頭が下がる思い。
車につもった雪(5cmほど)をはらいながら疾駆。高速と新神戸トンネルだとポートアイランドまで30分。
晴れ上がった冬空がまぶしく、表六甲と北六甲の落差に今さらながら驚く。
午後、バレンタインラブラン駅伝(20km 男女4区)にチームとして参加。144チーム中46位。男女混合、50歳以上が2人のチームとしては上出来だった。
夜は、団地内引っ越し真っ最中の友人Fさん夫妻を招いての夕食。うちはホントにFさんにはお世話になっているので、この2日に凝縮されたようだが、親族といい、友人といい、仲間といい、恵まれていることにあらためて感謝、の週末だった。女房殿は月曜締め切りの原稿のために徹夜。ふだんの塾と合わせて、彼女のがんばりにもあらためて感謝。


2月10日

『驕れる白人と闘うための近代史』松原久子著、田中敏訳(文藝春秋)。1989年にドイツ語で書かれ、ドイツで出版されたもの(日本語版は2005年発行)。原題は『宇宙船日本』。日本語タイトルはめっちゃ右翼的だが、中身はしごくまっとうなもの。歴史社会学者が、鎖国時代の知恵があったからこそ、日本は非白人国でありながら欧米列強の植民地にならなかったことを実証していく。著者はヨーロッパ人が触れたくない残虐な過去の歴史を指摘し、発刊直後にはドイツで物議を醸したが、きちんと主張する日本人の気概を表した。サムライ精神、女性に宿る見本のような書物。必読。


2月9日

朝方雪散らつく。
夜、神戸空港橋の頂上までジョグ。開港前、平日の夜ともなれば人っ子一人見かけはしない。延長されたポートライナーは、空気を運んでいるようだ。
橋の袂にはヤナセの中古センターができていて、オープン前のガランとしたスペースに白銀灯だけが煌煌としている。なぜかシェルブールの雨傘を思い出した。


2月8日

『国家の品格』でベストセラーになった藤原正彦『祖国とは国語』(新潮文庫)を読む。ご両親が新田次郎・藤原てい、満州生まれ、数学者でエッセイスト。山本夏彦に見いだされただけあって、実に読んでいて楽しくも有り、フムフムと頷くこと多々ありて、軽妙洒脱かつ憂国の情迸るは、老境に達して死をふだんに囲いつつある意識下にあるからだろう。養老先生だって、全体では匙投げていても、いまのうちに言っておかなくちゃ、という責任を果たすために、編集者の誘いに乗っているのだろう。

そういえば、満州が今年はキーワードになるかもしれない。
戦後の語られない5年間、満州国の真実、岸信介の孫が総理に?、阿片王、高度経済成長、後藤新平などなど。


2月7日

夕方より大阪へ。オーラルケアの仕事をしている友人Sくんのところへ。行きつけのしゃぶしゃぶ屋で、相談にのってもらう。パーキンソン病患者の介護についての意見をもらう。本気でやるのかどうか、それが問題だ。
帰り、芦屋までプリウスに乗せてもらう。環境を意識させる仕掛けがよくできたクルマで、ロハス的指向を持つ人にとっては、わけアリで小型車というプライドをもくすぐる。高速ではあるが20km走って1リットルの石油消費。売れるはずだ。


2月6日

女優・真行寺君枝のことを「神戸からのメッセージ」発行人Kさんから聞いた。当時の北野での暮らしのことを書いたので、25年前の写真の掲載許可(小林薫と一緒に赤ん坊のときの愚息が写っている)をとるために連絡したら、ご本人と話ができて、よく覚えている、とのことだった。とても感じのいい人だったので、忘れようにも忘れられない。


2月5日

4日は立春。とは名ばかりの寒さ。朝の仕事、散歩、朝食を終えたら疲れていたのかうたた寝をした。その後、ギルガメシュの会報をつくる。
1日に出した企画案の表紙を頼んでいたNさんのデザインをチェック。思っていたものとのずれがあったので、一案は採用し、もう一押しということで急遽Mさんにも依頼。明日の昼までに仕上げてもらうことに。
夜、なにげなく「風の谷のナウシカ」を見てしまう。子どもたちと何度となく見た映画だが、何度見ても久石譲の音楽が秀逸だ。

日曜日。予定していたJTU審判員講習会がなくなったのでオフ。
午前中に郵便物を出すために中央郵便局からハーバーランド、メリケンパークを廻って帰ってくる。オリエンタルホテルの山側の樹木の繁茂していた区域が整地されていた。結果的にはホームレスのテントを追い払った格好だ。大阪では大騒ぎ、しかし神戸では話題にもならなかったみたい。
Mさんのデザイン案をJ社に送信した後は、佐野眞一「誰が本を殺したのか 下巻」、原田武夫「騙すアメリカ騙される日本」を読む。怒りというよりも、通りこしてしまってため息が出てくる。
夕方、メイと散歩。ブラームスの交響曲4番がお供。ポートアイランド2期の周囲がにわかに建て込んできたような感じ。
女房殿はこの日、友人(パーキンソン病)とともに住吉北の乾邸でのヴォイストレーニング。これもリハビリの一環らしい。


2月3日

節分。本来なら性海寺での鬼追い護摩炊きに行く予定だったが、束見本とレイアウトサンプルを届けに出かけた大阪から帰りが6時半で間に合わず断念。
午後からの寒風が大阪駅で人々をふるえあがらせた。明日が立春とはとても思えず。
節分のしきたりに習ってか、のり巻き寿司といわしの煮付けがメイン。といっても、節分にのり巻きは、伝統でもなんでもなかったはずだ。
豆まきはさすがにしなくなったが、年の数は食べたかな?
昨日の夜ふかしがたたったのか今日は眠くてしかたがなかった。


2月2日

陽射し温かく春のような陽気。
iMac、書類作成マシンとして復活させるため、キーボードとマウスを購入。ついでに改装された神戸阪急で食材を少し購入。
夜、ジョグでこの日開通したポートライナー神戸空港線にそって走る。空港島の灯りがきらめいている。飛行機利用者への働きかけよりも空港を楽しむための人々への仕掛けに力を入れるしかないのが、現実だろう。

DVDで「赤目四十八滝心中未遂」(原作・車谷長吉)を観る。寺島しのぶがはすっぱな役を演じきったことでちょいと評判になったと思うが、原作は日本の私小説伝統を引き継ぐ作家だけに、暗くて惨じめで裏街道の話でもあるので、興行的にはダメだったと思うのだが、家だと気が散ってききとりにくいせりふも多く不完全燃焼。映画館でいつか再観するとしよう。


2月1日

逃げるような2月というが、1月がそんな気がした。
大阪のJ社へ来年の話の企画案を提出。しかし、いまだ雲をつかむような話。実感がない。


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