混迷亭日乗 Editor's Diary

4月30日

今日も真夏日の様相。仕事から帰ってきて、メイの散歩と食事をして、その後、爆睡。午後1時半頃起きて、軽食してランニング。今日は1時間43分で切り上げ。左足のハムストリング(太腿の裏)が、このところつりやすいので要注意。体重が減っている。昨日、今日と60〜61kg台になってしまった。確かに、食が細くなっていることで、練習とのバランスから、ウエストと太腿が細くなっているのは自覚できる。いわば、ベストコンディションの時期に近くなっているのだが、その割りにスピードは出ない。これが加齢現象なのかも。
夜は、ご近所のF夫妻とともに、福井の野菜のてんぷら。よもぎ、しめじ、ねぎ、ししとう、オクラなど、ぱくぱくと食す。
明日の天候はいかがであろうか? BBQまでもってくれればいいのだが。と思っていたら幹事のIくんから連絡、「雨の予想で中止します」。ああ、残念。


4月29日

午前中、事務所。急遽ロシア語の翻訳依頼であたふたしたが、東京のW社が対応してくれて一件落着。
暑い一日、紅、白、桃色の躑躅が満開となった。東北では桜が見事なことだろう。
今日は夏の装いでのランニング。1時間30分、ひさしぶりにポートアイランドの外周を3分の2ほど廻る。信号が増えている、バイクにとっては環境がよろしくなくなりますです、ハイ。


4月27日

さて、昨日、大学院のあとは北野のギャラリー島田へ。ジンバブエの舞踏グループ「ジャナグル」のパフォーマンスに合流。舞踏は見られなかったのだが、プロモートをしている高橋さんのジンバブエ社会の現況を聞くにつけ、欧米のメディアをそのまま信じないで、という訴えにうなづくものがあった。ライス国務長官が、米国が関与せざるをえない5つの国の一つとしてジンバブエをあげているが、それには必ず理由がある。非民主的政権だからというより、金・ニッケルなどの権益の有無だ、と。それによって、政権が揺さぶられ、民族抗争に発展している、と。
娘とその友人Mくんが民族楽器(親指ピアノ)で、彼らの輪に入って歓談。とてもシャイで素直なアフリカン・ピープルであった。娘によれば、ギニア人にくらべて、もの静かだという。4日には、彼らを神戸観光へ誘うことになった、とはいってもほとんど女房殿におまかせである。
遅くなったので夕食は、加納町の日韓料理「まさ木」で。一本、路を間違えてしまった、というぐらいひさしぶりだったが、相変わらず平壌冷麺など美味であった。

カナダ・モントリオールから、万博記念友好行事とのからみで8年ぶりに帰国したイラストレーターKさん、来訪。お土産話はさまざまだけど、永住権もとっているので、向こうで暮らし続けるらしい。セントローレンス川に沿った美しい街並をもつ町だけに、静かで落ち着いて暮らせるのだろう。
カナダという国も、政治的に大き過ぎず、小さすぎず、ほどほどがよろしいようで。


4月26日

23日。息子が日曜日の西宮でのコンサートのため、伴奏ピアニストのKさんとともに帰神。夜は、SEのMくんとともに、皆でわいわいと夕食。

24日。朝、ご近所の掃除に参加。その後、ギルガメシュの会報をつくり、中央郵便局へ投函。午後、片山・鳥取県知事の講演を聞いた後、息子のコンサートへ。終了後、四人で遅い昼食とCASSALADE(応援してくれている)でケーキを求め、帰宅。
夜は、おなじみご近所のFさん夫妻、セラピストのKさん、さらには以前ホストファミリーをしていた神戸大学講師の韓国人Sさんも交えて、わいわいと。月曜の朝が早くなければのんびりできるのだが、午前様になったところで、退席。

25日。JR尼崎駅付近で脱線転覆の事故。線路脇のマンションに激突したという。

明日に迫った大学院ゼミの発表のための資料をさがす。

今日は、一日レジュメの作成。ぎりぎりまでかかって女学院へ。
テーマは「中国の政治的エートス」。なんとか発表を終えたのだが、その間、教室に見知らぬ中年女性が入室していた。
先生は、発表が終わるなり、「院生、聴講生は授業料を払ってここにいる。今すぐ、出て行きなさい」と一喝。びっくりしたのだが、退室するまでなにがなにやらわからない沈黙が支配。
退室後、件の女性は、内田教授のストーカーで、東京でも講演会などに来てはつきまとう、という。統合失調症らしいのだが、女学院の職員となったウッキーさんも、「なぜ、ここにいるの」と思ったらしい。

それはさておき、中国のこれからを占うさいに大切なポイントは、農民の動きと歴史の回帰性、さらには、カナダ人研究者による提起である「儒教文化圏の台頭(朝鮮の統一に発する中国、韓国、日本の連合)」という話になった。
荒唐無稽というなかれ、歴史は一日にしてごろっと変わることは多々あるわけで、「変化するときの変わり方は、変化しない」という梅棹史観にもふれて、今後の展開における先見の明になるやもしれぬ見解に注目、である。


4月22日

19日。女学院「チャイナ・スタディーズ」講義開始。京大大学院K君が「中国経済」について発表。
中国が経済成長年率7%を保持しなければいけないことの「恐怖感」がじわじわと。政体といっても、13億の民をまとめることは、ふつうの国を統治するのとは、まったくその重さが違うことがわかっただけでも、院生には刺激的だったに違いない。このような言説空間って、なかなかないものだと思う。でも発言が、聴講生が中心になるのもやむをえない。
終了後、顔合わせの宴会。といっても、聴講生が中心で、院生は少しだけ。やっぱり、敷居が高いのか? 一年目はそんなこともなかったような気がするのだが。

20日。旧暦弥生12日、穀雨。早朝は雨模様。こうして作物は生長する。
終日、ニュージランド観光局の企画に没頭。うまくいけばいいが。
それにしても、なぜ「政府」がぬけているのだろう? ひょとして、これも行政改革のせいで民営化?

21日。平日の昼間のトアロード。陽春そのもので日溜まり的のどかさ。これって、消費が動いてないことかも。

今日は午後から、大手のK建設につとめる友人から切符をいただいた「都をどり」を生まれて初めて鑑賞。女房殿の用意が遅れたため遅刻、後半部分だけとなったが、場面交代が早く、あでやかな芸妓さんたちの日本舞踊を間近にみることができた。日本舞踊は、ひとりでも群舞でもびしっと決める、というものではないように見え、これぞプロ! と言いたくなるような踊りってあるんだろうか、と思ってしまう? 手先の表情や視線で演技と言われても、ねえ。お座敷だともっといいんだろうけど、ね。甲斐性がなけりゃ、それもできめえ、ってことか。
むちゃくちゃ奇麗とか、衣装がすごいとか、照明がすごい、とかはないけれど、お点前もいただいて、ほんわかとした空間が味わえて、庭を散策して、となんだか「京都のリズム」にのせられたようだった。
5時から京都駅前の名前を覚えていないが、「サルベージ」「牛のテール」という煮込みで一部に有名な店に連れていき、伊勢丹で美味しそうなトビウオをはじめ、生鮮食品を求めて帰ってきた。


4月17日

ギルガメシュの仲間は「やまざきさつきマラソン」に参加。
こちらは、なにげなく長野オリンピック記念マラソンの実況中継にチャンネルを合わせて、しばし観ていた。元カネボウの早田俊幸が、3時間ペースランナーとして、市民ランナーと一緒に走っている。大きな都市でない分、人出もぎっしりではなく、画面に隙間があって、なんとなく好感が持てる。
画面はトップランナーも映れば、車いすマラソンも、そして3時間台、5時間台、すべての参加層を網羅すべく、全貌をとらえていた。
こんな市民マラソンもあっていいな、と思った。制限時間は5時間だそうな。
うららかな春の長野路である。

午前中から午後にかけて事務所で過ごし、午後3時頃、あまりの好天に娘が「桜を見に行きたい」というので、家族そろって近いところで再度(ふたたび)公園へ。大竜寺に車をおいて、ハイキング路をとおって再度公園(修法ケ原池)へ。午後も後半になれば、すれ違う人はひとりだけ。修法ケ原池の桜は咲いている樹と葉桜になっているものと極端。池は水が干上がり、お世辞にも美しいとはいえない。今年の事情のせいなのか、それともなにか他に原因があるのか。

どこから登ったのかは忘れたのだが、思わず小学校時代の遠足を思い出した。確か西宮の叔父にボートにのせてもらったが、泳ぎに自信のない時代なので、大きな池のような気がしたし、池の濃い緑色の水もそれなりに無気味で、決して万々歳の遠足ではなかったような気がする。暗いねえ。


4月16日

このところ陽春。
14日にはバスケット・ランチを中公園の桜の下で。ご近所の友人も誘ってのうららかな午後のひとときでありました。

15、16日と2日続いて心斎橋大丸美術画廊へ、A画伯と制作物の打ち合わせ。21日からロシアへ行かれるので、いよいよ最終局面に。いきつけのヘアカットの店「テキパキ」では、オーナーのジュンとバリ島の話で盛り上がる。彼女はすでに三回も行っているので、「あそこはどうだった?」、「沐浴はまだ残っている?」など、旅の話は尽きることなく……。

娘から進路で相談あり。相談と言うよりも決意を聞かされたという感じ。2年続きのギニアでのダンス・ワークショップを通じて、受入先の集落や家族との交流が確かなものになっているのか、その辺りのレポート(考察)が「優秀」をいただいて、がぜん研究意欲が湧いてきたようだ。アフリカ文化人類学との関連もあり、立命館大学のE教授に直接会って、大学院進学について意見をいただくようだ。
舞踊と音楽の表現が共同体のなかで果たす役割とか、まだ誰もフィールドワークしていないことにチャレンジしてみたいという。
親としては、歓びこそすれ、悲しむことはない。ただ、だんだん遠くに行くんだなあ、という予感と、扶養期間が長くなる、ということ。
私ががんばらなくてはいけない。

そういえば、つい最近、窪田幸子・広島大学助教授が「アボリジニと社会、ジェンダー、儀礼」(正確なタイトルではない)についての集大成を出版された。彼女は数年前に、ある会合にお呼びして、お話を伺ったことがあった(大手前女子大に勤務の頃)80年代半ばからアーネムランドのアボリジニ集落に入り、娘としての扱いを受けながらの研究の成果が稔ったものだ。彼女の生き方もまた、長年にわたるフィールドワークとともに過ごすという、いわば、とことん好きな道で苦闘するというものだけに、お手本になるのかもしれない

午後3時頃からジョグ、1時間18分。ポートアイランド2期の南に「ニチイ学館」という超モダンな建物が出現。前回の吹雪のときには気が付かなかったのだが、たしか介護の人材派遣の会社だったか、急成長の証のような建物で、なんだか。


4月12日

雨の火曜日。大学院聴講が始まる。今年は「中国問題(日中関係)」、折からの反日運動が荒れている状況下でのスタート。内田先生のキーワード解説を聞いていると気分が重くなっていく。幾多のキーワードでは負の連鎖なので、私のテーマは「中国の言語、政治的エートス」みたいなもの。素人ならではの偏見になるのかもしれない、たぶんそうだろうな。
中華帝国がかたちを変えて続いているという現実の前に、かの国に「民主化」が定着することにほど遠いのではという感覚がつきまとい、強権化以外に13億人をまとめる方法なんてあるんだろうか? というあきらめにも似た思いから離れられない。
帰りに、大阪梅田のソフマップによって、デジカメを購入。バリ島のMさんに送る。実はタパトゥール温泉のプールに浸かってしまって(女房殿のうっかり)、調子がおかしかったのだが、キンタの亡くなった日についに動かなくなってしまったのだ。状態のいい中古で同じモデルが見つかってよかった。
ここでコエンザイムなる健康サプリの特価販売があったので試しに購入する。知人のトライアスリート、2人が使用して、効果ありという。ま、モノは試し、1ヶ月後に報告しよう。


4月10日

土曜日。娘の帰国予定日だが、電話が入って10日の朝になるらしい。体調よろしくなく、帰国したらすぐ病院へ、ということ。なんいせアフリカだけにいらぬ心配は募る。

午後、大阪の誇るプロダクトデザイナー喜多俊之さん主催の「花見の宴」に出かける。女房殿は気合いを入れて、刺繍入り煉瓦色の紬。義母ゆずりの逸品である。
途中、芦屋駅で内田先生にばったり出会う。NHKラジオの生番組に出演するので、天満橋までご一緒する。12日からの講義、中国問題(日中関係)だけど、ちょうど、反日デモが盛んに伝えられているときだけに、どのような展開になるのだろうか?

大阪・天満の社屋前の大川沿いは満開。桜八本を紅白の幕で囲い、緋毛氈の縁台があでやか。茶のお手前に始まり、小鼓の酒樽、花見弁当など、社員がお世話係。桜の花で空がかくれるほど、薄紅色の桜を堪能した。
喜多さんには、トライアスロン支援企業の斡旋をお願いする。スポーツに関心のあるオーナー企業をあたるのは、お役めだからだ。また、ヨシモトのタレントさんたちの衣装を引き受けている呉服屋さんにもお目にかかったが、とてもユニークな方でびっくり。アメリカでジャズの講義をしているというのだから。その日も西川きよしさんのおさがりという銀鼠色の着物で、なかなかお目にかからないものでした。

夕刻、ジョグ。50分、少しづつ戻っているかの感じ。
そして、女房殿の誘いでレイトショーの映画。合唱を通じて「悪ガキ再生」に取り組んだ先生の物語を、「ソプラノ」担当で、後にリヨン音楽院に学び、成功した指揮者がふりかえるという地味な作品。フランス映画「コーラス」という名のなんだか数十年前の作品と言ってもいいぐらい、けれん味とは無縁の映画。文部科学省が推薦するのもうなづける。
芸術は神との遭遇を感じられる機会が多い、とも言われるが、そのような瞬間を味わえば、人はまがりなりにも更生していく。しかし、その機会に運悪くすれ違うようなことになれば、その道は閉ざされてしまうのかもしれない。ああ無情。

10日。午前6時45分に娘から電話。すでに関空着だという。あわてて迎えにいき、車に乗せたら10分もしないうちに、後部座席で横になって約1時間の熟睡。自宅に着いて、私はHTAの総会へ。娘はすぐ病院へ。
午後、帰宅して女房殿に聞くと、「ヘルペスだって。抗性物質で治るでしょ」、で一安心。軽くそばを食べると、急に眠くなって、遅めの昼寝。
夕方、ジョグ。10km気持ち良く走れた。体重は63kg台をキープ。
夕食は、娘の好物、鶏肉、豆腐、茄子、海鼠、大根おろし、アボカドサラダなど、アフリカでは味わえなかったものが並ぶ。久し振りの我が家の味に感激していた。


4月8日

午後の日差しがきつい。釈迦の誕生日。昨日の雨の勢いは弱く、桜は一気に開花した。
昨日よりもさらに暑くなる。

訃報が届く。バリのMさんから、キンタが交通事故で死んだ、と。
あのひとなつこいキンタが、ジステンバーを乗り切ったキンタがあっけなく、昇天してしまった。あれほど、道路のほうへ出るな、と注意していたのに、好奇心旺盛なキンタは誘惑に負けて出て行ってしまったようだ。せっかくバサールがやってきて三匹での暮らしが始まっていたというのに。
神経質なマニは、動かなくなってしまったキンタに驚いて、さらにおどおどしているという。毎日じゃれあっていた相手が動かなくなって、いなくなってしまったという現実が受け入れられないらしい。
また、Mさんのデジカメが動かなくなったという。そして雨期があけたのに、雨がそぼふる、ウブッドにしては寒い日だったという。黒魔術にかけられた日のようだ、とはMさんの物言いだった。

女房殿がさっそく御悔やみをメール。デジカメに残っているキンタとMさんの写真をさっそく送ることにした。

6日夜、ギルガメシュ月例会。鯖街道マラソンまで一ヶ月少し。だが、体調はバリ島影響か、もう一つも二つも。

7日夜、HTAの臨時理事会。 頻尿のこと、 みんなに聞いてみたら、別段たいしたことでもないらしい。出席者は私より年上なので、経験則から話していただける、ありがたいこと。今度、検査の機会があったら、たずねてみよう。

帰り、書店によって「文學界」を求めたら、すでに5月号になっていた。ありゃま、4月号は回収だ。内田教授の「私家版ユダヤ人論」一回分をとばしてしまった。ミーツもそうだった、内田・平川往復書簡の一回目がとんでしまった。3月上旬・下旬の書店すっとばしが「うっかり」を呼んでしまったというわけか。

週刊「ダイヤモンド」で、「大学選び」特集があったので、ぱらぱらと立ち読みしていたが、結局は、読者層の父親に対して、これからの時代「どの大学を選べば(子女は)トクするのか」という視点で語られていて、ノー・サンキュー。そのような姿勢だからかどうなのか、コメントを寄せた内田教授の肩書きが、神戸女子学院大学、となっていた(神戸学院、神戸女子、神戸女学院、のどれでもいけるもんね)。編集者、わざわざ東京から陳謝にかけつけるという始末(大手出版社の無駄使い典型)。


4月6日

朝は寒いが、昼間は春爛漫となった。事務所の前の桜並木のなかにもちらほら咲き始め。外でランチの季節到来である。
週明けではあるが、まだリズムは戻りません。

昨日、神戸女学院に出向き、3年目の内田教授の聴講登録。一月以来となったが、3人の継続聴講生に出会う。来週から「中国問題」だが、先生はとらえどころのない大国をどうさばいていくのだろうか?
ジュンク堂で、本を漁っていると、『バリ宗教と人類学』という研究書にぶつかり、読み終わったらバリのMさんに送ろうと思って購入。著者は名古屋の南山大学の吉田竹也助教授。この本を参考にしながら、バリについて書いていけば、大方間違いはないように思われる。フィールドワークの対象地域は、ずばりウブッドだったのだ。

昨晩より、ちょっとからだがだるい感じがする。バリのフットマッサージのおにいちゃんに「あんたの悪いところは、尿管」と指摘されていたし、右ふくらはぎのやけどの炎症もあわせて、しばしは慎重にからだをいたわることにする。


4月3日

2日朝、関空着。バリ島から帰国した。想像以上に不思議な風土と慣習が残存しているところで、簡単には言いあらわせない。
迎えに着てくれた息子から、国際分野かつ福祉分野での奉仕活動に熱心だった友人、岩尾啓子さんの「死」を知る。すぐさま告別式へ。ラジオパーソナリティの小山乃里子さんが友人代表で弔辞。「彼女は関学入学のときから大輪の華だった」。お二人は関学時代からの親友で、つい最近もゴルフを一緒に廻ったばかりで、かれこれ45年のつきあいだった。しばし涙が止まらず。

夕刻、本誌の寄稿者でもある阪神高齢者・障害者支援ネットワーク理事長、黒田裕子さんの「朝日社会福祉賞」受賞記念パーティ。会場の「V & V」を勝手にシェラトンと思い込んで30分の遅刻。女房殿にあきられた。なぜ思い込んだのかわからない。福祉関係、行政関係、NPO関係が集い、喜びを分かち合った。そう、誰かが切り開いていかなければならない道を彼女は進んでいる。

夜は三宮「ピア・ジュリアン」での息子のコンサート。芸大作曲科の友人、小牧亮子さん(ピアノ)の曲も含めて、ともに演奏、成長の跡を見せてくれました。
終了後、ご近所のFさん宅で用意していただいた遅い夕食。おこぜの刺身は、はじめての美味。せっかくだったのに、さすがに疲れ気味で、食は進まず、午前1時過ぎに引き上げた。


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