混迷亭日乗 Editor's Diary

11月30日

午後から印刷物納品で大阪まで行き、ついでに桜橋の露店のくつやさんで、修理のブーツ(ファスナーのとりかえだけど、もう24年も履いているので、¥4500は惜しくない)をピックアップして神戸女学院へ。

今週は米・日のSocial Capital(社会関係資本、と言われる)の隆盛について。はやい話が人脈を主としたネットワークの構築で、90年代、経済のグローバリゼーションとともに隆盛をきわめ、当然、日本もそれに巻き込まれているわけだ。
しかも、通常のSCはもとより、インターネットでのそれが、ベンチャービジネスとしてもてはやされている、という。グリーとか、ミキシーとか、聞いたことがあるだろうか?

今日の報告者、京都大学大学院で経営学専攻のK君によれば、紹介者がなければ入れない一種のクローズド・ネットワークで、その趣旨をつらつら眺めるに、「なんじゃ、こりゃ、ネズミ講みたいなもんか、と一驚」。出席していた女学院院生にも、2人ほど誘われたらしいが、辞退したそうだ。
内田教授いわく「身体性の欠落したネットワークは所詮徒花、共同体としては成立しない」とバッサリ。
かかるネットワークの隆盛の原因は、やはり「take it easy」というか「なにか得するネットワーク」が儲かるとふむ、幻想としての欲望にますます囲い込まれている人たちが、首都圏の有名私立大学(K大SFCをはじめとするW、J、Aなど偏差値秀才が多い)やマスメディア、大手広告代理店に多いからだろう。なぜなら、彼らは自分たちが、優れて情報発信者だと思っているからだ。

夜は、神戸復興塾の「震災・災害報告会」に出席。11時近くまでのロングラン。おにぎり2個と少しのワインでなんとかしのぐ。塾長、小森・山手大学学長の鋭い指摘が飛ぶ場面もあったが、報告者が若かったせいもあるが、どうも昨今の30代の識者はカウンターカルチャーの波に洗われることがないせいか、現在の権力システムのなかで、いかにおりこうさんにふるまうかを体得してしまっているような気がする。
たとえば、よく言われる話だが、「いまの行政権力を選んできたのはあなたたちではないか」「市民として義務をはたしていない」「参画と恊働は、相互補完するのはいいことだ」、権力が奈辺にあるかを前提にしない字義通りの解釈では、はじめから勝負は決まっている。


11月28日

朝、神戸駅前のHousing Design Centerにて、昨日のコピー(求人用)について建築家のYさんとお会いする。環境、家族、教育、栄養など、多岐にわたる危機認識のもとに、「木の家をつくる」ことの意味合いについて、お話する(と言ってもほぼ聞き役だが)。求人といっても、志を同じくする営業スタッフ募集なので、過不足なく訴えていかなくてはならない。

午後、昨日に続いて1時間ジョグ。今日の伴奏はベルディの「椿姫」、火事で全焼してしまったベネツィアのフェニーチェ劇場再生記念コンサートのライブ録音だった。初譜を忠実に再現したもので貴重なオペラだった。

夜は娘のダンス・リサイタル。創立10周年ということで、過去の作品の総集編と新作の2部構成、ゲストでDABOMPAとDJが参加、彩りを添えた。タップもうまくなって、一年一年、成長が著しい。あらためて、ダンスという夢中になれるものを持っている娘たちに幸多かれと祈る。

打ち上げはなかったので、自宅でDABOMPAと一緒にとり鍋にて乾杯。皆さん、お疲れ様でした!


11月27日

朝、娘の所属するダンスカンパニーのリサイタルのため、東京からのアフリカン・パーカッッショングループ「DABOMPA」が来神。今日、明日と自宅に宿泊。午前中、事務所でコピー書き。
午後は、1時間ジョグ。そういえば、ポートアイランドで化学物質の流出事故があり、二期の一区画が立ち入り禁止となっていた。

その後、DABOMPAのアッシーで、六甲アイランドの「カフェ・ラニ」(ハワイ風)まで、往復。イベントの宣伝を娘が積極的ではなかったため、お客さんはわずか。まるでファミリーコンサートのようになってしまった。終了後、アフリカン・ダンサー、NICCO(アフリカン・アメリカンと日本人のハーフ)が3つのステップを教えてくれた。参加者はジャンベ(太鼓)も叩いたりして、楽しいひととき。
こんな経験するのも、娘のおかげ。アフリカとの縁はますます深くなっていくようだ。


11月26日

久しぶりに友人のNさんが来訪。邱永漢のツアーで中国へ出かけていたのだが、その手みやげ「ハワイコナ」と「ブルーマウンテン」の混合新種をいただいた。彼は邱氏の経済観を師として仰いでいるといってもよく、新規商品の開発にはアドバイスをもらっている。

夕刻、ジュンク堂で「反戦略的ビジネスのすすめ」平川克美(内田先生の畏友)、「脱商品化の時代」イマニュエル・ウォーラーステイン、「浮き足立ち症候群 危機の招待21」加藤秀樹(構想日本代表)、「市場の中の女の子」松井彰彦と、一部で話題になっている書物を購入。いずれも混迷する世界を理解するにはいい道標になるはず。


11月24日

22日。妹と母が11月生まれ。で、お誕生日ということで、訪れて夕食を共にした。妹は休みが不規則な勤務なので、休みの日になった。
今年84歳の母は足の痺れ(神経痛)があるので、今は週3回のデイサービスを享けている。今日は元気のようだけど、また一人になると、哀しくて辛そうな表情に戻るのだろう。

23日。午前中事務所、午後から都市計画プランナー、Oさんの還暦祝いに招かれて出席。この日、世間は狭いというできごとが2件も明るみに。10年前の震災時からの付き合い、関大助教授のMさんともども、しこたま飲んで、夕方解散。
あらためてOさん、60歳には見えませんよ!

事務所の電話、工事の日は未定だけれど、2回線をADSLにすることになった。NTTとKDDI、日本テレコムの熾烈な戦いが続いている。面倒なので、どこでもいいのだが、熱心な営業マンにはやはり情が移りますね。

12月26日、能を観ることにした。大阪の大槻能楽堂で、鼓の久田舜一郎さん還暦祝い公演だ。内田先生から案内をいただいていたので、切符をお願いした。
震災後、ジーベックでの現代音楽との競演で初めて聴いたのが印象に残っている。その後、何度か耳にする機会があったのだが、彼も、もう60歳なのか!


11月21日

金曜日。ウインドウズのCD-ROMが見られないので、ご近所のFさん宅で、資料にあたる。MACなんか相手にしなくなるビジネス界のなか、winのマシンも必要になるのかな、と。

女学院での甲野善紀先生の講習会、今回は欠席。20名限定だったので、ふだんから武術やってる人を押しのけてでも、というわけにはいかなかった。また、次の機会を楽しみに。

夜は、アテネ・オリンピック代表選手を輩出したチームテイケイの今年度報告会が、大阪・本町の割烹『ふる里』で開かれた。10時半過ぎまで、ひさしぶりに痛飲。関西のトライアスロン界の初期の牽引者、Sさんの長口舌につきあったが、さすがに50代になって、柔らかくなってきた。

土曜日。散歩、朝食、洗濯、服の入れ替え、散歩(灘・副都心のなぎさ公園)など家事で過ごす。夕食は、これも久しぶりのカリー。娘のせいで、中途半端なもの(「こくまろ」を中心に使わないと食べられないのだ。できあいのルウを使わないカリーは、娘のいないときに作る)になるが、しかたがない。

石原慎太郎原作の『弟』のテレビ版(五夜連続らしい)を観る。石原祐次郎は15歳も年上なんだ。映画でも音楽でも、ずっと関わりなかった人だけど、存命の兄の原作だけに鼻白む一面もあるが、濃い兄弟関係がわからない者には、うらやましい一面があることは確かだ。

日曜日。水曜日のD社での打ち合わせのレスポンスをまとめる。いまだ進行中だが、月曜にとりあえず提出することにした。ものはS市の企業誘致案件。
晴れていたので1時間ジョグ。まあ、走れたので一安心。


11月17日

月曜日はなんとか持った。

しかし火曜日になると、日中、寒気を感じてしまい、おまけに書いていたコピーが全部消え、打ちなおしのため、大学院は休む。そのほうが良かったかも。
早めに帰宅して風呂をわかして、温まり、即寝る。
夕食は、塾を終えて帰ってきた女房殿がつくってくれたうどんをいただく。今回はぺろり。汗は出る出るで、なんとか起床時には立ち直る。しかし、まだ走る気にはなれない。作業のときは、冷えないようにアンダータイツをはくことにした。
月曜の朝日新聞に載っていたが、冬場の早朝ランニングの注意を促すもので、私の場合も決して勧められるものではないので、風邪をひかない工夫をしなければならないようだ。

大阪のD社でも、温かくて上着を脱いで打ち合わせをしていた。JRに乗るとうっすら汗をかく。あいかわらず、体温の調整がうまくない。

午後7時、今はなんとかいいようである。今日はキムチ鍋とするか。
そういえば、ここ3日ほどアルコールを口にしていないなあ。


11月14日

私にとって、季節がようやく秋になった。

12日、大阪に出かけて、歩いていたらとても汗をかくので「まいったなあ」と思っていたら、案の定、土曜の朝のお勤めから帰ってメイの散歩に出かけたら悪寒がする。熱を出す前の兆しだ。さっそくメシも食わずに横になって、ひたすら汗をかきだすことに専念。
朝9時半からベッドのなかで寝ていると、からだのふしぶしがきしみだす。
女房殿が用意してくれた「うどん」すら、ちょっとつまむ程度でひたすら寝る。
そしたら、夜の8時頃、日曜日開催の「カーフマンジャパン グリーンピア三木 ステージ」の事務局長から電話で、「JTU」の旗を持ってきてほしい、開会式の挨拶してほしい」と依頼され、断りきれず、こうなりゃ、朝の6時までになんとか汗を出し切ることにしようと、午前2時頃に「おかゆ」をいただき、二度ほどシャツを着替えて、さらにひたすら寝る。

日曜の朝、7時に出かけ、会場に8時前に到着。主なスタッフの面々と顔を合わせてから、冷えないようにと救護用テントのなかで、しばし待機。9時に始まった開会式で、くぐもった元気のない声で挨拶を終えたら(選手の皆さん、すんません!)、もうレースがはじまるのでそそくさと退散し、ベッドへ直行。午後1時まで寝て、論々神戸のレポートためのネタである「新潟地震、台風23号災害」の報告会に参加。部屋のすみっこで、5時間ひたすらメモどりで疲れはて、午後7時に終了後、すぐ帰宅。
夕飯はなんとか食欲が出てきたので、少し食べて、新撰組とそれに続くNHKスペシャルを見て、早めの就寝とあいなったわけである。

いいことが一つあった。10数年も前のことトライアスロンが縁で知り合った西宮のAさん夫妻の上のお嬢さんの就職が決定した。紹介したのは女房殿だが、広報関係のIBMのグループ会社で担当者が感じのいい人だったので推薦していたのである。


11月9日

Jポップのデュオグループ「コブクロ」が『MUSICMAN SHIP』というアルバムを3日に出した。そのトップに『東京の冬』という曲がある。
ささやかだけど、その楽曲にクラリネッットで愚息が参加しているので、親ばか承知でお知らせします。親類縁者だけにしようと思ったけど、ま、いいか。よかったら聴いてやってください。
私の楽曲評価は及第点、売れてもおかしくないと思っているが、私がいいと思うとヒットしなかったりして。ま、CD売れても、息子には関係ないそうですが。

大学院の日。今日は出席者が少なく、こじんまりとしたゼミに。いつも活発に発言していた研究者のN君は、同じく研究者某大学非常勤講師のMさんに拉致されて、アシスタントになり、同じ時間帯なので、出席かなわないという。また一人、事情により消えていった。昨年から引き続き、出席しているのはごくわずかの聴講生に鳴ってしまった。
わかっていたら、先週、N君を誘って飲みに連れていくべきだった。

テーマは「アメリカの児童虐待」。重くていやーな話題。優勝劣敗の社会のなかで、児童虐待は当たり前の如くあったものが、社会学的調査により、敗者の有意ある数字となって登場、大きな課題となってきた。
その意味では日本もアメリカを追っかけている。地域社会の解体、家族の心的分散によって、ブレーキをかける存在が周囲にいなくなってしまった。由々しき問題だが、そこには単純に語れない複雑な要因がからみあっているに違いない。泥縄の対策を嵩じても、すぐに消え去るものではない。


11月7日

6日。朝のお勤め、メイの散歩、朝食、メールの整理、洗濯をすませて、お昼頃に青垣町に向けて出発。急ぐことはないので、六甲山を越えて三田から普通の国道を走る。
5月以来の青垣だが、遠阪川の堰堤の桜並木の眺望が高速道路の橋脚のせいで台無し。まるで不粋そのもの。なにもないけれど里山の風景が無惨。盛り土ならばまだそこは草で覆われるので救いがあるが、まさに風景というカンバスを切り裂いた。

大会会場のグリーンベル青垣で着替えてから、明日走れない分、コースに出て約50分のジョグ。遠阪川の水は先月の台風増水の気配も消え、清流そのもので、時折すれちがう人たちに挨拶しながら汗をかく。その後、プールでひと泳ぎ、とはいっても、やはりしんどい。気持ちはいいけど、500m程度で切り上げる。さびしいねえ。
夕方、HTA常任理事のOさん宅に到着、チームテイケイの八尾監督ご家族の到着を待ちながら、Oさんと娘さんのご家族と一緒に鍋をつついた。特別メニューは、やわらくてジューシーな「鹿肉のたたき」と、香り・味ともさすがの地元産「マツタケ」。
当然監督とチームの状態や、日本のトライアスロン組織の問題、コーチングの話、歴史認識など、多岐にわたって意見を交歓する。あっという間に夜更けとなり、解散。

7日。朝7時に起床して、JTUちびっ子トライアスロン教室の会場、大阪の千里国際学園へ。参加者が100名を越え、オリンピアン2選手も参加してくれて、大いに盛り上がる。この教室は全国一の質・量を誇るものとなった。大阪府協会、JTU指導者養成委員たちのがんばりの賜物である。

夜は、フィンランドの武術家、MR.カウコの来訪。もともと彼を紹介してくれたTさんとその息子と一緒にわいわいと。なんでも北京で宗家の代替わり大会があったそうで、せっかくだから、日本にも足をのばしたという。日本語が実に達者だから、いろんな話題(教育、経済、音楽、映画、宗教、大統領選挙などなど)でおしゃべりは続く。
しかし、ブッシュが再選されて良かったというには、釘をさしておいた。彼は、EUの本体を牛耳る南欧の連中が北欧の足を引っ張っていると主張。敵の敵は見方とばかりに、ブッシュ支持になるか? どうもそうじゃない、やはりマッチョが好きなんだろう? 


11月5日

木田 元・竹内敏晴の対談集『待つしかない、か』を読了。ハイデガーやメルロ・ポンティをベースに、演劇表現や言葉のコミュニケーションについて卓見が開陳され、内田教授が日頃、おっしゃることに共通するものが流れている。
近代の超克というアポリアをあらためて確認、浪漫派に流れずに、近代をどう飼い馴らせるのか、アタマの悪い私は、身体に聞くしかない。

昨日、「こぶくろ」というグループの新曲「東京の冬」を HMVで視聴した。なぜか? って。
実は息子がクラリネットで、オーボエと一緒にスタジオ録音に参加しているからである。親バカチャンリンではあるが、聴いてみてこの曲、なかなかよくできている、と思った。さてさて、ヒットするのだろうか? 機会があったら聞いてやってください。


11月3日

文化の日だけれど、朝のお勤めが少し伸びて、メイの散歩と食事を済ませたら、もう11時。それから、事務所によってから、「都市再生フォーラム」という長田での会合に出掛ける。しばらくぶりの方々に加え、新顔(といっても、あちらにとれば私が新顔かも?)もちらほら。きっかり午後5時まで。
京都府立大学の竹山先生に都市の住宅政策について、論々神戸へのご登場をお願いする。

アメリカ大統領選挙、ほぼブッシュで決まり。ニュースでは254VS252だけれど、当初より鍵になると言われていたオハイオの状況がよろしくないため、ケリー陣営は敗北を認めるような感じ。
ああ、やれやれ。どうも政治的に私の応援する人々は、敗北していくようだ。
今、感じていること。

1 フロリダでブッシュが勝った。前回に比べ、票が増えた分はブッシュに多く流れた、という事実。今度こそはと思って投票に出かけた人の多くは「草の根保守」だった。
2 キリスト教原理主義がどんどん政治に介入してくること。アメリカは政教分離国家ではないことが明白になった。
3 ケリー支持はイーストコーストとウエストコースト、そして中北部という各州、ブッシュ支持は中部、西部、南部の各州とはっきり分かれた。まさに南北戦争だ。これはそのまま、イヤな言葉だが勝ち組の「持てる層=リベラル」と「持たざる層=IT置いてきぼり層」との分布におおよそあてはまる。
4 3とも関わるが、民主・共和支持者の亀裂は深刻で、他者への寛容はごめんこうむるという、内ひきこもりが進行している不気味さを感じざるをえない。 


11月1日

すでに10月も遠ざかる。肌寒いという感覚はまったくない。まだタオルケットで十分寝られる。秋冷というにはほど遠い。朝の通勤ランも半そででOKだ。神戸大橋を通過する頃、やっと東の空が白む頃だというのに。

三宮のAOIレコード(ここは、私の師匠だった故・小島素治の想い出そのもの)の“おにいちゃん”を訪ね、預かってもらっていた「はっぴえんど」のアンソロジーを受け取る。日本のロック&ポップスにおいては歴史的な作品なので、開封して自分のものとするか、そのままにして息子のプレゼントにするか、迷っている。ついでに、たまりにたまったビデオを処分するというので、映画『エルトポ』をいただく。71年製作で、フェリーニなんかの匂いが漂い、故・寺山修司が激賞したといういわく付きの作品だ。なぜか86年の東京国際映画祭で受賞しているのだが、記憶に無いので、今度の休みに見てみよう。


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