混迷亭日乗 Editor's Diary

5月30日

無情にもいつもの目覚ましが5時30分に鳴った。そうすると、後は断続的に眠りが中断される。メイの散歩、朝食、洗濯を終えて、11時すぎに一カ月ぶりのジョグ(この前はダブリンだった! なんとも早い一カ月)。ポートアイランド2期工事区に入ったが、あまりの日差しにユーターン。これ以上走ると、疲れが残りそうだったので、約40分できりあげた。
その後、事務所でクラブの会報を作成し、発送のため中央郵便局へ、いわゆるママチャリで約9kmを疾走。バイクの感覚も長い間のご無沙汰なので、ちょっぴりエキサイト! しかし、ママチャリ一生懸命こぐ姿は、きっと滑稽!
息子が母校での教育実習(音楽)のため、帰神。同じ藝大作曲科のDさんと二人で担当するらしい。
娘も第18回ジャズ・フェスティバルの出演後、早めの帰宅だったので、久しぶりに4人の食事。お手製餃子中心のメニューになった。
あっという間の日曜日。明日は松江に一泊出張する。ラフカデオ・ハーンのお孫さん、小泉 凡・島根女子短大助教授への取材である。


5月29日

28日、29日と『論々神戸』関連の会合に出席できず。28日は震災10年市民検証研究会、兵庫のじぎく国体実行委員会総会が重なり、29日はFMわぃわぃの再出発記念。仕事が予定どおりはかどらないと、時間的に出席が無理になる。
昨日、遅い昼食を食べたのは、県民会館近くの元タカラジェンヌの経営する無国籍料理レストラン、五穀米があったので入ったのだが、どうも成田全日空ホテルでのそれとは異なる。割合が低いのか、独特のつぶつぶ感、ざらざら感がないのだ。これは、うちのご飯でも言えること。「こしひかり」が勝ってしまうのか?
女房殿も塾で遅く、娘とともに生田川畔の北京料理、安くてうまい『悟空』へ。満腹で満足。

今日は、初稿のチェックバックの帰りが遅かったのと、修正で再構成しなければならない4ページのために手間どったのである。6ページ分の原稿を4ページ分までに短縮するのは、やはり骨が折れる。
結局、8時頃まで事務所にいて終了。で、夕食は、手軽にお好み焼き。明日はゆっくり寝られる珍しい日だ!


5月26日

25日、火曜日は大学院の日。先週は「カウンター・カルチャー」、休んだのだが、かえすがえすも残念。今週のテーマは「アメリカと戦争」。
1842年、米墨戦争(対メキシコ)以来、断続的に戦争をし続けなくては、たち行かない国というのは、いったいなんであろうか? 日本へのペリー来航の圧力という幕閣に与えた恐怖感は、以上の文脈でとらえないといけない。
正義と民主主義を大義名分にする理念によって成り立った国の裏面にあるおぞましさに、あらためて宿業を感じる。嗚呼。

資料探しにジュンク堂へ。ハンガリー初のノーベル文学賞受賞作『運命ではなく』(ケルテース・イムレ著)と敬愛する作家、本間千枝子さんの執筆する『世界の食文化 12巻 アメリカ』(農文協)ほかを購入。先々週は「アメリカの食文化」だったので、この情報を、早速、メールで内田教授にお知らせする。

今夜は、トアロードのダイヤモンドショップ「アンレーヴ」のM店長がヨーロッパに帰郷(?)するので、自宅でお別れ食事会。女房殿のアラカルトに混じって、タイ風グリーンカレーを一品つくる。「いかりスーパー」のチキンは、うまかった、さすがである。


5月24日

いやあ、なんと遠いことか、柏原は。
クルマだと1時間40分のところ、阪急とJRで3時間だった。時刻表を確かめない私がいけないのだが、宝塚駅で1時間も待ちぼうけとは。おまけに、快速は宝塚〜柏原間が1時間20分、特急だと途中で追い越すので50分。30分早いために940円の特急券が余計にかかったのである。柏原では、HTA・S理事長に出迎えていただいて、恐縮。これがなければ、余計に1時間が費やされるところだった。

トライアスロン大会に、ちょっとしたアクシデントはつきものだが、ほぼ大過なく終えることができた。来年は氷上郡合併で丹波市となるが、その前年の大会として成功は大きかった。アテネ・オリンピック男子代表の田山寛豪(ひろかつ)、西内洋行(ひろゆき)も応援で、花を添えてくれた。子どもたちには、いいプレゼントになったと思う。
帰り際、日本代表コーチの八尾監督(チームテイケイ)と立ち話。今後のトレーニングの課題とJTU強化本部との強化をめぐる対策の調整。
オリンピックには魔物が棲む、というのはなにもゲームだけではなく、その前哨においても、さまざまな思惑が蠢くので、精神的にまいってしまうのである。


5月22日

なんと10日間も空白にしてしまった。ここ数年で最も睡眠時間の少ない期間であった。
仕事以外の主なできごとのみ記す。
14日。故浜淵節夫・元神戸新聞記者、京阪神Lマガジン社社長を偲ぶ集い。終了後、スタッフライターの大谷成章さんと韓国居酒屋でささやかな懇談。「論々神戸」のことも当然話題になる。思いっきり書けないことを書ける場でありたい。
16日。朝一番ののぞみで上京。JTU理事会にてアテネオリンピック日本代表選考を行い、男子2選手、女子3選手を満場一致で選出。男子2番目の選手をめぐってもめないで、ほっとした。3時からの記者会見を見届けて、帰神。
17日。徹夜。
18日、甲南大学に留学して、昨秋3カ月ホームステイしていたKATが来週、アメリカに帰国、フェアウエル・ディナー。日本語、上手になったかな? 深夜、原稿書き。
20日、神戸新聞に原稿を届けにきたM君とランチ。明海ビルの四川料理「天府tempu」、有機野菜というだけあって、上品な味付けでうまい。深夜、原稿書き。
21日、最後の追い込み。夜10時にすべて書き終わった。ただ、ぐったり。
22日、文字校正をデザイナーN氏に手渡す。そして、ようやく「論々神戸」にかかっている、というわけだ。これから、青垣町へ。JRで出かけることになる。すでに、主なメンバーは、入っている。明日はHTA主催のトライアスロン大会。


5月11日

徹夜明け、とはいっても、午前5時頃から3時間ほど寝た。
神戸女学院大学院内田樹教授の講義、今年初めて出席。テーマは『アメリカの食文化』。マクドナリゼーションvsスローフードという構図ではあるが、どちらもある意味、イデオロギッシュな匂いがするので、ほどほどに。
でも、私はマクドナルドのハンバーガーは基本的に食べない。胸焼け起こす可能性が高いからだ。モスバーガーは食べられる。
なんでもこの講義の内容は逐一録音されて、めでたく終了後、ユニークなアメリカ研究の一環としてNTT出版より本となるらしい。今日は担当編集者が臨席、若い男性であった。

夜、『遥かなる大地』というアイルランド移民の土地への執着を描いた栄華をビデオで観た。女房殿がレンタルしてきたものだ。トム・クルーズとニコール・キッドマンの共演になるもので、アメリカの食の貧しさの根源の一端にアイルランドがあることを再認識した。


5月10日

なんということか? めまぐるしいほどの忙しさに、心を失いつつある。論々神戸関連のほうへ、手がまわらない。次から次へと締め切り間近の書類がおしよせる。HTAのほうも、M常任理事におまかせというありさま。
今日はロングランになる会議になるかと思いきや、救われたものの、結局徹夜状態に。
そういえば、飯田眼科へ行く日であった。でも、行けなかった。眼が疲れているのは確か。

巷では、民主党の菅代表が辞任したとか。随分こっけいな話なんだけど、大衆のうっぷんが陰湿なかたちで働いているような気がする。
あえていう。年金問題って、そんなに大事なの? 大衆の怒りの矛先って、ちょっと自由な生き方をしている人々への怨嗟となり、どすぐろい本丸へはなかなか向かおうとはしていないようだ。

トライアスロンの世界選手権(9日、ポルトガル・マデイラ)で女子が活躍、アテネの代表3名が内定した。16日のJTU理事会でもめなくてすむことだろう。してみると、三宅義信副会長(アテネ強化対策本部長・東京、メキシコ五輪メダリスト)の方針が結果を出した。やはり、経験の力、伝統の力なのだろうか。
男子のほうは、1名の枠が決まっているが、2人めについては、14日のITUの国別ワールドランキングの結果を待たなければならない。それをふまえて、理事会で正式決定だ。
女子の代表が多いのは確かなのだから、役員派遣も女性を重視するというJOCの方針には賛成だ。わがトライアスロンの場合、W理事かY理事にはぜひ行っていただきたい。


5月4日

1日夜、帰国した。帰路の飛行機(フランクフルト─成田)での中途半端な眠りが疲れた、という感じをもろにひきづっている。
で、2日から早速、こきこきと原稿書きのしごとにかかる。午後7時からの打ち合わせを終えると9時半。

3日も原稿書き。しかし、昼食の時間帯でうつらうつら。
午後6時半に、前日に頼んだ写真約600枚のプリントをとりに三宮へ。メイを連れていったのだが、センター街の真ん中あたりで、敷石が滑るのがイヤで、路上でべたりと動かない。しかたなく、コヤマカメラのなかから様子を見ていると、通行人がいろいろ心配してくれているので、気が気でなかった。これからは、舗道を確かめてからにしょう。
夜、写真を整理しながら、私のいないあいだに首位に立ったという横浜が、ジャイアンツといい勝負をしている。ところが、やはりギャラードがスコーンとやられてしまい、またしても、観るのではなかったと反省。そして、夜中なのだがどうも眠りが浅く、何度も起きる。女房殿に手伝ってもらって、ようやく安眠。

その反動が4日に出た。いつもどおり5時半起床で、お勤めの後、散歩と朝食をとってしばらくすると睡魔におそわれベッドに倒れこんだら、午後1時40分まで、爆睡。女房殿に「お昼ごはんよ」と言われるまで、眠りこけたわけだ。
このような時差ぼけも、加齢のせいか。
今日も午後7時からの打ち合わせ。その後、お土産をもって母と妹の家に。帰宅は10時となった。


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