混迷亭日乗 Editor's Diary

3月27日

25日。雨、肌寒し。ばたばたと一日雑用で終始。

26日。アイルランド&ハンガリー情報紙第一号、出稿。一段落。
大阪の広告代理店A社より連絡。なんでも大陸横断ウルトラマラソンランナーの女性をメインにした映像作品をつくるためのお知恵拝借。来週早々に顔合わせ。
震災10年市民検証研究会に1時間ほどだけ顔を出して、夜はJTU近畿ブロック協議会会議。終わったのが10時過ぎ。帰りは環境委員のSさんとおじさん井戸端会議。彼が、最近は、養老孟司の本が楽しみだ、という。いことだ。でも300万部というのはなんともイメージがわかない。ホントに、300万の人々はわかっているんだろうか? 300万の力があれば、この社会は、もちっと面白くなっているはずなのに。帰宅は、当然12時頃。

今朝は始発で東京へ行き、最終で帰神。
朝の駅弁がちょっと良かったのでご紹介する。今日はいつもと違い、車内販売のもの。
春の風に乗って 父なる山の恵みをお届けします、
という謳い文句の『竹の子ごはん 桜めし』 
どこが作っているのかは知らないが、お品書きは、以下のとおり。
鱒の塩焼き、桜海老薩摩揚げ、焼き竹の子、煮物(蚕豆・里芋・人参・蕗・花びら)、青海苔入り玉子焼き、菜の花漬け、笹巻き麩、桜こんにゃく。そして、竹の子ごはんと桜めし。
カタカナがないのが、実に気持ちがいい。幕の内にきれいに収まって、これで1000円はお値打ち品。
2003年度最後のJTU理事会、社員総会だった。圧巻は、三宅義信・アテネオリンピック選手強化対策本部長の沖縄合宿の報告だった。
日本選手にほのかな希望が見えてきた、ようである。


3月24日

一つ、一段落したので、飯田眼科へ。今日は、患者が少ないのに、なぜか待たされた。眼圧は、15でふんばっているそうな。でも、10台前半になってほしいといのが、先生の希望だ。これって、なんとなくヘンな感じ。

治癒するはずのない症状だからして、悪化することを点眼薬で押しとどめる、まではわかるのだが、いつも「お変わりないですか?」と尋ねられて、「悪くなっています」とも言えず、「変わりはないです」と答えるのだが、その底には、薬をやめたら、もっと悪くなるんだろうな、という思いが常にあって、今以上に見えにくくなるのはイヤだから、こうして、ほぼ二週間に一回の眼科がよいが続く。いつまでも、続くのだろうなあ……。
帰りに古本屋で沢木耕太郎『血の味』を購入した。半額だった。


3月23日

昼間の時間の早く過ぎること。F薬品の仕事のバタツキである。
夜、神戸大学大学院国際協力研究科教授、芹田健太郎氏の退官記念パーティが神戸外国人倶楽部で行われた。
国際法や国際人権法の権威でもあり、震災以降は、市民とNGOの「防災」国際フォーラムの要として、故・草地賢一さんとともに活躍されてきた方である。
今後は愛知学院大学と国際交流協会に席をおき、名古屋と神戸を行き来されるそうだ。
スタッフの大谷さんを通じて、「論々神戸」にも、ご寄稿いただけるようにお頼みする。
会場は、終始なごやかに進行したが、先生と13匹の愛猫との交流が壁をにぎわしていたことが印象的であった。

帰りに軽くビールを一杯。同行は、NPO兵庫農業クラブ・増田大成さん、神戸学生青年センター・飛田雄一さん、関西NGO協議会・榛木恵子さん、被災地NGO恊働センター・細川裕子さん、そして、ジャーナリストの大谷成章さん、でありました。


3月22日

坪谷さんの個展、あらためて拝見。蜜ろうでの制作プロセスを教えていただく。大きな作品を切り取った小さな作品が目立っていたが、論々神戸でも紹介した『いのち』(永六輔 文・坪谷令子 絵 理論社)はロングセラーになることを祈る。
藤沢周平原作の『蝉しぐれ』がNHKで再放送されている。今日で3回目だった。前回も全部を観られなかったので、今回は、と思っていたら、もう3回だ。だいたい、ビデオ録画する習慣がないので、すぐ忘れてしまうのである。高機能になったせいか、入れても失敗することもある。
80年代後半のビデオがなつかしい。いまでも覚えているがMitsubishiがマドンナをキャラクターとして起用していた頃の製品で、これはしっかりものだった、な。


3月21日

土曜日。お勤めが長引き、食事、掃除、洗濯をしていたら、あっという間にお昼どき。天気はよくないが、一応干しておく。そして、引き続き原稿書き。あまりさっさとは進まない。
夕刻になって、近所のFさんの息子T君(阪大で化学専攻)が一カ月のタイ自由きまま旅行から帰国。お家が留守居なので、我が家でひと休み。昼飯食って、留守番してもらって、メイを散歩に連れてもらった。
女房殿は、F薬品DVDの仕上げのため大阪のスタジオへ。私も、5時から、坪谷令子画伯の個展オープニングのため、北野のギャラリー島田へ。灰谷健次郎のトーク、そして永六輔が追っかけてきて、3人のトークがこれから始まるというところで、仕事打ち合わせのため退出。
結局、7時を大きく越えたため、帰宅して、T君とともに夕食を作る。彼がタイ風麻婆豆腐をつくり、私がサラダと総菜を一品つくるという合作。ま、なかなかに美味しかったので、良しとしよう。
原稿は明日。集中してやっつけることにした。

日曜日。事務所でハンガリーの原稿にかかる。夕方、ジョグで40分ほど、休憩したが、およそ仕上がったので、夜の部へと思っていたら、ちょっと資料が足りない。そこでジュンク堂にでかけて、適当な書物を手当した。
そしたら、昨日のお礼ではないが、Fさんがメバルをたくさん釣ってきたので、ご一緒にということで、8時頃から美味にありつく。11時まで饗宴。それから原稿のフィニッシュまで、そしたら、午前2時とあいなった。

イラク侵攻から一年。状況は確かに変わりつつある。
が、しかし、スペイン総選挙直後にCNNが行った世論調査では、「スペイン与党を敗北させたのは、テロリストの勝利を許すことになるのか?」という問いに対して、72%が「yes」と答えたそうです。
こんなの聞くと、ほんに「単純ですよね、アメリカ人って」と思いたくもなる。
また、パウエル国務長官の記者会見で、米軍によるアラブ系ジャーナリスト射殺事件に抗議して、地元バクダッドの記者たちがボイコットしたことは、アメリカのメディアでは扱われなかったそうです。ということは、「ないこと」になるんですよ。


3月19日

18日。今度はサッカーのU-23の予選最終戦。
急な仕事で夕方から大阪の写真スタジオ入り。9時までかかったので、ライブでは見られなかった。
結果はご承知のとおり。日本の若者が溌溂。帰化した若者の存在がチームにとっては良かった、という。まさに、日本の社会の先取りをサッカーは示している。

19日。一日、アイルランドについての原稿書きに終始。
夕刻仕上げて、7時から映画『11’09”01 セプテンバー11』を観る。
「11分9秒1 フレーム」という共通の時間枠に、世界の名うての監督11人が挑んだ「あの日」に捧げる祈りとメッセージ、11篇。
イラン、フランス、エジプト、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルキナファソ、イギリス、メキシコ、イスラエル、インド、そしてニッポン。
だまされたと思って、観ていただきたい。
そして、同じテーマで、それぞれの監督が、それぞれの地域で味わった惨劇と皮肉を描いた映像の独自性とメッセージを受け止めてほしい。
あらためて、世界は広く、そしてまた、すぐそこにもあるという、二律背反的現実に打ちのめされる。
日本代表は今村昌平。ぜひ、御覧あれ!


3月16日

高橋が落ちた。日本史上最強のランナーがたった一度の失敗で落ちた。
陸連の曖昧な規定が、またしても禍根を残す結果となった。
思えば、東京国際で、なぜ高橋は完走してしまったのか? 身体にダメージを受ける前に、やめる選択肢もあったはずだ、そして、名古屋をめざすというプランだ。しかし、彼女のアスリート魂はそういう計算をはねのけた。
誰を選んでも恨まれるような選考方法は、もうやめるべきだろう。

さて、昨日の問いの答えだが、私が陸連の理事なら、あの選考規定のなかで、最もタイムのいい土佐を落とさざるをえない。彼女は最終の賭けに勝った。その強さは認めよう。しかし、規定の「本番でメダルの獲得が期待できる」という項目は、タイムを絶対視してはいない。
故障がちな土佐、頑丈な身体を持つ阪本、高橋は別格、私は今でもそう思っている。
決まったことは覆らない。
そして、誰もがメダルの期待という重圧のなかで、ビッグネームのいない初体験同士のレース。選ばれた3人が、様々な要因でつぶれないことを祈るばかりだ。


3月15日

13日のこと。朝、7時過ぎに、今年浪人決定少年を連れて、市立尼崎高校へ。JTU近畿ブロック認定記録会の会場だが、体育科のある学校で、プールがすばらしい。400mスイム+1500m〜5000mランの記録を計測し、基準タイムをクリアすれば、強化指定選手への道が開かれるというもの。南は沖縄、東は東京から、12歳から36歳まで、合わせて34名が参加。
天候にも恵まれて、まずはよかった、よかった。一部の不手際を除いて。それは、恥かしいことなので、ふれません!?。
帰りは、下道通ったら、渋滞箇所があって、1時間15分もかかってしまった。行きとは大違い。夕刻、帰宅して、メイと散歩し、夕食をこしらえた後、次の日のHTA総会の資料づくり。12時までかかってしまった。

14日。HTA総会は17名の出席、新しい会員が8名出席。それも、30代、40代が中心で、例年になく活気づいた。12時過ぎに予定どおり終了。
その後、食事して、大阪梅田大丸の『藤原新也 展』に。30年に及ぶ写真家、作家活動のベスト版といった趣だが、奥が深い色合いと精神性に、魅きつけられる。リンクを張っているので、ぜひ、HPにも訪ねてほしい。
www.fujiwarashinya.com
事務所に帰って、論々神戸用に一本、原稿をまとめる。先週の河合隼雄さんの講演概要である。

家に帰ってみると、名古屋国際女子で土佐が23分で優勝したというニュース。明日の陸連理事会は大変だわな、と独りごつ。
陸連の場合は、強化委員会がまとめた案を理事会へ具申、それを理事会が決定して、評議員会(たぶん47府県代表)にはかり、正式決定となるようだ。

我々のJTUの場合だと、以下のようになる。

1 04年世界選手権(5月9日 ポルトガル)で20位以内で、日本人最上位だと、内定。
2 04年世界選手権終了後、世界ランキング20位以内だと、内定。
3 内定選手がいない場合、5月16日の理事会で決定する。

そして、今年追記事項が加わった。要するに、選考レースは3つあるが、優先順位があるということになる。

1 04年アジア選手権大会(大陸別選考大会 4月4日 フィリピン)とワールドカップ石垣島大会(4月11日)を選考対象大会とし、競技内容を重視する。また世界選手権大会は特に重要な選考対象大会とする。
2 アテネオリンピック選手強化対策本部は、強化委員会からの候補者案の検討も行い、最終的な総合評価をJTUアテネオリンピック日本代表選手選考委員会(理事会)に答申し、理事会が決定する。(国別出場枠の確定は、5月14日に予定)

トライアスロンの場合、記録よりも勝負なので、数字ではない。より優秀な選手の中で、もまれて上位を勝ちとることに大きな意味があるので、予選会、一発勝負というスタイルはそぐわないのである。

もし、私が、陸連の理事なら、女子マラソンの代表は決まっているが、さて、明日の発表はいかなるものになるだろうか?
ただ、一つ言えることは、東京・大阪・名古屋と国内で選考大会が3つもあるのは、どう考えてもおかしい。いつの日か、二つにしぼるよう、陸連の英断を待つばかりだ(世界選手権は別格である)。 


3月12日

13日から14日にかけて、協会の仕事が山積。その準備のために、どうしても時間がとられる。そこにもってきて、NPO法人リフォープの書類手続きが重なった。「論々神戸」だって、15日発行だから、一本原稿やっつけなきゃいけない。
アイルランド&ハンガリーの原稿も完全にお尻に火がついた。締め切りが迫ってくる。タスクレー!


3月11日

朝の寒さと昼間の温かさの落差激しく、いやな感じ。
そのせいではあるまいに、気ばかりあせって、仕事がはかどらない。

沢木耕太郎の『無名』を読んだ。父の死にまつわるノンフィクションだが、何度か落涙しそうになった。
「なにも……しなかった」
「なにも……できなかった」
と、死の床にあって、子どもに心情を吐露する父。
無為徒食と自認するも、やはり明治最後のころの「ひと」は、ちがう。なにが違うか? うまく説明できない。
同じ頃に生まれたわが父のことをどうしても思い出してしまう。
晩年の闘病生活に、私はほとんどなにもしてやれなかった。

一方で、芥川賞の『蛇にピアス』。さらに落ち込んだ。おぞましいものを読んでしまった、という後味の悪さ。選考委員の方々、露悪趣味じゃないの?


3月9日

「らしさドットコム」www.rasysa.comの取材で、英国仕込みの「色瓶心理」というのかな、カウンセラーが来訪。
100種類近くある色水の瓶を左手で好きな色をさっさと感覚的に4つ選ぶ、だけ。その順番と色の組み合わせで、過去・現在を照応し、被験者のこれからを後押しをしてあげるというものだが、モデルの女性(心理学専攻)とともにカメラマン、うちのスタッフ、そして、別件で居合わせたデザイナーと全員が実験台に。
いや、だまって座ればピタリと当たる、思い当たるフシはいくらでもあり、私の場合は、ちょっと、へこみました。


3月8日

10日締め切りの調査の中間報告のため、調べものをしていると、時間は飛ぶように過ぎていく。
夜のHTA常任理事会に遅刻、さらには、事務局のある尼崎・東園田で道に迷う始末。協会の財政は厳しく、明るい話題は少しだけ。終わったら11時。さすがにきつい。


3月7日

このところ土曜日は、午前中、洗濯・掃除・資料読み込みといった感じになってきた。

リチャード・カプチャンの『アメリカ時代の終わり』を読了。EUの存在の相対的浮上について、日本のマスメディアの主流は、どこまで目をとどかせているのだろうか? 
欧羅巴、あなどるべからず。第二次対戦後の疲弊し、傷付いた欧羅巴が、心底,大きな戦争がいやなのは、明白だ。EUの地域的まとまりは、今後も大きな破綻をまねくことなく、進展していくだろう。そして、相対的にアメリカは、じわじわと蝕まれていっている、という。しかり。
昨秋の国連総会で、フランス、ド・ピルバン外相のイラク戦争反対演説に、期せずして会場から拍手が起こったことを忘れてはならない(禁止されているにもかかわらず)。

夜、中央郵便局まで約8kmのジョグ。冬の嵐の再来。
東天の月は満月か、皓々と海面を照らす。

日曜日。カーフマンジャパン・グリーンピア三木大会。カーフとは、ふくらはぎ、のこと。ランとバイクの早い選手はすべて、美しくすっきりとした「ふくらはぎ」を持っている。そう、かもしかの類のように。
寒いが、快晴。昨日でなくて良かった。
と思っていたら、11時半頃から、「あたりはにわかにかきくもり」状態。
三木からの帰り路は吹雪である。
気持ちはよかったが、第2ウエーブ出走の選手には気の毒なことだった。

大阪・梅田でシンポジウム「人間・科学・文明」というテーマで、河合隼雄(基調講演)、パネル・ディスカッションに中沢新一、安田喜憲、松井孝典、川勝平太という超・豪華メンバー。2時から5時すぎまで、知的刺激に満ち満ちた、あっという間の時間だった。この模様は『論々神戸』で発表する。
で、思わず、帰りの道すがら、美味しいパン(ずっしり重い)とチーズ(オーストラリア)を買ってしまう。
大阪駅のホームに立つと、まだ、雪片が静かに舞い降りていた。


3月5日

飯田眼科。まだまだ様子見が続く。左右の眼圧が同じようになるのが望ましいのだが。しかし、右も左も視野欠損が違う場所ではっきりしているためか、該当場所がうるらぼんやり感ずるようになってきた。
夜、夕食をつくりながら、なにげなくTBSのオウム特別番組を見る。サリン実行犯の林郁夫容疑者を完落ち(完全自白)させた刑事の姿勢は、まるでユング派のカウンセラーのようだった。林との人としての信頼関係をつくったからこそ、こころは溶けていった。
オウムは、我々の社会がまぎれもなく産んだ。テレビで見るかぎり、林の足跡には、周囲との関係性が足りなかったのでは、としかいいようがない。真面目で優秀であったからこそ、小さな鍵が次々と解き放たれていき、引き返せない檻に入ってしまった。権威のあるボスの存在、これは麻薬のようなものだ。
見ていて、やるせなかった。

その後、サッカーU-23のオリンピック予選「日本 vs UAE」を見た。
ひたむきに走り回る優秀な若者の姿(帰化を含む日本人)があった。そして、コミュニケーションを重視し、若者を信頼する指揮官の姿があった。敵地での90分のゲームを自分たちの試合にしようという意志が感じられた。そして、爽快感が残った。
直後インタビューでの指揮官の涙は、なにを物語ったのだろうか?


3月3日

雛祭り。例年なら、節分が終わって雛飾りが登場するのだが、今年は娘がいないためか、鎮座しなかった。お内裏様とお雛様には申し訳ないことをしたかもしれない。
で、ギニアから第2便はまだない。帰国までちょうど1カ月。元気にしていることと思い込む。

陽射しの温かさと風の冷たさ。ふと、どこかの感じと思ったら、彫刻家八木マリヨさんの京都府綾部にあるアトリエだった。早春の水の冷たさと風の冷ややかさ、だ。


3月1日

土・日と集中できなかったため、今日『論々神戸』16号を発信する。

オウムの報道が一段落したと思ったら、今度は鳥インフルエンザの続報が次々と。さらには、またかよ、と秘書の給与未払いが民主党佐藤観樹議員のところで勃発。もう、うんざり。
さらには、今日の夜7時のNHKのイラク自衛隊報道はいったいなんだ。微に入り細をうがって、隊員の日常を上官が話しているだけ。
私たちに必要なのは、自衛隊のいるサマワだけではなく、まじでイラクの支援になる活動しているNGOを含めた全体像である。つかめないのなら、部分を全体のようにフレームアップしないでいただきたい。
指揮官の希望的観測と観念的な復興支援を話すだけの映像を垂れ流す。ニュースキャスターは,全然つっこまない。
それって、自衛隊の広報を流しているだけじゃんか? 
その昔の大本営発表とどこが違うわけ?。
ゲリラ(もうテロではないようにも思える)に狙われる米軍、さらには日本も入った連合軍、そして占領政策に協力するイラク市民も狙われる。
まさに、内戦にならなければいいのだが。


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