混迷亭日乗 Editor's Diary

12月31日

30日。夕刻まで、賀状を書く。やはり220枚に近くなった。
夕刻より、垂水の五色塚古墳にほど近い、友人のKさん(A放送)の新居を、家族3人で訪問。一戸建ての広さは、さすが。8時過ぎには、仕事を終えたYさん一家(だんなはA放送、奥さんは弁護士、そして帰郷している娘さん)も合流。お祝いの食卓を囲む。ビール、ワイン、日本酒とすすんで、私は酩酊。気持ち良くなって、帰宅。

31日。中央郵便局にて、はがきに年賀切手を貼る。返事の分も考えると、結局、250枚になってしまいそうだ。その後、阪急で年越用の京都松葉のにしんそばやおせちの食品を少し求める。夕刻より、女房殿と一緒におせち用の具材を求めて、大安亭市場(春日道)へ。
夜になって、遅かりしが、HPのトップページの更新と、「論々神戸」の配信作業にかかり、10時前に終了。あわてて、母と妹宅にかけつける。
年越そばの用意をしている間に、ボブサップと曙、桜場とWHO(?)の格闘技を見る羽目に。前者は、凡戦。後者は緊張感漂う激闘。あまりの対比に、スポーツの源流は、人間の闘争本能の代償行為、平和裡の戦いにあることをあらためて思い知る。エンターテインメントとの重層的構造を持たざるをえない現代のスポーツではあるが、やはり、トレーニングを積み重ねたうえでのパフォーマンスでなければ、ほんとうの感動にはほど遠い。

で、肝心の年越しそばは、と卓上を眺むれば、なんと「にしんそば」ではなくて、「おろしそば」(大根おろし、やまいも、ねぎ)。愕然!
私は「にしんそば」が好きなのである。
しかし女房殿は固執しない、その差が出た。松葉のそばを少しだけ残して、あらためて自分だけで食することに。
嗚呼、なんたる年越しか!


12月29日

27、28日と、英・数塾で女房殿が事務所を使用。家の部分的掃除に留まる。
年賀状の印刷あがる。たぶん250枚ぐらい、住所を書くことになる。
今日は、相生郊外の農家でもちつき。朝、10時半に着いて、午後6時過ぎまで、杵をふるう。お土産は、有機野菜とおもち。なんだか物々交換みたいで、いい気分になる。ことの所感については、「論々神戸」第12号(論々書架に所蔵)に詳述したので、ご参照を。
夜は、とれたての野菜で鍋。舌福々々。


12月25日

クリスマス・イブの日、母に電話して、「夕ご飯、一緒にどう?」と誘ったが、足の具合の悪さをこぼして、「いかない」と。夜になって、女房殿は部屋が寂しいのか「やっぱり、飾りましょ」と言って、あわただしく、Xmasらしいオーナメンントで、ささっと、飾り棚にしつらえ。この場に及んでは、パスして,正月気分のほうが、と思うのだが……、2日ばかりのクリスマス。
アルバイトで娘の帰りは遅く、顔を会わさず、バタンギュー。

時計が直った。竜頭の取り替えで8000円弱。高いとは思うが、妹がくれた大切な品なので、大事に使いたい。いつまで動いてくれることだろう? ついでに立ち寄った中古CDショップで。ゲルギエフ指揮のチャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」が1600円だったので、購入。
ルミナリエの開かれる旧居留地地区では、もうクルマで混雑が始まっており、早々に退却。
先日提案したO社の企画は進むそうだ。年始に再提案となる。

夜は,娘の料理。豚および豚骨の唐揚げがメイン。話題は彼女が来春行く西アフリカのダンスワークショップのこと。いま大学で文化人類学の集中講義があるらしく、先生は国士舘大学教授。西アフリカの音楽や舞踊を研究しているとか、奥さんがギニア人なので、話は、アフリカでも西・中央・東と文化が異なるので比較文化論になるらしい。それによると、30年も内戦が打ち続く国では、人は嘘つきになる、そうだ。でないと、自分が守れない、そうすると、嘘の応答が続くとどうなる? そうニヒリズムに陥るしかない。戦争の人格破壊。
仕上げはCASSALADEのチョコパウンドケーキ。少しはXmasっぽくなっただろうか?


12月23日

月曜日はブルーマンデー。金曜のばたばたが続いて、落ち着かず。何かって、それは恥かしいので言わない。デジタル音痴の極み。夜になって解決に向かう。
そして、HPの更新は常にプレッシャーとなる。

今日、HPの更新とともに、内田教授の99年の日記を読んでいた。ときどき、あっそうか、と腑に落ちることが発見できる。

夕方、メリケンパークまでジョグ。ルミナリエのため、凄い人出。ポートターミナルは大型観光バスと簡易トイレですし詰め。
残り、2日間、今年も最後の日の最後の時間帯にメイを連れて出かけようか。女房殿によると、周辺屋台の煌々たる灯りがひどすぎる、どこに鎮魂の思いが漂っているのかしら? と。
ここにも、高度消費社会の象徴、疑似祭の隆盛が見てとれる。ああ、暗闇の存在感よ、いずこに。


12月22日

21日、朝7時ののぞみで東京へ。岡山地域の雪のため、新神戸ですでに20分遅れ。で、大阪と京都の境、天王山あたりで、視界は白と墨色に一変した。そのまま名古屋まで雪景色。約50分の遅れで品川着。
Japan Triathlon Union理事会では、副会長であり、アテネオリンピック強化対策本部長の三宅義信氏(重量挙げ金メダリスト)を中心に、沖縄強化合宿(石垣島 男女選手9名、コーチ3名が参加)について議論。競技団体として、背水の陣を敷いた、というところ。それにしてもスタッフの人材不足。伝統のない競技団体だけに、三宅本部長は「グチ」をこぼした。学校体育に足がかりがないだけに、人材育成が追いつかないのだ。
長時間の理事会の後、忘年・慰労会で、三宅さんの忌憚のない見解を差し向いで聴く。オリンピックに行きたいという気持ちはわかるが、戦えない選手を派遣する気持ちのないJOCを説得できるだけの成績をあげ、国家を背負うという経験のない選手やコーチに、どう「魂」を奮い立たせられるのか、悩みはつきない。
オリンピック代表候補強化合宿なのに、帯同する総務、栄養士が常駐できないなんて、絶句。
お金のない競技団体の苦渋、わかっていただけるだろうか?

日曜日。朝。小伝馬町のホテルから両国橋(隅田川)を渡って、清澄通まで約30分のジョグ。帰りに回向院に立ち寄って合掌。武家屋敷の並ぶ「本所」を幻想のなかに見いだした。部屋に帰って何気なくBSを見ていると、読書の番組をやっていて、3人のゲストが推薦図書をあげている。初老の方(著名人なのに確認できないが、たぶん妹尾河童氏)が「江戸の街域景観復元図」をとりあげていた。ああ、完成したんだ、帰ったら本屋で見てみよう、と思った。偶然である。

私たち夫婦(子どもも)が20年以上にわたって、東京でお世話になっている麻生三和子さんの個展(タピストリー)のため、銀座へ。その前に伊東屋でインク(ボルドーとブラウン。残念ながら神戸では店頭にない)、鳩居堂でKATへのXmasプレゼントと新年の飾りを求め、吾妻通にある画廊へ。
今回の主なモチーフは、イタリアの「青の洞窟」。神秘なまでのブルーに、何点かにわたってチャレンジされていた。細かい目の織りものだから、例年以上に骨を折った様子がうかがえる。
北陸大学で中国語を教えてられる旦那様と大学の状況などについてもお話した。来年3月で定年(65歳)になるそうで、もうそんなになるのかと嘆息。
昼どきに、米子の「五左衛門寿司」(鯵・鯖・鮭・鯛の押し寿司)が到着。豊穣なる味わいでラッキー! 美味なイタリアワインとともに舌鼓。大幅に時間を費やして、ほろ酔い加減で東京駅に。
したがって、息子のコンサートにはとてもじゃないが間に合わず。午後7時前に帰神。
夜は、ご近所のFさんたちとカニすき鍋と鮭児(けいじ・脂身の豊かな鮭)を囲んでわいわいと。息子たちは、3日連続のステージを終えて、明日帰京する。仕事やなにやで、正月は帰ってこないらしい(初めてのこと)。
こうして、私たちは、少しずつ、老境へと向かっていく。


12月19日

ちょっとバタバタさせられて、おちつかず。
夜、World Olympian Associationアジアオセアニア事務所開設2周年記念レセプションに30分遅れで出席。大阪府協会からの参加者は2名。今日仕事始めの關・大阪市長も後半出席して、お祝いの拍手を浴びた。
帰りに、息子らのグループ『Quartet Amico』のライブ会場の「pia julien」へ。この日、マリンバ奏者名倉誠人とフルート・中山早苗のコンサートが松方ホールで行われていたのだが、その打ち上げの最中で、何度かお会いしている名倉さんの母上にご挨拶。息子にとって、ニューヨークを中心に活動している音楽家から、学ぶところは大きいはず。


12月18日

17日。A社WEB社内報のプラン、「予算不足のため、実現できない」とA広告代理店担当ディレクターから連絡。あえなく沈没。誰でも知っている有名大企業である。他に理由があるに違いない。
花園大学最後の講義。講師が4人揃って、メディアリテラシーについて、思いを述べる。授業の後、八木教授とともに慰労会。大学近くの小体な居酒屋で痛飲して、三宮へ。そして、「もう少し、いきましょうよ」ということで、画家のTさん、NPO法人理事長Kさんとともに、「pia julien」へ。9時半の第2ステージはバイオリン・ソロ。そこで、21日の夜は息子たちの『Quartet Amico』が出演することを聞いた。知らなかった。気持ちよくなったところで、おいとまして、三宮駅でわかれて、そして、あとの記憶はない。

早朝のお勤めはしたものの、気分悪し。夕方まで、なにも食べず、ひたすら耐えた。今日はアルコール抜き。


12月16日

3時、飯田眼科。「時間があまりない」と言ったら、眼圧調べただけで検査をパス、すぐに終わった。今年の通いはこれで終わり。症状はわずかながら進行しているように思える。左目のほうが、見えない視野は大きいのだが、右目は、中央上部に雲がかかっているため、どうしても右目が気になってしまう。

大学院年内最後の講義。テーマは「テレビ」。テレビの問題は、ビジネス、コンテンツ、そしてコミュニケーションツールにわけて考えられる。そのいずれをとっても、業界の未来は、明るくない。だからこそ、意気盛んな若者が入社して、ガンガン改革すれば、明るいかも?
終了後、お楽しみの打ち上げ宴会。院生、聴講生約15名で、西宮北口の居酒屋。浜松の現役中学校の先生も二人、ゲストで参加。日常レベルでの中学生との格闘話を傾聴する。その後、三宮の「re-set」へ。
聴講生のなかにも、合気道をたしなむ人が増えた。土曜日、芦屋での合気道の練習時間を確保できるか? むずかしい。


12月15日

サダム・フセイン、拘束される。おびただしい報道。
いつかくる独裁者の末路。今後の展開は、わからない。

D社からの返事。新年明けにO社へ、プレゼンテーション。年内は、下調べを進めておくことになった。

夜。HTA常任理事会。来年3月の新規大会の「カウフマン・デュアスロン(ラン+バイク+ラン)グリーンピア三木大会」では、安全性最優先のため、ドラフティング禁止とすることになった。
今年は淡路島大会死亡事故のため、忘年会は中止。04年の新年会から、心機一転、こころしてオリンピックの年に臨む。


12月14日

土曜日。朝、マンションの「ペットクラブ」の役員会に、女房殿の代理で出席。うちのマンション管理組合は、今年、ついに合法的に犬猫が飼えるようにしたのだ。ウーム、犬猫にも健康診断(高価である)というものがあるのか、時代は人間並み状況になっている。まさしく愛玩だ。1時間ほどで,大過なく終了。

01年制作の『猟奇的な彼女』を見る。いやあ、おもしろい韓国映画だった。おもろうて、やがて、せつなく哀しくて、そして、「いがったいがった」と拍手をしたい、というはっぴーえんど。
その後、『逝きし世の面影』(渡辺京二 著)を読む。大作だけに、まだ半分ぐらい。疲れて、うたた寝。そして、たまっていた書類関係の整理。

夜、女房殿が借りてきたズィック監督(ラストサムライの監督)の出世作『グローリー』を見る。アメリカ南北戦争、奴隷から脱走した黒人たちを組織して連隊を指揮した北軍の大佐と、その部下たちを描いたもの。ここにはアメリカのリベラル思想の根と思われるコンシャスネスがある。名誉と誇りが人を結び付ける紐帯であることを語りかけてくるようだ。

14日。赤穂義士討ち入りの日。幼少の頃、赤穂城のお堀端に住んでいた。義士祭での、烏帽子を冠り、お白粉で化粧した武者姿の写真が残っている。だから、というわけでもあるまいが、やはり、いまだに「忠臣蔵」における武士の魂には情が揺さぶられる。
『武士と世間』(山本博文著 中公新書)には、彼らの行動基準についての新たな解釈が述べられている。とかく武士の世界は窮屈で、「世間」という概念の大きさがあらためて印象に残った。

今朝は「ペットクラブ」のマンション周辺お掃除会。私の歩いた範囲では糞はなく、ふつうのゴミ掃除。ま、やっていることに意味があるわけで、30分で終了。
その後、同じくもちつき会。行きがかり上、帰るわけにいかず、そのまま搗き手として居残って、つきまくった。当マンションも高齢化しているために、出てくるつき手が少なくなっているのだ。
全部で50うすぐらいか、完璧に二の腕が筋肉痛。しかし、搗き方の上手い人が少ないので、最後までつきあうことになった。水のさし手にベテランがいらっしゃったのが救いだった。
じじばばから、我々団塊の世代、そして子どもたちまで、にぎやかに周辺をウロウロ。お酒いただきながら、杵をふるって、心地よい汗をかいた。
きなこ餅、あん餅、おろし醤油餅など、かなり食べて満足満足。

午後、兵庫県体育協会競技力向上研修会。HTAからは、理事長ら4人が出席。肝心のY常任理事は、18日からのトライアスロンのアテネオリンピック日本代表候補沖縄合同合宿のコーチングのため、準備におおわらわで欠席。
講師は、長年、秋田県能代工業高校のバスケットボール部監督をつとめ、磐石の連戦連勝チームをつくりあげたカリスマ的な人。
2時間近く、熱弁をふるい、「熱く、燃えるような情熱を常に監督が持てば、子どもたちは、立派に育つ」と、現場からの報告に徹していた。早口になりやすく、秋田弁のところになると聞き取りにくかったのは、ご愛嬌。

その後、「神戸再生フォーラム」の二次会に合流。神戸大学名誉教授の三木谷先生、塩崎先生などと、久しぶりにお会いする。ちょうど、Jリーグ「ヴィッセル神戸」の楽天グループへの譲渡問題が報道されていたところで、三木谷先生は「息子の会社がなんとか引受けるようだけれども、その節には応援をよろしく」には、みなさん、拍手。
しかし、神戸市からの約16億円もの融資を焦げ付かせた社長(神戸市OBと聞く)が、どのように責任をとるのか、Jリーグからも、何度も経営姿勢に対する指導や注意を受けながら、ここまでにいたったのだ。単なる「神戸のイメージアップに寄与した」なんて、寝ぼけたことをいってもらっては困る。

三次会の帰り際、居酒屋のご主人が「フセインが捕まった」と知らせ。居合わせた我々も驚きの声。詳細はわからぬが、これも一つの区切り。独裁者の恐怖が身に滲みたイラクの人々には、安堵のニュースではなかろうか。


12月12日

11日。F薬品、基本的にOKの返事。ほっとする。そして、午後から大阪のD社、O社のプラン、これも制作スタッフとの協議となったが、基本ラインはOK。これも一段落。
雨のなか、帰りにトアロードのダイヤモンドショップ「アンレーヴ」に立ち寄る。読者の方で、身近に結婚とか考えてらっしゃる方がいらっしゃれば、商売関係なくおすすめします。
雨の木曜日だけど、お客さまはあったというから、ちょっと安心した。

12日。昨日の修正プランを提出。一段落したので、論々神戸のHP更新にかかった。夜、ジョグを30分。コースは、海岸通まで約6km。
「神戸ルミナリエ」が始まった。新港の突堤には、観光バスが目白おし。夜目にも鮮やかな電飾が人々の頭上に降り注ぐ。
震災後から始まり、毎年1回は歩いているが、3年目だったろうか、屋台が東遊園地に進出し、彼らのせいではないにせよ、半ば興ざめしている。でも、喜ばれる方が多いのは事実だ。
こうして、あっという間に年末がやってくる。実に早い。
今週は、BS2での小津安二郎生誕100周年記念で、映画を見ている。なんでも全37
作品をお正月にかけて見せてくれるらしい。NHKのプレゼントかな。楽しみの一つをこさえてくれた。
小津作品は、何回見ても、いろいろ考えさせられて、興趣がつきない。昨日は『秋刀魚の味』、今日は『東京物語』だった。


12月10日

火曜日、水曜日とO社の省エネにまつわる企画書書きに徹した。
それで大学院は残念ながらお休みした。

内田教授のHP日記に、小泉の自衛隊イラク派遣決定演説における憲法前文の意図的勝手前な引用に対する「大反論」が展開された。
日本の首相は、なんでもできる、という解釈だ。いつから超法規を体現できるようになったんだ。
日本の首相が、世界の人間を区分けした。フセインの支持者や残党、それをサポートするイラク国民は、いわば、世界の平和と安全を求める権利すらない、存在しないのと同じ、というぐらいの黙殺を行った、ということだ。
まさにネオコンの思想そのものだ。テロやゲリラに走る人間の思いへの想像力すら失ってしまえば、先進国としての「寛容」が求められているのに、自ら閉ざしたのも同じだ。
武力行使を行って、日本は並の国になり、アラブからの尊敬とはいかないまでも、アラブには悪さをしない、平和的な国であるという、立派な切り札まで失ってしまうのか。

愚か也、小泉。あるいは、恐るべし,小泉=日本版ネオコン。
小泉とは、自民党に巣食う「田中的」なる権力層を破壊するために、構造改革を持ち出し、自らが保守本流を名乗り、権力に固執しないと言いつつ、権力争いの亡者の謂いでもある。改革しようとするのは、最大派閥「田中」派の権力牙城への攻撃である。
野中が敗れたのは、まさにその象徴に思える。
国民のためにという美名のもとに、みずからの権力名誉欲望を実現しようとする、エスタブリッシュメントの冷徹さを持っている。庶民風の装いにだまされてはいけない。


12月8日

日曜日のことを記そう。朝から好天、しかし、この冬一番の寒さかもしれない。大阪は淀川河畔まで出かける。大阪府トライアスロン協会主催の第17回クラブ対抗駅伝大会のために、8時半にメイとともに出発。
協会幹部にご挨拶して、人数が不足している協会のT会長チームに入れていただく。チーム年齢合計160歳以上のチームの第4走=アンカーである。
メイもスタッフや参加者のおばさんに遊んでいただいたりして楽しかったようだ。
私が走っていく方向をじっと見詰めていたそうである。ひたすら待っている姿勢である。5km約24分の辛抱であった。健気としかいいようがない。
各クラスの1位の方に表彰状をお渡ししてお開き。いい汗をかかせていただいた。満足満足。

午後2時頃から、再びF薬品の企画の仕上げにかかる。なんでも、月曜朝8時半、大阪で代理店J社に手渡すことになったらしい。

夜、近頃話題の豆乳鍋を食す。なかなかいける。鍋のレパートリーが増えた。女房殿と二人だけでは、やはり量的に寂しい。

8日。CASSALADEのケーキをお土産に、コンサートへ。魚崎(東灘区・震災被害の大きかった地区)でのK邸での、狭いながらもぜいたくなコンサートである。出演は谷川賢作(ピアニスト)と続木力(ハーモニカ)のデュエット。ポップスからクラシック、オリジナルまで、かぶりつきで堪能した。続木さんのハーモニカへのきっかけは、妹尾隆一郎のハーモニカを聴いてからだという。
いやあ、なつかしい。weeping harp senoh のブルース・ハーモニカ。思わず1枚だけ残っている彼のレコードをひっぱりだして、聴いてみた。ビクターのフライングドッグレーベルだった。そう、頭脳警察のパンタがメインのレーベルだ。若かったあの頃です、グスン。
このプロデュースを京都の25年来の友人Kがやっている。
前回会ったのは、京都での彼女の作陶個展だったから、もう、1年半ぶりかな。あまり話はできなかったけれど、帰り道の満月が冴え冴えと明るかった。


12月6日

朝、FMのクラシック番組に出演していたソプラニスト、松田奈緒美に注目。
いい声である。聞き惚れていた。沖縄出身のまだ若干23歳、だけど、もう雰囲気はベテランだ。1月のニューイヤーコンサートで、チョンミョンファ指揮のもと、美声を披露するそうだ。いやあ、すごい。
朝食の後、ベランダの掃除。実は蜂の巣が4つもあって、さすがに冬になったので、もう枯れていると思って、取り外していたら、一つだけ、なかなかはずれない。で、力を入れたら、下の落下防止の鉄製ネットにぼとっと落ちた。そして、蜂が飛び出してた。数匹いるではないか。あいたー、しまったーと思っても、もう遅い。動きはさすがに鈍そうだが、やはり退治するのはコワイもんで、自然死を願う。蜂さん、ゴメンヨ!
でも、なんで、もう12月だよ。それほど、暖かい秋であったということか?

午後、F薬品のプランをひきつづき、作成にかかる。一段落ついて、40分のジョグ。今週3回目。近来にないことだ。

夜、トライアスロンクラブ「ギルガメシュ」の忘年会を生田川河畔の「悟空」にて、ワイワイ。今年の参加者は10人。いまの厳しい経済状況を表している。予定オーバーして3時間を越えた。来年もめげずに「元気に行こう」と、確認しあう忘年会であった。
娘が帰宅して、「パパ、ビデオ撮っといたよ」と。私が忘れていたワレリー・ゲルギレフ指揮、キーロフ歌劇団管弦楽団の「マーラーの交響曲3番」を入れておいてくれたのである。はじめの部分はカットされているものの、感謝。
さっそく聴く。ウーン、やっぱりすごい。迫力がある。カーテンコールが鳴りやまない。お義理の拍手ではない。
感動にひたっていて、気がついたら、1時を過ぎていた。


12月5日

今日は、返事がきたF薬品のプレゼンのため、居留地のCデザイン事務所で、打ち合わせ。8日の朝に提出。ということは、デザイナーは土・日でやるしかない。時間がないけど、やらなくては。
それから、夕方に大阪D社。とある会社のPRの具体的プラン。扱うものは、コージェネレーション。わかりますか? 省エネルギーの言葉です。
今週の平日は夜の会合がない。で、ジョグを月、水。いずれも40分とかの程度。そして、食事づくりなのだが、3日連続で一人での夕食(といっても、メイはそばにいる)は、やはり寂しいもんですな。


12月2日

F薬品、N食品とも、代理店からは提案どおり、上へあげてくれるそうだ。まずは、返事待ち。
日曜日に、時計屋の帰りに立ち寄った中古のCDショップでマーラーの交響曲3番を手に入れた。ショルティ指揮シカゴ交響楽団の91年録音のもの。先週末にFMラジオで、何気なく聞いていたのだが、最後のほうで、ぐっと引き込まれてしまったからだ。その曲が終わった後、ゲストのなかにし礼が、「こんな3番は聞いたことがないと絶賛」。これもあっての、昨日の縁の話だったわけ。
月曜日の夕食はKATなしの一人。3カ月ぶりに、お話する人がいない状態に。うん、やはり、さびしい。帰宅後、食した女房殿と娘は、献立をほめてくれたが、それはそれ、ウーン。

大学院は、安全保障と国防。内田教授いわく、まさに「暴論」を展開される。その独自性にはすぐに反論できるものではない。
国家の治者=実質は官僚=は、相当の高等戦術を駆使していると教授は言うのだが。なにやら深刻ぶっている小泉に信はおけない旨、現状への感想を述べるに留まる。
首都霞ヶ関に居住するエリート官僚の怜悧さは、福田官房長官(政治家だけど官僚だ)の細い眼を見ていればわかるだろう。顔は笑っても、眼は笑っていない。いざとなれば、どんなことでもできる
イラクで日本国民が盾となって死ななければ、撤退しないのが政府というもの。その数はほどよいものでなければならない、という。多すぎると、政府がもたない。そうしたら、国内世論も世界の指導者たちも、「日本も血をながした。ま、いいか」と。
大義のない戦争をしかけたやつらは、絶対に失敗したとは言わない。そして、覚悟だけ決めて、丸腰同然で送り込まれる自衛隊員は、名誉の戦死、となる。
でも、それでいいんだろうか?


2003年3月4月5月6月7月8月9月10月11月
04年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月
11月12月
05年1月いま