混迷亭日乗 Editor's Diary

11月30日

ようやく雨あがる。が、気分萎えて、練習へは参加せず。
引き続き、F薬品のプランを仕上げる。
午後6時、KATを見送りに三宮駅へ。次のホストファミリー、Fさんのお姉さんが出迎えに。穏やかで優しそうな方だった。
別れてから、腕時計の修理のために時計店へ。竜頭が卷けなくなったのだ。これは、妹がプレゼントしてくれたセイコーの約25年前(ご主人は30年になるんじゃないかなあ、と懐しそう)の手巻きものと、大変気に入っている。時計屋のご主人は、「まだ部品はあると思うので分解掃除すればいけますよ」とのことで、一安心。

帰ってから、ご近所のR.A.さん(ヤンキーといっていいほど、たのしいアメリカ人女性)宅で、『論々神戸』の執筆者の一人でもあるOさんの誕生パーティ。男性2人、女性7人のにぎやかなパーティとなった。初対面のマリスト(International School)のA.B.先生は、なんと来年、トライアスロンにチャレンジするという。さっそく、来年の我々の大会に出場してもらうことになった。
もう一人の初対面のMさんは、上品なものごしのおばさまだったが、実はひょんなことから、立教大学でなかにし礼(作詞家・直木賞作家)と同じクラスだったことがわかり、思わずびっくり。
なんといっても、わが愛唱歌『石狩晩歌』(歌:北原ミレイ 作曲:浜圭介)の作詞家である。
またわが師匠、晩年のKMも所望したのは、彼の自伝的作品である『兄』と『赤い月』。刑務所まで、本を送ったものだった。

ご縁とは不思議なものである。感謝。


11月29日

秋雨の日。F薬品特約店向けの企画。キーワードはアイルランドとハンガリー。さて、この2つの国をどのように結びつけ、関係づけることができるか、アイリッッシュミュージックをBGMに考える。
午後になって、女房殿が「これもいい映画だからみてごらん。ラストサムライの監督よ」とビデオを手渡す。「The Legend of the Fall」、ふーん、秋の伝説、か。で、見てみることにした。
アメリカはモンタナ州、インディアン征伐時代の米国軍人一家の物語だ。父である大佐は、虐殺に耐えきれず、帰郷して隠棲。その家僕のインディアンがふりかえってナレーションするのは、子どもたち3人兄弟の1人を中心にした一家の物語。運命というしかない糸にひかれて、それぞれにしあわせと悲劇が隣り合わせに進んでいく。
老インディアンの語りくちは冷静であり、霊性を持っている。家族を失う悲しみが起こされて、何度も涙腺が刺激されてしまった。「ラストサムライ」と通奏低音は同様だ。
ひとにとって、もっとも大切なものが、養老孟司先生のいう「ああすれば、こうなる」という近代の理不尽につぶされていく、ことへの悲痛な叫びだ。
オオカミの遠吠えにも似た哀切さが余韻として残っていった。
夜はKATのフェアウエルパーティ。近所のFさんとともに、3カ月の生活を惜しんだ。次のホームステイ先は、須磨の女性ばかり3人と猫一匹の家族。みなさん大人なので、きっと可愛がってもらえることだろう。
ちょっと寂しくなるけれど、KATにとっては、規則正しい生活に戻れるかもしれない。


11月27日

N食品、食の教育についての企画案を広告代理店A社に提出。実現すれば、楽しくも意味のある取材となるはずだ。

夜、急遽、大阪での「ラストサムライ」(トムクルーズ主演)の試写会へ。女房殿が手に入れてくれたので、娘とともに観賞。
細部に異議があるものの、お勧めに値する映画となった。ハリウッド映画らしからぬ、ていねいなつくりも好感が持てる。2時間30分、だれることはなかった。
江戸時代末期の武士の暮らし、たたずまいが、維新政府による近代合理主義の貫徹のために崩されていくさまが描かれる。いわば、最後のサムライの反乱という叙事詩である。
若い人たちに見てほしい。わかるわからないはともかく、空気を味わってほしいのである。武士道のエトス、スピリッツなど、少しでもいいから感じてもらいたい。
サムライの持っていた倫理感、これは、これからも脈々と受け継がれていくものでなければならない。
「時代が変わったんだよ」、いつも言われる言葉だ。生意気な子どももいう、「あんたの時代は終わったのさ」。「変わる」のではなく、「変わったんだよ」、と言うのは、いつも勝ち組だ。
であるならば、治者としての勝ち組が持たなければいけないのは、「人が生きてきた標」をきちんと、弔ってやることだろう。

失われた過去に対する敬意を持たない、恥ずべき輩にはなってはいけない。


11月25日

土曜日、朝。CASSALADEで校正を受ける。Cデザイン事務所で修正したものを日曜の朝に届けることになった。そして、火曜日に出稿である。

渡辺京二対談集『近代をどう超えるか』を読了。あらためて、世界に特異な江戸文明が滅びてしまったこと、を慚愧の思いで確認する。しかしまだなにがしかは残っていると思いたい、さすれば我々は、それを死守しないと、まじで、いい部分の日本人が変質してしまうんだという危機感を認識する。
近代の病に処方箋はないけれども、自身がしあわせを感じるようになれば、おのずとしあわせになれる方向性が奈辺にあるかが探れるのでは、という指摘は、不満や欲望の虜にならない庶民が増えることにも似て、清々しい。
同時に読みはじめた大作『逝きし世の面影』、まさに目からウロコ、である。98年に出版された作品だが、従来の江戸時代庶民史観に与える影響は大といっていい。

日曜日、好天。1時間10分あまりのジョグ。今日は福知山マラソンの日。42km走られるようになる日はいつ?
そして、ニッポンハム企画のために資料を読む。食品会社がようやく、日本の「食」への危機感を持つようになったかという感あり。抱いている企画が通れば、まだ捨てたもんじゃないと思えるのだが。

勤労感謝の日。朝から大津へ出かける。滋賀県が2009年に招致立候補している「ワールドマスターズゲームズ」の招致委員会に、JTU猪谷千春会長の代理で出席するためだ。24日は一日、フォーラムが行われた。
国際マスターズゲームズ協会会長、事務局長ほか、海外から数名のIF関係の役員が来日して、プレゼンテーションを行った。
ふつうの人はご存じないかもしれないが、一口で言えば、これは35歳以上の市民が参加するオリンピックのようなもので、4年に1回開催されており、2005年はカナダのエドモントンで第6回目が行われる。参加者は、世界100か国から約2万5千人。誰でも参加できるのがミソである。
日本でも年々盛んになっているようなので、熟年にとっては楽しみなイベントになることだろう。
滋賀県トライアスロン協会の田島一成会長(若手民主党衆院議員)ほか、役員さんたちとも顔を合わせて、協会の充実をあらためてお願いする。
フォーラム終了後の懇親会で、滋賀県の安藤副知事(女性)と、競技団体における女性の果たす役割についてお話をする。40代の半ばぐらいだろうか、官僚らしからぬ態度でふるまわれ、聡明な方とお見受けした。
この手の国際会議で、いつも思うことだが、全然改善されない英語のブラッシュアップ。なんとかしなくてはと思うものの、実践されていない。グスン!

全スケジュールを終えて、滋賀のY副会長、S副会長と一緒に会場の大津プリンスホテルの最上階のバーで、一献。雨なので、夜景が望めなく残念。
Sさんはアイアンマンジャパンが琵琶湖で開催されていた時代、「闘魂」というボディペインティングで、トライアスロン界に知られた人、いまは足を患ってらして、少し歩行に難儀をされている。そう、あれから17年だもんなあ。
で、キングサイズベッドのある32階の部屋に戻って、Amerikan Clubhouse SandwichとBeerで夕食。久しぶりに、肩を中心にマッサージしてもらって、バタンギューとあいなった。

今日は、朝から雨。せっかく、朝はゆっくりできるのに、ランニングできず残念。10時30分からの招致委員会会議に出席。滋賀県の立候補回答書について事務局からブリーフィング。JOC副会長をはじめ、日本体育協会国際委員の上智大教授など、すでにこの手の交渉ごとに慣れている方々からアドバイスが述べられた。そのほか、少なからぬ質問があり、12時すぎに終了。
隣席の陸連 T国際課長から、マスターズのことや、今後の交渉についての意見をお聞きする。
神戸に帰り、残していた企画をまとめるため、探していた本を購入し、残念ながら女学院大学院は欠席。

夜、KATが昨日行ったというロックコンサートのツアーキットを見せてもらう。プラスチックトゥリーというバンドだった。はじめ、ビジュアル系、いま実力派とKATは言う。ならばと、91年制作のDoorsのレーザーディスクを流して見せた。案の定、知らない、曲も聴いたことがない、と言う。
見終わっても、感動の言葉もない、ウーン、ホンコン系アメリカ人にはジム・モリソンは通じない、のか?!


11月21日

昨日は、滋賀県瀬田にある龍谷大学へ行きたかった。内田教授+甲野善紀先生+岩下徹(ダンスセラピスト)という顔合わせのシンポジウムで、楽しみだったのだが、やはり仕事の都合で無理になった。
昨日の余波で朝からその処理。

夜、緊急の集い。財政難による行政改革で、芦屋市立美術博物館が民間委託になるという問題で、ギャラリー島田へ。
画家の中西勝、元永定正、前山手大学学長の小森星児氏など、著名人をはじめ、島田氏のパーソナルな呼びかけで約30名が集まり、すでに始まっている撤回を求める署名運動をはじめ、存続につながる行動について意見を交わした。公共美術館が市民に果たす役割について、NPOの管理運営のニュースタイルが創造できるかいなか、芸術文化に携わる人々の力量が問われることになる。
帰り、10時前だったが、北野町で飲酒検問。今日は、昼飯も晩飯もパスだったので、セーフ。アルコールの匂いなどするわけがない。おまわり、機嫌良くスマイルで、ちょん。

女房殿は、夕刻より、12月6日封切りのトム・クルーズ、渡邊 謙、真田広之、小雪の「ラストサムライ」特別試写のため、京都・二条城へ。慣れないデジカメを持っていったが、帰着は午前1時頃ということだ。
私は起きてられないので寝る。明日は寒そう。


11月19日

火曜日。早朝、お勤め行きの自転車(ママチャリ)で転倒。油断して、右カーブで縁石にペダルの下支点が接触、右から一回転する。右ひじと左腰骨を少々の打撲。スピードが出ていないので、自転車も問題なし。
しかし、このところ、自身の身体感覚が鈍ってきているように思えてしかたがない。
たとえば、皿をつかみそこねて落としてしまう。触れないと思ったものに触れて倒してしまう、頭をかがめたつもりでも、バーや壁に打ってしまうことが目に付くのだ。なにかしらないけど、ヤバイ。加齢現象だけなのかもしれないが……。

大学院、現役の中学校先生Sさんの「教育の現場から」。
現場の先生の悲鳴である。静岡県浜松市約35校のうち、いわゆる荒れる学校といわれるのは、5校ぐらいだそうな。義務教育年齢の引き下げと高校以上の教育の複々線化を提案。
義務教育とは「親が子どもの教育を受けさせる義務」のことで、決して、「子どもが教育を受ける義務」ではないことをまず知っておく必要がある。主体は親である。親が子どもを放りっぱなしにしてどうすんの? 先生にお願いばかりしてどうすんの?
資料の中の文部科学省の指導要領がおもしろい、といってはいけないが、よくもまあ、ここまで美辞麗句が並んでいるものと感心する。全員をくまなく適切に指導するなんて、欲張り以外のなにものでもない。そして、先生を真綿のようにしばりつける。それに耐えられない教師が少なからず精神に変調をきたす。
教科書検定なんていらない、と私は思う。さらにいえば、文部省なんて、縮小してしまえばいい。
スポーツ芸術文化省こそ創設するべきだ。

今日は雨。生暖かい晩秋って、ヘン。
夜、先月は欠席した市民社会推進機構のフューチャー・ミーティング(FM)。六甲アイランドの有機農法野菜レストラン『よりあい六甲』にて行われた。コース料理がまことにうまい。野菜が元気だと胃袋もうれしい。
発表はNPO法人兵庫農業クラブのMさん。コミュニティ・ビジネスとしての農業の可能性にかける。今年で足かけ5年目に入って、ご苦労も大変だが、確実に広がってはいる。
今年も年末にはもちつきの助っ人として、相生市郊外の田畑まで出張するつもりだ。なにせ、市民活動をしている人には、体力のない人が多いもんで。
あわせて、神戸大学文学部の岩崎教授が、学(知)民(知)連携大学構想についての進捗状況を報告された。民側の覚悟もしなくちゃいけないところまで来たようだ。喜ばしいことである。

次回の開催日程でもめているうちに、うっかりしていて、ジアンタンテ(なんという名称だろうか!)の駐車場が午後10時で閉まってしまい、翌朝、とりにいく羽目に。ダンス練習帰りの娘をピックアップすることができず、ポートライナーでバッタリ。「ママ、あきれるやろなあ」とひとこと。
いったい、いくらの料金になることだろうか? クルマの宿泊代だぜ、トホホ。


11月17日

飯田眼科。4週間ぶりのチェック。眼圧は低くならず、安定していない。もう少し様子見だ。薬を変えるには、まだ踏み切れないという。なぜなら、次の予定薬は、副作用で脈拍を低くしてしまうからだ。私にとっては、どうってことはないのだが、平均70前後のふつうの人にとっての影響は大きいらしく、先生は、二の足を踏んでいる。
右眼にどうしても意識がいってしまうのは、見えない帯が中央上方にあるからでしかたがない。

鯉川筋の花屋さん『KEN'S PLACE』のキャッチフレーズ、最終案を6つに絞りこんだ。不景気で、花にかけるお金もしぼんでいるようだ。ほんとうにゆとりがなくなっている。購買力のある女性にしたところで、お金をかけるところを間違っているんじゃないだろうか。
花一輪の潤いは、こんな時代だからこそ、大切にしたいものである。


11月16日

土曜日。午前中から午後にかけて、トアロードのダイヤモンドショップ『unreve』(アンレーヴ フランス語で「夢」の意味)の撮影。
その後、大阪・心斎橋に行き、いつもの『テキパキ』(30年来の友人♀)で髪の毛を切ってもらう。息子のクリスマスコンサートのチラシを見せると、『ワタナベクン、男前やん』とひとこと。ホントかよ? 
さっぱりして、町内会のCDショップ『メロディ』に行って、オーナーのMに、KMの死を知らせる。これまた70年代からのつきあいなので、しみじみと『そんな年やねんなあ』。
ついでにマドンナの『Best Ballade Sellection』を所望すると、『マドンナなんか、うちでは売れへんで。置いてへんもん』とつれない返事。なんでも95年の発売らしく、「在庫あるかなあ、あったら注文しとくわ」というほどである。
実は、マドンナがバイプレイヤーで出演していた映画『プリティリーグ』(史実に基づく職業婦人ベースボールドラマ)のエンディングテーマ『my playground』が収録されているのは、このCDだけだということがわかって、無性に聞きたくなったのである。

帰宅して、メイをちょっと散歩させて、JR住吉のうはらホールにかけつける。娘のダンスパフォーマンス『拮抗2』の夜の部だ。気合い入れて練習に励んでいただけに、入場料をとるに値するステージだった。ま、反省点はいろいろあるんだろうけど、舞台構成のアイデアといい、構成力といい、感心した。
ちなみに、所属団体の名称は『Y stream』(ワイストリーム)。もし、神戸近辺でジャズダンスを習いたいという方が身近にいらしたら、おすすめする。
解散後、娘、女房殿、KAT、そしてご近所ポピア組のMさんと、生田川の北京料理『悟空』でわいわいと。

日曜日。久しぶりに8時まで寝た。
午前中、大阪・玉出まで、HTAのS常任理事とともに、淡路島大会でお亡くなりになった 選手のご自宅へお参りに行く。
やはり、つらい。小学生のお嬢ちゃんはともかく、4歳の坊ちゃんは「お父さん帰ってくるんやろ」と、今でも話しているとか。
ご冥福をお祈りする。

午後、神戸ニューオータニにて神戸高校20回生同窓会幹事会の慰労会。次回は、恒例のお盆開催を変更するよう提案し、08年の11月23日勤労感謝の日に行うことに決定。49年生まれは還暦となる。いま物故者は2%程度だが、この5年でどうなるのだろうか。
帰宅後、ビデオ収録の東京女子国際マラソンを見る。高橋が敗れたことは既知ではあったものの、その負け方が気になってしかたがなかったのだ。
ところが、見ているうちに、中継が気になってきた。
実況中継レポートおよび解説者が、28km過ぎてからの高橋の変調に気付くのが遅すぎる。どうしてなのか? 
あらかじめ想定しているはずのシナリオと違っているとはいえ、ていねいに高橋の走りを見ていればもう少し早く気付くはずだ。30kmから35kmの17分44秒も、区間の最後では、ほぼ4分(1km)もかかっているというありさま。彼女のレベルでは、意識的ゆっくりのジョグ感覚といってもいい。
それに気付かないのは、解説者の増田明美も、ほめられたものではない。35kmで後続のアレムとの差が58秒に広がったといっても、決して高橋の走りがいいからではなかったのに、そこに言及できないのは、プロ解説者としては失格だろう。
40kmでの小出監督の叫び『Qちゃん、腕をさげて!』は、無効だとわかりながらも、叫ばざるをえなかった悲鳴だった。
走り終えた高橋の表情に「情けない」という恥的感覚が現れていないことに安堵した。原因はなににあるかわからないが、「足が棒」になるという感覚は、グリコーゲン不足、乳酸過多による「脱力」状態ではないだろうか。
明日の新聞で、小出監督の敗因分析を聞いてみたい。
いずれにしても、陸連幹部は頭をかかえていることだろう。


11月14日

それにしても暖かい。洋菓子店『CASSALADE』の撮影。カメラマンTさんが、つぎつぎと手際良く撮影。はじめての広報物だけに、ていねいに制作しなければならない。


11月13日

ソフマップに、ヨイコラショと重いiMacを持っていった。
スタッフの方が、ちょっと待ってください、と店の奥へ持っていって10分位、「電圧、大丈夫ですう。なにかの拍子にコンデンサーの調子がおかしくなったのかもしれないですねえ」という話。助かったのであります。いい子だ、と頭なでなでして帰る。


11月12日

明石海峡公園管理センターにて、淡路島大会実行委員会。事業報告と収支報告。来年度大会実施にむけての意志の確認を行った。管理センター所長が代わっていて、質疑のなかで、前任者とは違い、随分協力的なことがわかる。国交省のお役人の世界だけに明るいニュースである。
それにしても、空は青く、高く、晴れていて、ひとの気配も少なく、このまま、ぼっーとしたいな、と思わせる空気があった。
事務所のiMac(ブラウン管、ストロベリー)がとまった。電源ボタンに反応しない。さっそくソフマップに連絡。見てみましょう、とのこと。内部電池の消耗だと\4000〜、内部のクラッシュだと、\47000〜だという話。これはもう、新しいものにしなさいという暗黙の圧力だな、これって。
アウトなら、また、データを一からつくらないといけないので、めんどうなことになりそうで、メゲてくる。
それに比べ、いまのところ、このiBookは快調。

夜は、カツ丼をつくった。KATも全部食べたので、まあまあかなと思っていたが、帰ってきた女房殿によると、たまごのときかたにコツがあるようだ。事務所の近くの「屋島」のカツ丼は、すばらしい味なので、雲泥の差である。ときかたを教えてくれたので、次回は、マシになっているかも。


11月11日

9日、東京は医学書院での内田教授と三砂ちづる先生との対談に、おっつけ参加できるかなと思っていたが、やはり、それは無理だった。いずれ、本になるようなので、楽しみにしておきたい。

女学院大学院。テーマは「家族と消費社会」。「ミーツ」の江編集長の発表。
消費共同体としての家族が、存在理由不明の家族に変質してしまい、瞬間消費の快感に追い立てられた個人がいるだけの家族はもはや、古典的な家族ではない時代に突入しているという、味気ない時代。ムム、なんともはや。

この問題になると、みずからにひきつけて発言せざるをえなくなる。
濃密な空間を共有し分有する家族の存在理由は、確かに在る。私にとって、妻と息子・娘の「核」家族は、ときに他者がリビングをしょっちゅう通り過ぎる風とおしのいいものだと思っている。悩みのタネは、お金だけ。
だからして、「家族」を賞味期限のように扱うのはどう考えてもおかしいのだが、多くの子どもたちをして、「お父さんお母さんのようにはなりたくない」、と言わしめる当の家族が、そう認識していないので、話にならない。

内田教授によれば、3年生ゼミで「恋愛」議論になり、多くの女学生(女学院だから当たり前)は、結婚して子どもを生んで、家族をつくることに魅力を感じていない、という。それよりは、自己実現、自己決定。
「私を尊重してくれて、やさしくて、経済的にゆとりがあって、愛してくれて…、」なんて、ただの欲望だけじゃないか。
「それじゃあ、駄目だよ。親兄弟、家族を通じて、人としてのマナーを学ぶ作法、共同体錬度を高めていく必要があるんだよ」と教授は「オジサンの説教」をするのだが、はてさて。私も共同戦線をはることを宣言したい。

そんな夜、娘が観るビデオ『忘れられない人』(93年、主演/クリスチャン・スレーター、マリサ・トメイ)をKATとともに、お相伴。KATは母国語なので、問題なし。クリスマス・キャロルのような悲恋、悲哀の愛物語なのだが、娘はもう何度も見ているので字幕はいらない、という。
しっとりとした情感のある、このような映画を好き! という娘に、あらためて、感心した。


11月10日

雨。断続的に降る。
最終的には、与党過半数で、一応、絶対安定多数政権となった。が、基盤は磐石ではない。小泉人気が部分的なものに色褪せた。安倍には、人間くささが感じられない。公明党(創価学会)なしには、やっていけない自民党となってしまった。これはボディブローのように効いてくるはずだ。この時代、貧困からの脱却に宗教にすがることはなくなり、もし、そう見えるのだとすれば、バブルのような疑似宗教(現是利益)への帰依にほかならず、大きなうねりにはなりようもないからだ。
夜、HTA常任理事会。淡路島大会キーパーソンが2人とも欠席。事務的な話し合いで、早々と散会した。そろそろHTAのHP管理人の交代時期かもしれない。


11月9日

夜、11時前に帰神。ラジオによると、民主は予想以上に善戦しているらしい。帰宅してテレビの速報を見ていると、兵庫はまだ半分ぐらい。12時頃だったろうか、市村くんが競り勝った、当確だ。
一方、私の一票は死に票となった(比例で復活したらしいが、そりゃ、いかんだろう!)。娘(20歳)も初めて投票したらしい。渡邊家では、たぶん、0票が3票になったというのに、候補者は落選した。私の票は、なかなか生かされることはない。

今日の、日本選手権は、見応えのあるレースではあった。
しかし、今年は、外国人選手の参加がなかったので、華やかさには欠けたことはいなめない。というのは、すでに12月のニュージーランドでの世界選手権大会への調整に入っているからだ。
男子では、西内洋行(チームテイケイ)が第一人者の貫禄を見せて初優勝。女子は、ベテラン庭田清美(グリーンタワー・稲毛)が、もう一度アテネに照準を定めての復活を宣言するような優勝をかざった。
しかし、問題は、世界選手権大会がターゲットであるだけに、日本選手権をパスする選手が出たことだ。すべては、アテネオリンピック代表選手をゲットするための戦術である。
では、日本選手権の位置づけはどうなるのか? ワールドカップや世界選手権が上位の大会であることは確かだが、年に一度の最高峰の大会を軽視する流れが出ることに危惧せざるをえない。

8日、ライターのKさんにあって、KMの手紙など、資料を手渡すとともに、思い出話をふたたびする。
『季刊サブ』およびKMについてのオマージュが連載される『QUICK JAPAN』11月15日発売号のゲラ(校正刷り)コピーをいただく。私がKMにインタビューした記事を掲載した書籍『神戸青春街図』からの引用がなされていた。29年前のことである。


11月7日

週末、第9回日本トライアスロン選手権東京港大会(お台場)なので、区役所で不在者投票を済ませる。まちづくり研究所のNさん(建築家で高校の先輩)とばったり。
今回は苦渋の選択で、今まで一度も入れたことのない候補者に入れる。
兵庫1区のことよりも、6区の市村浩一郎くん(民主)の当選を祈る。彼は、以前、阪神淡路コミュニティ基金の担当者で、『論々神戸』前身の『WAVE117』発行のとき以来のつながりだ。自宅で食事しながら、熱い議論をしたことが、思い出される。
前回は小池百合子との全面対決だっtが、今回は、男性との対決。ぜひ勝ってほしい。
であるからして、政権交代という可能性に少しの期待。
その他、ばたばたと仕事をすませて、寝る。明日は、8時までに起きればいい。


11月5日

三宮AOIレコードのTさん(いまでも私はアオイのおにいちゃんと呼ぶ。息子・娘は、「アオイのおじちゃん」と呼んでいろいろ可愛がっていただいた)にKMの死を伝えに行った。70年代初期から音楽、映画、雑誌など、KMとともに気分を共有できる数少ない人で、いまでもポップ音楽の生き字引、です。
だけど、「この商売、後10年すればないかもネ、もうダメよ」という感じ、「もうすぐ引退だから、ま、いいか」、と淡々としている。寂しい話ではある。
ついでに、スティングの新しいやつ、と言ったら在庫切れ。こんな有り様なんだから。


11月4日

「師」KMの死を広告代理店D社のH氏にメールで送信。

午後、大学院で発表。宗教、そのつきあい方のむずかしさに終始する。残りの時間はほとんど内田教授が話したが、なかで現役中学先生のSさんは、公教育のなかでの宗教を教えることの困難さに言及。オカルト、ホラーを通じて、宗教を感じるようでは、やばいんでないかい? という見方、いやそれでもないよりはマシよ、という見方、いずれにしても宗教については、寒々しいのがいまの公教育の現実。

帰りにJR住吉の洋菓子店cassaladeに寄って、掲載誌「大人の神戸」を見せていただく。来週撮影の段取りをつけて、制作へ。洋菓子激戦区の東灘区で生き抜くのは大変だが、美味しいだけに、活路はある。

夜、ビデオにとっていた、古代ローマのユリウス・カエサルについての特別番組をみた。民放なので大仰なのはやむをえない。トヨタ一社の冠スポンサー。塩野七生も要所要所でインタビュー出演。
大学院でアメリカ帝国とローマ帝国の比較にも言及したので、復習という感じ。フォロロマーノ、アッピア街道などの実写が見られただけでも良かった。
死ぬまでにイタリアに行きたい。


11月3日

文化の日。緒方貞子さんらが文化勲章を受章。
また、戦後憲法の公布日、である。どのぐらいの人が覚えているだろうか?

明日の大学院での発表「宗教性」
のためのレジュメづくり。20〜30分なので、簡単過ぎず、詳細過ぎずというところで、A4三枚にまとめた。


11月2日

小雨が降ったりやんだり、晴れ間が出たり。
1時間を越すジョグにも、からだは、ちゃんとついていってくれる。週一とはいえ、三周続くとからだも順応してくれてうれしい。

東京の立体模型作家Hさんに電話。「師」KMについての件、お尋ねしたところ、すでにご存じであった。
9月に来神し、私に取材していった東京在住のライター、Kさんが知らせてくれたそうな。彼の書く文章がKMのはなむけになればいいのだが、というお答えだった。
週末、上京するので、写真家のKさんともども会えればいいのだが。そして、 「師」KMのために、なにができるのか、考えていきたい。


11月1日

急に決まった撮影の立ち会いのため、一日スタジオの中でダイヤモンドの撮影。エンゲージリングである。私には縁のない世界だが、子どもたちには可能性がある。
本来は、恒例のトライアスロンセミナーのため、青垣町まで行く予定だった。
実業団チーム、テイケイのY監督がコーチをしてくれるので、アテネオリンピックのテストイベントでの報告を聞くつもりだったが、来週の東京・お台場での日本選手権大会までとっておこう。


2003年3月4月5月6月7月8月9月10月12月
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