混迷亭日乗 Editor's Diary

8月31日

土曜日、早朝のお勤めの後、朝食。その後、クルマの12か月点検だったので、生田川のニッサンへ預けにいき、そのまま長田の「みくら5」(みくらウィークの最終日)までジョグ。約40分、7km位の道程だ。
御蔵地区に点在する震災空き地に設置された「リ・フォープ」の作家たちの作品をみてまわり、事務所でTさん、Uさん、Mさんにお目にかかり、あらためて原稿依頼。帰りもジョグでポートアイランドまで。これまた約40分。暑いのでやはりばてますねえ。
冷麺で昼食後、爆睡。それから事務所で、『論々神戸』第4号の整理と読書。
クルマの引き取り時(7時頃)に、猛烈な雨が降り出す。バイクで向かったので、びしょぬれ。しかし暑いので気にはならない。クルマで帰ってくる頃には、雨はやんでいた。ほんに天気は気まぐれだ。
夜、WEBデザイナーのMさん、来訪。ご近所友達Fさんの釣りの成果、淡路島の天然鯛(約30cm)づくしの夕食。女房殿がさばいた刺身、塩焼き、お吸い物と、パリの世界陸上を観戦しながら、美味堪能。
末續慎吾の200mの銅メダルには感動。ファイナリストとして、黒人のなかにただ一人まじったアジアの先達、高野進コーチが人目もはばからず涙を流すのにも感動した。「師弟関係のつながり」の美しくも気高い姿。身体能力のさらなる開発に挑む研究熱心さがあるからこそ、結実の過程が現れた。まだまだ、その走法は完成はしていない、という。まさに、これからだ。

日曜。9時予定のクラブの練習会は、予報では雨模様のため中止。そこで、午前中は『かあちゃん』(山本周五郎原作、市川昆監督、岸恵子主演 01年)を観る。
いわゆる人情ものだが、映像はひどく暗い。華やかな色合いはどこにも出てきやしない。天保改革頃の時代設定、ひどい時代を嘆く、貧乏長屋ぐらしがあたりまえの庶民の姿が描かれるが、そこを毅然と生き抜く「かあちゃん」は、立派だ。そこには、ちょいとした罪など、原因があきらかなだけに、立ち直ることもできる可能性が信じられ、庶民の「うそも方便」が生活の知恵だと言い切れるという、ある意味、精神的に豊穣な世界が現前する。私たちが失ったものの一つに他ならない。
4時半に明石松江海岸にメイ(♀黒ラブ10歳)を連れて泳ぎにゆく。高速に乗って5時すぎに着いて、駐車場に入ろうとすると、管理のおじさんが「あと少し待ってれば、ただだから」と言ってくれる。どうやら5時半で仕事が終わりらしい。そこで、メイの水入れやタオルやら、小道具をビーチにもっていく間に時間になって、クルマを入れた。
ビーチの沖合でジェットスキーに興じる若者たちが目立つ程度。泳いでいるものはいない。メイは狂喜。すぐにでも海に入りたがるので、泳ぎ出すとついてくる。みごとな犬かきだ。ちなみにスピードはといえば、私の平泳ぎ程度、クロールだとついてこれない。そこで、まず私が沖合に泳ぎ出し、彼女が来るのを待つ。そして。そこでUターンして渚まで戻る、という繰り返し。何度でもあきずに繰り返す。
水はきれいだ。ゴミもほとんど見当たらない。夏の終わりの小さなビーチ。夕暮れどきの落日の色合いは、やはり消え逝く紅。美しくもはかない。
帰りは地道で、1時間とちょいと。7時半帰宅。
世界陸上の女子マラソンを観戦。堂々たるレースだった。すごい練習量に裏打ちされていて、大したもんです、ニッポン人は。


8月29日

大阪でダイヤモンドの卸売を20数年にわたって、商いしてきたT君(中学・高校が一緒)の小売店の神戸進出の場所が決まった。トアロードだ。面積は小さいが角地でもあり、中味で十分勝負できるというだけに、11月開店に向けて走り出す。ブライダル対象の女性を中心の顧客にするため、PRの手段、方法などアドバイスしていくことになる。
それから、大阪。広告代理店S社から、心斎橋にまわり、いつもの「テキパキ」で散髪。ここは平成の髪結い床屋である。
その後、久しぶりに「メロディ」(CDショップ)に顔を出し、近況報告。今年も6月にハワイ島コナで、コナマラソンに参加してきたオーナーのMと思い出のハワイ話。往年のマラソンランナー、フランクショーターものんびり走っていたらしい。コナは、のどかでいいなあ。
夜は、2003年度第2回JTU近畿ブロック協議会。近畿2府4県の代表者と専門委員との連絡協議。2時間半の会議時間は、いつもあっという間である。それほど、妙案のでない課題が多いということ。帰宅は12時近くになった。

世界選手権、末續選手の200m決勝、見たいけど、起きていられない。彼の素質とともに、走りの研究については、いま発売中の『古武術で蘇る身体』(監修 甲野善紀 宝島社)に、簡単にふれられている。
日本人でここまで走れるようになった身体づくり、身体研究、それは、彼の師である高野進コーチ(世界選手権400mファイナリスト)とともに、本人も未開発の身体感覚にかける凄さがあるからだ。明日のニュースが楽しみである。


8月27日

今朝早く、秋の虫が鳴き始めた。昼はまだ蝉の声。月曜、火曜と不安定な大気のため、猛烈な湿気とにわか雨が断続的に続いていた。


8月26日

昨日、甲南大学の担当者が来訪。正式に依頼を受けた。前回のA嬢とは、いまでもときどきメールで近況を報告しあっている。今度のK嬢は、アドバタイジングと日本語を専攻しているというが、それなら、うちでの仕事は、巣小死はさんこうになるかもしれない。
女房殿が東京出張。震災前まで、オフィスに在籍していたNさん(フリーライター)に、東京での美容室取材をまかせる。毎月の負担はこれで軽減されるはず。


8月24日

19日から、大変な暑さとなった。この週はトライアスロンで忙殺される。
19日、淡路島国営海峡公園での炎天下のコースチェックは、汗まみれ。3時間はきつい。帰りに明石の魚棚で昼網の明石蛸とツバス、焼きはもを購入。刺身と焼きで、夕食はご満悦。
21日に淡路島大会運営事務局会議、22日和歌山マリーナシティ入り、23日ITUインターナショナルイベント和歌山大会、本部テントを中心に動いたが、暑いのなんの。女子・男子のエリート選手が、ばたばたと救護テントへ。当日の模様は9月5日にテレビ大阪で放映される。
その夜、10時頃、岡山県倉敷市でのファッションタウン児島大会へ移動、午前2時過ぎに到着、泥のように眠り、24日午前5時起床で、大会本部入り。フィニッシュする選手たちを迎え、午後2時、大会を終えて、現地発、新幹線で帰神。
ところがこの日、ポートアイランドでサザンオールスターズの野外公演。約70000人ものファンがつめかけるとかで、ポートライナーは大混雑。ここでも、汗まみれになって5時頃に帰宅。シャワーしてバタンギュウ。6時半頃まで寝た。薄暮となったので、夕食前にメイと女房殿と一緒に散歩。サザンの音が聞こえるあたりまで、ぶらぶらと出かけ、夕食は、ほんとはウナギがたべたかっんだけど、土曜日に食べたらしく、あっさり却下。それなら、ということで、今度はあっさり味のおめんうどんにしてもらった。
背中上部、腋の下外側、お尻の両サイドにアセモ発生。これが、今週のナサケナイおみやげだった。

ところで、9月5日から、我が家に、香港生まれアメリカ国籍のチャイニーズ女子留学生(イリノイ大学)がホームステイすることになった。昨年、3ケ月の短期ホームステイ(アメリカ国籍インディアン、ヒンドゥー教徒)を受けたのだが、そのご縁で、甲南大学からSOSの白羽が立ったのである。
彼女にとって、はじめての体験、どんな、ニッポン滞在になるか、楽しみである。


8月18日

17日。久しぶりに、朝ゆっくりできた。オフィスで、淡路島大会関係の書類を作成するなどして過ごす。3時には切り上げて、舞子へいこうとしたのだが、結局4時に出発。案の定、須磨から垂水のマリンピアまで大渋滞。ついたのは開演5分前の5時25分。
クラリネット四重奏「カルテット・アミコ」の始まり。前半は独奏にピアノの伴奏、後半はカルテット。さすが、芸大の寮生、ふだんから4人の息があっているのか、とてもたのしく聴けた。なかなかのもんである。170名ほどのお客さんの入りでほっとした。
お盆休みのなかにもかかわらず、声をかけて来てくださった皆さん、ここではお一人お一人、お名前をあげませんが、本当にありがとうございました。

18日。同窓会で再会した中学・高校と同じで、大阪・心斎橋でダイヤの卸業を営むK君から、連絡。なんでも神戸三宮〜元町地区で、新規小売店を始めたいとのこと。そこで、空き店舗の物色から、全体のコンセプトまで、実際に店長となるMさん(女性)が相談にやってきた。なんでもイスラエルで14年もの間、ダイヤモンド関係の仕事に従事していたらしい。戦争のメッカ、イスラエルに直接関わっている人に会うのは初めてだった。また、私にとってはダイヤモンド、まったく縁のない世界。
高価なモノではあるが、付随して夢を売る商売もまた、同じ不況の中で、チャレンジが始まる。

飯田眼科にて、最終の眼圧検査。やはり、3月に気付いた頃からすれば、右目が若干進行しているような気がする。
そして、緑内障の投薬が始まった。思わず笑ってしまったのは、副作用の説明のとき。院長がいうには、「目のまわりが黒ずむことと、睫毛が長くなるかもしれません。ま、男には関係ないか」。つまりは、アイラインが入って、目が魅力的になる? そんな、ばかな! で、女房殿はひとこと、「あら、いいわねえ」。


8月16日

5年ぶりの神戸高校20回生同窓会。一応クラス担当の世話人の一人なので、4時の受付にまにあうように、ポートピアホテルに出かけた。地下の宴会場は、ブライダル関連の展示会で、若者とその親御さんがいきかっている。受付に立っていると、若者があいさつしてきた。
なんと、近畿大学トライアスロン部のキャプテンだった  I君で、今年も日本選手権をめざして、近畿ブロックの予選会に出場する。
そばをみると、彼女と母上。いよいよ、ウエディングロードに入ったようだった。大会でみる姿とは違い、ウエアもさっぱりしていて、好青年という感じ。彼女も大学時代はトライアスロンをしていたが、こうしてカップルが誕生してくれると、やはり、うれしいものである。
同窓会は、あっという間の2時間。同級生によるピアノ、バイオリン、チェロのトリオの演奏ありの、ソプラノ独唱ありの、さすが、当時3年連続全国金賞の合唱部やオーケストラ部がある学校だ。
なつかしさにひたっていましたなあ。それにしても、みな54歳、53歳になったのである。5年前にくらべて、男性の白髪が圧倒的に多くなっていた。
二次会は東遊園地のレストラン『maree』で、貸し切り。すべてのテーブルでみんなおしゃべりで大盛り上がり、さらに三次会は『pia julien』に流れ、すでに演奏を終えてくつろいでいた息子たちに合流、最後まで残って3人で帰宅。
疲れた。幹事はまともに話もできないし、結局あまり食べることもできず、飲むだけだったので。たぶん、うまくやる方法はあるんだろうけど…、次回はパスできれば…、無理だろうな。


8月15日

朝までの雨、あがる。午前中、熊井啓監督『海は見ていた』(原作 山本周五郎『つゆのひぬま』など)を観る。私にしては珍しくみていたNHK朝の連続ドラマ『すずらん』の萌ちゃん(遠野凪子)が主演だった。清水美砂も気っ風のいい姉さん娼婦役を好演。岡場所で生きる娼婦たちのけなげな、そして生ある限り、どこかに希望を見つけることの大切さがせつせつと伝わる。黒澤明監督へのオマージュということだが、それはともあれ、細かいところにも気が配られ、ていねいな作品づくりは気持ちがいい。
12時、すべての戦死者に黙祷。
その後、約50分のジョグ。ポートアイランド2期地区の風がいつもと逆の東風。雨をもたらした低気圧の名残か、夏らしくもないが、東から西へ走ると、無風状態になり、草いきれで蒸し暑さが立ち戻る。
そういえば今年は銀白いろのむくむくした入道雲をみていない。
夕刻、墓参。久方ぶりにダンスの練習から解放された娘も参加。子どもの頃、墓参りという体験をほとんど持たなかった私にとって、このような時間を持てることのありがたみを感じる。高台の墓地からは淡路島がよく見える。風がさほどでもなく涼しく、こんな8月15日、記憶にない。
夜は、息子とともにコンサートに出演する京都出身のNくんも一緒に、中華料理『悟空』(生田川沿い)で食事。安くて美味い店だが、三宮から離れているため、例の飲酒運転罰則強化以降、客足が遠のいている。だから、帰りは女房殿に運転してもらうことになる。


8月14日

間断なく続く雨。父の墓参は延期。ゆえに、朝10時頃から寝る、起きたら1時半。昼寝というより爆睡。その後、息子にHPの訂正方法を教えてもらい、メルマガ『論々神戸第3号』の発信準備。
夕刻、陸上部の先輩Kさん宅で、息子さん(息子の中学でのブラスバンド仲間。脳腫瘍のため高校生のとき夭逝)へのお参りをすませ、その後、母と妹宅で夕食をともに。


8月13日

12日。娘の劇団の旗揚げ公演。といっても、宝塚北高演劇科14回生の仲間の劇団「?(はてな)ボックス」である。尼崎のピッコロシアターでは、なんでもホールを無料で使わせてくれる制度があるらしく、概要、脚本などのチェックを受けて、採用されたというもの。いわば、演劇の下地を広げ、演劇を親しむ人々を増やしていこうという意向なのであろう。
中身はともあれ、照明や美術、情宣なども、同級生やピッコロシアターのスタッフたちがサポートしてくれるというから、いっぱしの劇団公演みたいではあった。ちなみにタイトルは『おんなたちの歴史街道』、ボーイフレンドのいない若い女性たちのクリスマスパーティでおこる悲喜こもごも、のようなもの。とにかく、元気いっぱいでした、ごくろうさん。

13日。お盆(盂蘭盆会)に入った。死者との交流が始まる。私には、淡路島を望む高台に眠る父だ。
息子が、お墓参りとクラリネット四重奏のコンサート(神戸・舞子ビラ)をするために帰神。
私のほうは、高校陸上部のOB会。毎年、三校定期戦「神戸(旧制一中)・兵庫(二中)・長田(三中)」の日に開かれる。このところ、長田高校が強く、連勝中だとか。インターハイを最後に引退する新OB(3年生)には、記念品とともに学校創立100周年記念につくった「神戸高校陸上部100年史」が贈られる。
二次会で「pia jurien」へ。ソプラノ尾崎比佐子、バリトン雁木 悟、ピアノ多久江里子によるライブ。聴きごたえがあった。
夏の夜の雨が、落ちてきた。


8月11日

夕方から市民社会推進機構(CAS)のロングラン・ミーティングに合流。途中、夕食をはさんで、10時まで、「震災10年市民検証」について、論議を重ねる。
神戸大学文学部の岩崎先生が来られ、先日のFeature Meetingのさいに話題になった「自由市民大学構想」の案を提示。部局に「地域連携センター」が発足するので、NPO、NGOとの連携を通じて、共同研究の芽が出てきそう。まだまだ紆余曲折はあろうが、来年の末までには、発表の場を設けていく方針が確認された。注目していきたい。
「震災10年市民検証」については、CASとは別個に、もう少し幅を広くして呼びかけ、検証研究会として実行することに決定した。

8月10日

今日は予定がない一日。午前中、女房殿が推薦するオーストラリア映画『月の羊』(原題;The Dish 観ればわかる)を観る。69年、アポロ11号月面ウォークの映像を中継した大アンテナを持つオーストラリアの片田舎パークスでの人間模様が描かれている。事実に基づいている映画だが、出てる俳優は誰も知らない。74年だか、オーストラリアの西の街パースに滞在経験のある女房殿にとっては、とても懐かしい映像だったようだ。パークスの科学者とNASAのインテリ学者との確執や恊働作業など、そこここにオージー(オーストラリア人)気質が現れて、微笑ましかった。
その後、午の暑さのなか、あえてジョグを50分。とことん汗を出し切って爽快。
そして、午後、HPにトライ。息子が指示のメール。そのままやると、OK、でバンザイ! と思ったのもつかの間、今度は、メニューのページから、「ニュース拾い読み」のページにリンクがはれない、なぜかメニューのページに「ニュース拾い読み」がはいりこんでしまう。さらに、メニューのページのスクロールバーが消えた。マニュアルを読んで操しても、その画面が出てこないんだから。またしても、息子にメール。口には出さないものの、あきれてるだろうな。
写真家の永田さんから原稿が届く。そのファックスによると、彼のマシンもクラッシュしたとか…。原稿をタイピングするのはいとわないが、呪うは、ソフトウエアメーカーばかりなり。


8月9日

世間はお盆モードに入った。こんな言葉を使ってしまう自分が情けない。
早朝の雨模様から一転して、台風一過の清々しい陽射し。
7日にニュースピックアップというページを新設。震災関連記事への寸評をのせることにした。
しかし、まだアップロードできない。東京の息子にもメールして、アドバイスを頼む。
また、前期最後の授業の課題であった、天皇制のエッセイをようやく仕上げた。短いだけになんとも難しい。
夕方、昼寝には遅かったが、眠くてしかたがなかったので、倒れこんだ。起きたら7時30分をすぎていた。


8月8日

昨日からHPの更新ができなくなっている。原因はわからない。サーバーに問い合わせるも、まだ処方箋は返ってこない。パソコンほど不完全な商品はない。しかも、使用者の扱い方が悪いから、作動しないという姿勢。イライラするが、時間の無駄。
台風がやってくるらしく、外は蒸し蒸し雨模様。
NHKの金曜時代劇、来週からは、藤沢周平の『蝉しぐれ』が始まる。金曜夜の会合は基本的にお断りにしよう。
古典的な青年教養小説といっていいのか、少年期から更年期、老年期まで、東北の小藩の一武士の生き方をていねいに描写した、いい作品だ。若いひとにこそ、読んでいただきたい。楽しみが増えた。


8月6日

5日は東京。とにかく暑い。AUS大使館広報文化部Mさんを訪問。麻布十番の近く、モダンな建物である。
この7月から10月にかけて、全国的にオーストラリア芸術祭2003“古代と未来の大陸へ”[http://www.ancientfuture.australia.or.jp]という催し物が断続的に展開されている。5月頃にプレス用のコピー打診があったのだが、結局のところ内部制作になった。
なかでも、10月11日に紀尾井ホールで行われるオーストラリア国立室内合奏団には、特に注目している。
その後、子どもたちの東京の後見人ともいうべきAさんの渋谷のアトリエにご挨拶。美猫のフレーニーにもご挨拶。
その足で、同じ渋谷になるJTU(日本トライアスロン連合)事務局での役員会議に出席。来年に迫ったアテネオリンピック選手強化対策本部設置という案件。三宅義信JTU副会長(ウエイトリフティング出身 東京・メキシコオリンピック、金銀メダリスト)に全権委任でことにあたることになった。いわば、猪谷JTU会長にとっても、アテネでのメダル・入賞をめざすため、背水の陣である。
東京駅発の深夜バスで帰神した。何度か目覚めるが、ほとんど寝ていた。疲れているのかどうかもわからない。
神戸も暑い。
飯田眼科。このところ、右目の状態がやや進行しているかな、という感じ。今日の眼圧は右が18、左が20。前回にくらべ上がっている。お盆休み開けに、もう一度はかって、投薬になるそうだ。


8月3日

この夏、最高の気温ではなかったか。
京都アクアスロン(スイム+ラン)大会のため西京極のアクアリーナへ。阪急電車はやはり時間がかかる。キッズジュニアから一般まで230名ほどの参加。昨年完成の公認50mプールは、やはり気持ちいい。
救護担当のK医師の測定だが、フィニッシュ地点の気温、最高で37度をうわまわった。競技時間が短かったので、選手には大きな影響はないが、スタッフの脱水症を心配した。
キッズ(小学生)のコースミス(上位3人失格)について、大会実行委員会に引率スイミングコーチと保護者がしつように抗議。
私は、立場上、口を出せない。
いつものことだが、トライアスロンは、原則として「自己責任」のスポーツ。完璧に管理されたコースはひとつとして存在しない。選手はコースを自身で確認しなければならない。それが忘れられてしまう。
大会側は、できるだけ安全なコース設定をしなければならないのは大前提。与えられた自然環境・人工環境のなかで最善と思われるコース設定をする。
そのうえでの管理責任の追及となる。「選手が間違えやすいコースを設定した、そこにスタッフをおいていなかった、云々」。
どうも、我々自身を強くするための「アメリカナイズ」が普及せず、自己権利を主張するだけの「アメリカナイズ」が伸長してしまったかのネジレがここでも、出現する。
真に強い個人は出現せず、単なる「自己主張」のみが空虚な言葉となって、マシンガンのように炸裂するわけだ。
このままだと、運営側では、キッズについて、勝負にこだわりすぎるのなら、表彰はなしにしよう、という雰囲気さえ起こってしまう。
トライアスロンの「Finisher is winner」スピリット、あらためて訴えていかなえればならない。
予定より、1時間も遅れて、京都を後にした。


8月2日

昨日は、らしさドットコム、という美容業界随一のweb siteを展開する会社があるのだが、その親会社のTB社の担当室長がいらして、そもそものきっかけをつくってくれた「らしさ.com」のH君とあわせ、うちの担当のSと元町で会食。与志丁という小体な割烹で、人気の店らしく、4人だと予約しておかないといけないようだ。
Wa!が手伝ったのは、TB社のルベルレミックスというヘアケア化粧品web siteの制作ディレクションだったので、その制作調整もかねての会食。それはともかく、とくに、女性の方、一度、HPを観てください。ヘアについての、一流スチリストのインタビューなど、美しく掲載されています。
http://www.lebelremix.com/

2日。午前中、書類整理。午後、夏の芸塾最終日。詩人、白石かずこの朗読とベーシスト舟戸博史の競演「ユリシーズの行方」。最近制作されたビデオ上映もあり、70歳をすぎて、なお、かっこいい。後半は出られないので、懇親会はスタッフでもある女房殿にまかせるが、ミーハーっぽく、最新刊『浮遊する都市、母』にサインをいただいておくよう頼む。
6時から、pia julien(http://www.pia-julien)オーナーのKさん、還暦のお祝い。クラシック界、ゴルフ界、そして母校神戸高校陸上部という3つの輪、100人もの関係者が集まった。
東京在住の姪(女房殿の姉の娘)、Y子ちゃんが彼氏とともに来神。彼がタイガースファンで、どうしても甲子園スタジアムで観たかったのだという。もちろん、チケットはプレミアがついた。