混迷亭日乗 Editor's Diary

5月31日

24日。朝の通勤、JRが15分遅れ。新快速の混み用はひどく、疲れる。

25日。O社の環境キャンペーン、資料作りの構成案を提出。

28日。vivi、4歳の誕生日。メイと違って、ケーキのお祝いはなし。寂しいですねえ。

29日。置塩医院。メデット服用の効果か、HeA1cは8.1%と若干の下がり気味(それでも高い)。女房殿は「お弁当のせいかしらん?」と。はてさて? しばらくの様子見が続く。
医師会の講演者決定について相談を受ける。ギャラとスケジュールと、テーマ設定のトライアングル。今頼んでいるのは、兵庫県出身の某女性作家。テレビなどにもよく顔を出すひとで、神戸女学院のOGでもあるが、決まればそれでいいし、決まらなければ、そのときはどうぞ、と言っておく。

30日。地力3のクロージングパーティ。オープニングにくらべて、作家連中も一仕事を終えてほっとしたのか、ずいぶんと盛り上がっていて、「突然バー」のマスターとしては満足のいく3時間。楽しく過ごすことができた。
O社の資料、原稿づくりに時間をさかなければならない。締めきりは4日。

本日、女房殿は突然の取材依頼で高松、日帰り出張。なぜかお土産は、ごく甘のタルト。愛媛や讃岐のタルトは、甘すぎるって、知らなかったのかしらん? 今日はパス。よほど、疲れているときに、手が伸びるかな?

5日の土曜に予定していたカトウ眼科への検査通院が、管理組合の意向で許されず、次週の水曜日になった。火曜日が良かったのだけれど、やはり清掃員のいないときに休むのはまずいようで、残念ながら、大学院には行けず。このままだと前期はオール欠席になってしまいそうだ。
原稿書きのため、午前様が続く。やはり、プレッシャーになりますね。


5月23日

丹波・青垣から帰ってきました。ふーっ。
大雨の大会は疲れますねえ。

18日。夕方、久しぶりに電通PR。とあるエネルギー会社の環境キャンペーン。むずかしい、です。正直、言って。正論がホントのところ、わかりにくくなっている現代だから、フクザツ。

19日。JC同期入会のGくんが死去。58歳。雨の降りしきる芦屋にて、無宗教の通夜。
直接の死因はガンだったが、かつて兵庫県でも有名な電機小売店の社長だっただけに、心労も過分であったと思う。受付など差配していたのは、同じ同期でも、中高のクラスメートなどの仲の良い友人たちだった。

20日。相愛大学が仏教系だなんて知らなかった、といって、東京から授業にやってきた息子が全学休講と知って、唖然。ちゃんと創立記念日などは調べておけっ、つうの。
で、休日となって女房殿の買い物に付き合って、東山市場で、小ぶりながら赤貝をたくさん買ってきてくれて、十分に堪能した。シアワセ、である。
おみやげに「おまえも、教育者のはしくれなんだから、これを読め!」と言って、『街場の教育論』をプレゼントしておいた。

21日。本来なら、内田vs名越対談で朝カルのはずであったが、今週アタマに、直接予約に行ったのに、満席お断り、であった。
うーん、名越スピリチュアル人気のせいか、それとも、「ニッポン辺境論」で、内田人気がさらに高まったのか。ウーム。
で、『熊野 神と仏』(植島、九鬼、田中 鼎談と論考)を読了。世界遺産指定のプロセスや、熊野、伊勢、吉野を総体としてとらえることの重要性や、廃仏毀釈においては、神道側も苦渋をなめたことなど、なかなかにおもしろくて一気に読了。
もう、10数年も前に熊野本宮大社を訪れたことがあったが、大斎原(おおゆのはら)については知らなかったことが残念。
あらためて、吉野熊野高野山と歩きまわってみたいもの。

22日。仕事を2時に終えて、一端帰宅して、それから青垣へ。午後7時からHTAの理事会。16名もの出席で、まずは成功。
食事の後は、皆さんで大歓談。破綻寸前のJ航空から、老舗Tホテルに移籍したO常任理事やS市の市会議員になったO理事の話に乗って、こちらも興味津々だったので、最後のほうまで残って、爆睡。

そして、本日、予想どおりの大雨ではあったが、大屋根のある会場内に、フィニッシュや大会本部や審判部、救護など集中したため、連絡がとりやすく、かえって、雨降って地固まる、という感じ。来年も、このレイアウトでいきましょう、というおおかたの反応。
それにしても、最初から最後まで雨の大会は、12回目にして初めてのことであった。こうして、いつのまにやら12年。

そうか、この大会を始めたときは48歳だったのだった。やはり、疲れが残るのはしかたがないのかもしれない。
夜、地力3に行く気力は残っていなかった、のであった。


5月16日

9日。朝から明石公園陸上競技場。県民大会の開会式へ、義理出席。その後、常任会議。
午後、帰宅後、HATまで往復ラン。後半、だるくて、ポートターミナルで一服休憩。66分もかかってしまう。陽射しがきついので、半袖半タイツで走ったのだったけれど、低血糖のせいかなあ。8日の血液検査の結果について、置塩からなにも言ってこないので、たぶん、そう悪くはないとおもうのだが。

12日。ギルガメシュ例会。また初めての参加の方がお見えになる。気軽にトライアスロンという時代に変わっていくような気配。世代交代という大きなうねりの始まりかもしれない。
13日。芦屋の市民祭り協議会N会長と打ち合わせ。芦屋浜でのトライアスロン大会実現へ向けて、まずは許認可のスケジュール決定からのスタートとなる。

14日。無性に長崎チャンポンが食べたくなり、海鮮・野菜で具だくさんのチャンポンをつくる。我ながら、なかなかうまかった。とはいっても、スープ付きの生麺仕様だから、誰でもおいしくできるわけだが、リンガーハットには負けています。

15日。2時に仕事を終えて、神戸・北野のローズガーデンへ。
現代アート「地力 3」(ちりき)の始まり。3時のオープニングに間に合ったというか、遅れてはいたのだけれど、合わせてくれたようで、作家連中を中心に数十名でまずは船出。
ローズガーデンは安藤忠雄が設計した日本では2番目の商業テナントビルで1977年の開設。異人館通りで有名になるまでの北野のランドマークでもあった。
それが今や見る影もなく、テナントで残っているのはブティック「keefer」のみ。そこで、新たな所有者となった建隆マネジメントが現代アートのために期間限定で5月30日まで、場所を提供してくれたというわけである。
パフォーマンスも入れて、まずは滑り出した。女房殿もviviを連れて来館。viviはおとなしく、堀尾貞治さんのボレロと仮面のパフォーマンスに、おとなしく床にねそべっていた。お利口である。
結局、美術関係者とわいわいしながら、午後8時過ぎまで、最上階のアティック(屋根裏 今年2月まで営業していた)にて、カウンターの中に入って、お客さんのお相手をしていたのである。

16日。朝はviviの散歩とHATまでのラン。今日は59分で帰ってこれた。11kmぐらいだと思うのだが、先週と7分もの差。今日が普通だと思う。
本日も引き続き、午後からローズガーデンへ出勤(?)。昨日いただいてちょっと驚いた近くの「セーエムアッシュ CmH」の美味なるパンを買って、サービスにつとめる。
売り上げは「地力3」のクロージングパーティに向けての軍資金になるので、せっせと飲んでいただかなきゃならないのである。
カウンターの中にいて、お客さんと相手をしていると、なかなかいい雰囲気の店だったのだなと感じてしまうのだが、それでも経営が成り立たなかったのだと思うと、北野の吸引力が落ちているという現実に加えて、やはり消費の底力がないのだ、と思わざるをえない。
実際、どうすればいいんでしょうねえ。


5月8日

2日。一気に初夏の暑さ。京都にて同じクラブのIくん夫妻の結婚式。洛中の小さな教会で挙式、その後、徒歩で道中して、天ぷら料理旅館「吉川」にて披露宴。Iくんは二回目、新婦は初婚なので、新郎側の友人は我々仲間の4人組のみ。ささやかではあるけれども、いい結婚式であった。
これからは二人三脚であちこちの大会でレースに参加することが生き甲斐の一つになると思うが、幸いあれ。

3日。休みだけれども、はじめが肝心なので仕事。夕方、viviを盲導犬協会へ連れて行く。一泊二日の里帰り。

4日。朝、8時半頃、神戸を出立。一路名古屋へ。思いの外、渋滞とはいえず、途中、二度休憩しても、12時半にはホテルに着いた。
クセック結成30周年記念後援の「五年経ったら」を愛知県芸術劇場で鑑賞。いつもながらの神宮寺演出が冴える。2度目出演の真行寺君枝さんも馴染んできたのか、発声がクセック好みに近づいてきていた。
「愛」をテーマにロルカは、さまざまなことを考えさせる。終演後、打ち上げまでに神宮寺さんとともに、芝居についてなにやかやと懇談。
小道具などの片付けを手伝い、稽古場での持ち寄り打ち上げでは、出演者&家族、支援者、ファンなどと大いに歓談できて、大満足。
翌朝、ホテルを発って、東山動物園に向かったのだが、時間的な余裕を考えて、動物園にはよらず、近接する星ヶ丘(ここは東京で言えば自由が丘のようなところ?)の三越やGAP,UNIQLO,無印良品などでショッピング。それぞれの棲み分けについて、なるほどな、と感心する。
名古屋都市高速から新名神、京滋バイパス、中国道、山陽道にて、盲導犬協会へ。着いたのが4時40分頃。連休中にも関わらず、スムーズな走行ができました。
viviをひきとって帰宅。
短い休暇だけれど、これからの連休のパターンになりそう。

5日の夜よりも、6日の夜が非常に眠気が増してはやばやと就寝。疲れは一日おいてやってきた、というのも加齢のせい?

本日は、7日の雨とは打って変わって、快晴。仕事を終えて、梅田新道のフェニックスホールまでぶらぶらと歩いていった。
フルート奏者の水越さんから招待していただいた「辻井英生追悼の夕べ」コンサート。寡聞にして知らなかった関西の現代音楽の重鎮で、一昨年に亡くなられていたのだが、相愛大学を中心に関係のあった演奏家たちが次々と演奏。
ある意味で、関西の音楽家のレベルを確かめる良い機会になった。「現代の波」という現代音楽の演奏会を25年にわたって引っ張ってこられたのだから、その功績や大。
展示されていた演奏者泣かせの自筆楽譜も興味深いものであった。


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