今日のつぶやき、ポツリ。

その日、気になった「ことば」を置いてみます。
頭の引き出しにずっと入っていればいいけれど、どんどん忘れていく凡庸なる頭ゆえに、こうして遺しておかないと、身につきません。

●5月23日

『熊野 神と仏』(植島啓司、久鬼家隆、田中利典 共著 原書房 2009)より

「吉野と熊野がつながって、「紀伊山地の霊場と参詣道」という概念ができたのです。組み合わせることによって大きい意味を生んだのは間違いないと思います。(中略)北と南の両極にものすごい仏閣と神社があって、西側には高野山、東側にはお伊勢さんがある地帯なんです。日本人が持ち続けてきた宗教文化や文化的営みの総てがこの中に含まれているという意味で、すごい場所ですし、その代表が吉野・熊野になるのではないかと思うんです」田中利典・金峰山寺(きんぷせんじ)一山宝勝院住職

●5月16日

「食」があぶない、とよく言われるようになってきた。食糧安保という大きな問題から、根本的には「核」となる家庭の食卓にまで、危機は瀰漫してきている。
 飽食のニッポン。マスメディアには、来る日も来る日も「グルメ」に関する番組が制作されて、食文化のレベルの高さは、世界に冠たるものと言ってよい割には、個々人の食生活はきわめて貧しい、という現実の落差には驚かされる。
 危機だと思っていない家庭や個人があまりにも多すぎるのだろう。
 家族がきちんと食卓を囲んで、おしゃべりしながら(テレビをつけないで)食べている家庭、しかも朝晩、一汁三菜をきちんと確保している家庭は、いったいどれぐらいあるのだろう? 
 時間差食事、中食重視、偏食、冷凍レトルト中心、サプリメント重用といった現象は、いつのまにか、当たり前の家族の食事を放逐していったようだ。
 昨今の人間力、コミュニケーション力の弱さの一員は、そんなところにも要因があるように思えてならないのである。

●5月8日

 
飯島和一『神無き月十番目の夜』(1997)を遅ればせながら読了。このところ立て続けに著者の作品を読んでいて、現在は、江戸・天明期の相撲力士・雷電を描いた『雷電本紀』(1994)を読み始めたところ。(寡作ゆえにまだ10作品に満たない)。
 江戸幕府成立前後、すなわち戦国の世から移行しつつある端境期に、いかなる所行が行われていたかを知ることになる歴史小説である。
 常陸の国、北東部にある小さな村が消滅した(文字通り根絶やしにされた)事実を掘り起こしたもので、権力者交替による新たな検地の杓子定規な、官僚的な=自己保身=施行によって生じた悲劇が描かれている。
氏は、時代小説という解釈自在な世界ではなく、細部に神が宿るという類の綿密な資料検証のうえ、書き起こしていく。重くて圧倒的な人の英知と愚鈍さが事件を起こしていく過程を丹念に辿っていく。まさしく歴史小説の見本ともいうべき存在感だ。
 また、権力者側ではなく、市井のリーダーに焦点をあてばがらも、彼らの失点をもきちんと描く姿勢は希有ではなかろうか。
 この記述の丁寧さと多面的な光の当て方からは、自然と長編にならざるをえず、ある意味、読者に忍耐を強いるかもしれないが、読後感はずしーんと体内の奥まで響くはずだ。一度、手にとってみていただきたい。

●4月28日

 
政党政治への不信感が世間的には募っているようである。もちろん、鳩山と小沢のせいである。
 このところの地方の首長選挙などでは、民主党推薦候補が軒並み苦戦か、敗戦しているのだから、民主の幹部たちの心中はおだやかではないだろう。
 設問の仕方が恣意的とはいえ、世論調査で大政党の支持率があがらず、無党派層の比率が上がっているので、これは戦前の軍国ファシズムになだれ込む前の政党不信状況に酷似しているという指摘が政治思想史を研究する学者たちから出されている。
 当時、格差拡大への不公平感と政党への不信感をすくいとったのが、改革実現を求める若き将校であり、官僚であった。

 普天間問題でなにかとやり玉に挙げられる鳩山政権、メディアも国民も、5月末に向けて、「何かが起こりそう」という期待を持っているのだろう。
 一方で、反米ナショナリズムはいっこうにわき起こってこないようだ。アメリカが横暴なのではなく、鳩山がわるい、というのだから。

 折しも、地元の参院選兵庫選挙区において、民主2人、自民、共産、幸福実現に加えて、みんなの党からも候補者が擁立されることになったようだ。このままだと、深い知り合いと浅い知り合いが二人も出馬することになる。
 はてさて?

●4月24日

 
日本人とは何か物質に依存する民族ではなく、「こと」をその基底にもっている民族である。……
 私たちの基底には、重層性に裏打ちされたすごい質量をもった「こと」としての日本文化があるから、国土がなくなっても、言語がなくなっても、平気なのです。
 いや、平気なはずでした。
 ところが、現代はそれが危機に瀕しています。
        (能楽師・安田登『身体感覚で「論語」を読み直す』春秋社)

 いまさら遅いのかもしれないが、古典と漢籍の素養は、我々の世代がふんばらなければ、ほんとうに消え去っていくのではないだろうか?

●4月18日

 
内田先生たちが11日、東京で、鳩山首相と中華料理店で昼食をとりながら懇談した。2月には官邸からオファーがあったようである。
 同席は、官邸側から松井官房副長官他一名、このところ『SIGHT』で対談が続く高橋源一郎氏だったそうだ。
 時間的に、三方一両損しか方策がないようにみえる普天間移設のことをつっこむわけにもいかないので、東アジア共同体のことについて聞いたらしいが、想像通り、戦略的思考の産物ではなかったようで、「いいとことのおぼっちゃん」風に、聞く耳を持つやわらかな感性の持ち主は、従来の首相とはまったく色合いの異なる御仁だということである。
 これには逆の意味で、相対する各国の首脳も面食らうことだろう。そういう意味でも、日本の政治的な風景にチェンジが訪れている、といってよい。

宇宙人と呼ばれていても、希有な存在だけに、早々に退陣させてはもったいない。世間的には、ボロクソな評価がされているようだが。のらりくらりとしていればいいのではないだろうか。

 変わっていないのはアメリカの軍産複合体にノーを言えない、オバマ政権のほうである。オバマ自体よりも、クリントンやゲーツといった現場のトップたちが変われないのだから。

●4月11日

 
橋本治の『橋』を読んだ。
「橋」は、秋田の橋、だった。さらに、東京の忌まわしい夫殺人事件が絡んでいた。地方と東京という落差のなかでもがく苦しむ「ふつうの人々」の痛いまでの関係性の欠如であった。
 ここで、橋本は個々人の責任性を追求し、語っているのではなく、1970年代後半に生をうけた子どもたちへの一般的な普通の家族形態が無意識のうちに生み出した原罪性というようなものへ言及しているような気がしてならない。
 そこでの大きな役割を果たしているのは、家族を形成する夫婦の、否応なくお茶の間に侵入してくるテレビというメディアへの無防備なまでへの対応である。
直接の連関性はないけれども、それが日常的に瀰漫的に侵入してくる精神性への甘味なまでの崩しには、無自覚なままでは対応しきれないのだ、という寂しくも哀しい現実ではないのだろうか。

●3月28日

 松本健一の『海岸線の歴史』(ミシマ社)を読んでいたら、大陸棚法案とか排他的経済水域とか、見るからに国境線を線引きするための資源ナショナリズムにとらわれることの愚かさを指摘されていて、ここでも計量できないものを、我がモノしようという、国益一番主義が顔をのぞかせ、いやーな気分に陥ってしまう。
 江戸時代の平和260年の間に培われきた白砂青松が無惨な姿をさらしている今、海岸線を思考の枠内に入れることで、本来のナショナル・アイデンティティ、愛郷といったエートスが掘り起こされるのなら、これもまた、日本の誇りうる世界が広がるのだが、海岸線の復権は、まだ間に合うだろうか?

●3月24日

 
論語の中の「四十にして惑わず」。この新解釈が登場した。
 「惑」は孔子の生きていた時代に存在する漢字ではなく、「惑」から「心」を取り去った「或」ではないか、という説が登場しました。意味は、境界を引くこと、限定することだと。さすれば、40にして「自分を限定してはいけない」という意味が浮上してきますね。
 唱えているのは、能楽師の安田登さん。下掛宝生流のワキ方、です。
 彼は、直感として、孔子が「四十にして惑わず」なんて、考えるだろうか? という思いを抱いて、さぐっていったといいます。
 書かれている著書は『古代中国の文字から 身体感覚で論語を読み直す』、タイトルがいいですね。
 推薦しているのは、松岡正剛。ときたら、やっぱり、手に取りたくなります。
 というわけで、ただいま、まんなかあたりです。

 論語、おそるべし、ですね。

●3月19日

 
いつも読んでいただいている方は不思議に思われるかもしれない。「ワタナベは、なぜ小沢幹事長をかばうのか」と。
 べつにかばっているわけじゃない。それよりも、ジャーナリズム(?)の一方的断罪があまりにもひどすぎる、という、ただそれだけのこと。
 新聞を始め、主な週刊誌の見出しを見るだけでも、うんざり、である。
 憎まれっ子世にはばかる、に対するやっかみなのかどうかしらないし、良い子ぶるのがポピュリズムというのなら、小沢をたたけば、部数が伸びるせいなのか、小沢さえいなければ、民主党はもっと良くなる、という言説が俄に信じられないからである。
 少なくとも、冷静に小沢一郎を政治家としてみることが、ジャーナリズムの責務であるはずなのに、旧態依然の田中角栄時代の意識を引きずったままで、小沢像を勝手につくりあげている。

 確かに、小沢に将来国家のビジョンは見られない(一部、日本改造計画には散見されてはいたが)。その時期、その時代の大衆の欲望を自然に受け入れるだけ、いわば、旧時代の自民党の側面である、ある種の国民政党(官僚国家ではない)をつくっているだけ、というふうにしか見えないのである。
 
 単なる検察情報によりかかっている(ほとんどがそうとしか見えない)だけでは、ジャーナリズムの本義である調査報道はいったい、どこへいったの? としかいいようがない。

●3月14日

ここ一週間、作家・北重人(09年、61歳にて死去)の作品を図書館で借りて、立て続けに読んでいる。短編集『汐のなごり』、『蒼火』、『夏の椿』、いずれも江戸期の時代小説である。松本清張賞、直木賞の候補作の段階で亡くなられてしまった。
 なぜ、手に取ったのか、最近のことなのに、そのきっかけがわからない。

 しかし、汐のなごり、の一篇から、すぐにひきこまれてしまった。使われることばに、細やかな息づかいが感じられる。
 文章は、端正で、瑞々しく、凜として匂い立つ、、、。
 まさしく、藤沢周平の系譜に連なる書き手が、すでにこの世にないというのは、その作品のなかで生かせておいてほしい人が亡くなるのと同じように、さだめとはいえ、あまりにも無慈悲ではなかろうか。
 もっと、読ませていただきたい、と切に願うものの、もはや氏はこの世にはいない。
 作家活動を始めたのが遅かったゆえに、決して多くない作品群、これからも吟味していきたい。
 北作品の中の人間たちが、眼前を生き生きとして往来することだろう。
 ワタナベがこよなく愛する作家たち(藤沢、乙川、北原、杉本)、そして北が加わった。

●3月7日

 
知っている方も多いようだが、神戸市が行った学術調査(現在、国際高等研究所所長である尾池和夫氏(前・京大総長)も調査に参加していたという)の調査結果がまとめられた『神戸と地震』という報告書(48p)が、1974年に出版されていた。
 その予測の中身はというと、

 1 神戸市の直下に活断層(自治体の報告書に初めて現れた)があり、それが
   動いたときには「壊滅的な被害を受けることは間違いない」
 2 近くにある活断層が動いたときには震度5の揺れになる
 3 「南海トラフ(海溝)」の繰り返す巨大地震の影響がある

 という指摘であった。

 そして、大震災から15年、その後の調査の結果、近畿や周辺の都市は活断層性の盆地や平野にできた都市であることが明らかになった。
 ということは、神戸で起こった地震は、今後、ほかの都市にもあてはまる、ということになる。(日経新聞より)

●3月2日

 
すごいレベルの戦いを見せてくれた冬期オリンピックも終わった。メダルと入省の数でとやかく言うのは好ましくないが、それでも日本人が活躍するのは見ていて気持ちがいい。
 いつも競技団体と選手、そして国民感情(メディアの取り上げ方)について、どうしても、自らの立場に置き換えて考えてしまう。
 例えば、以前はメダルの常連だったスケート・ショートトラックの入賞者ゼロ。ボブスレーとリュージュの、いつまで経っても置いてけぼり。
 経済大国(一応)でありスポーツ先進国でありながら、そうは言えないお寒い現実。
 団長の橋本聖子・参院議員が強調したのも、スポーツ行政の一元化、これは年金の一元化とも意識的には共通する事項であって、現政権の間に道筋をつけるべき課題である。
 文科省、国交省、厚労省、総務省、経産省に分かれているスポーツ全般予算を一喝して面倒見るスポーツ省(今は、とりあえずスポーツ庁)の設置までいかないと、プロジェクトとしての全体競技力底上げは、とてもできないだろう。
 一握りのカリスマ指導者がなしえることに依拠しているだけでは、先進国の看板がもの悲しい。

●2月28日

 
佐伯順子・同志社大学大学院教授が、先週日曜のNHK-FM「talkin' with Matuodo」で、言っていた。

 マイケル・ジャクソンの「This is it」を見た後に、彼は現代の阿修羅像なのかもと思ってしまった。

 私は、マイケル・ジャクソンは、はじめからスルーしていますが、この一言は、いい類推の見本だと思いましたね。
 先生には随分前に、「遊女の文化史」(中公新書)で颯爽とデビューされた頃、取材したことがある。最近では、男装女装など、ジェンダー論で、メディアに登場されているが、当時は、まだまだ学生さんに見えるほど、かしこそうだけれど、初々しく、かわいらしい感じでした。
 もちろん、今だって、そうなんでしょうけれど……。

●2月17日

 
書店で目にとまった、松島令『実録・日米金融交渉』(アスキー新書)。
 1985年のプラザ合意が今日のアメリカと日本の惨状に繋がっている、という当時の大蔵省外為担当官の回想録であり、憂国の書でもある。
 いつからか、私には、そのプラザ合意から、明確にアメリカ合衆国の属国、もしくは自治州といってもいい位置に置かれた日本、という歴史認識があるので、読んでみた。
 文体に悲憤慷慨という情緒があるものの、当時の交渉の内実があからさまに描かれているのだから、現場担当の官僚たちの切歯扼腕が聞こえてくるようで、中曽根首相はじめ、自民党の中枢、そして御用学者がアメリカのいいなりになびいていく様子が伺えるし、その真意をマスコミはいっこうに理解できず、またその重みの意味を伝えもしなかった、ということがよくわかる。
 何度も繰り返すようだが、今になってもまだ、マスコミは日米同盟や経済成長にとらわれていて、アメリカの景気が回復基調にあるなどと、ミスリードしていて、サステイナブルというのなら、その枠内思考の軛から離れなければならない、ということがおわかりにならないようだ。
 
 日本は、今更夢や希望を語るのではなく、すでに後退戦を戦っていなければならず、これからも戦わなければならないのである。

●2月10日

「どんな立派な思想でも、衣服と同じやうに、それを身につける自分の姿勢を他人の眼に、美しく見せるやうになるまでは、ほんたうに自分のものとはいへません」福田恆存 1954
「(須賀敦子は)文章に関しては妥協のないわがままな人でしたが、息をするのと同じくらい、書くことを大切にしていた」。そんな生身の姿にはあえて触れなかった。「物書きはその文章で語られるべきだ」との信念だからだ。(読売新聞2/5 湯川豊『須賀敦子を読む』)。

●2月6日

「なぜ、日本社会がこんなにヒステリックにおたおたするのか、それがむしろ問題だ。本来、人間というものはそういうものだ(残虐なものだ)という認識がないと、逆に宗教への恐れとか渇望というのは出てこない……」。(『悪と日本人』山折哲雄 東京書籍2009)

 人間というのは、小さな共同体から切り離して、放っておけば限りなく野生化して、喧嘩し、殺していくものだという前提があるからこそ、「人を殺すな」という戒律が生きてくる。
 既成の宗教が指導的役割を果たせないのであれば、これからは、歴史的宗教が立ちあらわれてくる以前の状態、人類が共有した宗教的意識に立ち戻ることが重要だ、と山折先生は指摘している。

●1月31日

通っている二つの大学の学生たちに、「新聞を読んでいるか?」と聴いてみると、総勢80名に及ぶなかで、毎日眼を通しているのは一桁だった。今の新聞がすばらしいから読め、と言っているのではない。最低限、広く眼を見開くことがが肝要だと言っているに過ぎないのだが、それにしても、昨今の全国的な新聞は、あまりにも日米同盟(なんて誰がいった? 同盟なんておこがましい、片務的安保条約にはめこまれているに過ぎない)と経済成長戦略に目がくらみすぎて、そのものさしから離れられないようだ(特に読売と日経、そして朝日、毎日も及ばずながら。産経は論外。だとしたら、首肯できる全国紙は? 残念ながらありません!)。アメリカの動向にしばられすぎている。
 世界はもう、それ以外の国々の連関性で動いている。日米抜きで、世界がどう動いているのか、それを報じることがあまりにも少なさ過ぎる。例えば、「ドル基軸通貨」への懐疑があちこちで起こっているにもかかわらず、主だっての報道はきわめて少ない。
 さらに、決して、今の政権がすばらしいわけではないが、少なくとも、旧態依然たる政治文化は変わりつつあるし、政治とカネ問題の本質はあくまでも「小沢経世会つぶしvs旧権力再生派」の暗闘であって、政治不信というニヒリズムとは直接関係はない。
 小沢という人物は、理念の政治家ではなく、国民大衆大多数の欲望を吸い上げているにすぎない。
 小沢を抹殺したいと望むのなら、そのカネにまつわる潔癖性を自ら問うのがよかろう。

●1月7日

 
いまだに、鯨を最も人間に近いほ乳類だからといって、断じて捕らせないとする人間原理主義者たちが、のさばっている。鯨保護団体シーシェパードの高速艇が、日本の調査捕鯨船の行方を妨害し続け、ついに接触事故を起こした、
 伝えられている映像と音声を見る限り、日本側に非はないように見える。
 人間原理主義者とは、人権を最高の価値として掲げ、他の動物たちを人間の役に立つ動物たちとそうでないものたちを峻別して、人間に近しいものをかわいがり、そうでないものを無視するという、きわめて傲慢なヒューマニスト、と言っていいだろう。
 もっとも、最近では、日本の研究者のなかには、調査捕鯨をやめて、沿岸捕鯨を宣言したほうが得策だという考えもあるようで、それが、国際的に納得されるのが大勢なら、かたくなに調査捕鯨に固執することもないだろう、というプラグマチックな姿勢も、なかなかではないかと思うようになってきた。
 なにかにつけて、原理主義者には、振り回されることが多いが、原理主義者抹殺、と言えば、それもカウンター原理主義になってしまって、困ったものだ。

 とかく、この世は住みにくい。

●2010年1月4日

 
正月の印象。
 クルマのお飾りが壊滅状態になっている。団地の駐車場見渡す限り、一台もない。近出ではあるが走り回ってみても、遭遇しない。無駄なモノ、あるいは無意味なものの一つになってしまったのだろうか。
 1981年に免許をとって以来、女房殿の実家の慣習に習って、松の内まではお飾りをつけてきた。私自身は、特にこだわってはいないのだが、それにしても風情というモノが消滅していくのは忍びがたい。一昨年ぐらいから、あれっ、少なくなってきたなあ、と思っていたら、今年は決定的だった。
 寒波到来。地球温暖化のCO2犯人説にクエスチョンがつき始め、また、そもそも本当に温暖化してくのか、にもクエスチョンで、排出権取引のうさんくささも伝わり始め、マジで環境問題に取り組む勢力と、新ビジネスにどん欲になる勢力との見極めが大事になってくるようだ。
 デフレの時代ながら、大混雑する繁華街、正月だけの消費の大判振る舞いなのかわからぬが、お金がそれなりに流通することには変わりなく、よろこばしい。消費は美徳ではないけれど、血液と同様に流れていかないと生体は誌を迎えてしまう。ほどほどの流通ができなければ話にならない。
 使える人は皆さん、それなりに、使いましょうね。

●12月31日

世界的には大転換期、日本もある意味では、無血革命に近い権力交替によって舵を大きくきった最初の年になるのだろうか。
 あのとき、あの事象が、明治維新、敗戦に次ぐ第3の開国きっかけになっていたのだ、ということが、すでに起こっていたのかもしれない。
 縮小する経済と階層の固定化に、どう対応していくのか、一人ひとりがその方策を考えていくしかないのだろう。
 消費者至上主義と権利主張の抑制、すべての分野において、分相応の姿勢がキーワードになる、そしてこのことは国際的にはなかなか理解していただけない、のだろう。

●12月27日

 
鳩山政権が誕生してから100日あまり、米国にならって蜜月期間が過ぎたというのか、軒並みメディアは、小鳩政権に対する支持率落下を報じている。
 とりわけ、鳩山の母親からの生前贈与、小沢の天皇政治利用問題について、手厳しいようだ。
 後者については、なんだか「天皇の政治利用」という批判が多いようだが、むしろ1ヶ月ルールなるきわめて恣意的なルールで、さも天皇の健康を慮っているように見せる宮内庁の官僚根性のほうが問題なのであって、天皇がどう感じようがいまいが、そんなこと超越しているのが天皇であって、さも忠臣面して、天皇家そのものを不自由にしばりつけてるのがてめえらだという認識はさらさらないらしい。
 宮内庁がいばって、どうするの? 

 中国との関係が今まで以上に大事になるのは世界経済のパラダイムシフトが起こっているのだからあたりまえの話であって、それを「がまんならん」と思うのは、旧政権側の連中のメンツだけの話であって、これからの日本が「優雅なる衰退」(優雅になるかどうかは知らないけれど)を辿るのは避けようがなく、いわば中国の伝統的な柵封体制に戻るのだから(つまり、中国なしでは生きていけなくなる)、うまくつきあわなければいけないことをよくわきまえているのが、小沢なのだ。
 でなければ、毎年、草の根交流として中国を訪れ、政府要人とのパイプを作ってきた、あるいは田中角栄の公判を欠かさず傍聴してきた小沢の執念力への理解には遠く及ばないだろう。

 小沢と鳩山、今のところ、仲違いも含めて、メディアを向こうに回して、よく演じきっているのではないだろうか。

●12月19日

 政権交代からまもなく100日。政権の問題よりも、それを報じるメディアが日米同盟前提という、冷戦構造の枠組志向から変わりきれていない。したがって、鳩山政権の普天間基地問題を、やれ閣内での統一がとれていないだの、社民と国民新党にふりまわされてるだの、先送りしているだけだの、早くしないとダメジャン、どうする、どうする、と騒いでいる次第。
 少しは言わせてください日米関係と、変転しつつある東アジア関係(米朝関係の変化に影響される)、減らすのが当然の沖縄基地問題、政策進行のための連立政権、これらの連立方程式を解くために、のらりくらりとしたところで、なぜいけないのでしょうか?

 国際関係は変転していっているのですよ。

●12月3日

 
進化生物学者の吉村仁(静岡大学・ニューヨーク州立大学併任教授)の著書『強いものは生き残れない 環境から考える新しい進化論』(新潮選書)の一節に、おもしろいシンクロがあった。

 「強いものが生き残るのではなく、環境変化に対応できたものだけが生き残るのだ」08年12月10日 読売新聞 
 これはトヨタ自動車渡辺捷昭社長(当時)が語った言葉である。
 あれから一年。今、トヨタはアメリカでの運転席マット・イチャモン騒動にもかかわらず、先をにらんだ生き残り戦略をとっているように見える。

 生命は生き残るためには協力行動を取るのが自然の法則なのである、と。進化史が教えてくれるのは、最後まで生き残ることができるのは、他人と共生・協力できる「共生する者」である。
 まっこと、まっとうな環境変動説の誕生であった。

●11月29日

先頃、なにげなく見ていた時計に関する映像で、気になったフレーズ。

 時間は絶対ではない。人それぞれに(の)時間があるだけだ

 チクタクは、心臓の鼓動

 スイスのラ・ショードフォン時計博物館には、針のない時計があるそうだ。
 それは、自らが文字盤を持たず、時刻を指示せず、伸縮し鼓動しているだけだが、間違いなく時を刻んでいる。
 地球だけがいつかは止まることを知っている。

●11月25日

29日から「坂の上の雲」が始まる。3年前に、松山市観光協会が観光キャンペーンのコンセプトに据えていたのが、この小説である。ちょうど、準備中だった「坂の上の雲ミュージアム」(安藤忠雄設計)も公開されているが、当時、何度か松山に訪れて、その舞台を味わってきた。
 そのときに感じていたのは、近代というのは、秩序ががらがらと崩れはしたが、下層武士階級の若き俊英たちには、武士道精神が倫理として機能し、前方に見える坂の上の雲のように、世界は、希望は、白く輝いていたに違いない、というようなことだった。
 
 時代の大転換期とは、産業革命18世紀後半、明治維新1868、敗戦後1945、そして今回のアメリカ帝国の没落による国民国家関係の転換(2010年代)を余儀なくされる時代、ということになるのだろうか。
 偶然かどうか、約70年のスパンとなる。さすれば、一生のうちに、制度が大きく変わることで、職業構造も変わらざるをえないことが起こるということもある意味では不思議じゃないのかもしれない。
 そんな時代に入るのであるからして、日本においては、縮小する経済、固定化する格差、分相応の生活、そのような態度というものが必要とされていく。

 また、来年のNHKの大河ドラマは「龍馬」だそうである。さすれば,当然、司馬遼太郎にスポットが当たることになる。社会に対して何かをなした若者たちの気概を素直に受け止める機運は盛り上がるのだろうか。
 ふと古本屋で、司馬遼太郎の街道を行くシリーズ、「愛蘭土紀行」を手に入れたので読んでいる。5年前の短い愛蘭土訪問を思い出しながら。

●11月20日

世界的な不況、中でもアメリカはさらに傷は深く、中国が相対的にその存在感を増していくなかで、人民元とドルとの関係が取り沙汰されていて、ここ2年のうちに、ドルの崩落とともに、人民元がその座を獲得するのではなく,中国は及び腰になって遠慮して、それにより世界の基軸通貨が存在しなくなれば、一時的に金本位制に頼らざるをえないという情報があって、お金持は地金に交換される方が増えていくのではという予測がある。もちろん、気づいていない人も多い。
 日本は、少しずつ、米国の属国から否応なく離れざるを得ない状況にあることを、どれだけの人が自覚しているのだろうか?
 その伝でいえば、鳩山政権が普天間返還問題で、ぐずぐずしているのは,非常に賢明な行動かもしれない。ニッポンが本来理解しにくい国であることをわからしめている努力をしているのだ、とも言える。
 なにせ、ニッポンは「辺境の国」(@内田樹)であり続けるのですから。

●11月4日

 
クロード・レヴィ・ストロースが亡くなった。私ごときが何を語れるわけでもないが、『野生の思考』(1962)のなかの一節。

 彼らのうちであれ、私たちのうちであれ、人間性のすべては、人間の取り得るさまざまな歴史的あるいは地理的な存在様態のうちのただ一つのもののうちに集約されていると信じ込むためには、かなりの自己中心性と愚鈍さが必要だろう。私は曇りない目でものを見ているという手前勝手な前提から出発するものは、もはやそこから踏み出すことができない。

 20世紀の思想に大きな影響を及ぼしたマルクスと並ぶ巨匠が消えた。合掌。

●10月31日

 
迂闊にて知らなかったのだが『仁学』という学問(?)があることを知った。古本屋の書棚の岩波文庫に所収されている。
 帯文によると、清朝末期の社会変革論で、政治問題、産業育成、ユートピア、女性解放などについて論じられてるらしい。1919年に起こった排日運動である五四運動に影響を与えた主張のようである。譚嗣同という思想家の主著だそうだ。思わず、手にとって求めてみたものの、読むのはこれからだ。なにやら、日本の政治は、政府内部で混沌とした状況にあるようで、こんな歴史の世界に遊んでみるのもいいかもしれない。
 しかし、全国の「仁」さんにとっては気になるのでは? 仁義礼智信忠孝という儒教の「仁」だけではないもうもう一つの「仁」があるのだから。

●10月26日

 
鳩山首相の所信表明演説をラジオで聞いていた。52分だったそうだが、長いという感覚はなかった。鳩山哲学の開陳というか、まさに所信の表明という新たなスタイルで、思わず聞き入っていた。
 身体感覚として受け止めたものを、素直に語っていたのも好印象に受け止められた。
 確かに,具体的な政策の羅列はなかったのだが、それはそれでいいんだと思われる。それがどのように出てくるのかは、今までの予算(一般会計・特別会計)の整理整頓から始まる。
 ゆるやかな共同体の構築をベクトルとして持ち、実現していこうという判断を常識的な判断として評価したい。

●10月24日

 
明日は神戸市長選挙の投票日。地元紙の神戸新聞はともかく、なんとなく朝日新聞の神戸版などを見ていても、選挙を積極的に取り上げるという情熱が伝わってこない。現市長を民主党県連が単独推薦したことで、自民も公明も動きが鈍いことに同調しているのか、共産が独自候補を擁立しているので、無党派候補の基盤が弱いことも手伝っているのか、もう少し投票行動を促すような報道があってもいいと思う。
 19日の神戸新聞による中間発表では現市長が50%、無党派候補が30%、共産が20%ということだったが、明日の投票行動で、神戸はどうなるのか。
 世代交代、風通しの良い行政、変化、というキーワードならば、無党派候補しか選択肢はないのだが、さて神戸市民はどう判断するのだろうか?

●10月18日

 
大きな声になっていないが、経済成長を高めることに呪縛されていないエコノミストが現れ始めている。三菱UFJ証券チーフエコノミストの水野和夫氏もその一人。役職からは二律背反するよだが、「ゼロ成長でも、なんとか豊かに暮らせるモデル」を希求している。キーワードは、「再分配」「ジャパンクール」「ユーラシアの時代」である。
 どんどん論議を巻き起こしていってほしい。

●10月11日

あちこちで、市長という職業についている人たちに会ってみていると、どのような推薦団体に支えられているかということはあるにしても、そんなことより、時代が大転換期に到達していて、今までのセオリーでは、どうにも対処できなくなっていることに対して、積極的に進み出そうとしているとそうではない人の差が大きいことに気づく。
 地方行政にお金がないのはあたりまえになってしまった時代、だからこそ、どうやって知恵を絞り出すのか、もっと有効な使い道はないものか、という命題とともに、文化資本の蓄積が人を呼び、新たな活性化事業を作り出す、そんな無形の力をつけることが大切なように思えてならない。
 さて、神戸市長選挙が始まった。民主党の思わぬ決定によって、従来の支援、推薦構図が変わってしまった今回、新たな時代に市政の舵取りは、どう対応していけばいいのか、多数の市民が本当に望んでいることは何なのか、あるいは大して望んでいないのか、静かな選挙戦が始まっている。

●9月28日

5連休の間は移動せず、国体のために4日間、新潟・村上にいた。といっても、そのうち2日間は移動時間である。新潟にとっては45年ぶりの国体だ。前回の新聞記事をまとめたものを眺めていたら、昭和30年代の当たり前に風景が蘇る。
 人口7万人、城下町であるからして、伝統工芸としては、漆の文化を守っている。歓迎レセプションで、繊細なつくりでみごとな「お箸」をいただいた。
 宿舎で食事しているときに、給仕をしていただいた男性と地元のことなど話していたら、北越の文化圏はどうやら、山形にも近いようで、止まっていた瀬波温泉には、主に北関東や山形からの湯浴み客が多いようで、日本海に沈むみごとな夕陽を眺めながら,温泉を楽しむのがいいそうだ。
 残念ながら滞在中には、雲隠れにし……、というわけで、100点満点とはいかなかったが、でも、毎日眺める夕陽は当たり前のけしきとはいえ、やはり人々のこころに、なにかしら人情という大切な「こころもち」を植え付けるに違いない。
 都会で失意を得て、ふるさとに帰ってくる人々が多いのはよくわかる。たとえ、職がなかろうが、やはり受け入れてくれるのはふるさと、なのである。どんな仕事でも、選ばなければ、あるだけでいい、のである。それさえもない、という地方の疲弊を考えれば、国体という、メジャーのマスメディアからは振り向きもされないイベントに、地方の自治体が一生懸命になるのは、よくわかる。批判があるのは多々承知しているのだが、たくさんの選手たちが、国民運動会を展開する中で、確かな交流が生まれるのは間違いないのだから。
 でなければ、レースの終わった日、給仕さんが自身の特別のはからいで、村上に二つしかない醸造会社の一つ、「大洋盛」という地酒(一方の〆張鶴は有名なのでご存じ野方も多いだろう)のなかでも、地域でしか販売されない純米酒をふるまってくれるわけはない。言うまでもなく、ほのかな上品な甘さがたとえようもなく美しい。この日ばかりは、禁を破って、いただいた。
 一方で、人気(ひとけ)のない海岸線には、「不審者(船)に注意!」という看板が目につくのは、当然だろう。これも、日本の置かれた風土と時代ゆえの、荷物だとおもわなければならない。

●9月20日

 
西部邁という思想家がいる。朝まで生テレビ、などをご覧になっていた方はよくご存じだが(私はほとんど見ていない)、60年安保当時、全学連主流派、東大の自治会委員長の職にあって、3年余の被告時代を経て、東大の教授となり、そこで中沢新一の招聘をめぐって、教授会守旧派(人事権を持つ)と私闘となって、東大を去って以来、在野にて、評論・講演、出版活動(『発言者』、『表現者』)を行ってきた。エセ保守思想が現実を浸食する中で、良質の保守とはなにか、を体現しようとしてきたのだが、ここにきて、奥様の闘病や、70歳代という加齢などもあって、自分史を語る著作が目につくようになり、それが随分と骨身に沁みるのである。
『友情』(新潮社 05)では、45年に及ぶつきあいをした半チョッパリである親友(893となり、拳銃自殺)のことを語り尽くし、今回の『サンチョ・キホーテの旅』(新潮社)では、彼の周辺で関わった人々(主に斯界で重きをなした人)との魂の交流と、北海道・厚別と新潟・村上というルーツに関わる思い出をさらけ出しながら、まさに昭和史の一面を後の世代に見せてくれた。
 サンチョ・キホーテ、言うまでもなく、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの合成語ではあるが、熱情と狂気と沈着と冷静、その間を西部はずうっと、彷徨っていたようにも見える。
 強面のおじさんにしか映らないので、誤解されることも多いと思うが、過激左翼から、きっぱりと手を切って保守に転じた彼を、多くの自称リベラルたちは眉をひそめて保守反動と呼ぶけれども、私は西部をたぐいまれな思想家の一人として、これからも記憶にとどめておきたいと思う。
 そして、手元には今、『妻と僕 寓話と化すわれらの死』(飛鳥新社 08)がある。端座して、読むつもりだ。端正なる装幀は芦澤泰偉氏である。

●9月15日

 
911が遠くなっている。オリバーストーン監督の映画「ワールドトレードセンター」が民放で放映されていて、見ていたのだが、途中で、ノンフィクションととフィクションとのどっちつかずのスタンスが気になってしまい、頓挫する。
 事件を戦争としたかったブッシュ政権の目論見がわかってしまってからでは、いかに迫真性に迫ろうとも、どこかで?がつきまとい続けてしまうのだ。
 このように思わせるほど、彼らの犯した犯罪性は重く、アメリカという国は重荷を背負うことになってしまった。
 オバマ大統領にとっては気の毒というほかはない。

●9月8日

 
今まで見聞した限りでは、今回の選挙結果を見立てて、戦後、続いてきた「親」というか「父」の死、あるいは、その自壊が起こったという捉え方がおもしろいな、と思った。
 もちろ自民党が「父」である。いわゆる父権の喪失が言挙げされていたのは世紀末で、その逆噴射とでもいうべき小泉政権や911などが生起したのは21世紀になってからではあるが、その底流は続いていたわけで、ついに「父」は権力を失ってしまうことになる。
 自民党で勝ち残った面々は、老世代が目立つようで、ここでは「老父」が残ったのであるが、権威そのものは雲散霧消しようとしている。
 新しい時代の国民政党としての性格はいまや民主党に移ったかのように見え、自民党は右翼イデオロギー政党として純化していくのか、それとも、新自由主義的性格を対立軸に立てて、競争社会を肯定する強さを持つ政党になるのか、ないように思われる。
「寛容の保守」が理解されにくくなっている時代、地味な旗印は、消費者民主主義に浸潤されている人々には受け入れられがたいのである。

●8月31日

ドラスティックな選挙結果。大きく変わるといえばそうなのだが、でも変わらない、といえばそうだよな、とつぶやく声も聞こえるような結果。
 権力を持つことで成立していた自民党が自滅していく。
 寄せ集めでかろうじて過半数だった非自民政権が誕生した93年の下野とは決定的に違う、一票の行使によって、大胆な権力の移行がなされることになった。
 今後、いろいろ識者は分析してくれるだろうが、今、一つ言えることは、自民党の国民政党としての賞味期限が切れてしまっていた、ということだと思う。寄らば大樹がすでに大樹ではなくなってしまったので、利にさとい人々が離れていった、ということでもある。
 それでも政権交代という民主主義の体現が起こったことは、ようやく、議会制民主主義の先進国の仲間入りを果たしたのかもしれない。
 ここで、05年、小泉に投票し、今回は民主に投票した人々に問いたい。
 あなたがたが招いた現状に対して、少しは自省していただきたい。そうでなければ、衆愚なポピュリズムの体現者として、まともな保守の人々からは、いつまでも煮ても焼いても食えない無党派として、忌み嫌われることであろう。そのような投票行動では、ふらつく民意となり、政治家も民意に足に取られて、腰の据わった軸がつくれなくなり、とても市民的に成熟したとは言えないのだ。
 それにしても、神戸一区は静かであった(そうではなかったのかもしれないが)。この間、選挙を避けていたわけでもないのに、候補者の一人とて遭遇しなかった。こちらの出不精のせいではあるけれど。

●8月27日

 
9日に書いていたことが、我が身に関わる場所になるとは思いもよらなかった。
 生まれ故郷の佐用が集中豪雨による川の氾濫で、ずたずたずたにされた。佐用川は、赤ん坊の頃、遊んでいた川である,記憶はないが写真に残っている。
 あれはいつの頃だったろうか、駅前のひなびた商店街を歩き、そのはずれにある大銀杏の木を母が話していた事を思い出し、大人になってからは、はりま天文台への取材の帰りに、役場を訪ね、生まれた家があった番地をあたってはみたものの、もう跡形も見あたらず、昭和25年の面影は残っていなかった。
 それでも、生まれたところ、育ったところへのなにがしかの「思い」に変わりはない。
 なくなられた方々のご冥福といち早い復興をお祈りする。

●8月9日

 つかの間の真夏の日差しで、曇天というか雨模様の日々が続いている。梅雨明けも非常に遅く、北の国では夏の日照時間が少なすぎて、作物の不作が心配されている。冷夏という訳でもないようだが、雨量は局地的に異常に多くなってきている。
 急峻な河川の多い本土は、いたるところ自然災害の危険性、というか、森の保水能力の低下によるものが多いようで、これはまた、産業政策の負の側面であって、ある意味での人災でもある。

●8月5日

2004年以来の出雲へ。前回は小泉八雲とアイルランド関係の取材だったが、今回は10年ぶりの、大会出場で多伎(合併後、出雲市に編入)へ。出雲大社近辺の道路事情が一変していて、おおきな幹線道路が副道とともに町中を横断しているように見えた。
 聞くところによると、国交省の出雲の出先機関は中国地方でも最大の規模らしく、しかも旧建設省の割合が高いとのこと。さすが、永年、竹下元首相のお膝元で、公共投資と地方経済が不可分な時代が長く続いたことだけのことはありそうだ。
 一般に、地方は疲弊している、と云われているのは確かなのだろうが、住んでみれば、また違う実感が湧いてくるのもまた確か。生活コストが割安で、第一次産業生産物が豊富で、精神的なストレスの負荷も小さく、贅沢を欲することなければ、それなりの暮らしようもありうる、というのが実感だろう。
 大都市生活での酷薄でヴァーチャルな世界が当たり前となり、自然実感をつかむことが困難になっているからこそ、養老孟司は「参勤交代をまじで考えろ」と言う。
 環境保護を声高にいうのならば、もう少し、時間をかけて、自然のなかで生活することを実行するように社会システムをずらしていくことが求められているはずだ。
 首都機能の分散や、農生活重視のライフスタイルの提唱や、地方自治体の適正規模改変とともに財政の権限委譲など、豊葦原瑞穂の国は、その名の通り、農にシフトした国づくりを行うことのなかに、若干の希望が見えると思っている。

●7月31日

目前のやらなければならないことに追われて、近未来のプランがなかなかつくれない。いきあたりばったりでしかないのはそうなのだが、それでも、他力によって生かされているのなら、それでなぜいけないのだろう? 
 そんなふつうの人々が生きづらくなっているのが、昨今なのだが、明日から出雲地方に久しぶりにでかけるので、そのあたりを少し見てみたい。土建国家の見本とも云うべき田中元諸処の系譜に連なる竹下王国と云われているところだ。

●7月21日

衆議院の解散が決まって、週刊誌あたりの当落予想が賑々しく語られて、なにやら政権交代が既定のごとくになっているが、果たしてそれでいいのだろうか?
 そうだとしたら、別段民意が成熟した輿論になった、とはいえない。ただの世論に動かされた、というだけのことである。
 05年の総選挙では、大きく自民にふれた支持が、今度は民主にふれそうなのである。それは、確固たる考えでもって投票がなされるとは限らないわけだから、いつでも浮動の民意が変わるとしたら、ほんとうにそれでいいのだろうか?
 郵政民営を支持したはずの人々が自民を見放すということは、郵政民営なんて本当はどうでもよかったわけで、ただ、アメリカだけを向いてきた政権が賞味期限を切らしてしまい、暮らし向きがなんとなく悪くなってきたぞ、という感覚のみで,今回は民主に流れようとしている。
 とにかく、浮動票さえ獲得すれば、政権与党は勝てば官軍でなんとか民意をすくっていそうなポーズを見せておいて、同じような政権運営がなされないとも限らない。
 93年のほんの一時期の政権交代期をのぞいて、政権固定だった戦後の政治史が塗り替えられようとしているのだが、政治史の系譜という大きな枠組みの中でいえば、自由民主党の分派が中心となっている民主党なので、革命的な変化が起こるわけでもない。
 それでも、たとえば、民主がマニフェストの柱にする官僚機構への斬り込みは、成功するにせよしないにせよ、大いなる見物である。
 なぜか? 明治以降、綿々と続いてきた官僚機構が少々の変質はあったにせよ、なぜ、解体されなかったのか? という問いを深くすればよい。
 敗戦した軍国日本を完膚無きまでに解体しようとしたアメリカも国際情勢という理由一つで、官僚機構(統治の実体を背負う)を温存した。以来、半世紀もこえて、官僚機構はしっかりと根を生やし、ここ4年の間に4人の首相やその他大勢の大臣が替わっても、この国は一応システムとして動いていったことの意味合いは、実に興味深い。
 変わるようで変わらず、変わらないようで変わる、という政権交代。はたして、40日の間に,世界ではなにが起こるだろうか?

●7月9日

 
ようやく水に慣れてきたのか、今日は断続的ながら1300mを泳ぐことができた。あと二、三回練習すれば、なんとか本番の1000mを泳ぎ切ることができるだろう。ただ、ここ2ヶ月ばかり左肩の硬さと旋回時の痛みが伴っているので、来週、三宅接骨院で診てもらうことにした。
 齢、還暦を前にして、身体の衰えは隠しようもないが、それでも20年前の自身の泳ぎや走りのイメージだけは残っているもので、50mのコースをストローク数で数えてみれば、その差に愕然とするわけで、この10年間のスイムのトレーニングのブランクを考えれば、それも納得するのだが、内心はなんとかならないのかな、と仄かな期待もまた、8月2日のレースの日まで思うことになるのである。

 なにによらず、日々の積み重ねの重みは、できないからこそ大切にしたいと思うのであろう。できている人は、そう「あたりまえのこと」なのだから。

●7月5日

静岡県知事選挙で川勝平太氏が当選。静岡県民であれば、個人的にも応援に駆けつけたであろう。90年代から日本を環太平洋海洋文明の視点から捉え直すことで、我々がどの方向へ踏み出すべきなのか、新鮮な刺激を与えてくれていた人だった。
 対抗馬の自民公明の推薦する坂本さんは女性で、地元出身の元厚生官僚で、政務官を務め、県民党を名乗り、通常であるならば(昨年秋までの状況ならば)まず、当選するはずの候補だったと思う。ましてや、民主の分裂選挙であるにもかかわらず、敗れたということの民意のうねりは想像以上のことを知らしめてくれた。
 盤石であったはずの自民党の基盤は、多くの地方で崩れ去っている。
 一方で、兵庫県は相変わらずほぼ三人に一人が棄権。この県の特異性は、共産党のみが野党で、政策論争のみでは活路が見いだせないという点にあり、なおかつ但馬、丹波、播磨、神戸、阪神、淡路とそれぞれの地域性が強く、調整能力にたけた中央出身官僚で、無私の人格であれば、統治者として現職知事を葬り去る大義名分がない、ということではなかろうか。
 私自身は、一般的に知事は2期で十分だと思うが、県民の判断は温厚できさくな性格で、さらにはこまめに県内を歩く井戸さんを3期目の知事として選んだ。

●6月30日

はや、今年も半分が過ぎ去る。梅雨らしい気候はようやく始まったようだ。例年に比べ、暑いようには思えず、エアコンもかけていない。寝苦しさは感じない。
 で、地球温暖化について、まだ決着はついていないことをしつこく言い続ける。ライフスタイルとして、ワタナベが省エネで不便をいとわないのはずいぶん昔からのことで、何を今更という感がするのだが、それでもなお、 IPCCに引っ張られた地球温暖化CO2主犯説にはいまだ肯んじない。
 なにが科学的で科学的でないか、学者たちの引っ張り出してくるデータのよって立つ基盤とその信憑性について疑義がある限り、留保し続けていきたい。
 それでは時間が間に合わない? ならば、それはそっくり、環境ビジネスが成立してもらわなければ困る業界の方々、なんとしもその分野で経済成長にしてもらわなければ困る先取り権益の方々へお返ししておきたい。

 地球は人間の思惑とは別の尺度で動いている。

●6月24日

 
遅ればせながら年末から気になっていた水村美苗の『日本語が滅びるとき 英語の世紀のなかで』を読んだ。
まさに日本近代文学をつくりあげた文明が滅びゆくことを憂いた書である。二葉亭四迷、坪内逍遙、夏目漱石、森鴎外、北村透谷、樋口一葉等々、綺羅星のごとく出現した作家たちの小説を原文で読めなくなってしまう圧倒的な人々で埋め尽くされている時代がやってきてしまっている。
 昨冬、古井由吉が『漱石の漢詩を読む』を著し、漢詩すら読めなくなってしまっている日本のインテリの線の細さや鈍感さを警世した意味合いと共通するものがある。
 旧かなづかいで作品を著す作家は、もう丸谷才一ぐらいになってしまったのだ。
 私小説ゆえに普遍性がないと簡単に切って捨てるのではなく、翻訳しがたい人間のこころや想念を描くことに日本語を持ってしか代替できない文学を想像する営みを継承することは、失われた時代への郷愁とかではなく、「日本の文学」という宝物をいつの時代も掘り返しては創作することは、ごくまっとうなアプローチに思えてならない。

 ところで、英語に翻訳されてもなんら違和感のないハルキ・ムラカミの、まだ手に入らない『1Q84』、そろそろ書店にならんでいるだろうか?

●6月18日

 
17日、朝日朝刊、辺見庸の「犬と日常と絞首刑」。辺見節冴え渡り、死刑存続が大勢を占めるこの國の人々へ、真摯な思考=黙考を求めている。

ー凶悪犯罪が起これば、「犯人を極刑に!」という世間の声がマスコミ(とくにテレビ)報道と相乗しつつ勢いをいや増し、考える個人はそれに怖れををなして口をつぐむか、縮こまってしまうのである。ときには、凶悪事件被告人の弁護側まで、世間から“公共敵”呼ばわりされたりするものだからまるで悪しき社会主義なみである。ー
ーセケンはむしろ知らされないことを望んでいるかのようだ。実相は知らされずに、しかし、殺(や)ってほしいのだー

 復習するは我にあり、とお上にばかり裁きを委ねることなく、私闘でかたをつけるのは封建の世であった。そこには、殺す側も殺される側も、血まみれになる無惨も含めての死生を引き受ける覚悟があった。
 それを「国家」という現実ではありながらも幻想に過ぎないものに委ねるだけで、こと足れりとするセケンであるとすれば、そんなセケンは本来犬も食わないような気がしてならない。
 死刑執行の計画、死刑囚の人選、絞首刑執行の手順、刑場の実態など、ほとんど可視化されていないから、セケンはちとも痛みを感じない。封建の世の公開処刑が非人道的だというが、むしろ非公開のほうが、いのちの重みや生死を考えさせない、という点で、より恐ろしいような気がするのは私だけであろうか。(いま、公開すればいいと言っているのではない)。

 ちなみに、EUは、死刑廃止が加盟の条件になっている。とすれば、先進国だと自認している日本はEUに入れないことになる。
 このことの重みを考えるだけでも、「ちょっと待ってよ」という留保が入るはずである。なぜ、EUがそのように考えているのかを。

●6月14日

 
花園大学の佐々木閑教授(知人の勝本華連尼の先生でもある)が朝日新聞夕刊に連載していたコラムがちくま新書から刊行された。『日々是修行』というタイトルだが、加筆修正、書き下ろしも加えての100のコラムが、縮小していく日本でのこれからの生き方について、すこぶる参考になる。釈迦の仏教をあらためて、わかりやすく、空海・最澄以降の諸派仏教との違いも含めて、仏教をとらえなおすにはいい。
 曹洞宗の玄侑宗久さん、浄土真宗の釈徹宗さんも併せて、若い世代の論客が出てきて、これから仏教(的思考)は、生き方の一つの指針となるに違いない。

●6月7日

 
私たちスポーツ関係者にとっては、衝撃的なニュース。
 サッカー試合中の落雷事故で、半身不随になった高校生への賠償金支払いのために、主催者であった大阪府高槻市体育協会が解散することになった。すべての財産をはき出しても、賠償金全額には及ばないのだが、組織の存続を断念してでも、支払いを優先させたものらしい。
どの程度の雷だったのかを吟味した上での裁判所の判断ではあろうが、昨今の風潮からして、被害者側に寄り添う判決であったことは確かだろう。

今後、体育協会が行ってきた仕事は、市側が分散させて担当していくようだが、その負荷はどの程度のものなのだろうか? 事務量も精神面でも大きな負担になるのか、それとも、「体育協会なんて、なくてもよかったのだ」というようになるのだろうか?

 憂慮するのは、アメリカの後追いをまだ続けているかの賠償金の高額化と訴訟の増加が一つ、そして自然災害もまた、人災になりうることへの恐れからの NPO関係諸団体の野外活動全般の「びびり」、さらには、なんでも安全に関わる運営管理責任を問う風潮の助長である。
 私たちのトライアスロンという競技は、何にもまして、「自己責任」が大前提で、風が吹こうが雨がふろうが、かんかん照りであろうが、台風の影響であろうが、主催者が決行しても、参加者側に基本的な責任がある、というのが前提だ(もっとも、気象警報が該当地域に出れば中止せざるをえないのが、日本の常識)。そこが崩れてしまうと、競技そのものが成り立たない。長丁場の競技中に、仮に落雷があったとして、その都度中止していたのでは、参加選手の総意に反したものになってしまう。長い間の準備(人、もの、金)も水の泡に帰してしまう。

利得という金がからむ問題での「自己責任」と、自発的な表現活動での「自己責任」では、意味が違うのだが、「ふつうの人々」には自己責任だから、とセーフティネットは充実せず、その一方で、消費者主権を笠に着て、自己主張せねば損とばかりに他責性をあげつらう。
とかく、この世は「盾と矛」、悩ましい問題とともに寄り添っていくしかない。

●09年1月3日

 
冷気は厳しいものの、快晴の元旦であった。神戸港はおだやかなもので、初走りをした。年末2日間のもちつきのせいか、腰にわだかまりが残っていて、これは例年にないことなので、これも加齢のせいか、と。
 戦後最大の不況を迎えようとしているが、すぐさま「馘首」に走る巨大企業の先走りの稚拙さが大きな反動となって返ってくるであろうことを予期しながらも、これは世間がライフスタイルを大きく変えるチャンスでもあるだろう、と。
 きちんとつつましく生きる、これが大事と言い聞かせながら、今年から始まる「おとなの寺子屋」をはじめ、新たな気持ちで勉強に励み、新年に臨みたい。

●12月30日

 
女優の真行寺君枝さんが自伝『めざめ』(春秋社)を上梓された。1月26日に東京・青山で出版記念の会が催される。生憎、その日は女学院での講義の日なので、お祝いに駆け付けることはできない。
 1981年に映画『風の歌を聴け』のロケでお会いして以来、遠くから応援していた程度だったが、ひょんなことから、消息があきらかになり、その後、たびたびの書状のやりとりなどがあったのだが、ここにきて週刊誌上でも騒がれたごとく、負債を背負って一度破産に追い込まれたところからの再生がしるされているという。
 願わくば、再び、「ゆれる まなざし」、彼女の活躍が見られんことを!

●12月23日

 
暮雲収め尽くして清寒溢れ
 銀漢声無く玉盤を転ず
 此の生、此の夜、長くは好からず
 明月、明年、何れの処にて看ん
 (「中秋月」蘇軾)
 
 日暮れ方、雲が無くなり、さわやかな涼気が満ち、銀河には玉の盆のような明月が音も無くのぼる。この楽しい人生、この楽しい夜も永久に続くわけではない。この明月を、明年はどこで眺めることだろう。(『銀漢の賦』葉室麟 文芸春秋 2007 より)

●12月12日

 
世論調査が盛んに行われて、その結果に政治の動向が左右されるようになっている。世論はせろんであり、輿論はよろんである。
 世論は今、むしろ「空気」といわれたり、わかりやすさや気軽さといった世間に近く、輿論は責任ある意見、じっくり考えて察する仕方であり、感情の言説化を身体化させると言っても良い。
 ならば、昨今、その自問する思考の枠組みをつくることは市民社会の要諦といえるかもしれない。(京都大学准教授・佐藤卓己氏の発表より)

●12月7日

『江戸は燃えているか』野口武彦(文芸春秋2006)のあとがきに記されている。

 頼山陽の政治論書『通議』にいわく、「機に非ざるはなし。機の物に在る。その最大なる者は天下となす。天下は善く動くの者なり」(論機)
 「機」とはカラクリ、精巧な仕掛け。「機」とはすべてメカニズムにて動くものの総称である。機構を動かすタイミングもまた「機」である。
 山陽が天下というとき、大小無数の政治的諸要因がひしめきあい、たがいに一進一退・一張一弛・一揚一抑してやまない壮大なヴィジョンが幻視されている。

 危機と機会はいつも背中合わせだ。均衡が崩れると衝突と浮沈が激しくなる。あちこちに発生する乱流に洗われ、人間個人が容赦なく歴史変動に晒されなければならない。

 どうやら、日本の政治の世界も、均衡が維持できなくなっていきそうである。流動化した状態が続けば、権力が争奪の対象となる。
 総選挙せざるを得ない状況に追い込まれていく麻生首相は、徐々に孤独にさいなまれていくのであろう。麻生政権はもう、もたない、ように思われる。

●11月27日

 
タイの国際空港占拠・閉鎖、すごいことが起こっている。占拠している中心のNPO団体が都市の中産階級や企業関係者で構成されており、現在の政府を支持しているのが貧しい東北部の農民たちであるという。軍隊が中立を守り、警察の評判は悪く、市民には手がだしにくいらしい。実にわかりにくい構図だ。
 しかし、そう思っているのは西欧的民主主義に洗脳されている我々だけなのかもしれない。
 君臨すれども統治せず、という王室が、確たるものとして敬愛され続けているタイにおいては、21世紀になったとしても、アジア的専制がいかに根強いものなのか、それを示しているのが今回の争乱なのかもしれない。
国外にいる首相が本国へ帰れない、というのは、ふつうクーデターなんだろうけど、軍と警察が動かない、ことで事態の収拾の先は、はたして見えてくるのだろうか。
 外国人が迷惑しているのは当然だとして、それでも「ま、しょうがないね」というのが、おおよそのとるべき態度なのだと思う。
 観光で成り立っている国だから、なんとかしろ! って怒りまくるのもどうですかね。

●11月22日

 
普天間かおりという歌姫。生で聴いて、天から授けられたヴォイスが人のこころに沁み入ってくるのだな、と思う。
 何代も続いた沖縄人であること、これは、もともと武器というものを持たなかった琉球王国(空手のふるさとでもある)であったために、雄藩であった薩摩藩に併合され、第二次大戦において本土の先兵として戦禍に巻き込まれてしまったことや、その後1972年まで米軍占領下にあったことなど、様々な要素をからめて、だからこそ平和を希求する気持ちが、音楽性を伴って我々を揺り動かし、普遍性を持ちうるのだと思う。

 6日、私は行けませんが、どうぞ、だまされたと思ってお出かけ下さい。

●11月14日

地球温暖化問題でCO2削減を至上命令として錦の御旗にしている世間に戦いを挑んでいる池田清彦+養老猛司の『正義で地球は救えない』(新潮社)の末尾に、次のような文言が掲載されているので、転載する。

「家は大きくなったが、家族は減った。
 どんどん便利になったが、余暇は減った。
 学位はとったが、感性は鈍った。
 知識は増えたが、判断ができなくなった。
 専門家が増えた分だけ、問題も増えた。
 薬は増えたが、健康だと思う人は減った。
 月まで行って帰ってくるが、向かいの人に会いに行くのに、道を横断するのも
 大変になった。
 量は増えたが、質は下がった。
 背は高くなったが、気は短くなった。
 大儲けはできたが、人間関係は疎遠になった。
 窓にはたくさんのものが飾ってある時代だが、貯蔵庫は空っぽだ。」
 
 ダライ・ラマ14世の言葉だそうである。

●11月6日

 
第44代アメリカ大統領にアフリカン系のオバマ(民主党)が当選した。今回の結果を生み出した主たる要因は、ジョージ・ブッシュであった。マケインは見えない敵、ブッシュと戦っていた。ブッシュがあれほどひどくなければ、やはり変革へのうねりはおこらない。ほどほどの政権であれば、やはり共和党が勝利していたことだろう。
 ヒスパニック系を主に流入が進み、いまや3億人となり、先進国のなかで唯一と言っていいほど、人口が増え続けているアメリカ。その大衆の欲望を具現するための大統領が、勝利宣言で「道は大変厳しい」といわざるをえないのは、その資源が国内にないことを熟知しているからこそであって、今後どのような施策をとってくるかまだわからないが、少なくとも日本のマスメディアに散見される祝賀気分はふっとぶような気がする。
 アメリカが一丸となれば、同盟国に応分の負担をさらに求めてくるに決まっている。軍産複合体が圧力をかけ、消費をけしかけるようになり、アメリカの世界の外で、ドンパチがまた始まる。そして、アメリカの凋落はさらに拍車がかかる。アメリカのソフトランディング、という重いテーマがこれから始まっていくのではないだろうか(あれ、これって北朝鮮のことではなかったか?)
 同盟関係を強調する麻生首相ではあるが、属国から脱皮するには、相当の痛みを覚悟しなければならず、その方向へは、向きそうもない。

●10月31日

30日付けの朝日新聞朝刊に、フランスの人口統計学者・歴史学者であり、もはや思想家と言ってもいいエマニュエル・トッドのインタビューが掲載された。もちろん、金融危機に関しての所感である。
 彼の著書『帝国以後』(2002 日本版:藤原書店)を紐解いたのは、04年、大学院での「アメリカ論」を聴講している頃だった。すでに彼はアメリカの没落を言及していたのだが、なにもこれは恣意的なものではなく、必然なのだという断定であった。もともと、アメリカという国が建国されて以来、構造的に内包するものだ、という指摘が鋭かったのである。なぜか? キーワードは「自由」である。
 ぜひ、手に取って読んでいただきたい。
 絵空事のように思われてきた、東アジア(日本、中国、韓国)共通経済圏、本気で構築していくべき時代になってきたようである。

●10月23日

少女漫画、韓国流ドラマ、タカラヅカ(宝塚歌劇)に共通するもの。それは読み手にリテラシーを要求し、微細な表現から受け手は何を読み取るのか、という問いのなかに大いなる楽しみが内在するという。

 しかし、90年代から瀰漫しはじめたグローバリゼーションの波に、ユニセックス化が進行し、上記の3つを支えていた社会基盤が崩れるかもしれない、という予兆があるという。
 はたして、それは少女たちにとっていいことなのかどうか? 少女たちの通過儀礼が、ここでも消え行くのかとどまるのか。
 漫画がアカデミックに分析されはじめ、歴史としても語られるような年輪を重ねている現在、サブカルチャーならぬ表カルチャーに出てしまった漫画が、折しも出版不況もあいまって、実は煮詰まっているのかもしれない、という指摘は、漫画から遠く離れてしまっている私には、新鮮な刺激となった。

 そういえば、『耳かきお蝶』は、3巻も4巻もでているのであった。

●10月17日

ラジオから流れてくる炭師の話を走りながら聞いていた。信州の山奥で炭焼きを生業にしているまだ青年といった感じの声だった。
「夢はかなう」と、小中学校で講演している。多くの学校で生徒たちに感じることは、夢すら持てないような大人たちからの「現実を見ろ!」という圧力だという。子どもの頃からあきらめてしまう、それに活を入れるべく、語り続けている。
 さらに、「お金を蓄えるのではなく、生き延びるための技術を蓄えろ」。金融危機など、「オレには関係ネエ!」と言えるライフスタイルをつくっておけば動揺することはない。
 おおむね、よくわかる話で、同意する。
 ただ、若干の違和感が残るのは、そんなに夢をたきつけていいのかな、という。大きな夢から小さな夢まで、実現可能な夢から幻想的夢まで。
 夢をかなえられるのは、オリンピックのメダルと同様、壮絶な自分自身との戦いが待っているわけで、ふつうの子どもたちにとっては、残園ながらきわめてむずかしい。
 大学で学生たちの夢を聞いていても、なりたい職業につけるわけではない。どうみても、作家になれる素養がないにもかかわらず、「なりたいのですが、どうすればいいのでしょう?」と聞かれても、「夢はかなうから、がんばれ」とは口が裂けても言えないのである。
 問題は、ほとんどが夢破れる、なかで、どうその撤退戦、後退戦を戦うのか、であって、そんな問いへの答えを聞きたかった。
 高給を食むNHKの解説委員は、なぜそこを聞かないのだろうか?

●10月10日

このところの金融危機で、CNNのニュースを見ることが多くなっている。同時通訳のせいもあるのだろうが、伝え方が実に短く、シンプル化されているので、考える暇もなく、すぐ次のニュースに移ってしまう。これじゃあ、普通の人々は、じっくりものを考えるという癖すらつかないのではないかしらん。もちろん、日本だって、先輩の真似をして似たようなもんだけど。
 いい意味で映画とテレビがアメリカ人の教科書だと、言っていられたのは、ずいぶん昔の話になってしまった。
 大統領選挙の様子も垣間みるのだが、マケインの支持演説会での多くの白人の支持者の発言を聞いていると、実に虚しくなってくる。「この国は社会主義者にのっとられようとしている。それをなんとかしてくれ」だとか、「昔、テロリストの仲間がいた奴を大統領になんかしないでくれ」とか。
そしたら、アメリカ在住のコリアンである町山さんの新著のタイトルが『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』、という。これをアメリカの下院議員が相当な割合でパスポートを持っていない、持つ必要がない、ということなど重ねあわせると、よその世界をそんなに知らないで、よくもまあ、自分たちの価値観を信じていられる脳天気さに、唖然とする。
でも、それがアメリカの強み、凄みなんだよね。だって、世界に冠たる「マッチョ」なんだもの。

●10月5日

 後追いで、9月の日経新聞を読んでいたら、アメリカ発の金融危機への分析が続いているので、なんとなく感じるのだが、グローバルスタンダードというプラットフォームに載せられているという現実を導いてきたのはあなたたちではなかったのか、それに対する自省がこれっぽちもない。あるのかもしれないが、寡聞にして知らない。
 アメリカの市場原理主義は80年代初頭のレーガノミックス(政府の規制緩和、市場不介入)から始まっているが、冷戦終結後の軍事技術者の大量金融界への進出の帰結がデリバティブをはじめとした金融工学商品を生み出し、軍事、宇宙工学、自動車に続く金融業界を確固たるものにしていった。
 その後も路線としては正しい。ただ、アメリカが政策で誤っただけ、というのが大方で、アメリカ追従・小泉改革の道なかば、ここで引き返してはもともこもない、といった論調である。
 そして、この時期での総選挙による政治空白や、それによる政権交代がおこれば、またしても経済が駄目になる、日本が沈没するという憂いを語る。
 庶民からすれば、今まででも十分痛んでいるわけで、どうせ痛むのなら、世の中が混乱しての痛みでもいいじゃないか、と祈りたくもなるという気分が通じないのだろう。
 幕末気分の「ええじゃないか」をご存じの方も多いだろうが、まだまだ打ち壊しが起こるほどの無政府気分は充溢していないのが、平成の日本人の鷹揚たるところであろうか。
 日本の経済を支えてきたメディアとしての責任、はたしていかがであろうや。

●10月3日

1日、福島から従姉妹4名が久しぶりに来関西するので、姉と妹が集まって一緒に、伊勢・南紀方面に旅することになり、新神戸駅に迎えにいったときのこと。
 待ち合わせ時間を勘違いして20分早めについたので、構内の書店で、金融恐慌にについての緊急出版本をぱらぱらとめくっていた。
 どう考えても資本主義の暴走なのではあるが、100年以上も前にマルクスが言っていたこととは、こういうことであるのかしらん。爛熟した資本主義国家から革命が起こる、と。
 身近な識者は、ほとんど恐慌になる、と言っている。
 アメリカのプア・ホワイトたちの感情を入れて、金融危機を乗り切るための法案は、下院議会で否決され、おらが州の代表たちの多数派は、選挙向きの対応をした。
 彼らは、all over the worldー世界のことなんか考えちゃいない。だって、アメリカが世界なんだから。
 小浜になるのか負け員になるのか、知らないけれど、どっちにしても、アメリカは内向きになる。
 日本人は敗戦で大きな勉強をした。
 はたしてアメリカは、ちゃんと勉強してくれるだろうか?

●9月28日

アメリカと並んで国連にたくさんお金を出しているから、日本の首相(麻生)が演説するときには、満場であってほしい、なんて意味のことを、「ガラガラであることに日本人の自尊心が傷つけられた」と感じて、何度も何度も嘆いていた。
 たまたまチャンネルを変えていたときにはさまった番組で、みのもんた(庶民に影響力を持っているひとらしいけれど、この人はなにものですか?)という人が、吠えていた。シワシワのふんまんやるかたない顔をして、援助大国には礼儀を示せ、ってな調子で。
 国連において、アメリカとその属国の日本がどれだけお金で貢献しようと、その手が裏でよごれているのだとしたら、いったい誰が、こころから尊敬してくれるというのだろう。
 すでに国連では、反米勢力のニカラグアのブロックマン元外相が総会議長に選出されたことからして、英米勢力の凋落は顕著に現れているようだ。相変わらずイランを攻撃するライス国務長官の演説でさえ、会場からは失笑が漏れるというのだから。
詳しくは、http://tanakanews.com/
 常にアメリカの後に隠れているかに見える、しかもころころ代わる日本の首相の演説など、すでに反米諸国が多数派を閉めている国連で、いったい誰が聞こうというのだろうか。

●9月22日

 今朝の朝日の朝刊、『薩摩宝山』の西酒造が全面15段にて、今回の一連の騒ぎへの意見広告を発表した。
 実は、事故米は焼酎に混入していなかったのである。疑いがあるとされた段階で、いち早く回収にかかっていたのだった。愛飲していた口としては、メーカーを疑うことなどさらさらないのだが、それでも、今回の事件で、逸失したものは大きかったことだろう。
 救いは、地方でがんばっている企業には、職人気質でものづくりにかかる姿勢が残っている企業がまだまだ多いということだ。
 対照的に、優秀な頭脳のなかから編み出されてきた、現在時価算定の「金」が「カネ」を生むレバレッジ効果、うさん臭い言葉ではあっても、アメリカン・スタンダードとともに流布されてきた言葉だけに、今後さらに検証されていくことになるだろう。

●9月14日

 三笠フーズのあきれた不正販売。農水省のずさんなチェック。西酒蔵の『宝山』は、私が好きな焼酎のブランドの一つである。近くのいづみやには一升瓶があったので、時折購入していたのだが、いつのまにか、四号瓶のみになってしまって、このところ手にはしていなかった。
 麹に使われていたので、飲んでいたのかもしれないし、生産量が少なければ、はずれていたのかもしれないが、ま、どっちでもいい。
 最大利益を出すために、不正を行う。あるいは一歩手前まで、やってしまう。コストカットの鬼になる。
 このご時世では、ほどほどの利益、ということで満足するのは、経営者失格なんだろう。『身の程を知る』という言葉も死語になってしまったのかもしれない。

●9月7日

お知らせにも案内したシンガー&ソングライター趙博から聞いた話。東京での定宿にしていたホテルのフロントが、記入していた宿泊カードを見て、「お客さま、パスポートを拝見できますか?」
 「なに、国内旅行に、なんでパスポートがいるんじゃ?」
 「外国人のお名前のようですので、東京都(石原都知事)から指示があるもので、、、」
 テロという幻影に踊らされて、ますます、治安の名の下に、「拝外の誘惑」と「しかたないねえ」という風潮がはびこっていく。

●8月16日

大文字の送り火の日。戦後63回目の夏。母の初盆が重なった。こうして二人とも浄土へと送られていった。
 父が、母が遺してくれたもの、それが有形無形であれ、こころして大切にしなければなるまい。祖父と祖母をほとんど知らずして育った私ではあるが、知らず知らず染み通っているものに、敬意を表しながら、これからを過ごしていきたい。

●8月7日

北京オリンピックが始まる。このオリンピックについて、どうしても知っておいていただきたいコメントを引用させていただく。わが内田樹先生の寄稿である。
 http://blog.tatsuru.com/2008/08/05_0958.php

 オリンピック・ムーブメントに携わる身としては、いろいろな矛盾を抱え込みながらの「オリンピック肯定」論者ではあるが、それでも、「近代」つきのオリンピックは、まさしく「近代合理主義」「商業主義」の申し子なのだということを含羞をもって戒めとしておきたい。

●8月5日

 
28日、激しい雨による鉄砲水によって、灘区の都賀川で5名が溺死して以来、表日本で雷を伴う豪雨が降っている。時間雨量30ミリなど当たり前になり、70ミリにも達することもままるという有り様だ。突発的なだけに、逃げ遅れたら致命的となっている。
 今日は東京のマンホールで、人が流された。
 この一週間、空は曇りぎみで、やたらに蒸し暑い。
 7月は、過去3番目に気温が高かった年だったらしいが、沖縄やバリ島よりも暑いのが常態になるようでは、この先、人間の活動にも、影響を及ぼしかねないことにもなるのだろう。外で仕事をしないようにとか、外でスポーツをしないようにとか、あたりがにわかにかき曇るようであれば、すぐに逃げる用意をするように、とか。
 地震は田舎を襲い、豪雨は都市を襲う。自然は何もしていない。人間が起こしたことへの反応である。
 いまも、空の色はどす黒く、不気味である。茜色の夕焼けとはほど遠く、気持ちいいものではない。

●7月27日

 
数カ月前のことになるが、日経新聞に直木賞作家の松井今朝子が、「常識」について一文をよせていた。
 「常識」は、明治に登場した訳語で言語のコモンセンス(common sense)を直訳すれば「共有感覚」となる。
 今の社会では、常識が当たり前だと思っている範囲が格段に狭まっている。固有名詞をあげても、それで通じることがない人たちと遭遇することが多くなった気がする。
 それをクイズしたてにして、些末な知識を知ったとしても、それらがぶつぎりに覚えられるばかりで、総体としての「常識」がなかなか浮揚してこない。
 さらに、いくら博識だからといって、物事への根源的な懐疑をもつ姿勢をとらなければ、ただの優等生で終わってしまう。
 「常識」というのは、やや揶揄的に語られる言葉だけに、本来のコモンセンスに近い日本語をあげれば、昔からある「分別」ではないだろうか?
 というようなことを書いているのだが、同感すること多々あり、である。

 分別、分相応、そして寛容、これからの私たちにとって必要な節度は、近代以前からあったものなのである。

●7月23日

 
地方都市商店街の疲弊。近江、八日市でもそれを認識した。近江鉄道八日市駅前の商店街、日曜の昼間だというのに、まず人通りがない、暑さのせいだけではなく、月曜日がやすみなのに、シャッター通りと化している。
 インターチェンジ近辺の複合ショッピングセンターの集客力は確かなのであろうが、それにしてもこの寂れ方はなんだ、という印象。開いていた食堂での昼食は、実に味気ないもので、気力の萎えが現れており、これではどうにもすくいようがない。
 二極化とは、収入だけではなく、気力、体力、持久力にもおよんでおり、総合的な二極化の目立ちは、日本のために決してよくはない。これで、どうして郷土愛を育てようというのか。地方の疲弊は、ときの権力に予想以上の反撃をもたらすのではないか、と思わざるを得なかった。
 では、八日市の起爆剤はなにがある? 
 合併して東近江市となったのに、なぜか、その力が凝集されていない。ホームページで、市立八日市文化芸術会館にアクセスしても、ヒットしない。いったい、これはなに? 
 文化芸術には、およそ市のやる気が回っていないのか! HPには、文化芸術施設の案内すらないのだから、推して知るべし、である。少なくトンも全国水準を上回るなにかがあるのであれば、そこに重点的育成を図るの一つの手ではあろう。全国コンクールへの入賞者を排出するバレエ教室の存在が、それなりに認「められているのであれば、「バレエ立市」だって、あるのかもしれないの。
 さびしい商店街を見るのは、実に忍びない。

●7月14日

格差が広がっている、という一般認識がある。そのことはおそらく正しく社会の状況の反映でもあるだろう。それを政治的には是正していくのが昨今の大衆の要望でもあろう。既得権益層への怨嗟はたまるばかりで、では権力の交代への声は大きく高まるかといえば、案外そうでもない。民主党にとってかわったとしても、さしたる変化はないように思える、というのが民意なのだろうか?
 権力の交代というドラスティックな経験を持たない我々は(93年の政権交代は一時的なもの)どうもなれていないのか、その社会的な風景への想像力を欠いているのかもしれない。
 しかしながら、「格差是正」という見方には、金銭数値で価値判断するという価値観が前提になっていて、年収が少なくたって、そこの価値をおかなければ、なんら所得増収のために、なりふりかまわず、というスタイルをとる人にとっては、年収格差はそれほど問題ではない。年収的には「貧民」になったとしても、森永卓郎(経済アナリスト、大学教授)の言うように「年収300万で楽しく生き延びる」生き方を身につけるほうが、よほど精神衛生上にいいように思われる。
 それよりも、最低限度の生活を保障する絶対的数値が底抜けになりつつある方向に対して異を唱えているかどうか、だ。
 パートや派遣やアルバイトの現場をみていると、もくもくと働いている人が大半なのだが、なかに不器用であったり、作業理解の飲み込みがいまいちだったりすると、作業効率を求める管理者からすれば、足手まといという判断が出されてしまう。彼等にとっては、次第にいたたまれなくなるのは、よくわかる。
 大目でみなければ、働いていても「ほっ」としない現場では、人は単なるマシンの一部と化してしまい、まさしく半世紀前のチャップリンに描かれたように、機械が支配する現場となってしまう。
 最低賃金すら守れないような価格設定に追い込まれる生産過程現場があるようだが、時給1000円すら確保できないようでは、やはり未来に希望を持て、というほうに無理がある。
 「所得格差」解消は、なにも格差を是正することではなく、最低生活保障の確保こそがなによりも肝要なことではないのか。

●7月7日

この二週間、事務所移転のため、整理に没頭していて、ほとんどテレビを見ていない。インターネットも4日に整ったので、ようやく画面に向かっている。その間、ラジオだけが情報源であった。それもNHKが大半。それで気付いたことなのだが、ラジオのニュースは、やはり短すぎる。そして、メジャーリーグの日本選手の試合の結果などまったく不必要。それより、伝えるべきニュースはほかにあろうが、というのが実感。
 新聞も長年読んできた朝日にサヨナラして、毎日に変えてみることにした。読売と産経は経費削減の昨今、パス。日経はご近所の友人が日遅れで届けてくれるので後追いではあるが、時間差がある分、ニュースを検証する目でみることができる。
 で、このところ、新聞社や放送局の記者から、北京オリンピック・日本代表選手に関する情報に関して「取材の申し込み」や「取材」そのものを受けることが続いているが、全体に感じられるのは、記者たちが、最低限のことを調べたうえで取材しているのではない、という悲しい現実だ。
 いかに忙しいとは言え、それを怠っては、深い取材などできるわけではないのは自明だろう。ジャーナリストなのか、おぬしたちは! と毒づきたくもなる。

●6月24日

九州の日経新聞に、九州経済の景況感の減速状況が掲載されていた。長崎五島で街を歩いていると、やはり表通りにシャッターが目立つ。ここも福江島の市町が合併し、それぞれの町の特性から複数の候補が出て、今夏、市長選挙が行われる。
 現在の市長(女性)が再選されれば、来年のアイアンマンジャパントライアスロンの開催は保証されたも同然だが、もしそうでなければ、新市長が代表する市と交渉するアイアンマンジャパンの権利会社との調整がどうなるのか、、、一抹の不安がよぎる。
 900人におよぶ国内外の選手(外国からの参加は127人)が町に元気を与える有形無形の効果を大切にする島の人々がいて、一方で公共事業の激減に泣く島であり、漁業と観光産業とはいっても日本最西端の町というアクセスに弱く、一大産業とはなりえない島ゆえの悩みはつきない。
 しかし、年に一度の大きなお祭り(フェスティバル)という感覚でとらえてみれば、緑豊かなビューティフルなコースであることは確かなのだから、昨今のユーロやオセアニアやアメリカの状況をみれば、日本で過ごしやすい外国人アスリートにとっても魅力的なアイアンマンレースであると、特筆できるのではないだろうか。

●6月17日

連続幼女殺人事件の宮崎勤の死刑が挙行された。彼の公判を見続けてきた大塚英志(神戸芸術工科大学教授・評論家)が朝日新聞に、やるせなさを書いていた。
 一つは、「オタク」と理解され続けた彼等の同世代の連中の定義付けへの異議申し立て(例えば、彼の所持する多数のビデオのうち性的なものは一割未満だった。これを一般的な男性の所持率とどう違うのか想像してみたい))がマスメディアに無視され続けたこと、一つは、宮崎の精神構造の時系列による変化などで少しはわかるはずのことが、それによって今後の防止策への多少なりともの貢献がなされる可能性が閉ざされてしまったことで、結局は、わからないままに処刑されたのである。
 二度と起こしてはならないという抑止力のために死刑はあるはずだが、理由なき、理由わからずの殺人については、その実効がないのがここ数十年の現代、であろう。
 宮崎わからず、宅間わからず、そして今度のアキハバラの犯人も速攻での死刑が予想されることだろうから、私たちの「二度とおこらないように」という願いもむなしく、精神異常がおこりやすくなっている社会(もちろん人間の動物としての耐性の劣化もある)への根源的な自省がない限り、酷似した犯罪はこれからも起こることだろう。

●6月13日

さびしい話。とうとうふだんはおとなしい、怒らないファンまでが監督に罵声を投げ付けたという。「プロ失格だ」と。
 どこの話かって、我が愛する横浜ベイスターズの話、である。ダントツの最下位で、セパ11球団に負け続けている。一つ勝てば、連敗し、また一つ勝てば連敗の繰り返し。
 負けてもいいけれど、ヤンチャな負け方ができないものか! おどおどしている投球術など、やはり見たくはない、のである。
 監督に覇気がなければ、選手もなかなか、というのが現代の若者、でしょ。
 ヨコハマに豪放磊落、もしくは掻き回し戦術がなかったら、とりえがないじゃない。

 横浜スタジアムのマウンドに立つ遠藤一彦や大魔神「佐々木主浩」の颯爽たる姿が懐かしい。
 甲子園スタジアムでの熱狂、あれから10年、である。

●6月8日

知らないことが次から次へと出てくる。
 美味しい素麺の話。三輪素麺の老舗が、返品を検品して、再び賞味期限を打ち込んで販売していた、という。社長の説明会見を聞いた限りでは、素麺は製造してから、管理がよければ3年ぐらいは美味しさが保たれるらしく、品質のいいものはむしろ1年ぐらい置いておいたほうがいいのだ、という。
 むろん、JAS法を遵守していないのはその通りで今後改めればよい。
 だが、賞味期限を無理に印字するのではなく、むしろ、製造年月日だけを表示しておけばいい、ことになる。食すかいなかは、我々の判断だ。それで十分ということになる。
 なんでもJAS法で賞味期限でしばりこむのは、消費者の要望にあわせるという意味で、担当省庁が返品を捨てることを助長することにもつながるとすれば、膨大な無駄を生んでいるということになる。
 消費者、みずからがその無駄を価格として背負い込むことになるのなら、少しは消費者も自省と自制をはからねばなるまい。

●6月2日

オリンピックのこわさ、について語ろう。もちろんわが競技団体も参加する4年に一度のスポーツと平和の祭典に、水をさすつもりは毛頭ない。
 しかし、国家事業として取り組んだ東京オリンピック以前と以後で、日本の都市風景はあきらかに変貌した。それは、時間がかかり、空間をとどめおく「情緒」というものが漂う風景をことごとく希薄化していったのである。
 人類ということを考えれば、全体としては、人権意識の高揚、男女差別の撤廃、言論の自由の保証などなど、よくなってきたのはそうなのだろうと思う。それは認めるし、後退してよいとも思わない。ただ、あまりにも科学技術への過信からか、バベルの塔のごとき、高層住宅が相次いで建てられ、それが多くの人々の望むところであるとするならば、人の住む居住環境として、「なるほどコンビニエンス」を追い求める姿勢がある限り、都市への集中はもう限界を越えているのではないかと思う。
 忍び寄る人倫の崩壊、好ましくない環境への経済合理性のみでの商業施設の進出、隣人愛など育てようもない居住環境などなど、なぜか頻発する通常の犯罪感覚からはほど遠い猟奇的犯罪は、そういった風土が人間の平衡感覚を失わせていってるのではないか。
 本気で人類の欲望の抑制、ということは私たちからまずはじめることなのだが、を進めない限り、風土からの反逆はとどめないように思える。
 ナウシカやロード・オブ・ザ・リングなどで、私たちは十分に警告を受けてきたはずなのに。
 2016年のオリンピック招致で、IOC評価委員会は、東京はインフラ整備の最も進んだ都市であると、書類審査で評価したという。
 しかし、それまでに確率度の高い東海沖地震の襲来がない、とどうしていえるのだろうか。あってはほしくないことは、ありえない、と思いたがるのは人間の悲しい性なのであろう。

●5月27日

 日曜日、表彰式でトラブって、重い気持ちのままのトライアスロン大会からの帰り道。西紀のSAで、軽食をと思って立ち寄ったところ、手前で地産のやまいもを売っていた。ちらっと見たら、大きいのに1000円以下のものもあるので、帰りに買おうと思って、黒豆パンとヨーグルト飲料をもって、出口へ。
「おじさん、これちょうだい」と言って、900円のものを指差したら、「ちょっと待って、これ持って帰り」と、横にどけていた、買ったものよりも少し大きめのやまいもをくれる。「えっ、いいんですか?」「たぶん半分はいけるやろ」と。要するに、商品にはならないが、捨てるには忍びないやまいもをいただいたのだ。「ありがとう」と思わずにっこり。

 月曜日。そのやまいもを切ってみると、思いのほか痛んでいない。8割は食べられそう。さっそく、とろろそばにして、食す。美味堪能!
 
 おじいさん、あらためて、ありがとうございました! また、注文しますね!

●5月18日

 
NHKの「そのとき歴史は動いた」で『排仏毀釈』の巻を収録ビデオで見る。
 これは明治維新のときに、新政府が天皇を中心とした国家づくりを行うために、神仏習合という文化をつくりあげてきたこれまでの習慣を悪弊として、神道を中心に考えようということで神仏分離令を発したことにより、それを受け止めた官吏や平民が過剰にも反応し、お寺にある伽藍や五重塔、仏像などを打ち壊ししたり、二束三文で売り飛ばしたりしたことを総称したものだ。
 実に、革命とはかくありなん、というほど過激に壊したのである。この熱にうなされたような動きは数年でおさまったのだが、なぜ、ここまでになったのか、その首謀者は、というと杳としてわからない。
 その構成といえば、薩長藩閥政府の事大官僚どもであったり、西洋かぶれの文明開化派であったり、幕府によって保護された檀家制度に安住してきた僧侶への反発であったり、一方で冷遇されたきたと思う神官連中であったりしたのかもしれないし、それを支える気分としては幕末に起こった「ええじゃないか」の維新版といっていいのかもしれない。ベクトルがどこに向くのか分からないエネルギーである。
 このエネルギーの源がいったいなんなのか? 
 庶民のエネルギーがいい方向にいくときもあれば、悪しき方向にいくこともあるようで、フラストレーションのはけ口とは実にやっかいなものであることだけは確かなようだ。
 壊された仏像の修復や文化の守護神として尽力したのが岡倉天心であり、その外圧として働いたのがフェノロサであった、というのは不幸中の幸いとしかいうほかない。

●5月15日

チベット騒乱から、ミャンマーのサイクロンに続いて、中国・四川省での大地震と、このところ政治的に、国際的に、環境的に中国に暗雲がたれこめている。あまりにも数量的に大きすぎて、呆然とするというのが実感だ。数多くの失われたいのちに、慎んで哀悼の意を評したい。
 オリンピックの年なのに、なぜだ! CIAの謀略か(冗談!)と党委員会は切歯扼腕していることだろう。
 アジアで3回目のオリンピック。前回は、1964年の東京だった。もはや、戦後ではない、と先進諸国へのキャッチアップのレバレッジ効果にオリンピックを最大限に活用した。
 東京で育った同世代に聞くところによれば、やはり首都高速道路やら新幹線やらを筆頭に、みるみるうちに様変わりしていくまちの面貌に、進歩という概念がぴったりとはりつき、今より未来は絶対に明るいという無邪気な展望を持つ気分があったらしい。
 高度経済成長に弾みがついた、その結果、東京は世界に冠たる都市になりはしたが、もはや、その膨張性は人間の尺度を超えているといってよい。都市運営システムにひずみが出てくるのは当たり前である(リスク分散という昨今のグローバル・スタンダードにならって、首都機能の部分移転をしないのはどうしてだろう?)。
 地方に住んでいれば、モノクロテレビの映像で部分的に知るだけで、その実感はそれほどでもなかったのだが、青春期の自我の拡大期に情報化が進展していけば確実にそれに影響されるのは当然だ。
 輝かしい未来があるはずだったのに、それが一転するのは、65年の日韓条約の締結であり、67年の佐藤首相訪米阻止羽田闘争(京大生の死亡)であり、68年の佐世保・空母エンタープライズ闘争からパリ・カルチェラタン、そしてイメージとしてつながる大学闘争であり、前衛学生と労働者からなる反政府運動から少し離れたところで発生した市民レベルでのヴェトナム反戦だった。
 つまり、進歩というものへの懐疑である。それは経済の高度成長への懐疑でもあったのだが、しかしながら、毎年、自身の給与は上昇するという消費社会の到来に取り込まれていく姿も事実だった。
 2008の中国はどうなのか? 国家的威信にかけて、という点では、都市の開催なのに、後進開発国家での取り組みになってしまっている。
 東京、ソウル、そして北京、いずれも東アジアの漢字文明圏に属しながら、別個に進展してきた近代国民国家の首都である。
 どの都市においても、大きな「オリンピック反対」の声は聞こえはしなかったし、聞こえはしない。東京の時に、日本なんかでオリンピックを開かせるな! という大きな声があったということは寡聞にしてきかない。
 今回の聖火リレー防御に見られるような中国民衆のオリンピック開催への熱狂を冷笑する資格は、はたして我々にあるのだろうか?

●5月11日

昨晩、女子高生に個人教授している女房殿から聞いた話。
 英語の文例に「デモ」(示威行動)という言葉が出てきたのだが、この意味がわからない、というか知らない、らしい。
 一方で、彼女が直近に取材した、『求めない』がベストセラーになった詩人・加島祥造のことは知っていた。本を読んだ、というのである。
 おいおい、あれはティーンエイジャーが読む本か? 
 ただ、詩人集団「荒地」のことは知らない、のは当然か。興味があるならともかく、ま、別段知らなくてもいいし、知る必要もないけれど。
 一般に、昨今の学生に感じることだが、どうも知識の関連性(教養レベル)が欠けていて、断片性が目立つというのか、虫食い状態であっても、それを恥ずかしい、とは思わないようなのである。
 入学試験、就職試験、資格試験に出ることは知ってはいても、それ以外のよけいな勉強はしなくてもいい、という効率再優先の
無形の圧力がかかっているのかもしれない、もちろん、本人たちはその圧を感じてはいず、むしろそれが、自然とうのか、あたりまえの感覚なのであろう。
 おそらく、素直でまじめな人たちに人気のある相田みつをにも似た感覚で、あの本を受け止めたのかしらん?

●5月2日

 
出身校である大学の教壇に立っていると、教室の後ろの隅っこに座っている過去の自身の姿が見えている。
 はたして、私は過去の私に向かって、なにがしかのことが伝えられているのかどうか、と自問していると、作家の掘江敏幸が朝日新聞のコラムで書いていた、過去の他者である自分が今の自分を眺めているという構図である。しかし、現実の学生は、未来に向けたまなざししか持っていない。
 振り返ってみれば、それは私にもあてはまるのか、と思いきや、どうも違うような気がする。
 40年前の法律の講義など、わくわくするものでもなければ、教授の立ち居振る舞いが、自身に大きく影響を与えるわけでもなかった。影響を与えたのはすべからく外部の書物と政治状況であり、生身の身体で語れる知識人たちであった。
 教える立場に立ってみれば、通常の大学教授では教えられないことを全力投球するだけなのだが、無責任ではあろうが、なんらかのカルチャーショックを与えられないか、と毎年愚考している。

●4月27日

 大阪府の橋下知事のプロジェクトチームが、大阪センチュリーや大フィル、関西フィルなど、交響楽団への補助金を大幅削減かなしにしてしまおう、という案を出しているらしい。
 コストのかかる芸術は、魂の栄養だと思うし、かかる芸術を楽しめる環境こそが、成熟した文化都市なのだろうに、莫大な行政借金のためには切りやすいところなのか、庶民からの反発も少ないとふんでのことだ。
 活発な楽団活動は複数あればこそ、切磋琢磨してそれぞれが努力し、次に続く者たちが交響楽団へのオーディションも活性化していく。
 少なくなれば、競争は激しくなるが、それだけ、他地域へと流出していくことだろう。ある程度の層の暑さが力量を担保していることにつながっているのだ。
 案が実行されれば、ますますクラシックをやりたいという若者にとっては、実家が富裕層だけに限られていき、やせ細っていくことだろう。
 まだまだ、紆余曲折があるかもしれないが、故・河合文化庁長官は「関西の文化力」を底上げするために尽力されたが、この現実をあの世からどのように見ていることだろうか。
 ただ、御堂筋パレードから手を引くのは、見識だとは思いますが。

●4月23日

 オリンピックの精神は、世界平和の希求にあり、ボロボロの建前といわれようが、国家や宗教や民族を超越したところにある。しかるに、昨今のチベッット暴動、騒乱、騒動に端を発して、中国VS反中国という、あまりにも単純な図式にはめこまれて、中華思想に基づいた中国政府とそれに依拠した中国インテリ層の「中国悪くない」考えと西欧的人権を正義にふりかざした論調がメディアを通じて圧倒的な量で流されている。
 政治とスポーツは違う、という建前を放棄してはまとまる話の端緒にもなりえない。モスクワ五輪ボイコット、ロス五輪ボイコット、いずれも、なんとか世界がまとまらないものなのかなあ、という希望を打ち捨ててしまった残滓で運営されたことをお忘れか。
 オリンピック精神とは、政治、宗教、民族を超えた信条で平和を希求することだと理解している。
 長野の善光寺は長野五輪の精神をお忘れか? 聖火スタート地点の放棄にいたっては、申し訳ないけれど、仏教徒としての誇りすらかなぐりすてたような(チベット仏教徒との連帯を臭わせたようであるが、ダライラマの置かれている立場からすれば、今さらそんなことはいわれたってなんのたしにもならんだろう)、ただの「観光お寺」に戻ったかのようであった。右翼の妨害を恐れて開催を行わなかったホテルや映画館と同様だ。「皆様にご迷惑をおかけする」ということなかれ、である。多少の被害があったにしても、人間には守らなければならないものがある。
だからこそ、多額のコストをかけてでも4年に一度のスポーツの祭典を執り行うことで、かろうじて、世界の人々が集まることのできる祝祭が残っているのであろう。

25日には日本に聖火がやってくる。関係者には今一度、オリンピズムをかみしめてもらいたいものだ。

●4月6日

 今回、芥川賞をとった川上未映子『乳と卵』(ちちとたまご、と思っていたら、ちちとらん、がホントらしい)の文体は、延々とうねうねと続くのだが、本人いわくは樋口一葉だというのだが、「あれは野坂昭如ではないか」という声もある。一方では、町田康、という意見もある。詳しく読み比べてどうこう、という気はさらさらないが、これで少しでも樋口一葉が読まれるようになれば、いいのかな、と思うばかり。
 生死とか、心身とか、不思議なこととか、日常のなかにある問いを抱き続けるという癖を持った女の子が、様々な表現手段の中から、紙と鉛筆を選んだ希有な才能であることは間違いないし、現代の大阪弁のリズムで書かれる切ない思いが、人のこころを動かす力をもっているので、多くの「うまく言えない思いを持っている若い人たち」にとっても、一つの救いになるのではないかと思う。

●4月1日

 「旬」という言葉がある。野菜であったり、果物であったり、魚であったりする。12か月の季節にあわせて、市場に出回るというのが一般の理解だが、どうも、産業製品のようになっているようで、季節にあわせて「旬」のもをとりよせる、ことができる。
 しかし、ほんとうは、ほんものは、路地栽培で、すぐそこの近海でとれるトロ箱入りのような魚が「旬」である、と鷲尾圭司(京都精華大教授、明石・林崎漁協出身 きさくなおじさん)さんから、直々に教えられた。
 すぐ、そこで採れたもの同士の交換ネットワークつくっていけばいい、それは気付いた個人個人がやっていけば、水産大国の没落から、どうにか「ちゃんとした食卓」を守っていく方策のひとつになる。

●3月16日

希代の編集者、松岡正剛と茂木健一郎の対談集『脳と日本人』も頗る刺激的であった。なかでも、いまの日本について、唾棄すべきところをついていく茂木に対して、そんな瑕疵も含めて、この日本を方法論としてつかまえようとする松岡の射程の長さが対照的で、おもしろい。
 夜を徹して語り合った成果が、一年の熟成を経て世にあらわれた、というのだから、二人にとっても大いに得るところがあったのだろう、企画した編集者にも拍手を贈りたい。
 茂木が使用した言葉、アノマリー(anomaly 異質の例外性)を受けて、松岡が敷衍して、それをとりこむのが本来の日本列島に住むひとびとの気質であったものが、明治維新以降、欧米礼賛(うちにこもる怨嗟という裏腹)の反動で異質排除につながっていった近代の歴史の呪縛から解き放たれていくことがこれからの日本に必要であることは大いに同意できる。

 円高だ円高だと、中央のメディアは大騒ぎしているが、米国おかしくなれば日本おかしくなるようにセッティングしてきたのは、いったい誰だったんだろう?

●3月9日

 インドの独立運動をになったチャンドラ・ボースの足跡を丹念に辿って、近代アジア主義と、その思想的意味を問うた『中村屋のボース』で鮮烈な印象を与えて論壇に登場した中村岳志の活躍が目立ってきた。
 このほど上梓された姜尚中(カンサンジュン)との対談集『日本』(毎日新聞社)が頗るおもしろい。まさか熊本をキーワードに両者が結びつくとは思いもしなかった。編集の力量が現れた好著でもある。
 執拗な近代日本を問い直す作業は、我々の世代から飛び離れた中島という気鋭の学者を待つしかなかったのか、という思いもあるが、真性保守の孤高をものともしない西部邁との対談『保守問答』をも貫通しているものは、右翼/左翼という区分けがほとんど無意味と化している現況に、まだまだ気付けぬ知識層・主流への切歯扼腕といっていい。
 保守が保守でなくなっているはずなのにいまだに保守だと自負する支配イデオローグたちの錯誤、科学的・合理的であることの無謬性に安住している革新の錯誤、錯誤を錯誤と認識しえない精神には、近代の奈落がぽっかりと口をあけているのに、その落下への無自覚が痛ましい、と同時に情けなさすぎる。
 いま、あらためて問う、思想の「根拠地」とは、いったい何処に?

●2月29日

ベストセラーとなった梅田望夫『ウェブ進化論』から、受け継がれた『ウェブ時代をゆく』ーいかに働き、いかに学ぶかーも売れているようだ。今回は、私のようにすでにウェブ時代から取り残された人々も読んでいるらしい。なぜかといえば、いまの若者にとっての格好の就職指南書になっていると、我々親の世代が判断しているからだ。
 95年というインターネット普及期において、とびつかなかった我々と同じ轍はふまないで、という親心がいじらしい。
 内容はといえば、やはりウェブ社会を楽観的にみたがる著者と、どこかで影の部分の大きさにたじろぐ私とがいて、おおむねは首肯するのだが、諸手をあげて、といかないところがさびしい限り。
 ウェブ社会での傍観者は、「好きを貫いて知的に生きる」ことを完全には貫徹できなかったから言うわけではないが、多くの若者がウェブ・リテラシーをもって、ウェブ社会にそれになびいてしまったら、それもまた困ったことだと思ってしまう。そこで生き残れるひとたちは残念ながら少数だからだ。
 そして、今までも、これからも世の中の多くの仕事は、そうではないもので構成されている。
 いつかは逆転するって? そうであれば老兵は退場するのみ、である。

●2月24日

昨秋の直木賞受賞作、松井今朝子『吉原手引草』。失踪した花魁を楼閣周辺のかかわり合う人々の証言で、花魁の姿、謎を浮き彫りにしていく手法。まさに他者によって、人は生き生きと動き始めていくという典型のような作品。花魁「葛城」は、いっさい語らないが、その人格造形は鮮やかだ。また、吉原の実証をふまえた証言の数々で、その暮らしぶりもまた、変にデフォルメされていない。お薦めできる。

●2月18日

遅ればせながら通しでひもといた『倚りかからず』茨木のり子(筑摩書房)のなかから。

便利なものはたいてい不快な副作用をともなう (時代おくれ より)

 言葉の脱臼 骨折 捻挫のさま
 いとをかしくて
 深夜 ひとり声をたてて笑えば
 われながら鬼気迫るものあり (笑う能力 より)

21世紀を前にした時期の作品だが、21世紀になってすでに10年になるというのに、まだ、その「便利さ」と「日本語の解体」への抑制は、局地的には進んでいるのだが大勢にはおよんでいない。

●2月14日

Kobe International Food, Culture & History Academyという誰も知らない会があって、昨年は欠席したので、今日、2年ぶりに出席した。
 年長は62歳、年少は47歳、みなさんの仕事の景況、健康、家族、そして今後のことなど、語り合ったのだが、いみじくも世話人の一人が、神戸の仕事状況はやはり厳しいものがあって、それでも、この場に出て来れたということだけでも、まだ気力は残っているのだ、と言い、お互いがんばろうな、と確かめあったような次第。
 ま、バレンタインの日を設定するぐらいだから、その方面は、もう枯れた人たちばかりなのだが、それはさておき、もう一人の世話人のK弁護士が、久方ぶりに憤懣やる方ない表情で語っていたのが印象的。
 というのは、大阪府のH知事のことである。
 彼は、「弁護士の資格を持ったテレビ・タレントが、大阪府知事の資格を持ったタレントに変わっただけ」「弁護士法の第一条に書かれている使命、基本的人権を擁護し、社会正義を実現する、を体得していないんだもの」と、辛辣。
 さもありなん、知事になる前の言動においても、権力者の擁護はするけれども、まずは人権という雰囲気はさらさらなかったもの、ね。
 でも、大阪府民はテレビでおなじみのタレントだからこそ選んだんだよね。自分たちに近しい人だったんだ。だって、みなさん「テレビ好き、よしもと好き」だもの。

●2月4日

だいたい、親族って、なにか問題のあることのほうが多いのがふつうらしい。だって、他者の集まりで形成されるし、兄弟姉妹が多ければ多いほど、ややこしいひとや、好き嫌いのはっきりする人も出てくるし、家計の状況も差異があるし、つきあいにくい、というわけだ。
 しかし、それが親和力があるとしたら、これほど、支えになってくれる共同体もまたない。誰か成功者が出たら、一族郎党日の目を見ることだって、大いにあるだろう。
 人類学的にみても、家族や親族が最小単位として、共同体として機能してきたのだから、それが解体してきた現代にあって、もう一度、冠婚葬祭を機に、結びつきをもたらすための努力というものをしてみたはどうなのだろう?
 家族のしがらみから離れる、というのが戦後の我々にとって、自明の理であったのだが、それは虚妄だったのかもしれない、とつぶやく、われらがご同輩も多いのではないだろうか?

●2月1日

中国餃子で騒がしい。
 冷凍加工したものをほとんど買わない。例外は、時折りの枝豆と味の素の餃子。今度スーパーに出かけたら、裏を見てみよう、っと。
 とりあえずいろいろの製品が回収されても、それで食べるものがなくなるとは思わない。お弁当をつくる身になってみろ、と言われても、それぐらいの時間に優位をおかないやり方を変えたほうがいい、というだけだ。

 話は変わる。福士加代子の激走は、マラソンの固定概念(マラソン用の練習を徹底的に行うこと、そして30km以降がマラソンだ!)をくつがえすことにはならなかった。出かける前まで見ていたが、中間点辺りでの不安要素がモロに的中してしまった。残念である。
 また新たなチャレンジャーが現れることを期待したい。

 大阪府知事選挙。テレビ向きの人が現実のレベルで、テレビのないところでどうふるまえるのか、選んだ大阪府民の責任は4年間。選んでしまった以上、この災禍をいかに少なくすべき、か? 石原都知事を相手にするのと同様、府民の皆様が、がんばるしかありません。「だから、いわんこっちゃない」という傍観者ではいけません。

●1月24日

世間の動きに関係なく、1月21日、母の最期を看取ることができた。
 誰かが常に母についているという濃密な6
日間であった。
 そして、諸式の差配などで、ずっしりと感情の起伏を背負い込んだ3日間であった。
 私関係の知人に知らせることかなわなかったが、やむをえない。コトが大きくなるのは、母も喜ぶまい、と思ったからである。
 この場を借りて、みなさんにはご寛容、ご容赦をいただくしかない。

 「あなたの子どもで良かった」と。

●1月17日

震災から13年。真っ暗なその時刻に、外に出ているようになって3年になる。今年の冷え込みはこの冬一番だったかもしれない。
 暖冬が続くようになって久しいが、いつまでもそうであるとは限らない。太陽の黒点活動から推測して、地球は今後、冷え込んでいくという予測もある。

 母の死が迫るようになってきた。
 禅宗の僧侶であり、作家でもある玄侑宗久氏が言っていたが、老いと認知症とかの分け方がされるけれど、ほんとうはそんな分け方をしなくてもいいのじゃないか、と。病名による細分化で治療の最適化をはかるのも、善し悪しで、ぼけてなにが悪いのか、と。
 支援してくれる方がいるのは大変ありがたく、心強いのだが、介護はやはり、親と子、という最も基本的なところが出発点であり、最終到達点のような気がする。
 できるだけ一緒にいて、時間をともに過ごすことにしよう。

●2008年
 1月10日
 
年末から年始にかけて、いつにもましてテレビをながめていると、やたら環境問題と省エネに取り組んでいるという企業CMが多かったようだ。地球温暖化とCO2の関係で、どうする地球温暖化対策! といった特集などもあった。
 ただ、先進国を筆頭とした温暖化抑制のための膨大なコストになんとなく違和感をいだいたいたところ、『環境問題のウソ』(池田清彦 ちくまプリマー新書 2006)を読んでみた。
 やっぱり、という感じ。大手をふってまかり通っている地球温暖化抑制、最近あまりいわれなくなったダイオキシン問題の針小棒大化、琵琶湖で問題のブラックバスを筆頭とする外来種問題、人間と自然保護、いわゆる「正義」を錦の御旗にした言説のまかりとおりに「そりゃあ違うだろ」とゴマメの歯ぎしりにも似た「正論」を弾き返している。
 著者は、理論生物学、構造主義生物学を専攻しているが、守備範囲は広い。自然保護主義一辺倒ファシズムへの牽制は小気味良く、一年ちょっとで9刷だから、じわじわと浸透しているのがせめてもの救いか。

●12月25日

 
ハゲタカファンドと揶揄されていることもある外資系ファンド。今年、世界のテレビドラマの賞をとった作品『ハゲタカ』を観た(再放送)。もちろん原作があるので、そちらも参照したほうがいいのだろうが、読まない。
 敵対的企業買収、ホワイトナイト、IT業界の風雲児、MBO(マネジメントバイアウト)ならぬEBO(エンプロイーバイアウト)など、大げさにいえば、ビジネスに命を賭けているいるおとこたちと花形ニュースキャスターの女性をからめての丁々発止の活劇といった趣だった。
 もっとリアリティがあるのかと思ったのが、ややドラマチックすぎて、鼻白む場面が多々。
それにしても、常に億単位の金がかれらの頭の中には渦巻いているのだから、その緊張感がたまらないのだろう。死地に追い込んで、崖っぷちにあることがビジネスの妙味というか、魔性なのだろう。
 ま、縁のない話ではある。

●12月19日

先日、遅ればせながら痴漢冤罪映画、といっていいのやら、『それでも僕はやてない』(周防正行監督)を観る機会があった。まさしく冤罪、無実の君は有罪を宣告される。法律では、真実を直視しない、とうより事実の積み重ねという実証に依拠せざるをえず、あいまいな世界を切り取って、無罪か有罪をいわなければならない、という制度だけが浮かび上がってくる。
 さまざまな犯罪が散見し、その複雑な背景が明るみになるにつれて、それでもなかなかわからないことが起きてしまって、人間のこころの移り変わりは、微妙に揺れはじめ、なにがほんとうだったのかすら、不確かなことになりはじめ、なにかを切り捨てることによって、自身を納得させようとする。
 わかりにくいことへの耐性はうすれはじめ、わかりやすい物語に人々は餓えはじめる。
 勝つか負けるか、それ以外の道をしんぼう強くさぐることは、時間の浪費とされるようになっては、肩身の狭い思いを余儀なくされる。それでも、その道を求めるのが人の営為というものではないのか。

●12月15日

昨日、長崎の佐世保でスポーツクラブで散弾銃が乱射され、死者がでた。今日、帰宅すると、襲撃者は教会にて自殺した、という。
 動機や背景などなにもわかっていないので、事件そのものについてはなにも言えない。
 しかし、昨日の段階では、なぜか今回の事件は無気味でならなかった。スポーツクラブという、身近な存在での乱射だったから、まさにひと事とは思えず、しかも怨恨とかでないとしたら、不法所持ではない飛び道具という防ぎ用のない武器が市中にごろごろとしているわけだから、これはもう、理由なき殺人が今後も起こってくるという確かな予感があって、実にこころがざわついていたのである。
 自殺、というのだから、なにか理由があったのであろう。その分は、少し軽減されるが、精神が不安定になる要素が満ち満ちている現代社会だけに、また、それへの耐性が弱くなっている現代人だけに、今後も理不尽な殺され方をしていく住民がないとは決して言えない、という状況がどこにも訪れる可能性は否定できない。
 80年代から90年代にかけて、足しげく通っていたスポーツクラブで、今回のようなことが起こるとは、つゆとも考えられない時代が、もう戻ってはこないのか?

●12月9日

 古くて新しい問題は日本人と外国人。日本サッカー協会、技術委員長の小野剛氏は、8日の講演で、岡田監督、オシム監督のもとで、コーチを務めていた小野・技術委員長は、イビチャ・オシム監督の日本人観として、彼は「日本人はみずからの美質に気づいていない」と、そして「日本人としての独自の戦い方を創造する、選手も裏方も一つの方向性を共有することで、打開できるすべがあるはずだ」と、人心掌握術に長けたオシム氏の快癒を心より願うばかりだ。
 サッカー協会は、2015年に世界のトップ10入りを目標に掲げているが、あながち「夢」とは言い切れない。
 われらがトライアスロンでも、「夢」だと言われ続けてきたワールドカップの頂上に立つ日がやってきたのだから。田山寛豪(チームテイケイ)は、12月1日、イスラエルでの最終戦で、ゴールドに輝いた。はじめて、表彰台でシャンパン・シャワーを経験したのだ。八尾彰一監督から電話で報じられたとき、思わず「ウソー!」と叫んでしまったのだから。
 歴史はまさに作られる。

●11月30日

 女学院で「家族論」をやっていることからか、古本屋でなにげなく『吉本隆明×吉本ばなな』(ロッキングオン 1977)が目についたので、手に取って買ってかえった。私は、ばなな氏の小説や随筆をほとんどといっていいほど読んでいないので、無知に等しい。したがって、10代後半から思想家・詩人としての隆明氏との私生活がどのようなものであったのか、あらためて知る機会となりそうだ。隆明氏の「溺死になりそうな事件」後の語りおろしではあるが、「対幻想」をものにした家族とは、いったいどのような家族、親子なのだろうか?

●11月22日

「コモディディファンド」という化け物が穀物市場をあやつっている、というNHKの番組。言葉自体は、06年版の「知恵蔵」には掲載されていない。穀物取引のファンドらしい。コモディティとは日用品のことで、商品取引をも意味する。
 サブプライム問題で行き場を失ったマネーが次のターゲットにしたのが、エタノール燃料の原料であるコーンだった。まさに、番組のなかで象徴されていたのは、世界への影響などどこ吹く風の、取り引きする者同士の「ウィン・ウィン」関係の成就だけであった。
 高く売れるコーンの作付け面積が増え、日本向け大豆の作付け面積が少なくなれば、大豆のほとんどを輸入に頼っている日本にとっては、価格が高騰して、いろいろ影響が出てくるのは目に見えている。
 寒い現実である。

●11月17日

 小沢一郎の話。世間やマスコミでは、相変わらず評判はよくないが、一度は、政権をまかせてみたらいい、と思う。
 朝日新聞のインタビュー(11/16)を読んでいたら、その語り口がおもしろく、朝日の記者に対して、「なんでそんなことがわかんないだよう、お前らもっ勉強したら!」と。
 政権交代なんてそんなことできるわけがない、と思わせられている限り、実現できることも実現できないようになってしまう。我が身と同様に。

●11月11日

 なんでも鹿児島県の南にある島から鹿児島港(?)までのシーカヤックでのツーリングがあるらしい。なんという島からなのか知らないけれど、NHKドラマ『島人(しまんちゅ)』の最終回を見ていると、大海原をたくさんのシーカヤックが点在している俯瞰の映像が映し出されていた。
 きっと、いつか、漕いでみたい、と思った。

●11月4日

筑豊の炭坑で女性問題などに取り組み、『闘いとエロス』などの著作で世に問うた詩人・森崎和江のことば。
「人間に備わった外界との親和力」「相対を生きる」「親から子といった私的なことだけでなく、自然との共生、世代間で引き継がれる思想のようなものにも連なっている」「土に帰るというのは幸せなことです」……、そんな思いを込めて『いのち』と呼ぶ。(日経新聞10月18日付)
 病床の老いた母を今までにもまして看るようになって、祖霊とつながる時間的な流れのネットワークを意識するようになった、と思う。さらに、異類とのコミュニケーションができるのも人間の人間たる所以ならば、亡くなったメイもまた、まぎれもない私たちの家族だった、ということができる。

●10月28日

はじめてMLBのゲームをはじめから終わりまで見た。ボストン・レッドソックスVSコロラド・ロッキーズ戦。野球はご承知のように、偶然性の高いスポーツで、好打者でも7割近くはアウトになる。アウトになっても納得いくバッティングができたほうがいいと考える選手と、結果オーライでいい選手にわかれるが、経験上、私はアウトになってもいいほうだった。チームにとってはよくないけど。
一方で、投手はいい当たりをされても運があれば喜ぶし、打ち取った当たりが運で野手の間に落ちればガックリする。監督やコーチはたぶんそうは思わない。いい当たりを続けられれば変え時かと思い、不運な当たりが続いても変え時かと思ってしまう。
いいピッチングをしていても、審判の微妙な判定で、投球の組み立て方が異なってくるので、修正がむずかしい。その解説を長谷川滋利が担当していたのだが、じつに微に入り細を穿つという語り口で、妙にひきこまれていった。
松坂の降板の仕方もボールの高さと外れ方に端を発している。わずか6球程度のこと。
一方の、ロッキーズの投手フォッグにしても、あたりそこねのサードゴロをきっかけに、配球がずれていく。
岡島の被ホームランも、彼の置かれた状況からの一球が、真ん中高めに入ってしまう。疲れきった身体にむちうって投げた結果、このオフにどのようなリカバリーができるのだろうか?
 かたや日本シリーズでもファイターズのグリンの3連続与四球も決して悪い球ではないにもかかわらず、判定の結果に心理的に追い込まれていった。
 だから、短期決戦はむずかしいんだ、というあたりまえのことになってしまうのだが、どちらを応援しているわけでもないのに、岡島がうたれた時には、きゅっと締め付けられました。

●10月24日

ミートホープは、肉を混ぜ合わせ工夫して、元の肉味がわからない商品をつくりあげた。
 赤福は冷凍解凍しても、海外小豆を使っても消費者にわからないだけの商品をつくりあげた。
 比内鶏は、はじめから違う鶏肉でも、消費者にはわからない商品に仕立て上げた。
 内部告発がなければわからなかったはずである。
 食品の賞味期限はいつ頃から厳しくなったのだろうか? 数値がどうあろうと、匂いを嗅いで、これなら大丈夫か、と。みずからの判断で食していたのに。いつからか数値に頼るようになってしまった。
 もったいない、から捨てないようにする。赤福は見事なまでにリサイクル、リユース、リデュースをやってのけた。皮肉の限りである。
 一方で、過剰生産して売れ残りをどんどん捨てていいのか、という問題は依然として残る。
 偽装食品の類いは後をたたないような気がする。経済原理を追求していけば、どこかで線を踏み外す、損益分岐点をらくに越すには相当数の商品が売れなくてはいけない規模が必要だ。熾烈な競争社会においては、ひしひしと迫るプレッシャーにたえられなくなる経営者が続出するのは当然で、米国のようにモラトリアム(猶予期間)をつかって、自己申告すれば、罪に問わないとすれば、続々と表示と違う商品を製造していました、という事例が表面化すると思う。
 そろそろ規模の拡大という経営理論を捨て去る時代に入っているのかもしれない。足るを知る、身の程を知る、ということに。
 消費者もあくなき欲望から離れ、進歩という概念から距離を置いてみなければ、自縄自縛になることにちっとは思いを馳せればいい。

●10月17日

若い頃読んでいた文学やら小説、批評といった書籍が動かない、という。この秋、古書店を開業する友人がこぼしていた。要するに市場からお呼びではない、という烙印だ。古書だけではなく、人間もまた、スポイルされていく。
 それにしては、新訳の「カラマーゾフの兄弟」だけがばか売れしているという話。この偏差はいったいなんだろう。
 21世紀から金融や不動産の分野がグローバルスタンダードに揺りかえられ、実にスピーディに、効率的に、収益のあげられるビジネスにお金が集中する、まさに「選択して集中」。見えない壁があるようで、外側にはお金は回らず、内々でお金が循環して、収益をさらにあげていく。
 先の読めない連中でも、まあまあだな、といって生きていけるようにはならないものだろうか?
 その行き着く果てに待っているものは? でも、その頃はもう死んでいるか!

●10月10日

残された絵などを見れば、中世の日本人の描かれ方に特徴的なのは、サムライにせよ、庶民にせよ、目尻がつりあがっている、と指摘したのは誰だったろうか?
 正確な戸籍などもない、戦乱の世が打ち続き、下克上が当然のように行われ、死屍累々たる時代に生きていた人々のなかで、たまさか偶然にも生き残った先祖がいて、ここに今の自分がいる、ことを学生に話すと、ちょっとびっくりするようだ。あらためて溝口健二の『雨月物語』を見ていて、そんなことを感じてしまった。もののけが恐いわけではなく、生身の人間が恐かったのだ、と。

●10月5日

「子どもよ、生きてさえいてくれればいい」。親の子殺し、子の親殺しが情報として駆け巡る今日、今一度、親がかみしめてみるべきではないのか? 過剰に子どもに期待をかけるのは、もうよそう。
 明後日、娘は三度目のアフリカ・ギニアに向けて旅立つ。今度は一か月という短期間ではあるが、いつものことながら、帰りの飛行機が着く日を無事にと、待つばかりだ。

●10月4日

 配偶者にとって大切なものが理解できない夫婦というのは、数多いだろうが、その形見わけは、近しい人々にとって、モノというよりは、精神の証のようなもので、それを数値に置き換えることはできない、と私には思える。
 数値に負けてもいいが、それに負けすぎる人生を多くの人が送るように思えて、それが正当であればあるほど、追い込まれる当人にとっては、恨が澱んでいくのではなかろうか。

●9月23日

 池澤夏樹の『静かな大地』、和人(シャモ)によるアイヌの滅ぼされ方が手に取るようにわかる一大叙事物語。幕末の洲本藩、庚午事変の当事者たる稲田家の属する下士たちの末路も、あらためて感じ入るところ大なり。
 江戸期の松前藩の場合は、身分違いという突き放し方がかえって、アイヌの生きる道を確保できるという可能性を残したが、明治政府になって近代化を錦の御旗にすれば、アイヌの生き方の価値観はまったく相容れぬものとなってしまうという残酷なまでの仕打ちがなされて、アイヌは滅びていった。
 まだ見ぬ、北海道(蝦夷)という大地。
 わずか150年前の出来事だが、想像をたくましくするしかない。

●9月17日

地方の大会に出かけてみると、巷間いわれるところの「経済格差」がよくわかる。公共工事が予算の多くを占める頃計画された駅前をバイパスする道路が整備され、ロードサイドに大型の店舗が原色の看板で、遠くから見てもわかるように、ひたすら目立つように設えてある。田園風景とは裏腹の光景だ。
 駅の列車発着本数が少なくなり、駅前商店街は新たな設備投資ができない分、くたびれたようにさびれ、中核都市にほど近い大型店舗に客は流れる。ずいぶん前から車なしでは生活がしにくくなっているので、多少離れていても不便とは感じない。
 大会の行政側予算も切り詰めるため、設営では中央の専門業者のパック利用のほうが結果的に安上がりになり、設営に関する発注が地元にすら落ちなくなってきている。なんとも、せつない話である。
 イベントで地元は潤うはずだったが、宿泊は満杯になるものの、落とすお金は少なくなり、ヤリクリ算段でなんとかするが、年々、手間ひまかかる割に、参加人員に限度のあるトライアスロンは効率とは縁遠いイベントで、「しんどいことはもうやめよう」という気にさせてしまう。それを上回る目に見えない効果(健康、精神面での教育など)があっても数値化されないため、ドミナントにはなりえない。
 単純に、公共工事を増やせ、と言えなくなっているが、港湾・河川環境面での手入れという投資など、知恵をふりしぼっていかないと、ますます疲弊していく。

●9月13日

あれよあれよという間に、福田康夫氏の芽が出てきたらしい。冷徹ですなあ、このお人。
 福田と小沢、これからどんな話をするんだろう?
 今朝のワイドショーをなにげなく聞いていたら、自称か多称か知らないが小泉チルドレンと呼ばれる当選1回組のメンツが数人出ていて、なかで猪口女史、たしかこの人国際政治学者だったと思うが、小泉首相再登板を懇願しているようだが、小泉はつれない返事。で、本音はそうではなく、やたら「存在感を示したい」と何度も繰り返していた。これって、私たちはここにいるのよ、みんな見ていてね! 注目してよね! 忘れないで! って、泣き叫んでいるみたいで……。
 なんだか、ホントにチルドレンになってしまったのかな?。

●9月12日

911の翌日は安倍辞任。ちょうど、昼食を摂りに自宅へ戻って、何気なくテレビをつけたら、安倍辞任のニュースでてんやわんや。2時からの記者会見、ついでに民主・小沢代表の記者会見まで見てしまった。
 いい意味でも悪い意味でもどっちが政治家らしいか、一目瞭然、であった。
 拉致問題で名をあげて首相にまで上り詰めてしまった政治家のていたらく。
 またもこけたか三代目、温室育ちの政治家、不機嫌な他者とともに生きられない性格、日陰を見ようとしない若に取り入る側近(主に首相補佐官の専横と増長)、戦前レジーム大好きのおじいちゃん子、攻めはするけど守れないなどなど、あー、恥ずかしい。
 人気と実力、もっともギャップの大きい政治家として暦史に残るだろう。もちろん政治生命は断たれたにひとしい。そういえば、政界の貴公子だった細川元首相は、自ら引っ込んで、陶芸三昧だそうな。

●9月10日

 あるベンチャービジネスの経営者(女性)の話である。「誰もが積極的に“新しい扉を開く”ことにチャレンジしないと、時代に適合しないし、生き残ることができず、幸せにはなれない」と宣った。
 私のようなものは、時代に適合できず、生き残れないし、不幸せになるんだろうな。
 そこで、これは、経営者だけに向けて言ってるんだろうな、と思うことにした。
 でないと、社会は不幸せ者ばかりになってしまう。

●9月3日

内田樹先生が『私家版ユダヤ人論』(文春新書)にて、小林秀雄賞を受賞した。「専門の物書きじゃないし」と、権威ある賞とかには無頓着な先生のことだから、さぞ面食らったことだとは思うが、ちゃんと見ている人たちがいるのだな、と選考委員を誉めようと調べてみたら、養老孟司、加藤典洋、関川夏央などに加えて、私が好んで読んでいる作家の一人、堀江敏幸も新たに加わっていたとかで、びっくり。堀江氏は内田先生の後輩にあたるのだが(東大仏文)、決して面識があったとは思えない。なんだか、新たな関係が今回の受賞で育っていくようで、これまたわくわくする。
 ユダヤ人論は、決して一般向きではない著作だが、「ユダヤ人とはなにか?」という問いに対して、「あなたがユダヤ人であるという証明はできない」が、「名指されたことによる選良性を身につけ、困難な環境におかれながらも、それを乗り越える力を持ってしまった」人間が、「ユダヤ人」と名付けられる(指差される)という卓見は、まさに誰もが言わなかったことだった、と思う。
だから、ユダヤ人であることの受難、受苦は、長年にわたって、彼等の知性を鍛え上げてきたのである。ここに、キリスト教の正統から外されていた学問(科学)、音楽、金融というニッチな世界で選良を輩出する歴史的なバネがあったのだ。
 ぜひ、手に取って読まれることをお薦めする。

●8月27日

 日曜の夕方、NHKの国際ニュースをなにげなく見ていたら、セルヴィア・モンテネグロ内コソボ自治州の独立問題を扱っていた。99年の和平履行のための国連軍の介入によって、暫定措置がとられているのだが、セルヴィア共和国内のコソボ自治州のなかのセルヴィア系住民(少数派で飛び地状態。セルヴィア人の聖地があるために手放さない)とアルバニア系住民(多数派ではあるが失業率50%と主張)の地域分布図は、まさに「獅子心中の虫」状態。話し合いはもう無駄だと言い切るアルバニア系住民たちは、コソボ解放軍による武力独立(コソボ紛争ゆえ武器は豊富)を支援して、一触即発状態にある。
 セルヴィアの元ミロセヴィッチ大統領は、民族浄化という考え方からアルバニア系住民の大量殺戮を実行したゆえに、ナチスの悪夢を再現させないためにNATO軍の空爆が行われたことを覚えている方も多いことだろう。しかし、その空爆は効果的なものではなく、苦々しい痕跡だけが残り、棚上げ状態が続いたために、またしても武力衝突、というわけである。
 
 折しも世界陸上大阪大会が開かれている。冷戦構造解体後、はるかに世界の地勢図は複雑になっていて、分離独立した小国の名と場所すら、ぱっと思い浮かばなくなってしまった。
 もちろん、セルヴィアからもアルバニアからも選手は参加しているのだが、スポーツという代理戦争で決着がつくというわけにはいかないのが寂しくも厳しい現実だ。

●8月24日

今週、フジテレビ系列朝のワイドショーのなかで『忘れられた日本』というテーマで、各地の小さな夏祭りを放映していた。すべてを見たのではなく、数本だが、青森、佐賀、長野の小さなローカルのお盆の季節の夏祭りであった。
 地域共同体がまだまだ残っているわけで、そこには女人禁制であったり、女性は裏方に徹していたり、男が無頼を働いて、という具合に、昨今の価値観とは遠い伝統が残っている。祭りができなくなるほど解体された共同体は、すでに共同体とはいえない。
 都市部ではさておき、郡部で残っている民俗的な慣習の深い意味合いをきちんと再評価しなければ、まさにぼう漠たる都会砂漠に漂流する日本人が排出されるばかりになってしまう。そこで、失ったものと得たもののバランスを再度はかってみることが世間の機運としておこってきているようにも思える。

 農耕社会的気分を引きずった日本人が「ムラ意識」を失ってしまえば、後になにが残るのだろう? 強い個人が育ちにくいのに、システムが強烈な競争社会になっているなかで、壊れていく個人が目立ってきているのは、よりかかれる受け皿の消失もしくは変質がおこっているからではないのか。
 ムラ意識にのっかった利権(既得権益)を解体しなければいけないのはよくわかるし、そうしなければならないだろう。そのうえで解体した後に理念としてのムラ意識だけをすくいとる方法を明示することができればいいのだが、私にはまだそれがわからない。

●8月19日

先だって神戸新聞のM論説委員の取材を受けた。現代美術の分野で活動しているグループのリーダーへの周辺取材なのだが、およそ一時間半におよぶ話の中で、余談におよび、こちらが永年不思議に思っている質問をぶつけてみた。
「どうして、150万都市なのにもかかわらず、神戸はプロスポーツへの市民的盛り上がりに欠けているのか?」。
 福岡、札幌、仙台など、同等の都市での風聞を聞くにつけ、その疑問への回答で、はかばかしいものを聞いた覚えがない。
 私は、この問題は単なるスポーツだけの問題でもないと思っている。政治的、地域社会的、人情的、地域文化人類学的、都市民俗学的にもアプローチすれば、何が浮かび上がってくるのか?
 M氏は、「住みたい都市の上位ランキングにある神戸ですが、即答できないですねえ、正面切って、それは考えてみなくてはいけないかもしれませんね」と。彼は私より若干若い世代になるが、地元紙ならではの強みを持っているのだから、一度、解明への手がかりを見せてもいらいたいものである。

●8月14日

戦後62年。ここ数年、東アジアでのナショナリズムへの煽りが目立っていたが、逆にこのところ、かえって戦争への道を避ける模索が目立ってきているような気がする。昭和が歴史になっていく過程でもあるのだろうが、歴史のとらえなおしが、ある立場を補強するためではなく、「愚かなる人間の行い」として、正面から進んでいるのではないかとも思われる。
 安倍の不人気はそこにもあるのだと思う。上滑りの戦後レジームの脱却は、国民のこころには届いていない。なぜか? 愚かなる戦争の指導者たち(あるいはその系譜をひく者たち)が真の反省をしない限り、勇ましい物言いへの懐疑は続いていくからだ。
 昨日、オーストラリア・カウラでの日本兵捕虜の集団脱走事件(1944)のドキュメンタリーを見る機会があった。一兵卒であった生き残りの人々の証言は、脚色がないとはいえないまでも、「戦陣訓」による縛りが、あたら「いのち」を失わせていったのだと十分知ることができる。
 作った指導者たちが責任をとらない限り、指導者への尊敬などおこりようがない。

●8月6日

ヒロシマ原爆の日。久間発言による影響か、今年は、被爆者に配慮せざるをえなくなったと思われる安倍首相の発言があった。木で鼻をくくったような感情のこもらない棒読みだった前小泉首相とは様変わり、である。
 これも民意のなせる業の一つなり。

●8月2日

 昇天した『メイのいた日々』という思い出が書けるようになる日々が始まった。喪失感なるものがどのように襲ってくるのか、子どものころの経験とは違うので、まだピンと来ないというのが正直のところ。

 今日発売された週刊誌数誌をぱらぱらめくってみると、もちろん参院選のあれこれがおもしろおかしく書かれている。
 なかで、「私を選ぶか、小沢氏を選ぶか」と豪語していた遊説中の安倍首相の不人気ぶりと、演説の大半が民主党批判に費やされていた、という事実に驚いた。テレビをずっと見ていれば、そんなことみんな知っていたさ、と言われるかもしれないが、細切れに編集された映像ではわからないわけで、内閣の支持はともかく、安倍個人の人気も落ちていたのなら、今回の結果も「さもありなん」と納得できる。最初から支持していない人にとっては、そこがなかなか見えない。
 支持していた人が去っていくのに、側近だけが「いやあ、よかったですねえ」では、この人にとっては、苦言は馬耳東風でしかなく、民主主義という体をしていても、内実は「裸の王様」ということになる。
 かなしきかな。
 戦後レジームの脱却とは、剛胆な思想家の言ならともかく、砂を噛むような生活とは縁遠い三代目政治家の言では、空疎な遠吠えでしかない。
 9条精神の放棄、教育再生の名の下の市場原理主義、手前にとって美しい国は、慎ましさを誇っていい国民にとっても、他国の人々にとってもちっとも美しくない国づくり、などなど、自らの理念で国民を更なる精神の滅びに導かないでいただきたい。

●7月31日

 
自民党の自滅による大敗。でも、安倍首相はやめない。
 小泉、安倍ラインを生み出した民意が、今度はひきずりおろしにかかってきた。政治とは税の再分配である、とはよくいったもので、「利の再分配」に預かっていた人々が、ここ数年来、預からないことがわかりはじめて離反、さらには「仲良し内閣」と揶揄される人々がボロボロとほころびはじめ、李下に冠を正す人々のはずが、法律さえ守っていればいいというていたらくで、ずるずると票を失っていった。
 どちらにしても、「金」を中心に考える「経済と経営」に重きを置き過ぎるのは、いかがなものか。

●7月29日

甲野善紀(武術家)+内田樹(哲学者)+島崎徹(振付家)、いずれも神戸女学院で教育に携わる三者の鼎談「身体性の教育」が29日、大学のオープンキャンパスで行われた。この面子ならではの刺激的なトークだったのだが、ちょうど参院選挙という日でもあったので、内田先生がお二人にふってみたのだが、甲野先生が、「うーん、何が起こってもおかしくないから、どんな世の中にあっても、生き残る術を身につけてほしいな」という趣旨のことをつぶやいた。
 これは天変地異も含めてのことであり、我々はそれほど複雑な社会にしてしまったのだから、ことは単純じゃない、ことをおっしゃっているのでは、と解釈した。
 さすれば、本日の参院選では、なにか予期せぬことがおこるのやも知れない。二大政党という単純化は好みじゃないが、世論はやはり死票を嫌うのかもしれない。

●7月25日

児童文学作家・灰谷健次郎氏の身内や近しい人への遺言書が、神戸新聞に報じられている(7/20付け夕刊)。最期のことばの原稿用紙が掲載された。
 曰く「死をやたら遠ざけず、日常として受け入れ、ときには死を祝い事とするという考えがわたしはとても好きです」「野の蝶やトンボのような生死でありたい」と、抗ガン剤による延命治療を選ばなかった気持ちを綴っている。ニライカナイという沖縄の死生観が反映されているのだが、自然にすっーとはいってくるのは、今日の混迷する状況だからこそ、だとも思える。
 最後にお目にかかったのは、私も参加させていただいている京都・花園大学での特別講義(2004年)だった。あらためて氏の形見が発信する神戸文学館での「企画展」が始まっている(8月11日にはシンポジウムあり 電話で上記まで申し込み)のでお知らせしておきたい。

●7月20日

 昨日、訃報届く。心理学者、河合隼雄氏、かねてより療養中のところ、奈良の病院にて死去。直接、肉声をお聞きすることはなかったが、心理学以外の著作で、いろいろなことを教えていただいた。
 60歳からはじめられたフルートのお師匠さんのコンサートを6月下旬に聴いたときにも、その後の容態をおたずねしていたので、とうとう来るべきときが来てしまったのか、という思いである。
 巨星、墜つ。合掌。

●7月18日

 またしても新潟で大地震が起こった。地震列島に住む我々の運命でもある。
 3年前の中越地震と同じく、直下型である。わずか40kmしか離れていない。雪対策を設定して建てられている古い木造住宅ではひとたまりもなかった。柏崎原発では火災が発生し、東京電力は想定以上の震度であった、と言明している。原子力発電所の設置場所は、必ずしも活断層や逆断層を想定しているわけではない。
 設定以上の地震に襲われれば、なんらかの影響が出る。地球温暖化への対応とサステイナブルな社会を追求するなか、原発は必要だと考える向きも当然ながら多いし、依然として原発不要の声も静まることはない。近代が抱え込んだアポリアはまだまだ続く。
 海の日のできごとだった。亡くなられた方々へ、合掌。

●7月14日

 公教育のなかで、ベトナムが漢字を使わなくなっているようだ。すでに、漢字文明圏の本家の中国は簡体字となってしまい、韓国はハングル重視で、台湾のみ繁体字でなんとか持ちこたえている、という状態らしい。

「字が滅ぶと国が滅ぶ」(白川静)

 このままいけば、東アジア文明圏そのものが成立しなくなる。すでに再現できない時代へのまなざしが感じられなくなる。もし、私たちが漢字を失うと、江戸時代、平安時代、鎌倉時代などへの想像力が持てなくなり、それは、やはり伝統という遺伝子レベルでの基層を失うことにつながる。

●7月3日

国会を無理強いしたつけがまわってきたのか、安倍政権にとっては失点続き。足下から瓦解していく時の勢いなのだろう。選挙を控えて大変だ、といったところで、まだ参院選だからすくわれるということか。
 立場をわきまえていれば出てこないはずの発言なのだが、本心はそこにあり(戦争を早く終わらせるために原爆を実験した。でないと、日本はソ連にも占領されていたかもしれない、という錯覚に捕われている)なので、改心しない限り、彼の考えが変わることはない。自民党には、このような方々がまだいらっしゃるし、若手においては、アメリカの核の傘からはなれて、自立した国家にするためには核をもつべきだ、という実にいさましい見解をお持ちの方も増えてきているようだ。
 いずれも、身の程を知らない、あるいは分相応がわからない、華夷秩序のなかでの立ち回りという歴史の英知を読み取ることができない、夜郎自大な政治家たちが増えてきている。アメリカの属国であることを感じながらも、それがどうしても許せないがゆえに、時折、感情が噴流するのもしかたない、というところか。表向きであっても、中国の秩序の中に入る、なんて彼等には口がさけてもいえないに違いない。
 でも、残念ながら日本は大国の器ではない。東アジアの一風かわっているがゆえに、魅力のある二等国で十分なのである。

●6月30日

陸上の日本選手権。若き頃は、とてつもなく遠い存在の「ハレ」の場だった。
 為末や末継、室伏など世界のトップアスリートの走る姿、投げる姿は、やはり違う。力が入っていないようななめらかな動きが芸術的といってもよい。
 では、なぜ、日本のトップアスリートたちが凡庸に見えてしまうのか? 抜きん出た者だけが持つその「場」を支配している者のオーラが、他の競技者の力を引き出すような相互活力になっていないようだ。
 今年は大阪で、2年に一度の世界陸上選手権、東京での世界陸上が、すでに16年も前のことになる。チケットの売れ行きが芳しくないようだが、今日の観客の入りを見ていると、さもありなん、と。
 現場での臨場感よりも、テレビ観戦が優位に立つのはやむをえないにしても、過不足も含めて、世界レベルでの戦いは、圧倒的な存在感を発し、その場に「いる」ことの共有感覚はめったに味わえるものではないので、ぜひ、おすすめしたい。

●6月28日

福岡の義兄が椎間板ヘルニアで入院している。月末の株主総会(関連会社を含めて8つの会社)を控えて、他の役員に対してよけいな負担をかけるわけだから、なんとか行かせろ、と交渉したようだが、院長からは、絶対出さない、と厳命されているようだ。それで姉は毎日、病院詣で。40年ぶりの長期休暇になってしまった、という。それって、新婚旅行以来じゃないの?
 裏を返せば、それだけ猛烈に、真摯に、すきを見せずに働いてきたからこそ、引き立てがあって、伝統的に東大・九大閥が支配する役員のなかで、地方国立大出身の義兄(技術屋)が副社長にまでなったということだ。裏には、人に言えない苦労があったと思うが、この春、法事で会ったときには、昨今の電力業界の不祥事の連発に、「T電力が、原子力発電や環境問題で政府間交渉の矢面に立っているからこそ、われらはそこに大きな労力を払わずにすんでいる。その分、現場がおろそかになってしまったのでは」ともらしていた。
 その積年の疲労が一気に出てきた、ということか。折しも、株主総会の盛んな季節。会社は誰のものか? という問いが頻発され、外国資本の買収とのせめぎあいのなかで、これからの大会社はどこへ行く? 
「株式会社という病」(平川克己 NTT出版)という表題の書物が出るほど、会社の存在理由が問われる時代になってしまったのである。

●6月25日

今度の偽装は肉だった。なんだかズブズブと規範が溶解していく。これでも責任の徹底糾明とかいうのではなく、安い、うまい、早いを求める我々の側にも責任の一端があることを自覚しなければ、その溶解を少しでもとどめることはできないのだと思う。
 もう、世間がどうあろうと、数限りない欲望の炎を燃やすことへの自制を意識して、まずはおのれから、それをかみしめながら、すり足で生きていくしかないようだ。
 ま、世間一般に加工食品への少しの懐疑が始まるだけでも、今回の事件が役立つと言えるのかもしれない。
 アメリカにやいやい言われても、文明開化以前のことを思えば、動物の肉をそんなに食べなくてもいいじゃないか、限られた資源あるものは少しずつでいいじゃないか。もう少し、文明国の人間は遠慮して暮らしたほうがいい。
 禁断の実は甘いけれども毒もある、ということか。

●6月13日

 京大のA先生に聞いた話なのだが、ちょっと昔の話、農水産物の統計を扱うある中央省庁の出先機関は、全国47都道府県に3000か所もあって、技官であれば、どこへ行っても困ったときには、なんとかなる、という安心感があった、という。これには、そのような制度を保つような気分が、武士が農村部を調べてまわって貴重していた江戸時代から、明治、大正、昭和と、ずうっと引き継がれてきていたと思わざるをえない。
 いいにつけ悪いにつけ、中央の役人さんたちがやってきたら、うまくあしらうように、という暗黙の了解知があったのであろう。
 ところが、今ではもうそれが通用しなくなってきている。それは、安月給にもかかわらず、「公務」に誇りを持ってあたっていた親父たちの時代が、ずいぶん遠くに去っていってしまった、ということにもつながっている。
 法律の杓子定規のマニュアル化が、役人をさらの小粒化させていき、細分化された専門職が、それ以外の対応ができなくなってしまうという循環がまわりはじめ、シャープでスマートなテキパキ性が鈍重でおおまかでいい加減性を駆逐しはじめて久しい。
 そろそろ、振り子は戻りはじめるだろうか?

●6月8日

 社会保険庁の年金「空白」問題。膨大な数の処理といったところで、やれやれという徒労感だけが残ることに。政府の責任問題になっているが、つまるところ誰の責任か? って。
 ならば内田先生のブログを参照されたし。報道されている凡百の評論家や専門家たちの言説はさておいて、http://blog.tatsuru.com/ をのぞかれよ、他責性に依拠するだけでは、救いようがないのである。

●6月5日

 なにやら年金問題で大騒ぎになっているようだが、無年金生活者にとっては、蚊帳の外。どうやら、日本国民の風上にも置けぬ存在のようである。自業自得というのはこういうことなんだろうな。

●5月31日

 愛読する堀江敏幸の新著が2冊、『バン・マリーへの手紙』『めぐらし屋』。もう、タイトルからして何が書かれているのかわからない、という謎解きがかけられる。版元が異なっても、相変わらず造本も美しく、なんの変哲もなさそうだけれども、神経が行き届いて、ためつすがめつ眺めている次第。
 いつもながら、微細な思いの揺らぎがていねいな日本語に移しかえられて、なめらかなリズムが心地よい。
 プロフィールを見れば、氏はいつのまにか明治から早稲田に移っていた。事情はいろいろあるのだろうが、先生を慕って明治に進学した学生は(どのぐらいいるのか知らないけれど)寂しいだろうな。でも、都内だからこっそりもぐりこめばいいのか。
 氏がフランス文学者だからというわけでもないのだが、昨今のフランスの混迷ぶりに同情を禁じ得ないいま、どう見ても、フィルムノワールに登場するチンピラにしか見えないサルコジが大統領になって、伝統的なフランスの同化政策がどう劇的に変わるのかしらないけれど、おいおい、フランスがアメリカを向いて(しっぽをふって)どうするのだ! というのが正直の感想である。

●5月25日

 眼の専門病院で13日間を過ごしてきた。意識がすべて眼にいき、からだは使っていないのに、いつのまにか疲れている。一日のうち、半分はベッドの上で静かに過ごしているという状態。夜9時消灯、就寝なのだが、ぐっすり寝ているのではなく、寝ているような起きているような感覚で夜明けを迎える。
 あわただしいスケジュールではないが、退屈するのでもない。からだは元気で、食欲も旺盛で(むしろカロリー制限のため不足なぐらい)、院からは一歩も出ないで、隔絶されているという不条理な世界。しかし、静かにしていなければきっと痛みが倍増したのかもしれないので、きっと先生方からすれば、理にかなっているのだろう。
 情報を得ようとすれば得ることはできるのだが、あえて、それはせず、ひっそりと私よりはほとんどが高齢のかたがたで、しかも女性が多数派、というふだんではありえない環境の元での2週間だった。
 無為の時間の過ごし方のなかから、私はいったい何を学んだのだろうか? 
 おいおい、つらつらと書き連ねていくこともあるだろうが、入っては出て行く人間模様には、驚かされること度々であったことだけは確かである。

●5月5日

事務所のマイクロコンポーネントのMDがディスクを読み取らない。昨夏、換えたばかりの携帯電話の充電が機能しなくなった。散歩におとものミニラジオのイヤホンがステレオにならなくなった。32型テレビジョンの映像状態が悪くなった(衛星経由だときれいに映る)
 こうまで重なってくると、なにやら、巷でささやかれる日本製品の技術は、本当に優れているのか? すべてが、アジアでの下請け、孫請けが構造的に組み込まれている以上、ほんとうにmade in japanといっていいものがどれだけあるのか?
 壊れて当たり前、という感覚になれると、すぐ取り替えます、という思想に支配される。修理するよりも、新しい製品にかえたほうが結果的には安いですよ、というささやきが聞こえてくる。
 修理して、きちんと使っていきましょう、という考え方がメインストリームにならないと、日本が近世の頃の暮らし方や、欲望の多くを望まないヨーロッパ型の暮らし方になじんでいかないのは帰結としては当然だ。
 連休明けて、病院に持ち込める電子機器は限られ、しばし、世の中から隔離されるので、その間、まじで「哲学的思考」に馴染むだろうか? むりだろうなあ!

●4月27日

朝日新聞の天声人語で、「島国根性」についてコメントされていた。このことば、いつ頃からいわれはじめたのかはしらないが、おそらく明治以降、近代化が推進されてからのことだろう。決していい意味では使われてこなかった。
 井の中の蛙、自分たちだけの尺度でものごとをおしはかる、とされてきたが、ここまでグローバル化(アメリカ化)されてきてしまうと、アメリカを知る人々だからこそ、もう一度、日本の良さを見直す動きにつながっているようにも思える。世界を知った蛙として、ものどとを見ていこうという姿勢である。
 コラムでは、政府の世論調査(1975年)で、「30年後の日本」を聞いたところ、「変わらないもの」の順位は、「義理人情」「勤勉性」、そして「島国根性」だった、と紹介されている。偏差値的にボリュームゾーンの大方の意見、ということになるが、その3つのなかで1位の義理人情だけは、どうも変わってきたのかなと思わざるをえないここ数年である。
 が、それも、今後は逆に大切にしようという空気が支配的になれば戻っていくことだろう。なぜなら、そうしなければ、もっと社会的紐帯がズタズタになっってしまい、それこそ取り消しがつかなくなってしまうからだ。そうなれば、まさに日本人の変質となる。日本であって日本でないことになる。その想像のおぞましさに、私は耐えられそうもない。
「義理と人情」の板挟み、それで悩むことこそが、日本人の奥ゆかしさ、あいまいなグレーゾーンでの感情の繊細な揺れを体現してきた。
「江戸しぐさ(思草)」がじわりと世間で話題になりつつある今、「住みやすい社会」にしていくのは、我々自身のふだんの立ち居振る舞いしかないような気がする。

●4月22日

四国の東洋町、核廃棄物処理施設建設予定地立候補をめぐって、町内を二分した町だが、ここは、以前から知っていた町である。というのは、この町で「アクアスロン」大会が行われていたからだ。ずいぶん昔に、通り過ぎた経験はあるものの、留まったことはない。高知県の知人によれば、財政難で、その大会も数年前に中止になった。
 財政難を解消する窮余の一策が核廃棄物。国からの補助金は手厚くなる。人の嫌がる「しごと」は見入りがいい。本当に必要なものであるならば、それで、胸を張って「嫌なしごと」をすればいい。
 ところが、核廃棄物そのものが「矛盾」のかたまりなので、グレーゾーンが存在しにくい。作るか作らないかになってしまう。国は「つくってほしい」と言う。地域は「どこかに作ってくれ」と言う。「うちにつくってくれ」というのは、畢竟「金がほしいから」としか言い様がない。これが、保守的な住民や倫理観を持つ住民にはどうして受け入れられない。「国はカネで地域をなぶるつもりか」となってしまう。
 今回は、反対派の勝利により、東洋町は元に戻るが、一旦亀裂の入った人心の修復には日にち薬が必要となる。「ビンボーしても、孫たちに、このままの自然を残してやりたい」という古老の言葉は、本来、保守的な住民の心情そのものだ。
 最も保守的な人々がもっとも果敢に戦う、というのは三里塚闘争にも見られていたし、百姓の人々のどこかに眠っている遺伝子はなにかのきっかけで浮上してくるものだと思う。そこには、「お上のいうことにはさからえないでのう」というステロタイプな庶民観とは違う、もっと根を持った姿が見える。

●4月20日

長崎市長が射殺された。なぜなんだろう? 二代続いての襲撃だった。
 容疑者は市にうらみを持っていたとか伝えられるけれど、そんなことで殺せるものだろうか? 私と年代的にもほぼ同じ、思想的な背景もなさそうであるし、しのぎばかりの暴力団のメシを食い続けてきた男、である。
 自死をほのめかしていたそうだが、それにしては、稚拙な選挙事務所前での犯行だった。まったく根拠のない話なのだが、むしろ、「強制されそうな死」への圧力から逃れるためにやった、やらされた、のではなかろうか? 
 起訴されれば、たぶん極刑に近くなるだろうが、そこにいたるまでに、彼の人格はズタズタになっていくのかもしれない。
 国家の罠によって、逆に脚光を浴びている佐藤勝の言う「独居房でよかった」という言葉には、淫猥な掟に支配される収儖状況が背景に仄見えるので気持ち悪いのである。

 「暴力を断じて許さない」というだけでは、呪文のようなものである。
 政治家は「死の覚悟」を持つものだけがなれる時代に戻る? それはないだろう。

●4月15日

なかなか術日が決まらない。最初の「11日はいかが」という案内をパスしたので、いろいろ不都合があってのことだろうが、なにかと落ち着かない。
 2週間の隔離状態なので、仕事先やほかの予定なども、早めに伝えていきたいのだが、こればかりはまな板の鯉。
 能登の地震に次いで、日曜日、三重・亀山で内陸型が起こった。このときはからだで揺れをハッキリ感じたので、震度3かな、と思っていたら、神戸は2だという。
 地震考古学の第一人者、寒川旭・産業技術総合研究所関西センター招聘券きゅ委員は「次の南海、東海地震はほぼ同時に発生し、大津波を伴う巨大地震になる恐れがあります」と断言。時期的には今世紀なかばの早い時期に起きる可能性が高い、という(日経 4/15朝刊)。
 遺跡を調査して、過去の地震像が明確になってきた現在、周期的に起こるのが当然だとすれば、やはり近いいつかに来ることは間違いないようだ。地震が起きることを勘定に入れた生き方をあたりまえのように伝えていく時代になった。

●4月11日

統一地方選挙前半の部が済んだ。神戸でいえば、知り合いの現職市議はすべて当選はしたものの、野党勢力全体は伸びなかった。市会のドンの汚職事件直後にしては、なんの波も起こらなかった。神戸市のこの安定度はいったいなんなんだろう。
 市は疲弊しているけれども、政令指定都市ならではの行政関連産業とのもたれあいが今なお幹を支えているということだろうか?
 NPO法人にしても、行政と上手につきあっているところが事業拡大しているいようでもあるし、市最大の雇用先が市役所という点では、構造的に田舎の役場と変わらないわけで、なんとも「おしゃれな田舎都市」ではある。

●4月8日

 
休みとて、大倉山の図書館まで歩いていく。往復10kmになるだろうか。山手通りを西進し、図書館の手前に宇治川という都市河川がある。ちょうど交差するところから暗渠になるほどの小さな川だ。
 その川沿いの桜並木がが目に入ったので、帰りは川に沿って歩くことにした。見事に満開の桜だった。目に映るは、老木(に見える)に桜の花弁のみ。葉が感じられない。まさに茶褐色と淡桜色の響宴だ。さらに、枝が川に張り出し、川面に向けてなだれこんでいいく。
 神戸山手大学の学舎辺りまで、短いけれど見応えのある桜だった。まだまだ、知らない「見頃の神戸」がたくさんあるようだ。
 統一地方選挙のこの日、人出のある界隈と人気のない界隈を、FMでのモーツァルトとブラームスの「レクイエム」を聴きながら歩く。桜の下には……、を思いながら。

●4月4日

若い知人(原子力関連の技術者)からメールが飛び込んできた。鬱病で会社を休職していると知った。仕事の忙しさや、ご両親の介護や子どもの誕生など、一遍に多くの荷重がかかってきたことを綴っていた。
 彼とは大阪でのレース中にバイクの落車で鎖骨を折って以来、もう6年も会っていなかったことになる。
 その間、トライアスロンクラブの会報を月一のペースで送り続けてきた。先方から送ってくるなと言われない限り、「来る者拒まず、去る者追わず」という気持ちで、会員として扱ってきて22年目になる。
 なぜ私に、とも思うのだが、でも、きっと、からだとこころのバランスのことがわかってくれそうな誰かに聞いてほしかったのだ、と思う。
 薬の副作用で体重が増え、これじゃいかんとジョグを開始している、とあった。
 すぐに、ガンバレとは言えなかったし、言わなかった。けれど、いつか本人がレースのスタートラインにつくことを信じて、待つ。
 トライアスリートは、ちょっとやそっとのことではくじけない、という例をいくつも見てきているからだ。

●3月30日

秋田のマタギの一生を描いて直木賞を受賞した熊谷達也の『邂逅の森』(文芸春秋)を遅ればせながら読んだ。舞台は北秋田と山形・出羽三山、朝日連峰、いずれも足を踏み入れたことのない地域で、狩猟、炭坑、貧農、広葉樹林帯など、明治後期から昭和初期にかけての暮らしぶりが描かれる。ややエンタメに過ぎるところがあるのは気になるが、思わず落涙する場面もいくどか、民俗性が色濃く残り、まだまだ描かれていない、忘れられてしまう日本人を浮かび上がらせた点で、作家には今後も注目していきたい。

●3月27日

内田先生の『下流志向』、版元の広告によれば10万部を突破し、今までの著書の中では最高だそうな。武田鉄矢のラジオ・トーク番組『けさの三枚おろし』でも、ここ2週にわたって言及している。
 「これじゃいかん」と思われる人々がようやく影響を与える程度には増えてきたと考えていいのだろうか?
 学びからの逃走、自分らしさへの自信、聞く耳持たない振る舞い、等価交換という「金こそがすべて」、ギブアンドテイクがこれほどまでに浸透してしまった社会で、そうではないほうへ棹をさすのは困難ではあるけれども、ひたすら耐えて生き延びるしかないのもまた、負け組の属する者の矜持でもある。

●3月15日

川柳作家の時実新子さんがなくなった。
 生前一度だけ、直接お目にかかった。西神のご自宅で、『神戸から』(96年3月発行)の取材で2時間はどのインタビューをさせていただいた。震災後、『川柳大学』を発刊されている頃である。当時60代、「最後の力が出せる年代なのよ」と、実に矍鑠とされていて、じっくりとお話していただいた。
 震災の瞬間に誕生した作品を掲げて、ご冥福を祈りたい。合掌。

 平成七年一月十七日 裂ける

●3月11日

まだ、高性能コンピュータなどが支配していない時期の戦争を戦った黒人兵の話を聞いた。
 私の世代は、戦争を知らない子どもたち、となった。そして、今も戦争を知らないでいられる。
 ただ、それが、そうとも言えなくなりつつある。肉片が飛び散り、腐臭に覆われ、肉弾相打つことが想像できなくなると、抑止力が育たなくなる。
 武士が刀を抜くのはよほどのことであるのが原則であるように、自らが肉体の悲鳴と、横にいた人間が死ぬことへの怖れを熟知してなお、戦争の遂行が可能な道を開きたい、東北アジアの国になめられてたまるか、という気分の横溢がもっとも「国家の品格」には似つかわしくない。

●3月7日

内田百けん(門構えに月)の『まあだかい』を読んでいると、なんというか、養老孟司や橋本治の源流にはこの人がいたのではないか、と類推してしまう。へんてこなおやじだけど、鋭いし、高踏さを笑い飛ばし、四角四面を蹴飛ばし、机上の正論をぶちのめす。
 笑いながら、「こんなのありかよ」と思いつつ、フムフムと頷いてしまうのである。

●3月4日

1989年に世に出た「江戸にフランス革命を」(橋本治)を、読んでいると、もっと早くに読んでおくべきだったと悔やまれる。今でこそ、常識になりつつあることを、こともなげに看破していることがゾロゾロと出てくる。へんな進歩史観に捕われていないだけに、視点に曇りがない。
 この人、やっぱり昭和から平成の怪物だね。いまだに、アカデミズムや思想界から白眼視されるのは、なぜなんだろう。

●2月28日

「ラジオ深夜便」、本(雑誌)も出ている、のだった。字が大きい。ウーム、こんな本を読む年代になってしまったのか。
 ありました、前回コメントの「冬の旅」、楽譜付きで。
舞台は越後つついし親不知、愛しているのに届かないとまどいのなかで、自問自答している女の気持ちが歌われているのでした。哀切です。

●2月25日

NHKのラジオ深夜便。いつもベッドサイドの小さなラジオをつけたまま眠っている。この番組は私の子守唄のようなもので、いつのまにか眠っている。タイマーセットしなくてくてもいいのは、いつも遅く寝る女房殿が消してくれるからだ。
このところ、二度ばかり、妙に気になる歌が聞こえる。シューベルトではなく、『冬の旅』というらしい。倍賞千恵子が歌い、作詞は五木寛之、作曲は小嵐なんとかさん。
この歌、「私はどうすればいいのでしょう?」というフレーズで締めくくられる。こころの揺れうごきをそのままほおりなげたかの歌詞と、投げやりな抑揚の曲、思わず脱力してしまうのだが、おぼろげな寝入りに入っているはずなのに、脳が刺激されるのか、目が覚めてしまうのだ。
ということは、最初のフレーズがわからないわけで、いったいどういう歌なのか? ちょっと調べてみよう。

●2月21日

出るは出るは、社説の盗用。テレビの捏造どころか、新聞の失態も打ち続く。文章を書くのが仕事で、身分が保証されている新聞社のていたらく。
 とうとう総務省が番組の完成程度にまで口を出そうと、新たな行政指導を自民党の小委員会で法律をつくろうとする始末。電波って、許認可事業という、ある種の特権なので、そこにつけこまれたらダメでしょうが。
 言論の自由、表現の自由という、非常に大事な概念が、足下から崩されていこうとしている。
 テレビの末期症状、新聞の気概の無さ、マスメディアの周辺は、本気で自己改革していかないと、ただでさえ、インターネットにどんどん浸食されていっているのに、ある程度の信頼すら? なんてことに。

●2月17日

明日は東京マラソン。全国から応募した人が多かったことだろう。ニューヨーク、ボストン、パリ、ロンドン、ベルリン、ロッテルダム、シドニーなど、世界の大都市で数万人規模で走ることのできるエリート&市民マラソン大会はあったけれど、日本では長い間、空想だった。
 結局は、市民の要望もさることながら、東京のオリンピック招致と石原都知事の力があるのだろう。
 明日、市民イベントとして、道路交通規制7時間の鋼材が、どのような結果になるのかわからないが、私に昔の力があったなら、きっと心待ちにしていたレースだったろうな、と感慨にふける。

●2月6日

企業の不祥事が跡を絶たない。新聞社の記者の記事盗用まで起こってしまう。検証すればきっとほかにも出てくるだろう。
 簡単にコピペ(というらしい)できるので、なんだかわびしい話。大手の新聞社に勤務しているのだから、書くこと自体が仕事になって、それ一本でいいのだから、ずいぶん恵まれているのに、ね。
 やれやれ、というニュースが多すぎるし、権力を持つ立場にいる人間へのものわかりの良さにも、揚げ足取りにもちょいとうんざり。
 と思っていたら、日経のコラム「やさしい経済学 名著と現代」で猪木武徳教授(国際日本文化研究センター)が「なぜトクヴィルか」の連載が始まった。これに期待してみよう。

●2月1日

騒がしいのは柳沢厚生労働大臣の発言だ。「女性が産む機械、装置」だとは。思っていなかれば、そんな言葉は出てこない。「産む性」だと思っていれば、自身の存在がその「性」から産み出されたのだというまっとうな常識があれば、言葉になって出てこない。
 少子化問題の原因は、「フェミニズムやら、戦後民主主義の男女平等の行き過ぎがあって、女性が産もうとしない」という暗い存念があればこそ、そんな言葉になってくるのだろう。
 というけれど、女性の識字率が上がれば出生率が下がる、教育費にお金がかかり過ぎ、精神的にも手間がかかる結婚を避けるのは当然のことで、あまりにもいまのメディアも含めて、さも少子化が悪いことの前提に立っての物言いが多すぎる。問題はむしろ高齢化対応の方である。
 大半の政治家って、まじで自身で勉強していないのだな。官僚の資料で勉強したつもりになっているのか、でなければ、諸条件の改善という条件闘争になる話ばかりだから、支援策が小出しされるばかり。
 私たちの社会がそうさせてきたのだという自省がなければ、どんな社会対策をとろうと、義務教育費の完全無料化とか、国立大学の学費を限りなく安くしない限り、わずかに限定された効果しか生まないだろう。

 追伸 義務教育とは、親が子どもに教育を受けさせる義務のことであって、子どもは教育を受ける権利を持つことをあらためて確認しておこう。

●1月24日

 絶対神を信じることのできる者は、悪魔を信じることができる。(内田先生)
 神と仏の和合の世界は、ゆたかな世界である。明治140年にならんとする今、神仏分離を見直すときが来ている。(興福寺貫主 多川俊英)

●1月19日

困っている。納豆が店頭にない。なんでもテレビの人気番組が「ダイエットの効果あり」と火をつけたそうだ。たぶん、大げさに伝えたのであろう。ふだんから食している習慣を持つ身にとっては、はなはだ迷惑だ。
 テレビ番組制作者と視聴者の共犯関係、振り回されるな、と言っても、耳を素通りするのだからどうしようもない。

22日。
 上のように書いたら、次の日の朝刊を見て驚いた。データが嘘、捏造だったらしい。
 しかも、放映以前に、品切れ状態の予測もインサイダー情報として流れたらしい。だとすれば、品切れ騒ぎで大得した悪知恵者がいることになる。さらには、局長は制作会社についても知らぬ存ぜぬという話。責任、という言葉が虚ろに響く。
 テレビの没落、自縄自縛、メルトダウン、末期症状……。
 それにしてもメディア・リテラシーが進んでいるのは、ごく一部だけか。バカバカ納豆を購入した連中が、被害者づらしているというのも、品がない。疑うことを知らない「ダイエット・シンドローム」。余計な商品をたくさんつくることでGDPは大きくなってきた。まだまだ続く、経済成長フェティシズム、である。

23日、夜9時。近くのスーパーに納豆が残っていた。ようやく、おかめ納豆、を購入することができた。
 今回の騒動、変わらない納豆は与り知らないことである。

●1月16日

 人の名前。第三者によって名付けられしもの。この世界に遅れてやってきたプレーヤー。
 歌舞伎や落語などの世界では名前が変わることで、確実にバトンが次へ渡る準備ができる。いのちの、芸の、しごとのパッサーになる。
 だとすると子どもがある時点で成人すれば、我々はほとんど仕事を終えたことになる。隠居が、たいがいの身の処し方になるわけだ。
 ところが、今はそうはいかない。アンチエイジングなる怪しげなコンセプトがまたしても海の向こうからやってきた。「ほどほど」の思想を身に付けていない世界からの、招かれざる客である。

 明日は、死者への弔いの日だ。

●1月12日

 「現代と仏教 いま、仏教が問うもの、問われるもの」(佼正出版社)という著作を出家者からいただいた。その経緯は、混迷亭日乘でふれているが、15名の仏教者たちが共著で、重層化、複雑化する現代日本の諸問題を切り口に社会参加型仏教への新たな視座を提示する、とある。
 阪神・淡路大震災、そしてオウム事件と1995年に起こった出来事は、仏教にかぎらずあらゆる宗教者に、自問自省を促した、はずだ。
 それから、死と生について、しばしば考えるようになった。
 2000年にシドニーでオリンピックが開催され、トライアスロン参加という歴史的な出来事にコミットし、01年に9.11が起こり、それがもとで主たるクライアントが倒産し、02年には、花園大で講師(もどき?)をはじめるようになり、同じ年、内田樹先生の著書に出会い、03年には大学院聴講生となり、そしてまた編集の師である小島素治がこの世を去っていった。
 04年に緑内障が発覚し、05年には、鯖街道ウルトラマラソンが決定的な引き金になり糖尿病が発症、06年には、オウム以来、著書をよく読むようになった宗教学者・山折哲雄先生にも、仕事のうえでお会いすることがかなった。
 この間、ずっと「死」をひきずっているような気がしている。
 それがどこへ着地しようとしているのかはわからないが、今年も静かに生きられれば、まずはそれでよし、と思うことにしている。

●2007年1月4日

 昨年の清水寺の一語は「命」。H大での我々の講義の通奏低音も「いのち」だった。「いのちを大切に」というあたりまえのことをいい続けなければならないのだが、なかなか届かない。なぜか。
 それを塩野七生(昨年末、『ローマ人の物語』全15巻が完結)は、戦争を経験しない時代が持つ「平和の代償」だと言う(誤解しないでほしいのだが、戦争を肯定しているのではない)。生きるか死ぬかという状況であれば人間の欲望はシンプルだけど、平和であればあるほど、それは多様化し、許されることになる。大状況的には、「そんなことぐらいでビビりなさんな」であり、個人レベルで言えば、人間そのものが弱くなっている(生きる力が乏しい)からと、にべもない。
 日本だけではなく、欧州・米国でもおこっているのだから、これは普遍的な近代の病、とも言える。持続可能な社会というかけ声とは裏腹に、産業革命以降の行き着く先、欲望が際限なく紡ぎ出されるのがこれからの時代なのだろう。だとすれば、高度消費資本主義の爛熟期の果てには、何が待っているのだろうか?

●12月18日

 
アポリアという言葉を久しぶりに見た。この一年を回顧する新聞の記事だったのだが、解決不能な難問というように解しているが、もう40年近く前から言われていて、いまだに出口が見つからない、近代のアポリア。
 それは、土着とモダンの桎梏、あるいは相克、はたまたダブルバインドなのか。
 歴史の連続性のあるところは、こんな問題に悩まなくてもいいのだろうが、明治以降の近代国家にごろっと寝返ったわが国にとっては、ずっと引きずっている問題だ。ひょっとすると、我々は先進国と呼ばれるなかでも、先んじて大いなる悩みを抱え込んだのかもしれない。さすれば、その悩みとの格闘は先例となる。多様なる価値観をまずは受容できる土壌をもつ風土の民ならば。

●11月30日

 
友人が貸してくれた『ガンの呪縛』という本を読んでいると、ガンにかかっても、食事や運動の形態をかえることで、治癒したり、進行がきわめて遅くなったり、要は「がんと戦うなかれ。つきあっていこう」という太陽作戦がいい、と。まだ完全に読了してはいないのだが、なぜか、腑に落ちるところもあって、「こんなもの」と閉じるに足る近代的医療の姿も見えてこないので、最後まで読んでみようと思う。

●11月27日

 
神戸出身の作家・灰谷健次郎さんが亡くなった。ついに来るべき日が来てしまったのだった。
 氏の作品の多くの挿絵を担当されていた友人であり、同志でもあった画家・坪谷令子さんが神戸新聞のコメントで、「厳しさと優しさ、両方持ち合わせていた。海が好きで少年のようで、詩人として深く人間をみつめていた」と。
 坪谷さんから、灰谷さんの療養状況を聞いていたのではあったが、思いのほか早かったとしかいいようがない。
 いつかホノルルマラソンを一緒に走ったときのことを聞いた。「灰谷さんは負けず嫌いなの」と。
 私自身は二度ほどしかお目にかかったことはないが、前身の『WAVE117』にも寄稿していただき、丸みをおびた万年筆の生原稿が升目に躍っていた。肉声の原稿に琴線がふるえた。

「わたしは神戸という街が好きだったが、その好きな神戸がだんだん嫌いになっていったのは、日本全体が豊か? になり、人々が文明というカプセルのなかにすっぽり入るような格好で生活するようになったからで、神戸がモダンさを売りものにするようになる頃からだ。
〜中略〜
 神戸を人間不在の街にしたくない。わたしの屈折は屈折として見つめ、しかし、わたしは生きるかぎり、神戸を見続け、考え続けていくことだろう。」
                  (『WAVE117』1号 97年11月)

 多くの読者が灰谷作品を読んで育っていった。もう新たな作品は生まれはしないが、これからも未来の読者に向かって、活字は語りはじめる。
 合掌。

●11月23日

テレビって、なければないでこしたことはない。ないげなくつけておく、という習慣が実に恐い。ほぼ一方的に入ってくる絶叫と興奮。エンタメと称して、「おもしろさ」「刺激」「わくわくどきどき」「メリハリ」「わかりやすさ」を流し続けている。少しはそうでないものを散りばめながら。
 庶民の好みを取り上げると称して、自由な表現を標榜しながら、民度の低下についてはお互いに共犯関係にあることを表向きには隠し続けている。
 情報の選択に軸を持てる人であれば、徐々に情報社会から遠のくことを思えば、余計な世界のことを知らないで、考えあぐねているほうが精神にとってはいいかもしれない。

 テレビの放映権料とともに歩まなければならなくなったスポーツ界。
 このところのバレーボールの世界選手権、フィギュアのグランプリシリーズ、本来なら、すごい走りっぷりに感じいるはずの横浜国際駅伝をちらっと見ながら、そんなことを思ってしまった。

●11月19日

いじめについての報道について、まともな意見が紹介された。18日付、朝日朝刊での精神科医、防衛医科大学教授・高橋祥友氏の「私の視点」だ。
 子どもの自殺に「いじめ」が関連するとなると、なぜ過剰なまでの反応をメディアはするのか? 「いじめ」がキーワードになり、それが唯一の原因であるかのように報道されてしまう。
 ある人物の自殺に影響されて他の複数の視察が生じる現象を心理学用語で「群発自殺」という、らしい。特に青少年は群発自殺におよぶ危険性の高い年代だという。
 適切な報道を提言する世界保健機関によれば、
*自殺の原因を単純化しない/*自殺手段を詳細に伝えない/*事実を淡々と伝える/*予防のための具体策を詳しく伝える/*自殺の危険から立ち直った例を紹介する、などなど。
 氏は、短期集中の過熱報道を控え、腰を据えて問題提起してほしい、と訴える。
 年間平均自殺者30000万人強(95-05年)、そのうち未成年者は585人(平均2%弱)という事実をおさえてなお、「きみ、死にたもうことなかれ」と、じっくり呼びかけていってもらいたい。

●11月14日

待つということ。その大切な時間の流れに価値をおかない時代になってしまっている。
 子どもの成長を待てない。食事の時間が待てない。返事が遅いのが待てない。
 この季節、早暁の茜色から水色へとグラデーションが刻々と変化していく、それを待ち、その美しさに感じ入れば、おそらく人のこころも多少は落ち着くのだろうが、知らない人が多すぎるのかもしれない。

●11月12日

立て続けに癌の話。摘出手術をしたり、しなかったりで、経過は良好なのだが、いずれも抗癌剤投与を拒否した結果である。
医師に言われるままにならないこと。これがなんとも、医療の立たされている位置を物語っているようだ。
 養老孟司のいう「ああすれば、こうなる」式の戦略的問題解決アプローチではない処方があるということ。効率と能力を求めるのではなく、時間を待つことに重きを置き、苦しい後退線のときでも耐えうる重宝な人間を評価する(@内田樹)ような文化を回復しないと、勝ち戦の手柄を賞揚するばかりの、なんとも閉ざされたサークルばかりが目立つばかりで、ヘンである。

●11月9日

友人が12月12日に退職する。世にいう2007年問題でもある。サラリーマンらしからぬ御仁で、よく勤まったものだが、その後、年末年始にかけてインドのアシュラムに出かけ、さらに精神世界に浸り込み、それを生かすべく余生を活発に動くことだろう。
 逆に、我々には定年は許されない。自転車操業をし続けなければならない。計画的な生を生きてこなかったのだから、自業自得である。

●11月5日

村上春樹がカフカ賞を受賞した。15歳のときにカフカを読んで感動した、という。好きだった作家の賞で本人もさぞかしの喜びだろう。
 凡人は17歳のときにカフカを読んで投げ出した。部活動を終えた3年生の夏以降に、受験生であるにもかかわらず、同級生の数人(彼等はなぜか、皆教師になった)と文集を発行しようとしていて、佐藤首相訪米阻止の羽田闘争ありの、米軍空母エンタープライズ佐世保入港阻止闘争ありの、ライフル乱射金嬉老事件ありの、ごじゃごじゃと論じあっていて、じっと勉強していなかった。
 その頃、一年上の彼は浪人中だった。68年、同じ早稲田を受けて、彼は文学部に受かり、私は政経を落ちた。
 79年、群像で「風の歌を聴け」が新人文学賞として発表された。実にさわやかな小説だった。評者は佐々木甚一、佐多稲子、島尾敏雄、丸谷才一、吉之淳之介である。ほとんどがもう鬼籍に入っているが、錚々たる面々だ。

 小説の中では、ビーチボーイズのカリフォルニア・ガールズが話題になっていたっけ。

●10月31日

漢字研究の白川静先生が逝去された。
 机上には『字統』『常用字解』『孔子伝』、内田先生が必読書の一つとしてあげた『呪の思想』(梅原猛との共著)が残された。
 また、高橋和己『わが解体』のなかの、学問の威厳を無言で語るS教授の姿は白川さんだった。
 巨星、墜つ。

●10月29日

アニミズムとかシャーマニズムという西欧文化人類学の規定ではなく、「万物生命教」と呼ぶ。これが日本人の基層をなしている。
 また、上空300kmから見る日本は、山と森林の国。200kmだと、豊稲原瑞穂の国。そして100km以内になると近代工業国、という姿が見えるという。この三層構造を持つことを忘れまい。どれを切り離してもいまの日本を理解するに過不足が生じる、ということだ。
 以上、山折哲雄先生からの受け売りである。

●10月22日

いつも「市民活動・ボランティアニュース」を送っていただいていた三重県生活部NPO室から、ついに郵送停止の案内がとどいた。県財政の深刻な危機で、県内外に送付希望の約1400通分、毎月11万円の郵送費を支出できなくなった、というものだった。
 これは一方では、県内各市町に公設・民設の市民活動支援センターが増え、身近で市民活動やボランティア情報を提供できる環境が整ってきた、ということでもあるらしい。
 毎回特色で、シンプルだけど、読みやすく、元北川正泰知事時代に始まった、いかにもNPO先進県らしい「ニュース」だった。県外で読めなくなるのは残園だが、まさにご時世である。今後も健闘を祈るばかりだ。

●10月18日

「いじめ」の報道が集中的に続いている。
 教師へのバッシングはすごいもので、これも立場を変えた「いじめ」だろう。いくら「二度とこんなことがあってはなりませぬ」と言あげしたところで、「いじめ」は、なくならない。
 いつの時代も「いじめ」はある。我々の時代にもあったし、息子たちの時代もあったし、「いじめ」ということばが出現した時点から、ずっとともに歩んできたはずだ。
 教育の現場だけが、聖域であるわけはなく、外の社会の反映である。経済ダーウィニズムと市場原理主義が跋扈する時代にあって、「いじめ」が統計数値に置き換えられようが、そうでなかろうが、「正しいこと=正義」が大手を振って歩けば「いじめ」は表であろうと、見えない底であろうと現出している。

 このままだと、文部科学省も乗り出すは、教育委員会はビビるは、マスコミはヒステリックにしかめつらをするは、となって、おそらくは、「ケンカ」もできにくくなる雰囲気が現場を支配することになるだろう。
 だってそうだろう。文脈を把握しないで、「傷つけることば」を拾っていけば、それが「いじめ」になってしまうのだから。
 「おまえはあほか!」と言えない教師。教育は、生徒が大事のサービス業といってはばからない改革派。
 声高に教育の荒廃を論じるものは、「清く正しく美しく」を地でいくことだろう。それがどんなにおぞましいことか、ちょっと考えればわかることだ。
 公の学校教育が「すべて」になってはいけない。ほどほどでいいのだ。教育は家庭で、社会で、それが基本である。
 それが崩れているのだとしたら、しょうがねえんじゃねえの。

●10月16日

 今月初めに起こったアメリカはペンシルバニア州アーミッシュ(ドイツ系キリスト教徒)の宗教学校に男が乱入し、女子生徒を人質にしてたてこもり、5人の子供を処刑し、自身も自殺したという事件。
 アーミッシュの長老の一人は「全国からの弔意には感謝するが、加害者の家族のために祈ってほしい」と言い、別の一人は「人間が悪意の犠牲になることは、残念だが根絶できない。ならば、憎しみとともに生きるより、死を受け入れ、死もまた人生の一部として生きてゆくしかない」と述べたという。(冷泉彰彦・
『from911/USAレポート』第271回japan mail media 06/10/7)
 19世紀ヨーロッパで宗教的な迫害を受け、「信教の絶対的自由」を保証しているペンシルバニアゆえに、安住の地を見いだした彼等の徹底した非暴力主義の有り様は、報復の応酬が常識になってしまった国際社会との対比において、際立っている。
 
 理不尽な殺害をした加害者の家族(遺族)へ「赦し」のメッセージを与える。加害者の妻にも葬儀への招待も行っている、というのだから、半端な考えではない。
 赦し、という考えが、他責性への攻撃よりも、じわりと胸に滲みてくる。ひとごとだから、そう言えるのだ、という思いもあるが、それをふまえてなお、寛容への芽吹きが少しは感じられるようになるだろうか。

●10月12日

50年に一度の国体が終わった。
 出入りの印刷業者によれば、ハンケチ王子特需があったという。
 公開競技の野球、ふだんの年なら、付け足しのような国体での公式戦。実質退部に近い3年生主体なのだから、それもそうだ。現役は秋季公式戦で、センバツ切符を争っているのだから。
 この早稲田実業vs駒大苫小牧が高砂市の球場で行われ、ニュースバリューもさることながら、数千人しか収容できない球場は、駐車のスペースもなければ、ホテルもなく、人手への警備対策やら、プログラムやら、入場整理券やら、テンヤワンヤの大騒ぎ。
 夏の甲子園が始まる前とは大違いとのことで、国体関係者にとっては台風一過のようだったという。
 こんなことは二度とない。業者は、今、その反動(納期、値段の「なんだできるじゃないか」)を恐れている。

●10月9日

 北朝鮮が核実験を行った(らしい)。しばらく様子を見てみないとなんとも言えない。テレビは同じことを繰り返すのみ。明日は新聞休刊日だし、全体が見えないので、なんとも。
 つい2日前には、外務省の事務次官が「週末にやるかもしれない」と言っていたが、防衛庁筋は「そんな徴候は見えない」と言っていた。
 金正日の愚かしさをあげつらっても、馬耳東風。天上天下唯我独尊。同じ土俵に上がって来ないのだから、国際勢力側が冷徹なリアリストであっても、その間尺で通常の交渉は通用しない。
 いずれにしても、強硬派はさらに制裁を加える方向で動くだろうし、日本の世論は政府を支持するほうが多いだろう。
 空気がまたぞろお互いのナショナリズムを鼓舞しそうで、鬱陶しい。在日の諸君のことなんて、金の頭にはこれっぽちもないんだろうな。

●10月4日

死者を物語ること。仮令、祀られていなくても、語り続けることが弔いとなる。それも社会的に語るのではなく、個人として語り続けること。皆の前で語れば、なぜか物語が固定化し、虚構化していく落とし穴が待っているような気がする。定型化した物語はなぜか、こころには響かない。
 式典の様式美があるからこそ、型通りの安心感が伴って、いい弔いだったね、という落としどころがあるのは確かだが、その定型の空疎化に陥らない保証はどこにもない。
 日々の弔いのためにこそ、神社仏閣、神棚・仏壇があるのは、やはりそこに、人は死とは違うかたちで生きているからなのだろう。

●9月28日

凶悪犯罪、飲酒運転、児童虐待、尊属殺人などが大きく報道され、事件の判決も被告に厳しくなってきているのに、犯罪の抑止力になりえていないようだ。
「ダメだ、ダメだ」というほど、取り締まる側が躍起になり、検挙数も当然増え、報道される。なんだか、おかしい。
 地域レベルで処理されていた情報が、全国レベルに格上げされているといったマス・メディアのフレームアップはないのだろうか?
 今まで知らなかっただけで、報告されていない事件がたくさん表面下にはあった、ということではないのだろうか?
 でないと、これだけ「飲んだら乗るな」と啓発されていても、次から次へと摘発件数が増え、報道されている理由が、私にはわからない。
 「問答無用」は5.15事件のときのキーワード。昨今ならば、「刺して(殺して)みたかった」「俺は悪くない」というところなのだろうか?

●9月22日

『メディア社会 現代を読み解く視点』佐藤卓己(岩波新書)には、50の項目から現代のメディアを切り取り、メディアの果たす役割の光と影の双方に言及している。もう一度、「メディアはメッセージである」というマクルーハンの言葉を思い出そう。
 情報の媒体でありながら、たくさんの情報を流さないこともまたメディアの性格でもある。流れない情報をどう読み取るか? 
 推論もまた、メディアの役割だが、真実はまことにもって、こうだと割り切れるものではないようだ。

●9月17日

 本の世界。初版1500部が常識になっているそうだ。とにかく売れない。ただ、印刷コストが下がっているので、それで救われている。だから、たくさんの企画がいる。部数が減れば、売り上げをあげるために、たくさん出さねばならない。総量で勝負。なんだか、よくも悪くも循環している。
 戦後の名著、絶版しているものの復活が必要だ、という声がある。今も読めるに耐える著作、それを教養のベースに置くことが大事。これは決して郷愁ではなく、人間の思索形成にとって、過去は大いなる意味を放っている、ということだ。

●9月11日

高層ビルやらマンションがニョキニョキと建つ。
 911の教訓なんてなんのその。テロリストの脅威より、テロリストと闘うブッシュのほうがよっぽど恐い。正義と民主主義と自由がお題目なら、何でもござれ、だ。
 あんな高層ビルでなければ、あんなつぶれ方はしないでしょう。それこそ想定外だと言うけれど、リスク分散からほど遠い、高度効率インテリジェントビルが増殖している大都会は、決して心豊かな社会へとは走っていない。豊さのアキレス腱が断裂する前に、減速してくれないと、キレル輩は、ますます増殖していきそうだ。
 垂直志向の市場原理主義も、もうほどほどにしてほしい。

●9月3日

 ボタンのかけ違え、というのは始末に負えない。どちらの側にも不満が残る。御和算で願いましては、というわけにもいかない。誠意ではあっても、それがそうは受け取られない。
 とかく、この世は生きにくい。これは高次元であろうが、低次元であろうが、一緒のようだ。路傍の石でも蹴飛ばしてみたい気分。

●8月29日

 自分がこれだけ努力したんだから、という、「だれかさんもちゃんと認めてくれなくては」式の思い込みに陥らないこと。努力したことは、忘れたほうがいいようだ。でないと、なんだか思いだけを引きずっていて、重い荷物になりそうだ。

●8月26日

 
日経の夕刊コラムにて、作家の坂東真砂子が、自ら飼っている猫が生んだ子猫を崖から放り投げて殺したことにまつわる「子猫殺し」。人間と動物の生と死.氏が在住するタヒチでの社会規範にとってはなんでもないことが、ここ先進国と言われる國では大事(おおごと)になる。動物愛護関係者や大衆の講義、批判が殺到しているのも、氏の想定内のことではあった。
 事の判断については、8/18の夕刊原文にあたっていただくしかないが、私は氏を批判する氣にはなれない。むしろ、この発言が、「恵まれた社会でのヒューマニズムを善し」とする以上でも以下でもなく、他の多くの犠牲に成り立っている先進國と言われる市民社会への批判としても成立しうると思うので、あえて、擁護したい。
 動物の避妊手術云々ということが当たり前の社会と、人間が生きることそのものがままならぬ社会。そこで、思惟の錘りを垂らしてみたら、自称「善人」の怒りにぶつかった、というわけである。
 
 ちなみに、私は猫も犬も好きである。飼っていた犬と猫の想い出は尽きない。
 
 ただ、猫も犬も、果たして今が生きやすいのか生きにくいのか、そんなこと考えずに、日々生をまっとうしているだけである。

●8月23日

 
小さな共同体がなくなれば、人は大きな共同体に依拠するようになる。その中間層にとどまることは、その宙ぶらりんさに耐えなければならないしんどさが加わるため、耐えるための膂力が必要となってしまう。
 その意味でも中間層の凹みが顕著になれば、伝統回帰にやすやすと乗せられ、日本の無原則肯定となる世論が形成される。
 その意味では、丸山真男の小さな共同体の否定による近代的個人主義の確立という戦後民主主義の拠り所が、品をかえて自分勝手主義ともいうべき他責性を伴って足下を襲ってきているのかもしれない。
 国家という大きな幻想を持つ実体が実感できない社会だからこそ、小さな共同体の復活がきちんとした市民社会の核になるはずなのに。

●8月17日

 小泉首相は靖国神社公式参拝について、事前に世論調査を行い、賛成が過半数をこえている、という感触を得て、15日に行ったという。
 反発も賛成も織り込み済み、という空虚な喧騒。
 明治維新の官軍から、「勝てば官軍」という揶揄的なフレーズが生き残り、勝ち続けた官軍の戦死者を祀るのが靖国だった。負けたことのない戦争での戦死者を祀ることと、初めてたたきつぶされた戦争での戦死者を祀ることとの間には、大きな河があったはずなのに、時の政治権力に依拠するままで、いまだにそこを蓋してきた「靖国」に、自立の資格はあるのだろうか?

●8月12日

 
特攻隊の話。
「特攻隊作戦がいよいよ実行段階に移された時、士官学校出身の将校の中からは、特攻隊員として出撃を志願する者はだれもいなかった。彼らは、これが志願するに値しない、意味のない死の任務であることを知り尽くしていたからである。代わりに、この「運命を選んだ」のは、政府が徴兵するために在校年月を繰り上げて卒業させた、千人あまりの「学徒出陣」の兵隊と、兵役についた「少年飛行兵」であった。(『ねじまげられた桜 美意識と軍国主義』大島恵美子(岩波書店 2003)。
 
 これも初めて知ったことだった。

●8月9日

立秋が過ぎた。早朝から蝉しぐれ。夏の甲子園が始まっている。昭和天皇の靖国A級戦犯合祀「不快」発言メモ、皇太子弟妃の出産、カメダとオスィム(ハンガリー学者によれば発音はこうらしい)をめぐって、マスメディアとインターネットは、かしましい。
 前者については、15日を過ぎて状況がどうなるか、後者については、今のところコアムニスト・小田嶋隆氏のブログhttp://takoashi.air-nifty.com/diary/が、秀逸。ご参照されたし。

●8月6日

葉月になって、歴史小説家・吉村昭氏と評論家・歌人の鶴見和子氏が亡くなったことが報じられた。ずっと傾倒していたわけではないけれど、ともに最近作『彰義隊』、『いのちを纏う 色・織・きものの思想』(志村ふくみとの対談)を読んでいただけに、巨星落つ、という感じ。
 ともに、日本人にとって大切なディセンシーというものを味わわせてくれた。
 今となっては、少しずつ、残していってくれた作品を辿っていくしかない。
 合掌。

●7月30日

アメリカ産牛肉の輸入が開始される。BSE問題は、単なる検査の問題ではなく、人類が動物の肉を必要以上に食べ続けているがために、病原体という自然が変質してしまっていることにある。
 「万が一にも発症はしない」というのは確かにそうだろうが、それ以上の底知れぬ恐怖感を持つがゆえに、単なる商売しか考えないアメリカのやり方にnonを言わざるをえない。
 アメリカ産牛肉、あるいは豚肉も、我が家の食卓にのぼることはないし、外食でも極力、肉は避ける、しか手はない。
 吉野家の牛丼など、何時頃から食べなくなったことだろう、遥か遠い昔のこと。ファストフードは、そばとうどんで十分なのである。

●7月27日

転ばぬ先の杖、とばかりに、小学生をターゲットにしたマネー教育・株教育が始まっているようだ。ファイナンシャルプランナーと称するMBAを獲得した「カシコイ」連中が、教えこむ。カネで失敗しないように、カネの大切さを早いうちから教えるというわけだ。ここでも、カネの運用というハンドリングと自己責任の考え方が注入される。
 子どもに早くから自己責任を教えこめば、損得で物事を判断するようになるのは帰結だろう。
 彼らは「もったいない」精神を伝える、とはいうだろうが、モノゴトには順逆というものがある。

●7月24日

 
H大の学生に出した書評の宿題の4冊。
『二重言語国家・日本の歴史』石川九揚(青灯社)
『9条どうでしょう』内田樹/小田嶋隆/平川克美/町山智浩(毎日新聞社)
『脳と魂』養老孟司/玄侑宗久(筑摩書房)
『いのちを纏う 色・織・きものの思想』鶴見和子/志村ふくみ(藤原書店)
 今年上半期の収穫といってよい。さて、どんな考えが返ってくることか?

●7月22日

 ポスト小泉の有力候補、福田康夫氏が自民党総裁へ立候補しないと発表。ものごとの潮目での判断が外的要因で左右され、軸がぶれないというか鈍感なノーテンキなものほど強くなれる、という見本のようだ。
 政界のピンボールマシンが活発に動いていく。

●7月20日

 昭和天皇が、靖国参拝をやめたのは、やはり、A級戦犯合祀が契機となっていたことが、当時の宮内庁長官のメモによってあきらかになった。事実を誇張したり、情をまじえて書いたりするような人ではない、というのが定評だけに信憑性ははきわめて高く、歴史的にも一級の資料となりうるようである。
 今上天皇も、国民への愛国心の強要は望まない、という信条の持ち主だ。
 ときの実質的権力を握ったものに利用されるという天皇機関説が、あるいは天皇は畢竟「空」であるという言説が、相対的に浮上してくるのかもしれない。

●7月16日

戦争が日常である暮らししか体験していない人々が世界にはたくさんいる。
機関銃撃、携帯ミサイル、迫撃砲により、肉体が粉砕され、精神が壊れていく。憎悪が憎悪の連鎖を生み、個として生きるより、類として生きること、あるいは死ぬことを余儀なくされる。
 ひとりひとりの生の記憶、歴史としてつながる生の連鎖こそが望ましいのに、逆の現象が起こり、連なっていく。
 折しも、レバノンで戦争状況がつくられている。危ういバランスを崩したい、そして圧倒的な力で押さえ込めれば、そのほうが安定するという指向性がある限り、武力を持っている側が優位にコトを押し進める。
 持てる者、持たざる者に対して、なぜかくも過酷になりうるのか? ただ、失うことへの恐怖からか。

 有史以来、絶えることのない戦争。自らの民族のために死者をどこまで利用すれば氣がすむのか?

●7月13日

 死者(という他者)を、生き残った者たちが自分たちに都合のいいときだけ丁重に撮り扱い、それを正義として、論拠にすえることは、本来やってはいけないことなのだが、それがなかなかわかっていただけない、というか、このような言説に出会うことが少なすぎるのが、いまの言説状況なのだろうか。

●7月4日

 滋賀県知事選挙は開票結果をもって全国区のニュースとなった。
 リーダーシップ発揮型である現職の強味、さらには、多数派与党(自民・公明・民主)の推薦もあり、唯一「新・新幹線駅」の実現という大型公共投資の推進がマイナスポイントになるけれども、逃げ切ると思われた国松知事が負けた。
 当選した嘉田氏は、社民のみの推薦で、共産党候補も出馬した状況での圧勝だった。
 しかし、環境やNPO活動にも関心あり、市井で実施もしている市民にとっては、不思議ではなかったようだ。
 その辺りの事情を語っていただくべく、次号では、滋賀県民である一女性のエッセイをお届けしたい。

●6月30日

 芥川賞作家・堀江敏幸の『いつか王子駅で』(新潮社)。都電荒川線が主人公のような連作短編集。自分の知らない東京の下町の庶民の息づかいが聞こえてくる。さらには、氏は競馬がお好きなようでタケノカオリやエリモジョージ、さらには落涙なしでは読み進めなかったテンポイントの悲劇なども挿入されながら、一両電車が走る沿線での人間模様が淡々と、しかしながらうねるような文体で濃密に描かれる。一昔前の吉田健一のような文体でもあるけれど、貧乏も知っていて、学究でもあり、古いものも好きで、若くてしなやかな感性も持ち合わせている。
 1964年生まれだそうな。なんだかまわりに64年生まれで、いきのいい人もいるので、男女雇用機会均等法施行の年に就職を迎えた年代の共通項ってあるのかな。

●6月26日

 
乙川優三郎の新作、『さざなみ情話』(朝日新聞社)。苦界に身を沈める女と船荷船頭である男との交情。細やかな心理描写が無類に巧みで、主人公たちを絶望の淵を歩かせながらも、彼らが一縷の望みを抱き続けるという一点を持たせていることで、読む者は救われる。
 このところ氏の作品は、房総半島の銚子近辺から江戸・大川辺りを舞台にしているが、生と死がいつも周辺にある時代だけに、脇役の人物像にしても、丁寧に心理が描かれ、彼らと合わせて、哀切きわまりない。
 逆になんだか今が、とてつもなく遠くにも感じられる。いっときの空想ではあっても、すごくリアルなのが乙川・市井小説の世界だ。

●6月22日

 17日の金曜日に、映画『MY FATHER』(イタリア/ブラジル/ハンガリー合作)を観た。実録を基に製作された。アウシュビッツにおいて、様々な実験を施し、夥しいユダヤ人を死に追いやったナチスの医師ヨゼフ・メンゲレが南米に逃亡、その息子ヘルマンが事実を確かめに出かけていき、貧民街にひそむ父との対話を通じて苦悩する息子を中心に描いたもの。
 父をチャールトン・ヘストンが演じていたが、金髪碧眼のア―リア人種の遺伝的優位性を信じて疑わないのには一驚した。前全米ライフル協会の会長として、銃の保有権を断じて離さない彼の私人としての立ち場と演技がオーバーラップしてしかたがなかった。ちょうど、アルツハイマー病を発症したことを公表したころの撮影だった、という。

●6月18日

 
甲野善紀先生と内田樹先生の対談本『身体を通して時代を読む 武術的立場より』。何度となく聞いている話が中心なのであるが、武術の術理が生活への汎用性に富むのは、これからの日本に必要なのは間違いないようだ。世界に開かれれば開かれるほど、ミステリアスな「japan sprits」を失ってはいけない。
 折しもワールドカップでは、「samurai blue」が剣が峰に立たされているが、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるのだから、自らとの闘いに挑んでほしい。あえて言うが、結果がすべてではないこと、を。

●6月14日

 
四国88ヶ所巡り、といえばお遍路さん。日経新聞の木曜夕刊に編集委員のF氏(57)がルポを書いている。現在、31番札所である高知の竹林寺までやってきた。
 全行程1200kmの1/5以上を歩いてきたのだが、行く先々で出会う人々のコメントも紹介しながら、人生への思いをめぐらせている。しごととはいえ、自ら志願したことだろうから、終わる頃にはどのような心境になるのか、想像しながら毎週、楽しみにしている。
 いつかは自身が辿る道だと思っているから。

●6月11日

長崎県上五島町奈良尾地区。ここでも町村合併で、行政が手を引き、16回続いたトライアスロン大会が中止。そこで立ち上がった「民」の方々の運営で、簡素なかたちで、第17回の大会は行われた。
 参加する選手たちにとっては、遠い離島での大会だけに交通費もかかるのだが、それにも増して、地元の方々のもてなしが感動を与えてくれる。
 来年は、参加者一人一人が一人を連れてくれば、それだけで島は賑わいが倍増する。それを願って、臨時の船で島を後にした。
 そのチャーター便の値段は12万円。選手30人で割れば一人4000円の船賃。主催者が交渉してくれた。
 こんな単純な計算が成り立つという、ささやかな話だけど、人の生活・暮らしというのはそういうものだろう。
 
 日本の、このような地方にこそ、日本の「大切な気持ち」がある、という気がする。来年もなんとか、行ってみたい。

●6月7日

 ちくま文庫『一茎有情』(宇佐見英治・志村ふくみ)。文学者と染織家の往復書簡と対談が凝縮されている。一芸に秀でるも、それだけではなく、他の芸術への造詣がさらに一芸を高めていく、というスパイラルを語っている。お互いを尊敬しながら、謙譲しつつも、共通の土俵で語り合う刺激の数々。まさしく、大人の風格。そこには、他者の眼をしっかととらえたうえでの懐に温かな人間味が漂う。
 一方、オピニオン誌にて、憂国の品格を語り合う「石原某と藤原某」、自責の念を抱きながらのそれでなければ、高みに置いた物言いからは唯我独尊が漂い始めた気配がする。

●6月4日

 
6月に入ってにわかに季節が夏模様。初夏を通り過ぎてしまった。
 運勢も上向いていけばいいのだが、友人のの言のよれば、「邱永漢は、利益は流れに乗ったものが得る、と言ってたよ」と。それがいいとも悪いとも言えない。空中にある流れをつかめるか否か、「どんくさい」と言われる奴が世の中の多数派ならば、そっれでもいいじゃないかと開き直っても見たくなる。
 世間の倒産金額は少なくなったようだが、件数は増えている。「市場から、どうぞおひきとりください」と宣告される零細企業はそここにあるという苦い現実。

●5月28日

 またインドネシア.ジャワ島で大きな地震が起こり、大災害が起きてしまった。津波、テロ、そして地震。まったく、やりきれない。貧しい地域だからこそ被害は大きくなる。
 早速、旧知の海外災害援助センター(CODE)が募金活動を始めている。着実な支援活動で定評があるので、「どこへ募金しようかな」と迷ったら、CODEへ。
 郵便振替00930-0-330579(名義はCODE、通信欄に「ジャワ島中部地震」と記入)。くわしくは、078-578-7744まで。

●5月26日

 
ようやくHPに書き込みができるようになりました。でも、もう皐月も終盤なのですね。
 この間、メールの送受信も見ることができず、今までの痕跡も消えてしまい、おろおろするばかりでした。

 日経新聞・F編集委員が四国八十八ヶ所の遍路を始め、週一で夕刊連載も開始した。いつかは行きたいと思っているお遍路、である。
 通常のサラリーマンなら、定年を機に、ということも可能だろうが、いつ倒れてもおかしくない零細事務所をやっている以上、それがいつの日になるのか見当もつかない。ただ、いまは読みながら想像するのみ、である。

●5月10日

戸塚ヨットスクールのT校長がシャバに出てきた。まだ塾として成立しているらしいし、これからも指導するという。預かった生徒の死は、指導上における「過失」でしかないのだから、という理由だ。
 相変わらず、信念の体罰なのであろうが、「体罰是か非か」という不毛な二元対立論争が続く。
 私塾である以上、教育はもともと自由だ。しかし、Tから表出してくるものは、教育者としての「人品いやしからぬ」立ち居振る舞いではない。そういう人を、私は到底諾うことはできない。親から見放されて、手に負えないからと放擲されて、生徒はホントに「師」として敬うのだろうか?
 
 なんでも、応援する会の会長は石原慎太郎(東京都知事)だということだ。なんたることか。あらためて東京都民の見識を問いたい気分だ。

 身体で感じなければわからないことがある以上、強かろうが弱かろうが体罰というスタイルはなくならない、と思う。それが、いかなる文脈のなかから出てきたのか、ということをしっかととらえていないと、体罰は歯止めがきかなくなる性質を持つ。愛の鞭など、ほんのわずか。ほとんどは、指導する立場、権力を持っているものが感情に踊らされて手をくだしている。私の乏しい経験則からでもそう言える。
 抜かない、仮に抜いても斬らない、死と相対するときのみ、効能を発揮する刀の文化を持つ我々ならば、抜かないのが一番であることを、あらためて肝に銘じておきたい。

●5月7日

 楽しみにしている『江戸の誘惑』展(神戸市立博物館 28日まで)。明治初期に滞日7年の医者、ウィリアム・ビゲローが収集した古美術品35000点をボストン美術館に寄贈したもののなかから、約80点の浮世絵が里帰りしている。
 いかにビゲローが金持ちであろうが、これだけ集められたのは、江戸の古美術が二束三文で売られていたからと想像する。軽視されたからこそ、彼らが購入した。それが良かったのだと思う。そのままだと、江戸期の価値をおとしめるために散逸していたかもしれない。
 明治政府の意向とまでは言わないが、西欧崇拝、過去否定という風潮は社会のなかにあったことは間違いないようだ。

●5月3日

夕食時にBSで映画「Led Zeppelin」(1976)を観る。こればかりは大音量で聴かなければ意味はない。ジョン・ボーナム(ds)、ジョン・ポール・ジョーンズ(bass)、ジミー・ペイジ(g)、ロバート・プラント(vo)。
 68年(大学に入った年)、「immigrant song」のイントロで衝撃を受け、ツェッペリン号のイラストで飾られたLPを大学生協で購入したことは、今でもありありと覚えている。
 ドキュメントもあり、冒頭部分、中間部分には古代・中世を思わせる意味ありげな映像が挿入されている。その色調はまぎれもなくイングランドの匂いがプンプンとする、いや正確に言えば、アングロサクソン人、ノルマン人、ケルト人の匂いと言ったほうがいいのかもしれない。そう言えば、古代、男の長髪は当たり前だったのだった。そして、彼らはカッコよかった。
 あの頃、ロックと野性は不可分のものだった。

●5月1日

 今朝の朝陽。今年何度目だろうか、の白い太陽。もちろん黄砂である。確か去年の記憶は一回だけだったような……。
 酸性雨を中和してくれる、という気休めはあるものの、中国の環境問題が国境を越えてやってくる。これ一つとってみても、東アジアの括りが必要になってくる時代だ。
 なのに『中国は日本を併合する』(平松茂雄 講談社インターナショナル)という本では、2010年には台湾有事が現実のものとなり、日本は中国に屈服するか、アメリカと同盟を誇示することで中国に手を引かせるか、二者択一を迫られる、という。大前提には、中国は膨張する、辺境を呑み込む、という恐怖感がある。さらに、中国は、アメリカのミサイル防衛システムを無力化するために、宇宙ステーションを建設し、軍事衛星から攻撃することさえ考えている、とまで言う。
 著者の経歴を見ると、1936年生まれ、防衛庁防衛研究室長を経て杏林大学教授とある。さもありなん、ではあるが、これを荒唐無稽とは言ってはいられない。
このような主張が、昨今の憲法改正の底流に無いとは言えないことが不気味なのである。

●4月29日

 巷ではゴールデンウィークが始まったらしい。芝桜や躑躅が咲き誇る季節になってきた。ついこの間まで桜は名残おしそうに散っていたけれど、今日辺りは葉桜になっていた。
 古本屋で見つけた20年前の『女のフォークロア』(宮田登+伊藤比呂美 平凡社 1986)、女性の「産む性」をめぐる対談だが、今でも十分通用する。「穢れ」という概念が制度として固定されるのが父権制が強くなっていった時代とパラレルであるのは、やはりそうなんだろうなと思う。
女性がしっかりと扱われている社会のほうが安定しているというのは、直感として納得できるのはどうしてだろうか?
 動物としての女性を取り戻すことができれば、将来はそう捨てたもんじゃない、と思える今日この頃、であります。

●4月25日

 不思議なこと。NHKラジオのお昼のニュース。毎日毎日、マツイとイチロー、ジョージマ、イグチなどの打席の結果を報道する。たった5分のニュースのなかで、どうして大きな比重をかけるのだろう。聴取者の意見を反映しているというのはほんとうだろうか? さらに言えば、メジャーの実績からすればイチローから言うのがスジだろう。なぜか、マツイからである。ジャイアンツ出身だから、人気が高い順番だって? それでは公共放送じゃない。
 野球少年の私だったからこそ、あえて言う。今でも野球は好きだが、遠いアメリカのメジャーの結果は、夕方もしくは翌朝の新聞で知ればいいことにすぎない。もっっと他に伝えておくべきニュースはあるだろうに。

●4月18日

このところナショナリズム関係の本を読んでいると、時代の流れに棹さしていく情報技術の進展が、国民の底に流れる感情というものを刺激して、気鋭の社会学者たちはなんらかの形容を充てざるをえないようになってきている。いわば、カッコつきのナショナリズムである。
 いわく「ぷち」「癒し」「わら(嘲笑)う」「不安型」「拡散型」などなど。一方、世界を見ても、冷戦の終了に伴って、「反ナショナリズム」の後退が余儀なくされ、グローバリズムの進展とともに市場経済を核とした資本主義に立脚した国々で、新たなナショナリズムが勃興してきている。さらには、アンチ・グローバリズムがモロに噴出している中南米にもナショナリズムが復活してきた。
 いま、この国に生まれ、この時代に生きている以上、ナショナリズムには否応なくつきあわされることは避けられない。なぜなら、近代国家として成立したときから、いまだに、このアポリア(宿痾)をふっきることに成功していないからだ。

●4月15日

 11日、彫刻家・富永直樹さんが亡くなられた。文化勲章授章者であり、文化功労者。大正元年生まれで、亡父ともほぼ同じ年。数年前、とあるきっかけで美術専門分野の編集者を紹介され、お仕事を通じて、2年近くおつきあいさせていただいた。
 そのおつきあいのなかで、先生がどなたからかイタリア土産でいただいたボルサリーノを「僕にはちょっと大きいから、キミかぶりなさい」といただいた。滅多にかぶる機会はないが、その質感は何者にも変えがたいので、大切にしている。
 その当時から、少し足をお悪くされていたが、とうとう逝去されてしまった。
 5月21日、赤坂プリンスホテルで「偲ぶ会」が催される。合掌。

●4月8日

 地に落ちた民主党の再生は小沢一郎の手に委ねられた。マスメディアの扱いは、今までのレッテル「剛腕」「壊し屋」小沢がホントに変わるのか? という疑問つきの様子見といった感じだ。
 永田メール問題がなければ9月までは、おそらく起こらなかった事態への対応に迫られる。そして、心臓に致命傷を持つと本人も言うようにおそらく政治生命を賭けての登板なのだろう。
 ここで、ちょっと見方を変えてみよう。
 どう見ても「こわもて」「腹黒そう」「上意下達」「独断専行」というイメージから逃れられない小沢の身辺に、黒い噂が見えない不思議さはいったいなんだろう、と思ったことはあるだろうか。
 小沢が93年以来、さきがけ、社会党、自民党との間で一敗地にまみれたのも、ある種の潔癖さと情を持っていたからだ、という見解を無視するのは、かえって見る側の眼が曇っているからと言えないこともないのだ。
 将来、小沢と野中(広務)という政治家の間でなにが起こっていたのか、検証されれば、戦後、自民党という名の保守政治の「深い宿業」が見えてくるかもしれない。

●4月3日

 
月曜日の朝日新聞にベストセラー『国家の品格』をめぐって、著者と内田先生との「談」がまったく同じ分量で掲載された。
 もちろん内田先生は、日本における帰化日本人や在日外国人の読者を想定しての立論だ。つまりは、常に「他者の眼」を意識しているかいなか、これは、素朴な日本及び日本人優生論への懐疑でもある。知者たる者の矜持をいうならば、謙虚さに裏打ちされているからこそ、「品格がある」という評価が聞こえてくるはず。
 ヘンに自信を持った「日本人大衆」こそ、手に負えないのである。

●3月29日

 内田樹・小田嶋隆・平川克美・町山智浩の『9条どうでしょう』(毎日新聞社)がついに刊行された。従来の護憲・改憲論に組さない「日本国憲法9条擁護論」である。
 あまりにも刺激的ではあるが、よくよく考えれば日本のとるべき道はそんなに選択肢がないことがおわかりになるであろう。
 これを読んでなお、9条を変えたいという気持ちをお持ちになるのだとしたら、家族愛や隣人愛や郷土愛とは無縁となった筋金入りの「幻想日本国家愛」としか言いようがない。
 日本はあらためて、自然豊かな極東にある孤島で技術と知的ポテンシャルを持ったユニークで、威丈高な軍事力を主張しない、そこそこの分相応な変わった国でよし、とせねば、それこそ、どこにも日本を評価してくれる国がいないことになってしまう。

 虚心坦懐に読んでいただきたい。

●3月26日

 100万部を突破した『国家の品格』(藤原正彦 文春新書)。立ち読みしたが購入していない。雑誌での藤原氏の発言におおむね賛同しながらも違和感がつきまとっていたからだ。
 その原因が、今日わかったような気がした。シンポジウム「コミュニティに生かすオリンピアン」での質疑応答場面。
 とある初老の経営者兼冬の競技団体の幹部とおぼしき人が質問ではなく、壇上の選手に向けて意見をぶった。
 いわく、「国家の品格ではないが、オリンピアンにも人間としての品格が求められる。以前のようにオリンピアンなら企業は受け入れるということはなく、ビジネスのプロでなければならない。オリンピアンといえども、語学などできて当たり前、ブラッシュアップしたスキルが求められる」云々。
 先進国とは言われながら、厳しい練習環境(財政と施設)のなかで、闘う選手たちが、改善を訴えること自体、「甘え」に映るのだろう。
 しかし、この言い様にカチンと来た。オリンピアンは並の人間では出られないのが現実の世界。それだけでも大変なのだが、それ以上のものを要求するのはわかるにしても、求めるものが旧制高校のエリート主義そのものなのに腐臭が漂うのである。高校野球での文武両道をほめ称える姿勢もそうだ。「文」=アタマの良さ、が先なのである。
 品格とは、自らが言い出すものではない。外部からの評価である。藤原氏の主張すること、武士道の評価、自然を大切に、情緒を守る、金に重きを置かない、などなどは同感するが、「日本という国家」だけは、なぜか自然ではない。他者から自然に評価されるようになるには、径庭が有り過ぎるのが、いまの日本という国家だろう。

●3月21日

 WBCを垣間みていた。ここでもアメリカの凋落が起こり始めている。世界の中心に我が有り、我々が世界のルールだという傲慢さがみてとれた。
 これではオリンピックへの復帰などとてもありえない。IOC委員の立場に立ってみればわかることだ。
 フェアネスがない、国を代表する選手を選出していない、民主的な運営ルールを採用してりいない、などなど。
 リーダーが寛容さとリーダーシップを発揮して普及に努力しなければ、そのスポーツの世界的かつ持続的な発展はありえない。
 そのスポーツの起源を持つ国であればあるほど、トレランス(寛容)が必要なのである。

 個人的には、運が作用したとしても、イチローの一連の発言がとても興味深いものであったし、日本が世界一になったことで、彼の発言が詳細に英訳されたことはとても良かったと思っている。
 また、横浜ベイスターズの多村が存在感を示したことも、嬉しかった! 今年は強いタイガースとの対戦が楽しみだ!

●3月17日

 麻原とかサカキバラとか、その他極悪非道の犯罪を犯した者への弁護をしなければならない弁護士がいる。誰もつきたくない、と思っていても弁護しなければならない。制度としてそうなっている。なぜなら、それを否定してしまうと近代法制度が根幹から崩壊するからだ。
 国選弁護人制度は、登録制で成り立っている。したくない弁護士は登録しない。金銭的な見返りはないに等しいので、なり手はすくない。しかし、弁護士になる人のなかには、どんな悪い奴にも一分の理があるとする性善説に立つことで、その仕事を生き甲斐とする気持ちを持つ人がいる。そのような人が登録する。そして、誰かがその仕事を請け負う。いわば、損の連鎖といえるかもしれない。
 内田先生のいう「雪かき仕事」である。世の中には誰かが引き受けなければならない仕事がある。誰が認めるわけでもないが、人に見えないところで、淡々とこなさなければ、暮らしの大元が崩れていく。誰に言われるまでもなく雪かきをする。
いろんな分野にそんな人々がいるので、この世はまだ救われる。

●3月12日

 明治維新のとき、皇族で唯一逆賊されたのは輪王寺宮。彼の政治舞台への登場から死に至るまでを主人公として描いたのが吉村昭の『彰義隊』。昨年、新聞小説として連載されていた。単行本となって、読みなおしたのだが、やはりキーワードは「恩義」。
 それが、薩長連合軍に抵抗した新撰組、彰義隊、奥羽列藩同盟などをはじめ、任侠といわれる清水次郎長や会津小鉄といった連中や、彰義隊をかくまった江戸の庶民をも貫く紐帯だったと思われる。
 輪王寺宮は、敗北後、謹慎を解かれるが、逆賊の汚名をそそぐために、日清戦争においては、最前線で講堂隊長として闘い、病に冒され不帰の人となる。
「恩に報いる」とは、もはや死語にもひとしい時代になったのかもしれないが、一筋の光とは、過去の彼方からやってくるような気がしてならない。

●3月6日

 ふと流れている曲や映像に聞き惚れたり、見入ってしまうことがある。一週間ほど前のこと、NHKの映像を眺めていて、その状態になり、最後まで観てしまった。歌手ちあきなおみ、のことだった。そういえば、随分見ていないなあ、と思っていたのだが14年前から活動をしていないそうである。
 別段、以前から気になっていたわけではないが、歌っている曲が知らないものが多く、しかもシャンソン風であったり、ファドに凝っていたときがあったり、芝居と歌が一体となっていたステージがあったり、ドラマに出演していたり、実に変化に富んでいる。旦那様を亡くされたときも3年ぐらい活動しなかった、とか。
 型にはまらない、といえばいいのだろうか。収録された歌を聞くと、演歌・ポップス・シャンソン・ファド・歌謡曲・唱歌、どれにもあてはまらないような気がする。まさに、ちあきなおみの歌、のようなのだ。
 ひさしぶりに、日本人の「いい歌」を聴いた、ような気がした。

●3月3日

 詩人・茨木のり子氏、逝去。
 作家・久世光彦氏、逝去。
 お二方とも、とくに淑していたわけではないが、茨木さんの『よりかからず』という詩は市井に生きる毅然とした民の姿勢として屹立していたし、久世氏は、ちゃんと昭和という時代を冷静に眺める視点を持った人だった。
 手もとにある久世氏の『桃』は、甘く妖しくなまめかしい短編集だが、装幀・装画も含めて、その匂いが立ち上ってくる。
 いろいろものを考えるにあたって、昭和30年以前と昭和45年以降という時代のモノサシは大変大事だと思っている。久世氏や茨木氏の著作を訪ねると、その辺りのことがよくわかると私は思い込んでいる。
 今はただ、合掌するのみ。

●2月26日

 市民社会なき市民的礼節。
いわゆる市民社会(シヴィル・ソサエティ)とは、国家に対してある程度の自律性を保持している私人的市民の領域を意味する。身分制が現前としていた徳川時代は幕藩体制のもとでの支配強化環境のなかでの町民の交際文化が栄えたのだが、西欧のように、市民同士の結びつきの政治領域は生み出されなかった。
 しかし、人間同士の交際が発生する公的な空間制御の文化のグラマー(文法的ルール)がシヴィリティ(文化としての市民らしさ)とするなら、徳川期の交際の広範な諸慣行や洗練された諸特徴はまさにシヴィリティにふさわしい。
 池上英子の『美と礼節の絆 日本における交際文化の政治的起源』(NTT出版 2005)には、少し繙いただけでも、上記のような刺激的な見解に出くわす。
 だとすれば、西欧的ではない日本独特の市民社会の肝心要の根は明治維新以降、あらかじめ失われていたのではなかったか? 
 そして、自立した市民による市民社会の成熟を望むのではなく、日本的な市民社会の奪還が問題なのではないかしらん、という問いも可能になる。
 昔に戻るわけはないけれど、進歩にとらわれることもない、と思ったりする今日この頃でありまする。

●2月19日

 滋賀県長浜市での幼稚園児殺害事件。またしても、という思い。皆さんの願いもむなしく、これからも起こっていくことだろう。
 『下流社会』というベストセラーを書いた三浦展氏の作品に『ファスト風土化する日本 郊外化とその病理』(洋泉社 2004)がある。
郊外の象徴とはロードサイドであり、巨大SCであり、高速道路ICである。青森、佐賀・鳥栖、新潟・村上、神戸・西区、大阪・池田、京都・宇治、栃木・足利、福島・須賀川、広島、奈良、三重・桑名などなど、なぜ不可解な犯罪が地方都市で連発するのか? 
 私は、対症療法ではどうにもならない日本社会の病理をえぐった名著だと思っている。だまされたと思って、手に取って読んでみてください。
 
 パラダイムシフトの転換をさまざまなジャンルにおいて有識者や経営コンサルタントなどが語ってきたのだが、その文脈はアメリカン・グローバリズムに則っていたものが多く、市場原理主義システム自体、あるいは通信テクノロジーへの懐疑という意味合いを持ってのシフト転換こそが持続可能な社会につながるという文脈でないと、もうこれからは通用しないのではないだろうか。

●2月12日

 トリノでのオリンピックが始まった。スポーツ競技団体に関わる身として、無関心でいられるわけではないのだが、多くの問題をかかえているのは承知のうえで、やはりオリンピック以外に世界の人々が一同に集えるビッグイベントはなく、そこで平和を考えてもらうことは、大きな意味があると考える。
 その意味で、オノ・ヨーコが登場し、ジョンの「imagine
」が唱えられた演出をあざといとはおもわない。シンプルなメッセージだからこそ、広がりを持つと理解する。
 私たち、社団法人日本トライアスロン連合の猪谷千春会長がIOCの副会長であるが、IOCの大きな予算のせいか、商業主義の批判は多くあるが、その7%が経費で、残額が全世界のスポーツ競技のために使われている、と言っていても、なかなか伝わらないようだ。
 ましてオリンピック・ムーブメントの3本柱は、スポーツ・文化芸術・環境であることもまた、なかなか理解されていない。
 残念ながら、世界のスポーツ・ジャーナリズムにとっても、また死にものぐるいで練習に励み、生活を支えるトップ・アスリートにとっても、そういうことは面白いことではないからだ。

●2月10日

 事務所の前の桜並木の道。柔らかくはないけれど、一応土の道だった。
 過去形になったのは、黒ずんだ無表情のアスファルトになってしまったからだ。ダイエーから商工会議所会館までの部分もそうだった。
 この人口島ができて25年余。why? 
 誰がアスファルトにしろ、と言ったのだろうか? 予算をつけたのだろうか?。
 島出身の市会議員に聞いてみよう。

●2月5日

 メリケンパークの西側の樹木が切り倒され、見通しのよいように整備されることによってホームレスのブルーシートによるテントが視界から消えた。
 そこでブルーシート。震災のとき、屋根の応急手当などで大活躍した。あれは臨時のものであり、野外の雨露避けであり、緊急事態のものなんだろう。さすれば、それが風景として固定すれば違和感が生じるのは当たり前だ。
 そして、あのブルーは自然にある色ではない。化学製品の色である。これも周囲に調和するものではない。
 ならば侘びさびを表した色合いのテントならば存在が許されるだろうか? まさか、そんな「粋さ」がホームレスと行政双方にある訳ないだろう。
 異物はいつしか強制的に排除される。その後は、あったことすら忘れ去られていく。

●2月3日

 
神戸空港行きのポートライナーが走り出した。
 テレビのニュースの声を聞くと歓迎の声ばかり。子どもから大人、高齢者までのコメントは、無邪気なまでのわが町の空港、というわけだ。考えてみれば、空港という設備は文明化のバロメーター。そうか、この都市はまだまだ近代なんだと思うことにした。
 ポスト・ポストモダンとは、どこのくにの話かしらん。

●1月31日

 うちのコピーマシンのメンテをしてくれている若い技術者によれば、「会社本体はいいいようですが、我々はグループ企業なので影響ありません。去年は前期がよくて、後期がよくなかったです」とのこと。連結するわけでもないので当たり前のことだが、「本社の技術者はすごいです」という彼の言葉には真実味がこもっていて、世界に冠たる企業の業績は、そこの技術者の優秀さによって担保されている、というわけだ。
 製造業の回復が全国に及んでくるとは思わないし、株・金融の世界で自足した消費が高額商品に反映するだけだとしたら、じわじわと広がってきた格差社会はこれからさらにスピード感を増していくのだろうか?

●1月24日

 神戸の詩人、安永稔和さんは、戦争体験、震災直後から現在まで、体験を言葉にして語り続けてきた。「目の前のできごとをただ書き留める」「これからも震災や戦災を核として書いていくことは変わらない」「できれば震災の記憶が、これからの記憶がよく働いてほしい」(神戸新聞 1月17日)という。
 一方、一級のノンフィクション作家、佐野眞一さんは、「記憶されたものだけが記録される。記録されたものしか記憶されない」という言葉を発した。「でなければ、無いことになってしまうのだ」と。
 高名な歴史学者H.カーは「歴史とは、現代の光を過去にあて、過去の光で現代を見ることだ」と答えた。
 ライブドアの一件で世間はかまびすしいが、為政者たちの反省の弁は憤飯ものでしかない。さらにいえば、ライブドアの取締役たちの面々の顔相はオームにオーバーラップした。違法だったからどうこうという問題ではないと私は思っている。
 「金で買えないものはない」という精神そのものからして、いつの世にも出てくる人間のおぞましさを体現したものにすぎない。
 IT世界の先駆者の一人でもある平川克美さんは、堀江某がIT事業の旗手の一人として頭角を表し始めた頃から、「金の話ばかりしている退屈な奴だ」と看破していた。
 いまの時代だけを見ていては、木をみているだけに終わってしまうだろう。

●1月19日

 18日の京都H大での最終授業。このところの連続幼児殺人事件(17年前)の宮崎勤・最高裁死刑判決、ライブドア(堀江某)社の強制家宅捜査、米軍F15の沖縄沖墜落(当然、辺野古基地問題の関連する)、そして佐野眞一『東電OL殺人事件症候群」に続く「本を殺したのは誰か」(新潮文庫)、大澤真幸の『現実の向こう』(春秋社)を乱れ読みしていると、なんだか日本の社会の倫理的な溶解が平成の17年間で随分と進んだのだなあ、としみじみ思ってしまう。
 そしてアメリカからのトラウマは宿命的なのかとさえ思えてくるし、人災の最たるものである戦争が少しずつ身近に寄ってきそうな昨今の大衆・庶民感情をみれば、その濁流に逆に棹さすだけの気概が自らにあるのかと思わず自問してしまう。
 一方、仕事の世界に立ち返れば、「ぬるま湯の蛙になっているのはオマエだろ」という叱咤の声も聞こえてくる。そのままだと退場命令が下るのも当然だ。かくして「貧すれば鈍する」になっちゃいけないと、自らを奮い立たせるのだが、新年あけて20日が過ぎ、春はホントにやってきてくれるだろうか?

●1月15日

 震災11年。昨年と違って今年のメディア、とりわけテレビの報道はやはり少なくなっているようだ。ここ数日は神戸、朝日、日経と購読3紙を読むなかでこれはいい記事だというものをピックアップしていきたい。
 神戸に住んで、3年(中・高時代)+27年(20代後半から)になるが、震災では知己のなかでの死者に遭遇しなかった。
 それはおそらく交流の密度が低く、住んではいるものの、地に足はついていなかったように思える。それでもよそ者にとって住むには心地よい神戸だった。
 震災後はそうもいかなくなった。神戸のメッキが剥げた思いもあり、それでもこの地で新たな出会いが生まれ、新たな交流が生まれ、さまざまな世界の人々とも関わりあうようになり、大きな贈り物をいただいて、今日にいたっている。
 それを大切に、枯れるまでまっとうできればそれでいいと思うようになった。
 この「論々神戸」も、発起人の皆さんが敷いてくれたレールに乗って走り、そのレールがなくなっても、そのまま荒野を走っているような案配だ。いつぬかるみに落ち込むかはわからないが、五感+六感をフルに使い、手探りしながら進んでいきたいと思う。

●1月11日

「えっ、書く人がついに現れたのか!」と感慨深かった。
『安田講堂 1968-1969』(中公新書)というタイトル。痛い想いでしかテレビ映像を直視できなかった私には69年の東大闘争という意味しかないその名前。帯には歌人・道浦母都子の短歌がすっくと刻まれている。

 明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし
                           『無援の抒情』より
 
 当時、安田講堂「本郷学生隊長」、島泰三氏(元東大生/46年生まれ/懲役2年/NGO日本アイアイファンド代表/理学博士)の筆になる37年を経て初めて語られる籠城学生による証言である。以前、佐々淳行の『東大落城』が国家権力の警備警察側からの証言として刊行され(文芸春秋読者賞)、「敵前逃亡の卑怯な東大生」というイメージづけがなされたが、この書における事実指摘によって、その汚名は少なからず濯がれたと言える。
 死ぬ前に書き残しておかなければ学生たちの想念が浮かばれぬという著者の思いが膨大な資料(山本義隆・東大全学共闘会議議長らが収集)を読みとかせた。もちろん本人の手になるアジビラ(手書きのガリ版刷り)もおさめられている。
 闘争後数年経ってからのこと、あらたまって「安田講堂で捕まったことをあんたは後悔しちょるね?」という母の問いに「まったく後悔していない」と答えたら、母上は「それなら、ええ。後悔しちょらんのならそれでええ」、と返されたという。それは明治生まれの母上のプライドでもあったと私には思われる。
 その母上は04年に95歳で亡くなられた。
 本書の評価もまた未来からの照射によってなされることだろう。

●1月5日

 塩野七生『ローマ人の物語13 最後の努力』。
 年末に14巻が発行されたので、大急ぎで残りを読み終えた。
 冒頭に今でも通用するカエサルの言葉が掲げられている。

「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それが始められた当時にまで遡れば、善き意思から発していたのであった」ユリウス・カエサル

 基督教徒から大帝と称賛される皇帝コンスタンティヌスは、ローマ帝国を守るために基督教を公認し、あまつさえ保護し、基督教で国を治めようとした。
 しかしこれが、「ローマ帝国」を「ローマらしからぬ」帝国に成り下げ、暗黒の中世を招くようになるとは、彼を始め、ローマ人も思いもよらぬことだったようだ。彼の治世から「中世」が始まったと塩野は断定している。
 コンスタンティヌスの後に皇帝となるユリアヌスについては、もう30年も前、辻邦雄の大著『背教者ユリアヌス』を読んだときにはいまいちピンと来なかったのだが、なぜ背教者とならざるをえなかったのか、その新しい塩野解釈が14巻には書かれていそうで、愉しみである。

ところで、政策シンクタンクの構想日本の加藤秀樹代表は、年頭の挨拶で、
 1 自民党の秩序が様変わりし「政治」の世界が動きやすくなった
 2 国・地方ともお金がない
 3 未熟なままなおグローバル化、市場化の弊害が目立つ
との見解を示し、これからの5年〜10年が実質的な変化のある時代だ、と見ている。

 ということで、いよいよ借り物の思想ではなく、自分のからだとあたまで考えることを怠けちゃいけない、と自戒するばかり。

●2006年 
●1月3日

 昨日、今年の走り始め。約45分、ポートアイランド内の南公園と2期の医療産業関連企業周囲を走った。午後2時過ぎだったのだが、天候が悪いわけでもないのに公園に子どもの遊ぶ姿はない。数年前まではまだちらほら見かけていた凧上げ風景なぞ、ついぞみかけなかった。昨今の子どもを取り巻く情勢の反映か。 
 それに限らず、お正月らしい雰囲気がどんどん薄くなっていく。

●12月24日

 22日に夕刊から、日本の人口が自然減になったことが大大的に報じられた。わかっていた日が早くやってきた、というわけだ。そこで少子化対策が声高に叫ばれている。
 でも、しょうがないじゃないか。
 普通に産むのが当たり前という感覚をよってたかってないがしろにし、個人の欲望を第一義にするような社会をつくってきたのは、どこのどなたでしたっけ。
 竹中大臣なんて「30年前からわかっていたことだ」とほざいているけれど、経済縮小前提の社会をつくってこなかったのはあんたたちだろうが。

 私しゃ、皆が心配する年金問題なんて関心ありませんので、お後はよろしいようで。

●12月19日

 テレビの報道を聞いただけだが、あえて顰蹙を買うのを承知で言うが、5つの先天性難病(あるいは5つの臓器を同時に移植?)をかかえた日本人幼児がアメリカで臓器移植手術。自費、募金等すべてなど、費用が1億5000万円。成功したという。
 すばらしい医学の技術だと賞賛したいところだが、この金額でアフリカなどの貧困にあえぐ子どもたちのどれだけが救えるのだろうか?
 
 ユニセフの募金のときに教えられる。あなたの募金3000円で、どれだけの薬・ワクチンが賄えるかを。
 いかにもひとのいのちは等価ではないことを象徴する現代ではある。

●12月14日

今日は件の姉歯氏たちの証人喚問が行われた。見て聞いていたわけではないが、なんとも憂鬱だ。一級の技術資格者や経営才覚に秀でたアイデアマンたちが起こした耐震構造計算書偽造。プロジェクトXで取り上げられた技術者たちとは対照的だと思われるだろうが、技術者魂がじわじわと蝕まれていった様を見るにつけ、「経世済民」であったはずの経済がいつのまにか「傾城罪民keisei zaimin」のお片棒をかつぐようになってしまった。つまり、民が民を滅ぼすようになってきたということだ。
 ジェイコム株におけるハゲタカファンドならぬ、ハイエナファンド。ぬれ手に粟を決め込んだ外資系証券会社は、今になって、みずほ証券に現金で返済するそうである。
 生き馬の眼を抜くような拝金社会に耐えられない多くの人々がいるにもかかわらず、世界はそんなことおかまいなしに、24時間、売った勝ったの繰り返しで産業活性化をうそぶいている

●12月11日

 3週連続で女児殺害事件が報じられる。大人が子どものままで、子どもが大人っぽくなる。学校現場の先生に聞くと、やはり、最小単位の共同体である家族、家庭がどこかおかしくなってきているようだ。
 地元の港島小学校にも、ついに鉄製の門扉が登場し、高さ2mばかりの金網フェンスで囲われてしまった。保護者からの要望だと校長は新聞の取材に答えている。もちろん、大阪の池田小学校事件の後に、校庭周辺の立派な木々は、ばっさり切られてしまっている。見通しだけがよくなって、緑は減った。
 四半世紀前の創立以来、地域に開かれた小学校だった。卒業生、及びその保護者は、さぞかし残念に思っていることだろう。
 いくら防犯対策を講じても対症療法には限界があり、精神を病むにいたらせる技術優先主義、効率第一主義にブレーキをかけない限り、犯罪予備軍の増殖を防ぎようがないぶん、囲えば囲うだけ犯罪は拡散するだけだろう。
 いのちの復権、家族の復権、身近な共同体の再構築に、じわじわと取り組んでいくしかない、と思われる。

●12月2日

特別指定の番組やスポーツ実況、ニュース、ドキュメンタリー以外、いわゆるテレビを見ることが徐々に少なくなってきた。とくにバラエティ番組とか民放の現代風ドラマとか。
 そんな折、今朝もラジオで武田鉄矢が言っていたが(キー局は文化放送)、いわゆる”coming out”のこと。今年、流行語になったそうだが、やたら告白をすることが目立つらしい。
 でも、そうして「実は 私……」がまたたくまに消費され、誰もが知るようになり、人格をたたき売るようになって、みずからをお安くしてしまう

 なぜ、江戸時代小説におじさんが魅かれるのか?
 失われてしまった文明のなかに、時代を超越して残しておきたい人倫の姿があるからだ、と私は思う。

●11月27日

 思う所あって10年前に刊行された『男学 女学』(養老孟司&長谷川眞理子 読売新聞社 1995)を再読した。
 やはり、動物としては女性のほうが完成品といっていいんだよな。男がいくらがんばったところで、「いのち」には外部からしか関われないだから。
 そrにしてもこの10年っていったいなんだったんだろう。ちっともフェミニズムは深化しなかったし、あくまでも男女共同参画を旗印にして、女が男と同様に権力的になっていくことが多かったように見受けられる。
 そして、通常の生活において、どうみても男権主義者には見えない良質の男がいたとしても、その瑕瑾をとりたてられて、「彼だって根深いところでは男性の優位社会での既得権益に乗っかっているのよ」と言われてしまう。
 攻撃されたほうは、やはり萎えてしまいますよね。
 先鋭であればあるほど、理性的であればあるほど、刃は味方にも振り下ろされ、真の倒さなければならない敵を見失ってしまう。まこと、新の敵はいずこにおわすや?

●11月23日

 志村ふくみの『語りかける花』(人文書院 1992)に圧倒されている。作家でもないのに、こんなにも日本語を情感豊かに書ける女性がいる。近江から京都の風景のなかから立ち上ってきた染織の作家は、ただ個人として屹立してるのではなく、打ち続いてきた血統のなかで生かされているという内なる自然を織り込んでいる。花の知らない一面や、植物の色の出自について、あまりにも我々は知らなさ過ぎる。
 すでに日本人であることを放棄したのではないか、と思われる有象無象の事件が立て続けに報じられる昨今、彼女のような存在が重しを持っている間は、まだ手遅れではないはずだ。

●11月17日

 
前回のつぶやき、「アメリカの日本改造計画」。少しずつメディアの話題になってきたようだ。朝のワイドショウ「モーニング」でも取り上げられていた。アメリカのSubmission(要望、要求)が3年遅れで実現している、と。なぜ3年か、行政手続きだとそれぐらいが妥当なんだそうである。ジャーナリストのコメントとともに、郵政法案に反対し続け、自民党を除名された平沼赳夫・衆院議員も登場した。10年以上も前からアメリカは郵政民営化を求めていたのだから(もっとも小泉、竹中両氏は「もっと前からの持論だ」と言うが)。
 今回の日米首脳会談も、同盟強化。日米安全保障条約は軍事同盟ではないにもかかわらず、いつのまにか「同盟」という言葉が抵抗なく使われるようになった。まさしく「気分は同盟」なのであろう。まさに一蓮托生。いつのまにか第51番目の州としての骨格を持つようになるのだろうか。
 地球温暖化のせいか、アラスカの凍土が均一ではなく部分的にとけていくという現実もどんどん進行している。凍土の上に建設された住居が傾き、道路が波打つ。これを告げるアラスカ大の科学者の沈痛な表情が印象的だった。
 アラスカに代わる人間の住める州として今のうちに日本を馴らしておかなければという深謀遠慮もあるのか、な?
 まさかね。

●11月11日

『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』関岡英之(文春新書)を読む。昨年4月の刊行ですでに12刷。きっと話題になっていたのだろうが、私は知らなかった。しかし、この本がもっと注目されていれば、小泉郵政民営化はあれほどストレートに国民に浸透することはなかっただろう。
 実は郵政民営化もアメリカの意向、建築基準法の改正(大震災を契機に改悪したといってよい)、商法の大改正(なにが国際基準だ!)、公正取引委員会の規制強化(指名競争入札制度の摘発)、弁護士の自由化、司法改革、そして、医療改革に健康保険改革にいたっても、アメリカの公文書『年次改革要望書』や『外国貿易報告書』に記されている要望の筋書きどおり、という有り様なのである。
 そうか、やはり30年以上のスパンで事象をみて考えなければと思い知った。「改革三昧のええじゃないか」で、日本は根こそぎアメリカ的社会に変えさせられていく。外圧が日本の国民のためになる、消費者のためになると聞かされて。
 思わず、外資(アメリカの企業利益)にしゃぶりつくされるよりも、利益誘導であっても、日本的談合っていいじゃない! と、毒づきたくなるほどだ。さらには、マスメディアの永田町の記者達よ、お前達は一体何を書いてきたのか、と!
 これは凡百の陰謀史観に類する書ではない。じわじわと忍び寄る恐怖の実態である。

●11月6日

神戸市の第三セクターの会社(神戸ニュータウン開発センター 資本金8億5000万円)の女子従業員が現職の矢田市長の選挙事務所に上司の要請(正確に言えば、専務の要請を受けた労働組合の要請)で支援に出かけていたというお粗末なニュース。しかも、お茶汲みなど、選挙事務所で接遇担当。
 http://www.mainichi-msn.co.jp/kansai/news/20051104ddf001010008000c.html
(ああ、疲れた!)
 わびしいなあ。いくら後から社員が自発的だといいつくろってみても、ボランティア経験のある人ならわかると思うけど、ボランティアなら、出勤という認識とは違うでしょう。
 市民が支えてくれるのなら、なにも組織に頼らなくてもいいでしょうに。太っ腹でないというか、ふところが浅いというか、さむい話です。
 なんだかお手盛り神戸市政(行政・労組一体)の象徴のような話です。これで本気で財政改革・行政改革に取り組めるのでしょうか? 
 神戸市最大の社員をかかえる会社(? なんだか過疎の町の役場みたい)ですから、さぞかし所得税や市県民税も一番多く納めてくれるんでしょうねえ? だとしたら、株主や関連会社も多いことだし、現職(社長)は、絶対に倒産(落選)させるわけにいかんのでしょう。しがらみ、そのものですね。

●10月30日

 日米の同盟路線が強化されていくようである。「子分」から少し格上げになったのかどうか? どんどん日本の小泉政権を持ち上げ肩入れして、効率のよい国際戦略をあみ出すのが得意のアメリカだから、人員削減・縮小のアメと一層のハイテク近代化と併合移転のムチ(基地のある地元)を抱き合わせて日本に迫る。ホントは嫌米の小泉首相(靖国に象徴される、いわゆる明治以降の誇り高き日本人の伝統賛美)も政府関係だけなら親米で、アメリカ主導の国際協調は行うものの、アジアやEUは外交関係のバランスにおいてはあくまでも軽い。
 おまけに、自民党は党是である憲法の「改憲草案」を出してきた。地ならしは徐行で始まっていく。戦後60年という月日の流れは、歴史を知らない、学ぼうとしない者どもによって、いかようにも、自己肯定されていく。
「どうして中国や韓国に頭さげなきゃいけないのよ!」「日本っていいじゃん」。不機嫌な顔をした大衆の鬱屈がまたぞろ、擡げてくるのか、反米であろうが、親米であろうが、今まで通りイデオロギッシュな見解を持っていれば、断言できていいけれど、クリアな見解を持てない者にとっては、主張が理解されにくく、生きづらい時代になっていくのだろうか。

●10月23日

 このところ市民社会について学ぶ機会が重なって、近代国民国家における市民社会がすでに実現しているであろう「先進国」と、そうではない社会では、事情が異なっているのはもちろん、それが通用しない概念ではないか、という疑念がついて離れなくなってきた。
 ニューオーリンズやパキスタンで自然が猛威をふるい、人間の技術的進歩を上回るダメージが与えられた社会において、理性(数量化による脱呪術性で啓蒙する)と自然(感情や本能を抑圧)との悪魔的融合が、人間をコントロール不可能にさせ、略奪や暴行を横行させてしまうという現実が立て続けに起こっている。
 そこに経済合理的な市場社会ではあっても、実は市民社会ではなかったのではないか、という疑念だ。市民社会は「他者をその他者性において相互に承認する」という対話的な調整能力があってこそ、そう言えるのではないだろうか。
 世界一の民主主義を体現し、そのシステムを全世界へ広めようとおせっかいにも武器をたずさえて進軍する一部のアメリカのお膝元で、成熟した市民社会が実現していなかったのかもしれない。
 被害者の方々には大変申し訳ないのだが、被害が膨大な数量にのぼるにもかかわらず、かくいう私もどこかに、ブッシュが代表するアメリカの凋落をひそかに「ザマーミロ!」と冷笑する気分がないとはいえないことだけは記しておきたい。アメリカに対するバイアスは、いつも愛憎をからめてかかっていることだけは言っておきたい。

●10月20日

神戸新聞の10月10日付けで、客員論説員で評論家の内橋克人氏が、総選挙の民意について一考を寄せている。
 政権与党の小選挙区得票率49%、比例区で51%、与党の獲得票数3350万票、非与党は3450万票、という事実をつきつけている。
 ただ、自民党離党派の票は郵政改革をのぞけば、与党といってよいので、その勘定を含めば、そのまま受け取る訳にはいかないにしても、決して大勝ではなかったのは確かだ。
 彼はこう結んでいる。
 ……権力、権威、権限を持つ側の利害を体現しつつ、「頂点」降りてくる言説を「権論」と呼び、逆に草の根から湧き出る変革の思潮を「民論」と呼んできた。もっとも重大なテーマを問う「民論」に対して、「今さら」などと一顧だにしない、そのような「権論」の側にジャーナリズムが立っていいはずがない。……
 「この選挙制度システムこそが悪い」というのが「重大なテーマ」とされるのだが、仮に野党側が政権をとったとしたら、私の考えもそのときは「権論」に組されるのだろうか? 
 私は2大政党制による権力交代を望んだため、当時、この選挙制度の変革(小選挙区制)を支持した。政権交代が遠ざかった今も変わりはない。
 ジャーナリズムが常にいかなる権力であれ、全体として権力側に対するチェック機関でなければならないのは、大前提だろう。その力が萎えているように見えることを憂うのは私だけではあるまい。

●10月5日

H大学の学生たち、総選挙で初めて投票したという声が多かった。統計通り、投票率上げに寄与したのである。投票先を書いた学生は自民、民主しかなかったが、参考になったのは、やはりテレビの影響だったようだ。なにせ、新聞、雑誌を読まない学生が過半を占めるのだから。
 テレビCMについても、小泉首相のものが印象に残り、岡田党首のそれは散漫に見えた、という。戦術の成功、失敗、いずれにしても、テレビCMのこわさをあらためて思い知ったことだろう。
 ささやかなメディア・リテラシーについての話が、少しでも冷静で、批評的に見られるようになってくれればうれしいのだが。

●9月30日

ようやく神戸市長選挙の面子がそろったようですが、ずいぶん遅かったわね。前回は、なぜか「どう考えても市長には似つかわしくない、俺が俺が」の人が出過ぎてしまって、市民良識を疑うものではありました。

 静かな静かな前哨戦があったようだが、現職と共産・新社会・市民運動グループ推薦と市民無党派市会議員の三すくみ。とはいっても、なんでも1700余の団体の推薦を受けた現職(自民、民主、公明、社民、経済界など諸々の推薦)がでかすぎて、スタート地点が違い過ぎる。
 私は前回、木村史暁(元・日銀神戸支店長)という候補者だったからこそ、支援に積極的に関与したのにくらべ、今回はきわめてクールになってしまうのは、ここ一番ギリギリの「空港中止」大勝負は前回であって、今回はもう、アジェンダ消化の様相にしかみえないことだ。
 できてしまうものはできてしまう。そのツケ(いつか市税にはねかえる)を払う覚悟は大方の市民はしているはずだ、と私は思う。
 では、今回、争点がどこにあるのか。
 誰がやっても財政は危機的状況、にもかかわらず現職は「信任」を求めるという。いったい、財政悪化の責任は誰がとるというのか? 歴代役所が培ってきたからこそ、膨大な借金となった、ならば当然、首長の責任は重大。大鉈をふるうべきところには手をつけず、「保育所民営化」による節約程度お茶をにごし、それでも物議を醸すところが、神戸市最大の会社「市役所」の市役所たるゆえんか。
 ちなみにお隣の大阪は、市民の怒りが爆発するどころか、市民も同じ体質をもっているもんだから、もうテンヤワンヤ。

 現職は「みんなが推してくれるからやる」、共産・新社会系は「空港即時中止、市民病院移転阻止」を、そして市民派野党系は「官から民へ。小さな役所へ」と、何だか国政(自民・公明VS民主、社民・新社会、共産)の場とは似て非なる構図になって、特殊神戸事情での選挙戦になりそう。
 投票日は10月23日だったかな? 勝ち負けよりも、投票獲得率がどの程度になるのか、大差が接戦になるのか、候補者の資質をみきわめたうえで投票する、そのくらいの関心で、この秋は推移しそうだ。

●9月21日

 つい先日の日経新聞に、「ES細胞から膵臓組織 東大の浅島教授ら 糖尿病治療に道」という科学記事が掲載された。マウスの胚性幹細胞(ES細胞)から膵臓組織をつくりだすことに成功したというのだ。インシュリンを分泌する膵臓を外部で作り、それを移植する再生医療なのだが、糖尿病患者の期待が高まるのも当然だろう。なにせ、インシュリンの直接投与(注射)かインシュリンの働きを高める薬の服用しか手がなく、病気の根治はないというのが定説だからだ。
 膵臓はとても壊れやすい臓器で、臓器移植にしてもドナーが極端に限られ、非現実的だから、外部からの移植であれば、例え高額な治療ではあっても、多くの患者が手をあげることだろう。
 しかし、糖尿病は、生活習慣病であり、飽食の時代を象徴する病気でもある。再生医療が可能になれば、贅沢な食事のできる階層が、先端医療を早く治療してもらうことができるわけで、「膵臓が弱くなれば変えればいいじゃん」ということになりはしないかと憂慮したくなる。再生は言ってみれば多くのクローン膵臓をつくりだすわけだから、ますます人間の臓器は部品交換のイメージに塗りつぶされていきそうだ。
 どんどんやせていく1型糖尿病らしい私は、いま、薬で踏み止まっているようだが、再生医療にすがるようにはなりたくないものである。それなら、糖尿病とつきあっていくほうが、まだ人間的というものだ。

●9月19日

 得票率でいえば数%の負けなのに、選挙制度のせいもあって大敗した民主党の代表が決まった。わずか2票の差であったが前原誠司氏。コイズミ一色の自民党と違ってつばぜり合いの結果ゆえ、今後の一致団結に不安が残るが、おおむね、新たな顔での出発ということで、メディアのほうも肯定的に「見守る」という評価のようだ。
 でも、小さな政府、改革へのスピードアップと行政システムの効率化という点では、同じ方向性での競い合いということになりそうで、なんだか、妙。ここは、中ぐらいの政府、霞ヶ関既得権益・特殊法人の解体、米国からの距離置き・アジア重視の外交、在日外国人の暮らし環境整備、文化・スポーツ重点施策などを指向していただきたいのだが、なにせ巨大与党の出方次第ゆえ、どのようになるのや見当もつかない。
 ただ、憲法改悪については、近々の課題にはしないようなので、日本のアイデンティティを言うならば、「九条があるから日本」であることを忘れてはなるまい。猛々しい国になったところで、日本はアメリカを除いて、どこからも重視されないようでは話にならないのでありまする。アジア、オセアニアとの協調こそ、日本の生きる道だと私は思うのですが、いかに。

●9月15日

 敬老の日が近い。先だって、100歳以上の女性が全国で2万人を越えたと言うニュースがかけめぐった。もちろん喜ばしく、微笑ましいニュースとして。
 だが、考えてもみてほしい。そのうち、どれだけの女性がいわゆる「元気」で「自立生活」ができているのかを。たしかに長寿はよろこばしいことなのだろうが、失礼を承知で言わしていただければ、「無理矢理生かされている」ことはないのだろうか?
 人のいのちがおのずと消えて行くもの、自然死であるはずのものが、医科学の発達が未熟な時代から、急速に進展したことによって延命されていることは明らかだ。これが尊厳死問題に関わるのは明らかで、各国、各民族の「死生観」も合わせて、まだまだ議論が残っているところ。

 例えば、今日発行の『出版ダイジェスト』(みすず書房発行)には、現代において急増していると言われる「うつ病」(鬱という字を使わなくなったのが“いま”っぽい)について、その抗うつ薬の副作用がうつ病患者の自殺衝動を強めるというショッキングな薬害と、その背景にある精神薬理業界(抗うつ薬SSRI類の市場は年数兆円)の構造的病弊に焦点をあてた書物が紹介されている。

『抗うつ薬の功罪 SSRI論争と訴訟』(デイヴィッド・ヒーリー著 みすず書房)によれば、この薬の副作用のリスクは、本来軽減できるにもかかわらず、それを証明できる第三者機関がないために、ごく一部の資本力のある覇者だけが、臨床試験や市場に関与でき、その薬の生殺与奪権を持つというデファクトが明らかにされてしまったのである。そうなる理由は、企業の利益をもたらす力よりも、未来の人間の生物学的発展を願う力の方が大きい、という寒気のする世界なのだ、という。

 果てしない人間の欲望が、人間を生かし、人間を殺す。
「ほどほど」は、「停滞」「怠慢」とされてしまう世の中になってしまった。

●9月12日

 9.11は日本にとっても歴史的な記憶に残る日となりそうだ。
 911の元祖、アメリカにとってはもちろんのこと、ブッシュの盟友、というか忠実な僕というか、小泉政権が大きな権力基盤を手に入れたということで、後の歴史的審判はどのように判定するだろうか? 
 平成の2.
26事件にならないように祈るばかりである。

 選択したのは国民だ。鬱屈したサラリーマンやデジタル世代の若者が「風」を起こした。これから何が起ころうが、コイズミの郵政改革を支持したマスコミが「白紙委任したんじゃない」(日経9/12)なんて今さら言っても始まらない。
 権力構造は、権力基盤が「下野」しない限り変化しない。「体制内改革」は、トヨタではないのだが「カイゼン」と言い換えてもいい。体制にノンという奴は弾きとばされるだけだ。
 それをヨシ、とする都市部サラリーマンと政治にわかりやすさを求めるテレビと密着した若者が、エンターテインメントの政治に期待をかけた。
 これから団塊と呼ばれる世代がリタイアしていく時期、コイズミ政権(竹中平蔵、猪瀬直樹などの、小泉後のエピゴーネンも含めて)が何をしでかしていくのか、そしてどのような「改革と言われるカイゼン」を残していくのか、力を持たない「弱者」の我々は、ゴマメのハギシリをするしかない。

●9月4日

 新聞各紙(朝日、日経、神戸)の世論調査によれば、一週間前の段階で、自民党が過半数を制するそうである。とりわけ大都市部で民主党を逆転しそうだという。今までさんざ、既得権にあぐらをかいてきた連中を放逐することによって、権力者、地に落ちるカタルシスを待ち望む、大都市サラリーマン層の鬱屈が、いかにも改革に見える「郵政民営化」で、浄化され、新たなヒーローを待望しているかのようだ。その合い言葉が「生まれ変わった自民党」である。
 そうはなってほしくないが、民主主義というシステムにのっかって、いよいよ独裁者の基盤が固まりそうである。自民党を延命させた張本人が、自民党を自分の色化していく。今回、彼が送り込んだ落下傘候補はほとんどが勝利するというのだから、若き親衛隊(彼らはすべてエリートといってよい。おそらくは、こころやさしき、市井の人々を斟酌する度量等持ち合わせてはいない)が跳梁跋扈するようになる。
 何度でも言うが、「独裁者は人気者の姿をまとって表れる」。

●8月31日

葉月最後の日。
『網野善彦を継ぐ』(中沢新一・赤坂憲雄)と『僕の叔父さん』(中沢新一)を合わせて読む。中沢氏の叔父さんである網野氏は、日本の歴史学者には珍しく、新たな歴史観(中世期の非農民、周縁の民から見た日本)を提示することで、メインストリームの学者たちから孤立した。しかし、その骨太の歴史観は多くの市井の歴史愛好者、民俗学者やインテリ層に受け入れられたことは間違いない。
 日本の古層を無視してのいかなる立論も、日本の一面しかとらえられないし、日本人としてシンプルに括ることもできない。ましてや、西欧風合理主義、アメリカ流プラグマティズムではとらえきれない心性がうごめいているからこそ、日本の天皇制は根をはっているという重さを受け止めなければ、いかなる天皇制廃止論者も結局は大衆に受け入れられなくなり、むしろそのことによって天皇制は永遠に続くようになり、結局はそれに加担しているに過ぎないことに気づかねばならないと思う。
 天皇を象徴としながらも、無化させていくこと、この荒技をこなせる人は、いったいどこにいるのだろうか?

●8月27日

 岩井克人『会社はこれからどうなる』を読む。03年に発行された本だ。当時から話題であったとは思うのだが読んでいなかった。が、今読んでもちっとも古くなく、むしろドライブ感さえ感じる。
 それによれば、先般からなにかと話題をつくっては、マスメディアをひきずりまわすライブドアは本質的に会社の「乗っ取り屋」以外のなにものでもないことがよくわかる。ITベンチャーの旗手でもなんでもない。うさんくささが常につきまといながらも、確実に「カネ」をつかんでいくという、乗っ取り屋の覇道を突き進んでいるだけだ。
 そして今度は小泉の尻馬にのって、広島から亀井静香を葬りさらんと国会議員へと。そう、国会議員から、さらには総理までも「カネで買えないものはない」とばかりに、突進しそうである。

●8月21日

15日。終戦記念日。実は敗戦したことをメモリアルとるなら、ポツダム宣言受諾の8月12日、もしくは9月2日の降伏調印日が妥当ではないかという説が浮上してきた。もっともだと思う。
われらが恥辱の日だというなら、その事実を直視することからしか始まらないだろう。それを天皇の玉音(この字がすごいね!)放送が流れた日でもって、あたかも自動的に戦争が終わったかのようにしてしまうなんて。
あまつさえ、いつのまにか、皇居でうなだれる国民の姿を写した写真を天皇を慕い続ける国民の象徴として、あたかも15日の写真のように流布させてしまった。

『精神の疎密は言葉遣いに表れる。いまの日本は思索がぞんざいに過ぎる』
 白川静(8月19日 日経新聞)

老・中国文学者が語る言葉の逐一が、ちゃんと歴史を読み取りなさいと説諭する。中国が文明の字大に入って以来、3000年以上にわたって、大きな戦争がほとんどない平和な世界が東アジアだった。
にもかかわらず「様々なものを取り入れて消化し、組織しなおす。日本的に完成させるところが日本の文化、伝統」ということがわからない連中が、しきりに自虐史観を言い募り、靖国神社の復権を願い、東アジアの秩序を乱した日本を認めたがらない。

グローバリズムに席巻されて、東アジアの共通の文化基盤として機能していた「漢字」を、いまの中国、韓国、台湾、べトナム、そして日本も大切にしてはいないように見える。近い過去にとらわれすぎると、本質は見えにくくなってしまう。いかにアメリカの楔が打ち込まれようと、東アジアのなかで平和国家に徹するという独自性を強調することこそ、日本が進むべき道なんだと考える。

●8月9日

 何でも衆院解散だそうである。騒がしくなる。一説によると、これで500億円費やすそうである。
「自民党をぶっこわす」という威勢の良さを最後まで失いたくない小泉の賭けなんだろうが、とうに壊れていそうな自民党を4年にわたって延命させてきた張本人が、アメリカ原理主義的、大統領的、ネオコン的、新自由主義的政党をつくってみたいという思いで、わがままを貫いた。財界も竹中大臣の経済性向とよく似ているグローバリズムにのっかる経営者が多いし、そういう意味で宗教原理を根にもつ公明との一連宅生で、後の政権を担当しようというのはわかりやすい。
 彼らの言う「大きな政府ではなく、小さな政府を」というのは、まさしく弱肉強食のアメリカ型ポスト産業資本主義への羨望であり、あたまで金を稼ぐ能力のある連中が「打ち出の小槌」のごとく、いかようにでも金融を支配できる社会につくりかえたいという魂胆であることはみえみえだ。
 セーフティ・ネットはお題目あるいはつけ足しであって、それ以上のものではない。

あ、そうそう、93年の政権交代のときに、小沢一郎への恨みつらみで政権を投げ出して、自社連立政権をつくった社民党(当時、社会党)は、たぶん、この選挙でほぼ消滅するだろう。
 大衆は、胆力のないものを政治の「場」においておくほど、やさしいものではないし、自民党同様、この党もまた賞味期限が切れているのである。

●8月3日

 つい先頃のことになるが、江戸風俗研究家の杉浦日向子さんがなくなった。
私の江戸時代への関心のなかでは、常にさわやかでほっこりした風を送り込んでくれる方だった。数年前には、仕事の企画のなかでとりあげ、取材が実現し、スタッフに行ってもらったこともある。(ホントは自分が行きたかったけれど)
 そのときから、すでに持病持ちっであることをあきらかにされていたが、NHKの江戸コントドラマ『お江戸でござる』での解説を、石川英輔さんにバトンタッチするときには、本格的な闘病生活に入られる準備がされていたようだった。
 希有な江戸の語り部だった。
 跡形も無く消えてしまった現代の東京の上に、今見てきたことのように江戸の人々の暮らしの幻を語ることにおいて、彼女ほど気負いもなく、てらいもなくすっと入って行ける人はいなかったように思う。
 あの世で江戸に遊んでらっしゃる姿を想いながら、冥福をお祈りする。

●7月29日

 戦後60年関連の企画ものが目につく。保阪正康『あの戦争は何だったのか?』(新潮新書)もその一つ。
 この本で実は、ということがあった。
 あの戦争にひきずりこんだのは陸軍が中心だと思っていたが、どうも海軍の官僚だったようである。「石油備蓄」にまつわる嘘のデータで、陸軍を説得し、早く開戦したかったのだ。
 そして、さらに確実になったのは、二、二六事件以降、「テロの恐怖」が政治当局者に恐怖感を植え付け、冷静な判断がくだせなくなっていったことだった。青年将校の正義の思惑が、かれらの至誠とは裏腹に国民を塗炭の苦しみに追いやってしまったのだから。
 さらに、この事件以降、敗戦時の決定まで、昭和天皇は自分の意見を言わなくなってしまう。だから、東條英機(首相・陸軍大臣、A級戦犯)はいつしか自分が天皇の意志を代弁しているものと信じてしまう。このことの意味は大きい。
 もう一つ、終戦記念日という言葉をやめて、敗戦記念日ということ。そして、その日はポツダム宣言受諾(無条件降伏)の8月14日、もしくは9月2日の降伏文書調印式が妥当だということだ。
 歴史の検証とは、国民の情に委ねるのではなく、勝ちは勝ち、負けは負け、そういうこと、なのだと思う。

●7月26日

 作家・池澤夏樹さんのメールマガジン7月25日号(異国の客 038
http://www.impala.jp/ikoku/ にはつぎのようなことが書かれている。
 
緯度と夜、EU憲法、フロランスとフセインの帰還 その3

 ……
 印象的だったのは、フランスのメディアがフロランスとフセインの2人の名を平等に扱ったことだ。
 主役はもちろんフランス人でフランスの有力紙の女性記者であるフロランス・オブナである。それは誰もが承知している。
 フセイン・ハヌーンはイラク人であり、彼女の助手だ。
 しかしリベラシオン紙はじめ支援に携わったメディアはすべての場所で2人の名前と写真を同じサイズで並べた。
 これはまずフェアな印象を与え、絵柄として強く訴え、非常に効果的だった。
 解放されてからの写真で見ると、不謹慎かもしれないけれど、フセインもフロランスと同じく実にいい顔をしているのだ。

 2003年11月29日にイラクで奥克彦大使と井ノ上正盛一等書記官が殺された。
 その時に一緒に犠牲になったイラク人の運転手の名をあなたは覚えているか? 
 ジョルジース・スレイマーン・ズラという名を、彼の人柄を、日本のメディアはどれだけ報道しただろう。(05/6/25)
 ………
フランス人のメディア関係者が中心に必死になって、世論や政府を促して、誘拐されたジャーナリストとその助手の救援を行った結果、2人とも無事釈放された話のことだ。

迂闊にも知らなかったのだが、日本の自称ジャーナリストたちの近視眼がここに端的に現れている。所詮、運転手は運転手、イラク人はイラク人、無意識のうちに、内側の人間と外側の人間というふうに、同じ人間として扱うことをしない習い性がしみついている。実にさみしい。

●7月24日

東京で震度5強の地震。怪我人は少なかったものの鉄道機関はしばらく動かず、また高層ビルなどエレベーターの停止などで、数時間閉じ込められた人々が約50件あったという。
電車はなかなか再開せず。乗客の不満は駅員へ。想像できることだが、震度5強でこれだけの騒ぎになる東京だ。
首都以外ではそれほど散見できない高層ビルが林立するが、私の感覚からすれば、高層ビルの住まいする人々の感覚が理解できない。地面から高ければ高いほど価格を高いので、裕福層しか住めないわけだが、地震に耐えうる設計だとしても、予想される東海・関東大地震の到来による地獄絵図を思えば、とても理解できない。高度消費社会にあっては、顧客のニーズ、ウォンツの寄り添ったサービスが提供できる企業が勝ち残るとされる。従って、高いところへ住みたい顧客ががいるかぎり、住宅の供給は続けられる。東京であればなおさらのことだ。
東京へ行くたびに、「いま、地震が起きるかもしれない」という思いがよぎる。渋谷・青山通りだとどこへ逃げる? とか。一方で、神戸に居るときはそうでもなくなってきた。
次に起こるのは南海よりも先に関東・東海という理由の無い感覚。
さて、東京の皆さん、どこまで地震のこと、心配しているのでしょうか?

●7月19日

人口4500人の町と3500人の隣町が合併する。両町の境は海岸から山が競り上がり、山越えは困難をきわめる。気軽に行き来できるわけではなかった。したがって、一つの町という感覚は育たないで、戦後50年頃までやってきたし、やってこれた。
ところが、少子による人口減と高齢化の進行で、とてもじゃないが財政がもたない。めざすところは合併だ。お互い由緒ある町名が消えてしまう。なんでも市になるのなら、旧町名は○○市△△町というかたちで残せるのだが、町では残せない法律になっているらしい。
補助金頼みの財政ではダメだという方向性のもと、行政はスリム化をめざし、補助金をカットする。そのせいで、なんでも縮小傾向に走ってしまう。全国的なイベントであっても、予算をいったん白紙に戻しての検討となる、さすれば、足の引っ張り合いがどうしても起こってしまう。同じ町民だという意識を育てるのはきわめてむずかしい。
しかも、例え合併したとしても、9000人程度の町では、隣接する市とさらなる合併をしないとやっていけないという予測がすでに成り立っている。
独自色云々レベル以前の話だ。
町の幹部たちの懊悩は深い。都市ではないだけに、一挙手一投足があらぬ憶測を呼んでしまう。

血で血を争うところも散見できる平成の大合併、はたして、総体的にプラスかマイナスか、これも後の歴史が判断してくれることだろう。
ただ、はっきり言えることは、地名というものは役所レベルで考えるほど、簡単にすげ替えられるものではない、という歴史認識を持つべきだ、ということだ。
まさに、効率化を大義名分に自分たちだけの感覚で判断してはならないのである。

●7月12日

 どんな世論調査をみても、日・中の好感度は失せている。向こうが「反日」なら、こちらは「堪忍袋の尾が切れた」というばかりの反感が瀰漫している。「ふむふむ、相手の言うことも一理あるわな」という、「一旦停止して、よ〜く考えてみよう」ムードは少数派のようだ。
 中国に流れるエートスに「中華思想」がある。「天」という概念のもと、我々の文化が最高で、支配する地域が世界の中心であり、周辺に異民族(南蛮、北夷、西戎、東夷)を配する、という考えだが、その中心を侵略したのは、まぎれもなく戦前の日本であった。その自尊心(プライド)をずたずたにふみにじられた思いが60年ごときで消えるとお思いか? まして、72年に日中友好条約締結の際、「大人の態度」をとって国家賠償請求をとりさげたのは周恩来(元首相)であることをお忘れか
 だとすれば、その思いをしっかととらえたうえで、正々堂々と渡り合えばよい。いまや、中国人は人非人のごとくの俗説がマスメディアを通して垂れ流され、異常なまでの嫌中感情が育てられようとしている。
 古来、中国は日本にとってありがたい「知」の宝庫であった。例え、臣下とみなされようとも、表向きに朝貢することで面従腹背で、うまく外交的にはぐらかせてきたのである。
 近代以降、共産党政権下にあっても、相変わらず中国は大国である。アメリカもそうだ。しかし、日本はそうではない。われらの生きる道は、ほどほどの国として、その外交シフトを少しずつ、アメリカから中国へと移す地気に近づいているようだ。

●7月2日

 先日の朝日新聞夕刊に、鈴木邦男(一水会)のエッセイが載っていた。60年代後半には頭角を現した年期の入った理論右翼である。
 主旨は、今回の今上天皇・皇后の慰霊地訪問の意味と、天皇家がそれを支持する取り巻きによってもみくちゃにされ、文化としての天皇家が静かなる暮らしを奪われ、「おいたわしい」と嘆いている、といったふうに受け止めた。
 鈴木が「朝日ジャーナル」がなくなってからというもの、いわゆる「左翼系」のメディアに登場していたかどうかは知らないが、すでに、斯界では彼の影響力も失われているのだろうか、いわば消え行く理論右翼、要するにお金の損得で動かない、任侠の世界にも通じた右翼のじり貧状況、の象徴なのかもしれない。
 明治維新からは150年、70年に三島由紀夫が自害してから35年、戦後60年を迎えた今年、近代化と富国強兵の象徴として機関としてもてあそばれた天皇家の行く末は、女性天皇が現出したとしても、決して明るいとは思えない。
 それを防ぐには、京都にお戻りあそばして、ときの政治権力と遠く離れ、神仏混淆の宗教的行事を中心に、まさしく象徴として屹立するほかないだろうと推察する。

●6月26日

 今年は終戦60年。戦没者慰霊に関するニュースが伝わる。
 小泉「靖国」国益低下問題の対極に、天皇・皇后による慰霊地訪問がある。天皇制の是非はともかく、どちらが近隣諸国へのストレス負荷がすくないのかは明白だが、靖国神社は、決してすべての戦没者を祀っているわけではない。戊辰戦争、西南戦争の敗軍の死者は祀られていない。誰もが知っている西郷隆盛もそうだ。「賊軍」の死者の霊魂は、身体とともに放りっぱなしにされた。だとしたら、鎮魂にもなにもなっていない。ときの権力者によって、都合のいいように戦没者は祀られている。
 私には、直接「靖国」に関わる身内がいないが、いたとしても。いまの「靖国」には参る必然性がない。すべての戦没者に対する鎮魂でない限り。

●6月19日

 県知事選挙が始まっている。が、静かなものだ。それもしかたあるまい。現職が決定的にダメだ、というものがクローズアップされない限り、二期8年やらせてみたら、というのが大方の思いだろう。
 これは管理職や組織を運営しているとわかることだが、一期2年、もしくは4年、というのは長いようで短い。とりわけ、反対勢力として乗り込んでいった場合、前職の色合いを薄めるのに一年、二年目に独自色の予算設定、三年目にようやく事業としてとりかかり、四年目には次の選挙の準備、という短い四年になる。しかも、首長とはいえ、歯向かう官僚と議会との関係のバランスに立って、リーダーシップを発揮しなければならない。それに比べれば、後継現職の場合は、ラクだ。粛々とみなさんの総意のもと(多数派民主主義)という大義名分でコトを進めることができる。
 県という行政単位の存在感がないという向きもあろうが、兵庫県という多彩な地域をかかえる単位にとって、もっともつらいのは、効率的な集中投資がむずかしいことだろう。どこかアンバランスになる。
 兵庫県をくまなく廻ればまさに「日本の縮図」。アクセスはラクになったというものの「兵庫県人」ひとくくりというわけにはいかないのだ。
 さて、7月3日、投票率はいかに?

●6月6日

 三木成夫の『胎児の世界 人間の生命記憶』(1983 中公新書 04年22版)を読んでいたら、胎児のときの音感覚、子宮の羊水に浮かんでいながら聞いているのは、母親の動脈の搏動音、静脈の摩擦音に、心臓の鼓動だと書いてある。それは小川のせせらぎにも似ているし、寄せては返す海の波音にも似ている。波の音、瀬の音にやすらぎを感じるのも道理なのだとあらためて感じ入る。「生命記憶」の重要さに気づくためにも、もっと早くに読むべき本の一つ。さすが養老先生が「スケールの大きな先輩」とオビ推薦するだけのことはあった。
 ちなみに70年代に子宮内での受音が確認されてからというもの、腹壁を通して、胎児は世間の音を聞いているのが常識となったが、さすれば、いまの環境たるや、実に騒がしいものになっているのでは。胎児にご同情申し上げたい。

●5月30日

 少子化社会への対策をさぐる企画が新聞紙上をにぎわしている。でも、問題は、前提が、出産は大変、子どもに手をとられる、といった考え方から、支援策をたてるというものがほとんどである。この社会で「子どもを育てるのは大変!」というメッセージが毎日流れつづけている。それじゃあ、気持ちも萎えるよね。
 策は策として、もっと子どもをもつことの豊かな大いなる意味を伝えない限り、社会が子どもを待ち望むような姿勢を持たない限り、アクセルはきかないだろうし、少子化ならそれはそれでいいじゃないか、という視点も含めながらの建てなおしがこうじられてしかるべきだろう。

●5月22日

 新潟・中越、山古志村。ここには村民が戦前(1933)から戦後(1949)にわたり16年もかけて、自分達だけで922mのトンネル(中山隧道)を手で掘り続けて。完成させたという事実がある。「自分たちの代でできなきゃ、後の世代にも受け継いでもらう」という不屈の精神で、掘ったのである。楽天的というよりも、地に着いた不屈の精神というべきか、ドキュメント映画にもなった。今風の地方分権ならぬ、「地域の自立」を地でいく話だ。
 もう一つ闘牛でも有名だったが、この闘牛、少し変わっていて、およそどちらが勝ちそうだなとなると、互いの牛を引き離して「勝負あった」と判定、最後まで闘わせない。村の牛だけに、日頃見かけることもあるだろう、そしたら負けた牛はつらいよな、という感覚だという。人間も牛も家族同然なんだということがよくわかる話だ。
 1975年、過疎(人口減で4000人に)の村にとっては、闘牛が重荷(持ち出し)になりかけていた。村の再生プランを依頼された民俗学者・宮本常一は、この闘牛こそに村の再生のキーがあると判断、主にのはずの闘牛は、無形文化財として徐々に脚光を浴びることになっていく。
 震災後、中断していたこの闘牛が復活したことが、住民にとっては大きなはげましになっている。
 故・田中角栄発案による中山峠「近代トンネル」は、1998年に完成、「手掘りトンネル」を廃止に追いやり、宮本常一は「前近代」を大事にすることで、現代に繋ぐことを明らかにしてみせた。「手掘りトンネル」を貫く精神も、徐々に広まって行くに違いない。
 まこと、風土を共にする人の力、あなどれないことを思い知ったほうがいい。

●5月11日

 前回、メディアの側から多少は抑制に動きが出てきたようだと触れてみたものの、それでも相変わらず「どぶに落ちた犬を叩いている」。
 いったい、JR西日本の経営状況の改善を称揚していたのは誰だったのか、現在は会長である南谷氏の経営手腕を称え、民営化の旗手としてあちこちのシンポジウムでも発言していたときに、安全第一ではない経営手法について、マスメディアの誰が批判し、指摘していたというのだろう。
 正義の代弁者として語るジャーナリストたちの顔が醜く映っていることを指摘してもせんないことだが、駅という公共空間を占有して、近隣民業を圧迫するかたちで、利益を追求する事業を展開することへの懐疑なくして、さらには、そのような事業を成立させる消費者としての自己利益追求姿勢への反省なくして、社会の公器は、とうとうと責任論を語るべきではないだろう。

●5月1日

 ここにきて、ようやく、JR脱線転覆事故への、我々の共犯認識が、マスメディアのなかでも出てきたようだ。
 とことんコンビニエントな社会、行き過ぎたお客さま第一主義、スピード万能。無意識のうちに、刷り込まれていったロボットのように人間が動く社会。システムが万全で、人間が壊れていく怖さを、もう少し思い知るしかない。
 運転士に起こったわずか数分間の「脳」のうごめきが何なのか、解明できるはずもないことなのかもしれないが、それならばなお、人間が引き起こすことへの戦きもあっていいはずだ。
「バカの壁」は、200万部をこえてもなお、あらゆるところに屹立している。

●4月27日

 24日、鳥取県の片山善博知事の講演を聞いた。もちろん震災経験をふまえたうえでの知事としての発言だが、現場主義を貫く、というのが信条。そして、リアリスト。現実主義者といえばニュアンスが違うように思える、決して状況追随主義ではなく、所与の環境の中で責任を明確にしながら、処断していくというもので、旧自治省出身官僚らしからぬ態度をつらぬいている。
 全国知事会で、被災者支援についての制度提案でも、まさかとは思いつつも、1対46という投票結果になる始末。その後、福井集中豪雨、新潟中越地震と続けば、逆に否決した側が再提案することになり、提案は実現した。
 それでも、個別案件ではあっても普遍的に通用すると思えば、主張を貫く態度は立派というほかない。まさに、ポリティシャンではなく、ステーツマンである。

●4月22日

 新潟中越地震から半年。いまだ約9000名の方々が仮設住宅での生活だ。雪解けが始まれば、その圧力で地滑りの可能性が高く、またしても地形の変動が復旧・復興のさまたげになる。
専門家によれば、「日本は地震群発の時代に入った」という。雪国での被害は、半年にも及ぶ復旧作業の中断がある。都市部の災害、山間部の災害、さらには海岸部の災害と、オールラウンドな災害対策が求められることになり、ますます自然災害による行政経費は増大していく。
本当の復興はこれから始まるといってよい。新潟県は「創造的復旧」というキーワードで語られる。元に戻せないところも多いのなら、いっそ新たな価値を見いだす復旧を、ということらしい。生活基盤の道筋を何で担保できるのか、行政もそうだが、個々人の生き方にも関わるだけに、遠くからだがまなざしをそそいでいきたい。

●4月16日

 ポートアイランド北公園の今時の夕暮れ(春の宵)はなかなか風情がある。
 西方に沈む夕陽に春霞がかかったようで、おだやかなオレンジ色がとても優しく、釣り人が針を垂れ、子どもたちは四つ葉のクローバーさがしに夢中になり、一人分の椅子になるコンクリート杭に座ったカップルが2mほど離れての会話を楽しんでいる。
 かくいう私は、メイ(♀犬)が芝生にゴロゴロと寝そべっている状態をじっと待っている。少し離れたところでは、サックスの練習の音が流れ、時折眼前を水先案内船が相当なスピードで横切っていく。
 こじんまりとした世界のなかに、今生きていることの不定形の幸せが転がっているようだ。

●4月10日
 
 中国の北京でも反日デモ。なんでもこれだけ大規模なものは1972年以来だという。思わず、国交正常化以来のことだって、30年以上の前のことだぜ、と驚く。
 国連安保理の常任理事国入りを目指すことが、よほどの目障りなのか、あるいは、日本が謝罪している、といはいいながら、その謝罪が本心ではないことが見透かされているからか、はたまた中国経済の実質を握られていることへの誇りが許さないことなのか、複合的理由が重なり、さらには、政府も表向きとは違って、市民(私は中国に「市民」と言う概念が馴染んでいるとは思わないが、北京市に住んでいる人という意味で使う)、学生を背後から煽動している可能性もあるのだから、外交カードとして有効なものはとことん使おうとしているのだろう。
 中国の人民には日本政府の明確な顔が見えていない。見えるのは、冷静にと言いつつ、厄介だな、という本音、本当は見下しているのだが、そうは見えないように繕おうとしている顔、ではないか。
 一方、中国政府要人の会見の様子を見ていても、国益だけしか考えていない冷徹な官僚としての顔しか見えてこない、と思うのは私だけだろうか。
市場経済万能時代とはいえ、共産党という第一権力が社会構造の頂点にいて、いかようにも世論操作ができるのだから、そんな相手と丁々発止の四つ相撲がとれるようになってもらわなければいけないのだが、嗚呼。

●4月6日
 
 先月末、スマトラ沖地震がふたたび襲った日、私たちはバリ島にいて、まったく知ることはなかった。芸術村といわれるウブッドの村民にテレビは深く入り込んでいないし、新聞は街の売り子から買わねばならず、インターネットを駆使できるのは、在住の外国人に限られている、というのが実情だ。つまり、世界はあっても、ぼんやりとしたイメージであるのであって、いわば存在しないのと同じこと。外国人はお金をおとしてくれる変わった人々ということになる。
 だから、自己完結する世界に住む人々は、私たちの生活尺度にあわせる必要はない。動き回る我々、動かない彼ら。一生、村を出ることなくてもいい生活、これを幸せ、不幸せと断定することはできない。
 知り合ったミラノ出身のイタリア人女性は、「ファッショナブルであり続けることに疲れたのよ」と、ウブッドで仕事するわけでもなく高等遊民のごとく、過ごしている。わかれるときのあいさつは「次の人生で会おうね!」、だった。

●3月21日

『もう牛を食べても安心か』
  (青山学院大学理工学部教授、分子生物学専攻 福岡伸一著 文春新書)

 この凡庸なタイトルの新書、狂牛病(BSE)なのだが、食と生命、身体をめぐっての科学と哲学とのせめぎあいでもあり、地球環境というバランス生命体への関心喚起にも及んでいる。必読、という意味では、赤線がいっぱいの本になってしまった。
 キーワードは「動的平衡」=変わりつつ一定の状態を保っていること。

「生体を構成している分子はすべて高速に分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。時計仕掛けの部品そのものが更新され続ける。だから、私たちの身体は分子的な実体としては、数カ月前の自分とはまったく別物になっている。環境は私たちの身体を常に通り抜けているのである。その流れの中で。私たちの身体は変わりつつかろうじて一定の状態を保っている。これは脳細胞といえども例外ではない。その意味では私たちのアイデンティティや記憶の実在性とは、自分自身が信じているほど確実なものではない。
 ルドルフ・シェーンハイマー(ユダヤ人科学者、30年代、ナチスから逃れてアメリカで研究活動、41年自殺)は、これを“動的平衡”と読んだ」

 こんなこと、誰も教えてくれなかった。

 ぜひ、読んでいただきたい。
 なぜ、アメリカの要求に応じて、アメリカ産牛肉の輸入を再開してはいけないのか、よくわかる。国産牛肉業界の保護だとか、消費者の漠然たる不安があるから、ではなく、「してはいけないこと」をアメリカの牛肉業界は行っているから、という理由で、日本はアメリカに対して、「最低レベルの全頭検査」を主張するのが当然だ。

 言っちゃ悪いけど、たかが「牛丼」の存在で、原因不明の人類へ対する感染症の予防原則をなおざりにされてはたまらない。飽食の国だからこそ、日本の伝統食でもない「牛丼」に対して、過剰な思い入れはやめていただきたい。
 もともとたくさんの牛肉を食べていたわけでもない私たちの国にとって、必要以上に牛肉を食す必要性はまったくない。

 臓器移植をはじめとして、臓器を代替可能な部品としてしか見ていないのは、近代医学の「傲慢」の一種であることも覚えておこう。
いのちを長らえるために、選ばれた人だけが治療を受けられ(数千万円の費用)、副作用を生じる免疫抑制剤を浴びるほど投与されていく「生」とは、いったいなんなのだろう?
 以前から思っていた、臓器移植への懐疑は、この本によって、私にとっては決定打となった。

 BSE(Bovine Spongiform Encephalopathy 牛海綿状脳症=狂牛病)は、単なる牛の病気ではなく、ヤコブ病(狂牛病のヒト版)にも関係する、人類がしてはいけないことをしてしまったがための、原因不明の感染症で、自然が人間に対して開始したリベンジ、とも言えるのだ。

 もう一つ、消化器官は、内在化した外皮である。これも忘れないでおきたい。
これの意味するところ、おわかりだと思うが、栄養が体内にはいるということは、消化器官からアミノ酸が血液に取り込まれたときにはじめて言えることであり、消化不良とは、そういう意味で「食べた」ことにはならないのである。
皮膚だから消化器官が刺激には弱いのは当然でしょう。すぐには声をあげられず、悲鳴をあげたときにはすでに相当な痛みを受けている、ということなのだ。
 だから、「自然の食べもの」が馴染むのである。

 どこかの国の元首相の言葉ではないが、
 地球のいのちは、「人ひとりよりも重い」、と言っておきたい。

●3月18日
 
 レバレッジド・バイ・アウト(leveraged buy out)ときたか。80年代アメリカで企業買収の手法として定着した手法で、小が大を飲み込む敵対的買収の最たるもの。買収しようとしている企業のキャッシュフローや資産を担保に、必要資金を金融機関等から調達し、株式を買付ける方法だ。少ない資金をてこ(leverage)にして大企業の経営権を取得できる。
 金融デリバティブにせよ、LBOにせよ、ウォール街に生息するアイビーリーグ出身の錬金術師(Master of Business Adminstration取得者)たちは、とことん金が金を生むシステムづくりにご執心。
 その流れをひいたホリエモンは、法にふれないのならなんでもやる人物のようだ。が、だからといって彼をマキャベリスト呼ばわりすることだけはやめていただきたい。マキャベリに失礼である。
 前回も触れていたと思うが、守旧派VS改革派という見方は間違っている、あくまでも「金」がさらなる「金」を生み出すにはエンターテインメント・メディアを掌中に納めるのが近道だとするホリエと、メディアであることよりもエンターテインメントを第一義に考えてきた経営陣との醜い争いだけのこと。
 毎日毎日、盛んにとりあげるほどのことでもないのに、政府にいたってはそそくさと、敵対的買収ができなくなるような会社法案を急ぎ提出するという。まさに泥縄的状況になってきた。みんなあわてふためいている。
 ホリエモンに指示を寄せているのは、50代男性と若い世代だと聞く。問題は改革の名を借りて、規制緩和の合唱で、「人倫」がないがしろにされていく傾向が加速されることだ。これは、「金」にも増して、大切なはず。
 モラル・ハザードの崩れに歯止めがかからない。

●3月13日

 ちょうど住吉駅の近くにでかけたときに、時ならぬ猛烈な吹雪となった。わずか15分程度だろうか、このまま続けばクルマの行き来もままならぬ、と思い出した頃に弱まり、ほどなく雪はやんだ。ボンネットにはうっすらと雪積もり。
 弥生の雪は、試験と重なっていたことを思い出す。
1950年 雪の降る日に生を享ける
1956年 雪国で初めての冬を過ごす
1962年 中学入試準備の冬、雪の神社参り
1965年 高校入試で雪
1968年 大学入試で雪
1969年 日大全共闘・秋田明大議長、雪の渋谷で逮捕 なぜだ?
1972年 浅間山荘事件 観ていられなかった
 以後、1986年まで、雪とは無縁の「生」だった。
 雪は鮮烈だった。だから、今も記憶がつらなっている

●3月9日

 啓蟄も越えた。春はもうそこに来た。富士山の冠雪は、いつ見ても神々しい。行ったことはないけれど、青森の岩木山、関西でいえば伊吹山もそうだと思う。一峰だけが屹立する山はみな思いを寄せる対象となる。
 山形のチェロ弾きはニューヨークで日本を奏で、大阪の絵描きはサンクトペテルブルグで日本を見せる。
 3月8日、一日で分野の違う二人の異才に出会ったが、共通するのは縄文の匂いだった。ただ、モノをつくりたい、という情念だった。

●3月4日
 
 関西方面の方にとっては、あまり馴染みはないかもしれないが、妄言癖のある石原都知事が、東京都立大学をはじめとした都立の大学を統合して「首都大学」をつくり、統合反対教員(主に人文系=フランス文学、ドイツ文学)に踏み絵を課して、辞任する教員がでた、という話は記憶に新しい。
 世界に冠たる大学をめざしている。とりあえず、つくったようだ。そこで、また、妄言が出た。うんざりだが、そうも言っておられない。なにせ、天下御免の都知事である。
 昨年、首都大学の支援団設立総会で、「フランス語は数を数えられない言語で、世界に通用しない、そんなものを研究してるやつらが反対している。笑止千万だ」というような意味のことを話したらしい。(毎日新聞2004年10月20日付)詳しくはhttp://www.tatsuru.comを参照。
 身内の席での発言だから、気分良かったのだろうが、現実認識錯誤もはなはだしい。中国や朝鮮を刺激するのはいつものことだが、フランスまでもやってくれましたか。
 この人には、世界に「日本国」しかないんだろうな。一応、文学作品をつくる作家なのに、ひょっとして、他者(死者)のことなど、考えたこともないのかもしれない、と思ってしまった。
「絶対的人気を誇るうちに、お引き取りを」と言ったところで、聞く耳持つような」人じゃないし。都民は、それでも石原支持なんだろうね。

●2月23日

 なにやら、ホリエモンとフジテレビとの暗闘は長期戦の様相になるようだ。私の苦手な株の話で、専門的知見とやらにはほど遠いので、好き勝手な感想を言わしてもらうと、パイが限られつつある社会での金融資本主義末期症状のような話だと思う。とき、同じくして、西武鉄道、堤義明氏への任意捜査。戦後経済の最盛期を過ぎて、推進者たちの腐臭で、じゅくじゅくと内側から人が壊れていっているようだ。
 筋を通して、カネで企業を支配して、自身の事業を展開していき、それが消費者のためだという大義名分を持って、語られる。
いずれが勝つにしても興味はないが、ライブドア堀江社長、フジテレビ日枝会長、ともども悪相が見えているのに、本人たちはお気付きなのであろうか?

●2月20日

 なにもない日曜日は一年でもほんのわずか。今日はその日。ひさしぶりにゆっくり起きて、一人でブランチ。そして、なぜか去年から始まった選抜大学女子駅伝(30km、5区間)をテレビ観戦。新しいランナー、例えば区間新を出した仏教大や立命館の一年生選手が登場してくるのを、「おおっ」と思いながら見ていた。
 それにしても、静かな午後。窓を閉めていれば、なんの音も聞こえない。
 その後、フランソワーズ・アルディやヴィクター・ラズロを聴きながら、このキーボードをたたいている。この「つぶやき」が終われば保存して、明るいうちにジョグへ行くとしよう。
 このところ、玄侑宗久の『死んだらどうなるの?』、橋本治の『ちゃんと話すための敬語の本』、そして内田樹先生の『先生はえらい』と、10代の読者を想定した新書を読んで、ホントに社会が変わってしまって、どのように「秩序」をバランスよく保つのかがむずかしくなっているのだと痛感する。ほんとうに手にとってほしい人が手にとらない時代、メッセージをつたえるのは、媒介する人(近所のおっさん、おばさん)が必要だ。

●2月17日

 見逃せない発言があったので記す。16日付け神戸新聞朝刊(共同通信の配信だろうが)の記事。寝屋川の教員刺殺事件での緊急保護者集会での発言だ。
 「集会後。ある父親は「ありきたりのものばかり」。別の父親は学校も教職員も一言も謝罪しない。悪いのは犯人だが、管理責任だってある。腹が立つ」と話した。
 まず、この父親たちだ。被害者意識でしかモノを考えていない。犯人の発言だって位相は同じだ。「いじめにあったとき、何もしてくれなかった」。自分オーストラリアよりも、他者に責任を負わせ、罰しようとする。
 先生たちが児童をいち早く避難させて、被害を及ぼさなかったことで、何が批判される? 卒業生が学校に来てくれたら、喜ぶのがフツーの先生だろう。教育委員会や教員たちの不祥事は多々あるものの、今回の先生たちが謝る必要なんてありはしない。

 もう一点。この記者はなぜこんな発言をわざわざとりあげたのか? いつの頃からか、管理責任を問うばかり姿勢が、人間としての健全なつよさを育ててこなかったのだろうが! 世の中どちらを向いても「安全」ばかり、そんなに「安全」がほしいのなら刑務所のような学校をつくればいい。記者も記者なら、デスクもデスクだ。私がデスクなら、こんな原稿、「書き直せ!」。よくある紋切り型でもあり、定型をなぞっているにすぎないからだ。ウンザリ、である。

●2月13日

 夜、NHKのスポーツ番組を見ていると、往年のボクサー・カシアス内藤のことが取り上げられている。作家・沢木耕太郎、写真家・内藤利勝も出てきた。3人で「ボクシングジム」を作ったのだ。
沢木の『一瞬の夏』に描かれたカシアスは、和製クレイ(モハメッド・アリのヤング・ネーム)とも呼ばれ、まだ戦後を濃厚に引きずっていた社会において、重量級(ミドル級)で世界をめざす期待の星だった。
当時、連勝街道をばく進するが、威圧感ではなく、軽いフットワークでクレバーなボクシングをする1950年生まれのハーフ(日・米)の存在は、妙に気になっていた。
しかし、一度、KO負けを喫すると、なぜか、弱々しくなり、ついには、リングから逃げるように遠ざかっていってしまったのだ。そんなカシアスを沢木は物心共に支援した。スポンサーではなく、「友」として。
 その関係が今でも続いていたのだ、となかば感心した。
「し残したことがある」という沢木は、カシアスにボクシングで輝いてほしい、という。カシアスは「ゴールしたら、また向こうにゴールが待っている感じだ」と苦笑する。
今、カシアスは54歳だという。沢木は57歳、団塊の世代にも、まだ「夢」がある、「夢に向かう」。結果はどうでもいいのかもしれない。
見終わって、なんだか、ちょっと周囲が温かくなった気がした。

●2月4日

 すっごい言葉あり。
「批判とは自他を区別することである。それは他者を媒介としてみずからをあらわすことであるが、自他の区別がはじめから明らかである場合、批判という行為は生まれない。批判とは、自他を含む全体のうちにあって、自己を区別することである。それは従って、他を媒介としながら、つねにみずからの批判の根拠を問うことであり、みずからを批判し形成する行為に外ならない。思想はそのようにして形成される。」(白川静『孔子伝』)

 敵を切ろうとした真剣の刃が自身の膝に襲いかかるという比喩になるのか、思想というにはあまりにも恐れ多いのだが、考えを述べるにあたっては、謹み深さだけはもっておきたい。
 孔子が出てきたので話はそれるが、私の名、「仁」という観念は孔子にあるが、父がつけてくれたこの字は、古くは人が敷物の上に座る形で、暖か、なごむの意味になり、後に「いつくしむ」「めぐむ」の意味に変じ、「暖かい敷物」がさらには儒教の徳目のひとつになり、高度な抽象概念になった(常用字解)という。「仁」の「仁」たる生き方ができているかと自問すると、赤面するばかり。

●2月2日

 イラクの選挙が終わった。
 一体、マスメディアは何を報じているのだろう。銃口と国境封鎖、空港閉鎖で行う選挙、しかも事前登録者のみの選挙を「総選挙」と称して疑義を覚えず、投票率は60%を越したから成功だという、権力者の情報を垂れ流している。だいたい、その登録制度じたい正しいのかどうか証明できるものはなにもない。
 民主主義を信奉するのは結構だ、しかし、民主主義もありとあらゆる既存の政治制度のなかでの、ましな制度にすぎない、その程度の制度なんだよ、ということをどうして伝えない。 
 民主主義に一日の長があるなら、それは「手続き」をきっちりやることだろう。そして「情報公開」だろう。これをないがしろにして、民主主義もへちまもあったもんじゃない。
 テロ撲滅をブッシュは叫んでいるが、それが信じられるなんて、マジで善意のの正義体現者は始末に負えない。
 結局は小さなテロと大きなテロ、同じ穴の狢が中東の石油で蠢く。

●1月28日

 昨年、『無名』というタイトルで自身の父に対するていねいな鎮魂を語った沢木耕太郎が「いのち」をめぐる記憶の連鎖について、1月23日付けの日経新聞にコラムを書いていた。
 幼い子どもにとって、親は常に圧倒的な存在なんだということ。それが「記憶」の連鎖として伝わっていかないとしたら? 幼児虐待がここにきて急に増えてきた病理は、自分が親から日々の食事や睡眠の「削り」から「いのち」を与えられたという、なんでもないことへの記憶が伝わっていないことに起因するのではないかと。だとすれば、「いのち」の連鎖も途切れてしまうのかもしれない、ということ……。

 親殺し、子殺し、聞くだにおぞましい事件が報じられる。さらに、報道する側はそのようなことが起こらないようにと言うけれど、事件はいつあなたの身にふりかかるかもしれない、と感じさせてしまう。
 どうか情報にふりまわされないように。なんとか己を律することができるように。そのむずかしさにすくんでしまうことのほうが多いかもしれないが、私は次の世代に語っていくのが当然だと思う。

●1月17日

 日経の社説で、予知幻想を捨てさって、耐震政策の転換を、と主張している。減災への具体的進展が見られないのは、「大規模地震対策特別措置法」のせいで、予知幻想の呪縛が解かれていないと、としている。1978年にできたこの法律は東海地震だけを対象に、地震発生の三、四日前に前兆現象をとらえて、直前予知できることが前提になっている。
 ところが、地震の発生そのもの(時間、場所、大きさ)を予知するのはきわめて困難というのが地球物理学の常識だ。
 予知は防災の前提ではない、という主張に同意する。でないと、この法律のために、政府が事前に警戒情報を流してくれると思い込んでしまう。
 政府だけが「減災」に遅れているのだから話にならない。
先進的な自治体や企業が「減災」の具体的な対策に取り組んでいるのに、動きはのろい。日経は「大震法の改定・廃止」を明確に掲げた。さて、どう政党はどう反応するのだろうか?

●2005年
 1月13日

(日本には)美徳の世界が確かにあったんですよね。それが失われてだんだんおかしな具合になってきた気がします。《中略》
 日本も行くところまで行かないと、目が覚めないのかも知れない。それで復活できないのなら、それだけのものでしかなかったということだろう、と思わなくもない。でもやはり、そうなってほしくない、と祈るような気持ちはございます。(石牟礼道子 朝日新聞 1月11日)

●12月27日

 とんでもない災忌がふりかかる。「ツナミ」だ。世界のあちこちで災害が起こっているとはいうものの、ふつうのレベルではないことが起こっている。
 でも、CODE(海外災害援助市民センター)をはじめ災害救援に携わる人々は、すぐさま情報収集とどのような支援がふさわしいのか、検討に入っている。これだけ大規模になると、先進国の政府レベルで動かないといけないのだろうが、大枠を決め、実行部隊は市民や庶民の視線で活動していくことが望まれる。
 とんでもない災害が起きるといつも思うが、相対的にどうして貧しい人々を襲ったり、貧しい国々を襲うのだろうか? 安心と安全を金で買える連中は、被害のなかでも生き残り、いかにも、自然淘汰のごとく、地球のくしゃみが弱者をおそっていく。かなしいまでの現実だ。
 どれだけの被害が出ているのかわからない現時点で、ただ手を合わせるのみである。

●12月19日

「幸福論」(講談社新書)
。著者・春日武彦が産婦人科医で、精神科医、そして同世代、そして内田教授と対談された、というわけでなければ、手にとりようもないタイトルだった。
 たぶん、著者のような精神科医ばかりであれば、もっとこの世の患者たちは救われる、というか、世間という社会に折り合いをつけられるのではないか、と確信する。さすれば、理由なき犯罪も多少は減少する?
 なんでもない周囲の風景への著者のこまやかな視線、「ん、何か、この風景、ちょっとにおうな」という感覚、「癒し」という安直な解決法に頼らないで、統合
失調症などに対応していく態度、まっとうな人々に支えられて成り立つことに、あらためて「よしよし」と言い聞かせる。

●12月14日

 古本屋で今をときめく著者の初期の貴重な本を買ったら、それが著者の献本でサイン入り、しかも著者直筆の部分引用についての御礼の手紙まではさんであり、あとがきには謝辞が活字となっていて、思わず、なぜ出回っているのか? と。
 発刊されて17年。いただいた方は、どうしているのだろうか、今はもう亡くなられてご遺族が書籍を処分したとか、その後著者との関係が悪化して、とっとと売っぱらってとか、と妄想してしまう。
まして、著者とは昨年、お目にかかったこともあり、その春風駘蕩たるおおらかな人格に尊敬の念をいだいているので、余計に気になってしまう。
 どなたかこんな経験をお持ちの方、なにやら心落ち着かす方法がありましたら、教えてください。

●12月10日

 このところ、心の闇にかかわる陰惨な事件が報じられ、対策、対策とやっきになっているが、対症療法の限界に想像力が及ばないのはどうしてだろう。現場を預かる大人たちは、なにか対策を講じないと世間が許してくれないと思い込んでいるのだろう。
 でも、単純でありながら複雑で、わかりにくいのが人間。
「テレビでは深刻そうに識者が口角泡を飛ばしている」が、人間の持つ「負」の部分、「悪」の部分、「闇」の部分の解明は、およそ、ここぐらいまでかなあ、というレベルでとどまってしまうものだろう。
「鬼畜」になったヒトの気持ち、注意深くみつめていくしかないのだと思う。そして、わからなくても想像することだ。だから、すぐに「殺してはいけない」のだ。

●12月5日

 
重力に逆らわず立て膝で第4子を出産したとき、「ああ、気持ちいい。私はいのちの玄関だ……」と。(趣味は出産、特技は安産、自称お産オタクで、バース・コーディネーター。3歳〜16歳までの5人の母、大葉ナオコ=39歳=の言)。

 一方で、今年の流行語大賞は、水泳金メダリスト、北島康介の「超、きもちいいー!」だった。
 期せずして、身体に関係する「気持ち良さ」が腑に落ちた。おそらくは身体の奥深くから細胞の律動が言霊にのってあらわれたのだろう。

 ますます、身体の重要性を強調すべき時代がくる、太古以来、ヒトに備わった能力を取り戻せ!

●11月30日

「共生共死」。「共生」はふつうに馴染みの言葉になった。が「共死」となるとン? 以前、この欄でもふれたクマのことに関する造語だが、この言葉を生み出したのは山折哲雄・国際日本文化研究センター所長。
 最終的には、クマとの「共生」は困難だ、と喝破した。
 クマだって人は鉄砲をもっているから怖い。ヒトは、クマの鋭い爪が怖い。いくら、クマとヒトとの分離をはかり、里山の復活を施行したとしても時間がかかりすぎる。その間にも、クマのひもじさは待ってくれないから、里に下りてくる。そこで、パニックに陥ったクマに不意に教われたら、やっぱり万事窮す、と覚悟を決めなければならない。
 さすれば「究極のところ食うか食われるかの関係にいきついてしまう。つまるところ、「共生共死」の関係にいきついてしまう」
 同じ動物、共に生きて共に死する。
 ウーン、大きな諦念のなかにこそ、生きる道があると教えてくださっているのだろうか? 

●11月24日

 今回も本の紹介。『ファスト風土化する日本 郊外化とその病理』(三浦 展みうら あつし著 洋泉社新書)。
 不可解な犯罪が頻発するのはどこか? 直近では、奈良市郊外、茨城県土浦市で陰惨な事件が起こっている。
 キーワードは「地方」と「郊外」、そして「24時間営業」、「大型ショッピングセンター」、「高速道路IC付近」。
 ファスト風土はファストフード。人間も即席栽培できるように錯覚が始まったところに大きな陥穽が待ち受けていた。
 豊かさを享受してきた地方の消費欲は衰えず、ビッグなSCは解体された家族を一日遊ばせられるエンターテイメント・プレイス。複数台の車を持ち、個人が個室とモニター(TV&PC)を所有する疑似大家族が出現した。地方の中核都市周辺こそ、コミュニティは溶解していて、だからこそ、戦後ベビーブーマーの子どもたちは、妙に「個人」が「自由」になって、規範からの逸脱が始まり、誰も押しとどめなくなってしまった。
 共同体の内部から崩れはじめた「ゆでがえる」危機は、あらためて「関係性」とか「関与」といった、いわば「おせっかい」や「世話焼き」とかいった、庶民の世界の世間知を取り戻すことから、克服していくのも一つの手ではなかろうか。

●11月21日

『現代思想のパフォーマンス』(光文社新書 難波江和英/内田樹 共著)を読んでいる。まだ最後までいかないが、フェルディナン・ド・ソシュール、ロラン・バルト、ミシェル・フーコーときて中間報告。前書きにあるとおり、学生時代に、このような本があれば、随分助かったのに、という思い。
帯には内田コピーライターの面目躍如、「部品の勉強はいいから、まずは運転してごらん」ときた。
暮らしに生きる構造主義。『寝ながら学べる構造主義』から、ここまではひとっとび。うーん、まいった!

●11月14日

 被災者のニーズを知る。被災者のニーズを掘り起こす。

 今回の新潟中越地震に入った県外ボランティア(とりわけ兵庫県の阪神淡路大地震経験者)の報告会に参加した。
 ニーズとサービスのミスマッチ、通常のビジネスでは当たり前のことが、災害ボランティアでも通用している。ただ、今回、岩盤につきあたったと思われるのが、その「ニーズ」という言葉にすら該当しない、山間部の地域共同体(経済的な強弱はあるが)で生き延びてきた人々が被災した、ということだった。
 住民の特性なのだろう、「官」への信頼は厚く、よそものへの排他的視線があり、町内会の会長はまさしくまとめ役であり、何事もおさまっていくという、まさしく都市住民とは違った被災民の姿があるようだ。
 だとしたら、ここは心してかからねばなるまい。アメリカのリベラルな民主主義をなにほどのものとも思っていない民がいるとすれば、ここには、銃を持たないだけのコンサーヴァティブな民主主義の地域共同体が堅固にあるのかもしれない、と。
 間もなく、雪という恐るべき自然が到来する。
 雪の間、信頼されたボランティアだけが雪解けの季節を待って、本当の雪解けのこころでもって歓迎されるのではないか、と思う。
 雪国に少しでも暮らしてみれば、その感覚はおわかりいただけるのだが。

●11月8日

 今朝の神戸新聞をによると、昨日の全日本女子ハーフマラソン大会は、被災地の復興を印象づけるためにコースは、市内の目抜き通りや長田の復興した界隈を駆け抜ける設定になっていたようだ。招待選手など、陸連登録の選手は若い選手が多いから、9年前の震災といっても、当時小・中学生。
 そりゃ、「地震があったなんて思えない」「きれいな街を走ることができてうれしい」とかの感想になりますわな。まして、テレビ中継されるは、整然とした街並で、虚心坦懐に見ても、震災はどこへ行ったの? という空気が支配する。さらに言えば、来年は市長選挙。現体制派は、復興一丁上がりの2005年、として記憶にとどめたいのであろう。

●10月31日/11月1日

 イラクで人質になった香田さんの安否は振り出しに戻った。今朝の新聞(朝日、日経、神戸)を見る限り、誤報についてお詫びをしていたのは神戸新聞に配信している共同通信だけだった。
 政府の発表に頼るしかないマスのジャーナリズムとはいったい何だろう? 大本営発表と質的にどこが違うというのだろう。数少ないとは思うけれどフリー・ジャーナリストといわれる方々の仕事ぶりこそ、高給を食むにふさわしいのではないか? あらためて、学生の頃、吐き捨てるように言っていた「ブルジョワ新聞」という言葉が蘇ってきた。

1日。上記を書いた後に、再び遺体で発見された、という報せが入ってきた。今度は確かなようだ。なんとも痛ましいかぎり。
だが、もうそっとしておくしかない。自ら選びとった選択の結果がこれだった。

イスラム原理主義者、テロリストだって、弱いところを狙ってくる。拉致・誘拐を実行するに、なんでわざわざ困難な場所を選ぼうか。強い軍隊のいるところより、弱い(と言ったら失礼なので、弱く見える)軍隊を狙うのもまた当然だろう。要は、いのちの掛け方が違う。自爆当然、殉死当然の命知らずに、悩みながら戦う先進国の兵隊たちが、どうして抗することができよう。せいぜい、大きな飛び道具で、バンバンやっつけて、死者累々。イラクの人々は推定10万人が殺されたという。これほどまでに、いのちの格差を見せつけておいて、

キリスト教原理主義者にも等しいブッシュのお追従者が追い込まれているのも確かで、逆にひそかにブッシュが大統領が破れることを祈っているかもしれない、さすれば、日本軍(あえて言う)は名誉ある撤退が可能かと。
ま、そこまで狡猾とは思わないけど。さらに言えば、自ら振り上げた斧を途中で止めるには、もっと大きな被害がでるという大義名分が必要なのだろう。

●10月25日

 10個もの台風の被害が記憶に生なましいのに、今度は地震ときた。まさに災害列島と化している。
この間の台風で、高知の室戸では防潮堤が壊れてしまい、民家を直撃、呑み込んだ。反省だといって、例え高さ10mのそれをつくったにせよ、いつかはそれを乗り越える波が来ないとは限らない。
 どんなに近代科学が発達し、人間が防備を重ねようが、地球の自然はあるがままにふるまう。
 人間が近代の名のもとにつくってきた、とてつもない産業構造物などによって、温暖化が加速すれば、生態系は微妙に狂いはじめ、とりかえしのつかない環境をつくってしまう。
 
 数十年かけて作ってきたものが、一瞬にして壊れてしまう。その数十年は私たちにとっては大きな年月だが、地球にとってはわずかの瞬間。
 沼地のそばに、川のそばに、山裾に、谷筋に、新興住宅地に、新開地に住まなきゃよかった、というわけにはいかない。選んでいてはしても、畢竟、住まなきゃならない理由があったから、人は場所を選んで住んでしまう。
 風水やら、地霊やら、なにやら怪しげなものいいにはなるけれど、やはり風の感覚、土地の感覚をとぎすませて選ぶことは大切なようだ。
 自然災害は起こるべくして起こる。自然の祟りを恐れるからこそ、人は呪鎮のために社をつくって、霊を鎮めようとしてきた。

 全国どこでもそうらしいのだが、戦後の人工島に神社・寺は建ててはならないことになっている。つまり新開地に鎮守の杜は存在しないのだ。
 祈りの場を禁ずることの愚かしさにいつ人は気づくのだろうか?

●10月17日

 先日、H大学での発想演習、「素敵」という言葉の言い換えと見立ての結果をまとめていたのだが、語彙数もさることながら、発想の広がりが乏しいのが残念だ。たかだか20年の人生のなかで、どれほどの勉強をしてきたのかもあるのだろうが、やはり、決定的に読書量が不足しているのだろう。映像を伴わないことばの表現から映像を想像することの訓練がなされていない。
 本職の教員たちは、手を変え、品を変え、学生をこれから鍛えていくのだろうが、本気で取り組んでいるのだろうか?

 今日の朝刊で報じられた法科大学院の志願者減少にしても、同じようにニョキニョキ作ったところで、同じことをやっていては減少するのは当然だろうに。
 少子の時代は到達しているのだから、「我々は独自にこれでいく」と宣言し、大学の存在価値をどう見いだすかに智慧をしぼるのがフツウではないか、と思うのだが、ビジネスマインドな理事たち経営陣のほうが横並びとは、嗚呼。

●10月10日

 熊が日本中あちこちで里に下りてきている。もちろん、不足になったえさを探しに、である。
 発見されれば、麻酔銃で打たれて、山に帰される場合、猟友会に射殺される場合とさまざまだが、ちょっと気になるので書いてみる。
 なぜ、射殺されねばならないのか? 人間を襲ったから、だって? 畑を荒らすから、だって? 木の実をとるから、だって? 
 このところ、毎日のようにニュースで流れ、熊に遭遇したらどうすればいいか、という情報も流れている(はず)。
 熊は自分からは襲うことはない。驚いて、子どもがいれば、守るために攻撃するのは本能だ。
 熊だって怖いものは怖いのである、おなかがすいて死にそうなのである。
 人間が必要以上に熊を恐れて、過剰防衛で反応し、射殺していくようになるのが怖い。父熊、母熊を失った子どもの熊が野生での生き延びる術を身につけないうちに自然に放り出されたら、2頭殺したことになる。
 マタギという猟師は、熊との共存が当然だから、必要以上に熊を撃たない。
 「おっかねえ」ことはよくわかる。気の毒ではあるが、高齢者が襲われて、転んでけがした、骨折した、というのは当たり前だ。今の高齢者は昔のように頑丈ではないのだから。
 熊に遭遇した人から情報を教えてもらい、熊との遭遇を避けるように工夫して、人間が智慧で防御するしかないだろう。
 人間第一主義のエセ・ヒューマニズムに過剰に反応するな、である。暴論だろうか?

●10月3日

 イチローが年間最多安打の記録を84年ぶりに塗り替えた。ベースボールというゲームは普通の内野ゴロはアウトにできるように塁間が設計されている。盗塁も普通に走ればアウトになるように牽制方法が開発された。その常識をくつがえすように、イチローのバットと身体は空間を切り裂いていく。
 ここまでの偉業達成の背後には、こまごまとした理由がたくさんあるのだろうが、求道者であり、技術者であり、研究者であり、イチロー・プロジェクトのチームリーダーでもある、このプレーヤーは、ひとつひとつの積み重ねをおろそかにしない姿勢も含めて、断じて野球ではなく、強く打ち、早く走り、確実に捕るという、ベースボールの申し子といっていいのかもしれない。
 アメリカのベースボールは、東洋の少年のような選手によって目を冷まし、フィールドを駆け回るのが楽しいという、field of dreamsを再び手にするのだろうか?

●9月17日

 新聞の広告で、三砂ちづる先生(前・国立保健医療科学院応用疫学室長、現・津田塾大学国際関係学科教授)の新著が出たことを知った。
 タイトルがすごい。『オニババ化する女たち 女性の身体性をとりもどす』(光文社新書)。男性もそうだけれど、女性だって、ホントに身体性を意識しないで、同じ快楽を求めるのでも無痛の方向へ流されていっている。
 思春期、月経、性、出産と、動物としての当たり前の持っていたはずの身体感覚をつかめない人が増えてきている。外部からの治療に頼りすぎるのは、その人の持っている能力を封じこめ、かえって、身体の強さを損なっていることが多くなってきているようだ。
 さっそく読んであらためてレポートする。

●9月15日

 教育大付属池田小学校の生徒たちを殺傷させたTの死刑が執行された。彼の内面がわからないままに、あまりにも早く肉体は消えた、精神も消えた。
 誤解を恐れずに言おう。
 彼の脳の解析はどうなっているのか、それができずして、再発防止もないだろう。統合失調というのなら、どこの部分が失調すれば、憎しみと妬みでもって、あのような犯罪に走れるのか。
 しぶとく、粘り強い研究を行うことなく、異質なものは消せ、とばかりに大衆の情念におもねって、死刑を執行した当局の幹部と、それに判を押した法務大臣、あなたがたは大きな過ちを犯した。
 須磨の少年Aは、今年、医療少年院から出所して、関東以北の地で暮らしているが、その長い追跡調査は後世の精神治療に大きな影響を与えることだろう。それにひきかえ、今回の措置は、闇を増やしたばかりに思える。

●8月18日

 
アテネオリンピックが始まっている。
 メダルについてひとこと。
 私も競技団体役員のはしくれにいるが、トライアスロン日本代表選手のメダル獲得を切に願っている。
 しかし、それはメダルを取ると取らないでは選手の人生や競技団体が大きく変わるから、という意味ではない。
 スポーツの神髄は、その瞬間瞬間の肉体と精神の解放に宿っていると信じているからだ。あくまでそれを支えるのが私たちの役目だと思っている。

 オリンピックという舞台で、その競技における最高のパフォーマンスを見せてほしい、ただそれだけだ。そしてそれは十分に美しい。結果はおのずとついてくる。
それとともに、運・不運の女神もまたつきまとう、という諦念もまた受け入れなければならない。
 結果が感動を呼ぶのは確かだが、たとえ結果が伴わなくても、選手のたたずまいから十分に感動は伝わる。だから記憶に残るのである。

●8月9日

 恣意的なカテゴリーで人間を類型化してミクロな調査から一挙にマクロな動向分析に向かうことの危険性。
 いつも私が「社会学」に感じていることだが、その社会学風の浅薄な言説を諸統計を駆使してきちんと批判してくれる書物が出た。
『反社会学講座』(イースト・プレス刊 ¥1500)、パオロ・マッツァリーノというペンネームの日本人が書いたもの。
 ぜひ、お試しあれ! お金を払った以上の値打ちがあります。

●7月27日

…登場する人物たちは一様に喜怒哀楽が激しい。自己の理想や感情にどこまでも正直で、そのために周囲と衝突するなどなんとも思わない。一方で、人生への諦観を常に忘れず、いつ来るかもしれない自分の死を当然のものとして、時に積極的に受け入れる。こうした江戸期の人々の生きざまを通して「現代という一つの時代を相対化する目を持ってほしい」と語る。(日経新聞 7月25日 あとがきのあと 『江戸という幻景』渡辺京二)

 現代と異なる価値観で生きた江戸期の人々の所業を、いまの価値観で断罪するのは傲慢というものだ。また、人々の行動をしばる封建的と言われる家父長制が強制力をもって一般の家庭にも及んだのは、皮肉にも、四民平等の明治時代以降のことである。

●7月20日

「親の愛情をいままで感じたことがない、誰からも愛されない、自分は異常で世の中で無意味な人間、魔物なのだ……」
 Aはずっとそう思い続けてきた。
           『少年A 矯正2500日 全記録』草薙厚子(文藝春秋)

 だとするなら、存在するだけで意味があると、子どもたちには、ねちっこく思い続け、態度で表し、抱きしめることが肝要かと思う。
 人はほんとうに、独りでは生きられない。例えば、いのちの連なりを思い出せばいい。今ある自分はほんの僥倖によってもたらされたものであり、父母、祖父母、さらにはその父母と連綿と連なるなかの「存在」でしかなく、それゆえにまた、続く「いのち」の一瞬であることを。

●7月9日

 
運、不運は確かにあるかもしれない。
 でも、幸せ、不幸せは自分で決められることだろう。
 
 なにげない日常のなかの幸せ、17世紀オランダの画家、フェルメールの絵を見  ていると、そう思わずにはいられない。

●7月3日

 だきしめる、
 という会話。

 公共広告機構の新聞広告、メインコピーである。
 こんなことを正面きっていわなければならない時代になってしまった。

 便利なものがなかった頃への想像力を、今一度。

●6月23日

 「治療の名のもとの正当化」 止まらぬ医学研究の暴走
 倫理観なき科学者に警鐘

 ……さまざまな生体実験にたずさわった医学者たちの多くに、自責の念や懺悔の気持ちがほとんど認められないという事実である。
 正統化の論理とは、治療という名の大義名分、科学の進歩という錦の御旗、そして祖国の防衛という論理である。「実験と治療のジレンマ」をのりこえるための合理化の論理といってもいいであろう。(山折哲雄 国際日本文化研究センター所長 神戸新聞 6月12日)

 人間のごう慢さ、ここに極まれり。人体のクローンもめざすという。越えてはならぬ一線、世界的にも私的にも、それは存在する。

●6月20日

「ぼくのみみはおとうさんににてる
 いもうとのこえはおかあさんににてる
 おかあさんとおとうさんはどこもにていない」

               谷川俊太郎『家族の肖像』より(POLYSTAR)

●6月16日

 昨日の朝日新聞にヤバイ記事が載っていた。アメリカ大統領選挙に伴うものだが、ノースカロライナ州で、共和党支持者の居住地域と民主党支持者の居住地域がはっきりと色分けされるようになっている、というのだ。つまり、異なる立場と意見の連中とはつきあいたくないし、見たくもないというわけだ。
いよいよ明確な選別が始まった予感がする。閉鎖社会に入れる奴と入れたくない奴の選別だ。富と貧、白人と有色、プロテスタントとカトリック、ユダヤとイスラム、そこに共和と民主が加わるとは、憎悪の再生産だ。

 これまでの二大政党制では、お互いに所属党派優先というよりも、政策によって議員は旗幟鮮明にする土壌があったはずだ。
それがブッシュになって以来、しかも911以来、加速度的に「お前はどっちにつくんだ!」という態度が充満しつつある。
 反ブッシュ陣営としても同じようなことが起こりつつある。リベラルの牙城と言われるアカデミー賞はしかり、この間のカンヌ映画祭にしても、マイケル・ムーアの『華氏911』についての熱狂的支持に見られる「問答無用」の態度は、まさしく裏返しといってもいいだろう。

 メディアですら、見比べて判断するということがなくなってきている。また、読む本といえば一方の傾向の本ばかり、という調査もある。
 ちっとは他者の立場や意見というものに、うなずくことだってあるのが普通だろう。

 この窮屈さ、あなたは自由の国だと思いますか? アメリカはまだまだ未熟な国なのです。

●6月7日

 レーガン元米国大統領が5日、死去した。ソ連を「悪の帝国」と断じて、チキンレースのような軍拡の土俵に乗せさせ、自壊させて冷戦に終止符を打った。敗れたゴルバチョフには、レーガンほどの邪気がなかったのだろう。
 米国大統領には、国民と同じレベルの感覚を持っている人がいいようで、決して頭脳明晰、聖人のようなマナー、そして真のリーダーシップを持っているような人は大統領にはなっていない。レーガンが愛されたのは、ほらすぐ隣人のような人が大統領になったからであった。
 だからこそ、4年に一回、政権のチェンジができるようなシステムになっている。長きにわたって大統領に君臨できないシステムは、やはり賢人(インテリゲンチャ)が好きじゃない、哲学者が多くない、アメリカならではのものである。
 おもちゃのようにイラクを弄んでいるジョージ・ブッシュ、あなたも、そういう意味では、見事にアメリカの大統領である。
●6月3日

 アイルランドを調べていて知ったことのひとつ。

 埋める土もない。
 流す水もない。
 つるす木もない。

 1649年、英国のピューリタン(清教徒)革命家オリバー・クロムウェルは、カトリック征伐の名目でアイルランドに侵略し、市民を大量に虐殺した。不毛の西部に追いつめられた市民は、ここでも虐殺の限りを尽くされるのだが、そのときクロムウェルは大量の死体を前に一編の、おそらく世界で最も残酷な詩を詠んだ。(『ディングルの入江』藤原新也 集英社 1998)

●5月31日

「米国は軍事・経済に情報技術を適用し、時間の征服を目標にするようになった。瞬時の速さでで決定をくだし、目的を達成する。これを至上の価値とし、実行に移す史上初の帝国といえる」
「米国は未成熟な共和国といっていい。米国で尊重される自由は普遍的なものではなく、古代ギリシャの自由民に許された類いの自由なのだ。また米国は憲法で民兵の武装を認めている。銃氾濫の根源だ。近代国家の原理に明らかに反している。」アラン・ジョックス(フランス、国立社会学高等研究院名誉教授を経て、平和戦略研究センター所長)朝日新聞5月30日付け。

●5月26日

 5月7日、FMわぃわぃで、「自己責任」について持論を述べた。そこでの論旨を繰り返しはしないが、そもそも、この言葉は私のフィールドでもあるトライアスロンにおいては、自明の言葉だった。参加者は「いかなる事故が起ころうとも、大会の運営側(主に行政や競技団体)に責を求めるものではない」という趣旨の宣誓書を提出することになっている。
 トライアスロン発祥の地、アメリカであれば、そんなことは当然である。運営側の責任を追求するなど、もってのほかだ。ところが日本では事情が異なる。公道を使用する以上、運営側のコース管理、救護体制の不備(もちろん整備しているのだが)などがあれば、そこを指摘され、場合によっては訴訟を起こされ、担当者が矢面に立たされてしまう。であれば、行政側が大会開催に臆病になるのも無理はない。
 だから、大会でケガをしようが、死のうが、本人の責に帰するのは当然だ。誤解のないように言うが、我々は常日頃、しつこく安全について言及している。    
 で、人質だった3人の自己責任は当然ある。が、それは各人がその範囲内で感じればいいに過ぎない。
 それは国家が国民を保護するという国民国家の成立理念となんら矛盾はしない。国家の自己責任は、国民の保護にある。ときの政府批判、は国家否定ではありえない。彼らがときの政府の警告にもかかわらず(外務省出先は、面倒が嫌い)、NGOスピリットで出かけていったこと、を理解するのは、国民の大きな親としての懐を持っている国家の国家たる所以だ

 ましてや、救出のための経費を彼らや家族関係者に要求するなんて、笑止千万である。したり顔で要求したやに聞く公明党の幹事長の面は、まさしくケツの穴が小さいことの証としかいいようがなかった。

●5月22日

 
帰国してから、まったく余裕のない日々を送っている。いろんなところで、書類の提出が遅れ気味で申し訳ない。しかし、この状態が続けば、実のところ、ボランティアどころではなくなってしまう。してみると、今までできていたのは、仕事をしていなかった、といことの証明になるわけで、「わたしゃあ、いったいなにをしとるんだろか?」となるのだが、ずっと続くことはない、という担保がある分、まだいいのかな、と気をとりなおすことにした。
 小泉は北朝鮮に飛び立った。むずかしい話だと思うが、しばらくは、喧騒が続く。

●5月2日

 5月1日、一斉に10か国が正式加盟し、25か国の連合となったEU。中欧のEU参加で、彼らが夢見るのは、参加によって欧州最貧国から脱却したアイルランドの再現かもしれない。しかし、一方で物価はEUで最も高くなったのも現実だ。
 もう二度と大きな戦争はしたくないという、欧州の国々の切望が実現へとは知らせたEU。人口4億5000万人の統合パワーとGDP9兆7000億ユーロの経済圏が、アメリカの世界戦略を揺さぶることは間違いないところだ。

●4月19日

 文春の「公人・私人」問題といい、イラク人質「自己責任」問題といい、どうも「排除の思想」が大手を通りつつある。
 成熟した国家は「排除」と「寛容」のバランスをもつ。
いま世界には、若いながら「寛容」を持っていたかにみえた国が「排除」に大きく傾き、一方で、老いた国だからこそ、「寛容」を示す国々がある。
昔、同じ帝国という冠がありながら、ローマは「寛容」で長く生き続けたが、いまのアメリカ(政府)はどうやら信頼を失いつつあり、世界の嫌われ者になろうとしている。台頭する予感があるのはヨーロッパ、だ。

●4月12日

小津安二郎─晩春─原節子─父と娘─父と継母─父子相姦幻想─壷。
小津は「俺の映画はお客に持って帰ってもらうもの」と言い放った、という。
その含意は、申すまでもなく、秘すれば花、余白の美、見立ての美、なのだろう。
好きじゃないが、気付かせてくれたのは武田鉄矢である。

●4月6日

「安くておいしいものが最上という物神信仰から脱し、卵は鶏という生き物からの贈り物だという素直な考えを持つことが大切だと思う。卵の値は安すぎる」河合雅雄(神戸新聞 4月4日)

BSEからSARS、鳥インフルエンザ、子どもへの虐待と、生き物への生命軽視もここにきわまれり、といった感が深い。
自然倫理の無視と経済効果追求は裏腹のもの、自然が怒るのも最もだ。
2カ月間のアフリカ(ギニアとマリ)滞在を終えて、4日に無事帰国した娘は、かの国とこなたの国との強烈なギャップを思い知ったようである。
先進国の常識が通用する世界は多くない方がいい。

●3月27日

「人それぞれ」という微温的な立場に代表される「均質な多様化社会」の底は、あっけなく割れてしまったらしい。(コラムニスト・山崎浩一 3月21日 朝日新聞)

 18万部も売れているらしい『負け犬の遠吠え』(酒井順子 著)への書評の一部である。未婚・非婚をめぐる複雑な背景が広範に前景化しえた、という。
 例えば、
結婚幻想 と 非婚幻想
「選べる」から「選べない」選択肢の迷宮化
世間の「寛容な同調圧力」の怖さ
多様化より優劣にこだわる人間の性、などなど。

 世の消費を引っ張る女性陣のリアリティとストレートさが、すっきりとあらわれた、2004年。
「わたしゃ、ドッグフードかも」と自嘲する山崎さんに、お見事! と。

●3月19日

 その伝言である。
 三波春夫さんは言っていた。
「人間はただ人を殺す気にはなりません。
 私の場合、戦場にいて,戦友が殺されたとき、その瞬間、鬼になります。
 平気で人を殺せます。
 そのことが戦争体験のない人には理解できないですね」
 
 この体験が語り伝えられていない。
 文化の伝承というのは、しっかりした伝言があってのことだと思いつつ。
                       『伝言』永六輔(岩波新書)

イラク侵攻から一年。小泉の一本気の頑迷さに、気分は重くなるばかりだ。
今日、観た『セプテンバー11』によれば、9月11日は、ずっと前から準備されていたような気がする。その時点での解釈はいかようにもされるのだが、やはり、歴史は連綿と繋がっていることを。
アメリカ史、これをきちっと押さえなければ、いまの「帝国」の有り様への厳しいまなざしはとどかない。だって、アメリカ人の多くは「アメリカ史」を勉強していないし、彼らの多くは自国も世界も知らないでOKなんだから。

3月12日

 身体に根ざさない思想はむなしいし、また危ない。
                    (浜田寿美雄・奈良女子大学教授)

思想は身体を無視し、小宇宙を形成し、無文字の世界など想像もしていない。身体を空疎にしては、客観的真理もへちまもないのである。

●3月7日

「宗教とはなにか?」と犬養道子は問うた。
 「無限への憧憬、ですよ」と鈴木大拙は答えた。

   (3月7日 フォーラム『人間・科学・文明』において、中沢新一が発言)

 脳の自由領域は無限、それは「こころのなか」に在る。
 美とか芸術(音楽、詩など)とかは数値に置き換えられない、無意識の領域。
この無意識の全体把握こそが、ネアンデルタール人と現生人類をわけへだてているものらしい。長い幼年時代を持つ現生人類と、3歳という早さで大人になっていたネアンデルタール人、かれらは数学的能力を持ちながら、芸術を持たなかった。祭や葬送の儀式をも、持たなかった。
 現生人類だからこそ、幼年時代は、「自由」なのである。
 その幼年時代、いまは、「無償の愛で包まれない子ども」が目立ちすぎる。
 我々は退行していっているのか!

●3月3日

 
夏目漱石は,明治44年(1911)8月、和歌山で行った「現代日本の開花」という講演で、「競争から生ずる不安や努力が昔より苦しくなっているのではないか」と問うている。生活の程度は高くなったが、生存のための不安は大きくなったのではないかと。(3月2日 日経夕刊 猪木武徳)
 
 つい先だって、GDPが年率7%を越えたという政府の報告があった。私よりも若い世代の、哲学的懐疑という態度からはほど遠い竹中大臣の口元は緩んでいたのであろう。
 GDPというのは、人にとってよけいなことをすればするほど、増大していく。よけいなことというのは、「なんでもサービス」という対価である。市場で認められるものは、なんでも数値化される。代行の代行の代行、専門の専門の細分化、まるでいたちごっこだ。その先にあるものはいったいなに? 
 だから、不便をよしとしよう、スピードにまどわされないでおこう、背伸びをしないでおこう、というまことに退嬰的な態度にも、魅かれてしまうのである。

●2月29日

 
『人は金のためだけに働くんじゃない。
 何か仕事を成し遂げる、それ自体が楽しいのです。』
 『金銭的報酬による動機づけは迷信だ』
 
 『虚妄の成果主義』(日経BP社)を著わした高橋伸夫・東京大学教授の言である。仕事の成果を数値で表し、賃金に反映させる成果主義が、多くの企業にはびこっている。ようやく、このような発言をきちんとしてくれる人が出てきた。
 欧米の経済理論に対する風見鶏のような経済学者、経営学者の多いこと。
 新しい産業を指向するベンチャービジネスをもてはやすマスメディア、日本的経営のマイナス点ばかり強調して自信喪失させ、業績を個人に還元させてしまう成果主義は、かえって精神の荒廃をもたらすもの、と言ってしまおう。だからこそ、日本で精神疾患がどんどん増えていくのである。
 もうこれ以上、アメリカを追っかけるのは、控えめにしようぜ!

●2月25日

 
そしてただ無心に手を合わせる。
 なにも願わない。ただ、手を合わせるだけ。


 この祈りの姿こそが祈りというものの本来あるべき姿ではないかと感じ入り、私は自分の気持ちにこの言葉を刻み込んだ。そして私は次の寺からそのことを早速実践に移すことになる。
 しかしこれがなかなか手強い。ひとすじなわにはいかない。

     『なにも願わない手を合わせる』藤原新也(03年 東京書籍)より

 なにげなく手に取った古本屋での一冊。藤原新也(写真家/作家)らしからぬタイトルに目を奪われた私は、ぱらぱらとめくってみて、なんだか、また「死」に引きよせられたような気がした。

●2月19日

アメリカン・スタンダードというグローバリズムについて。

アメリカ資本主義の成功は「人間はバカだ」というシニックな洞見に基づき、「バカがもたらす災危を最小化するためにはどうすればいいか」というリスクマネジメントを社会の根幹にすえたことにある。(内田 樹)

アメリカでは、ビジネスの失敗が何度でも許される所以だ。複線でのチャレンジが可能なシステムで、日本でもいまでは、よしとされつつある。
このアメリカ的システムの根本には「アメリカ人に対する不信」がある、としたなら、見えてくるものがある。
クリントンが大統領になったのも、そこいらのおっちゃんと一緒で、「スケベ」だったからかもしれない。だって、スキャンダルがあっても支持率は目に見えて落ちなかったもの。
ブッシュが大統領になったのも、そこいらのおっちゃんと一緒で「バカ」のせいかもしれない。だって、まわりがかしこけりゃいいんだもの。
経営者にしても、時代の並に乗り遅れた老舗が滅び、新興勢力がのしあがってくる時代だから。そして、誰もが勝ち組に残ろうとして……四苦八苦。

●2月18日

何度でも言うが、いまの小泉政権は下手をすると、イラク復興に名を借りた派兵という、戦後最悪の愚行を決断した政権として後の世に刻まれるかもしれない。(自衛隊そのものの責任ではない)。
軍事大国ではない日本のオリジナリティを失うこと、この「大切なカード」をやすやすと切ってしまったのだから。
最良の薬はなにか? そのことで社会が混乱しようがしよまいが、一度、政権から転がり落ちなければ、なおらない。
そのことの歴史的意味をわかっているのは、自民党なら青木氏であり、民主党なら小沢氏である。だから、参議院選挙が雌雄決戦になる。
細かいことはいい。選挙を軽々しく考える民は、その無責任性によって、大きな禍根を残すことになる。
結果責任を負うのはキミたちであり、私たちだ。

2月5日

長田区に住む詩人、安水稔和は詠んだ。

これは いつかあったこと
これは いつかあること
だから よく記憶すること
だから繰り返し記憶すること
  ─「これは」1999年

同じ頃、エッセーでは、

死者の生の記憶に支えられてこそ
生き残って生き続ける者の生はある

とある。
このことが、ようやく、腑に落ちる(わかる)ようになってきた、この一年だったように思う。

●1月27日

写真家ヘルムート・ニュートンが死んだ。交通事故だった。

私の編集における師・KMによって、私はヘルムート・ニュートン写真集『White Women』に遭遇した。1978年頃のことである。フレンチ・ヴォーグを眺めては、「こんな写真,日本人には撮れやしない」と、ため息が出た。
まさしく、ヨーロッパの「魅惑の毒」が横溢していたのだ。それは、暴力的までに、遠いフランスから襲ってきた。
まだ「表現」が、かろうじて、金にからめとられない時代のすてきな作品である。
今でも、私の写真に対する眼は、彼を筆頭にギィ・ブルダン、ジャンルー・シーフあたりの視線から逃れることはできない。
最近では、90年代初期に出会い、2000年、オリンピックのときにシドニーの美術館のブックショップで、はじめて写真集に遭遇したPaolo Roversi(パオロ・ロベルシ)が、気になっている写真家だ。
もうフレンチ・ヴォーグなど、見なくなって久しいが、KMが編集長だった雑誌『ドレッサージ』時代に一気に連れ戻されたようだった。
ヘルムート・ニュートンは、わが書棚に5冊、鎮座ましましている。
わが70年代の光、KMといい、ヘルムート・ニュートンといい、こうして世から去っていってしまう。
合掌。

●1月23日

 父さんのいのち 母さんのいのち
 父さんのいのちが 母さんのいのちに

 そして君のいのち

 父さんの父さんの父さんの父さんの……
 母さんの母さんの母さんの母さんの……

 君はどこまで知っているか 君のいのちをつくった人たち

 似ているけれど 同じいのちは ひとつもない ひとつも

 絵本『いのち─昔からのいのち 今ここにあるいのち 明日うまれるいのち』             文:永 六輔 絵:坪谷令子(理論社)より

 花園大学『現代メディア文化』の講師として、私を含めて、震災に関わり続ける人々で構成してくださった坪谷さんがすてきな絵本をつくりました。

 なにも言うことはありません。ただ、この世にたったひとつの「いのち」、
大切にしてあげてください。

1月17日

住民の絆を結び直す3年間だった。
(御蔵地区まちづくり協議会会長 田中保三)

神戸市長田区御蔵地区。地区の人口は震災前の約6割。この17日、但馬の香住の古民家(廃屋)を移築した集会所が完成して、開所式が行われた。移設工事は、専門家の助言を聞きながら、住民や支援ボランティアが作業した。まさに、手づくりといっていい。
木のぬくもりは人肌のぬくもり。こんな集会所なら、行きたくなる、と思わせる姿を見せている。
地域の回復力を実現させた現実は、大きな勇気を与えてくれる。集会所の存在感は、新しい神戸の息吹でもある。

●1月13日

論々神戸』第11号に寄稿していただいた、季村敏夫さんの詩『初便り』が朝日新聞(1月10日)に掲載された。そのなかのフレーズ。

畏れをもって受け入れよと歌う
いかに、やわらかく壊れるか

誤解を恐れずに言おう。『1.17』周辺メディアの主潮は「防災学」。これに対する懐疑、と私は受け止めた。
大いなる自然の恐怖の贈与、そこから「うた」が産まれたのだとするなら、太古から打ち続く避けられない地震(なゐ 古語「な」は土地、「ゐ」は居るを表す)を、どううたい継いでいくのか?

1月9日

昨年12月、BS2で小津安二郎監督作品の放映が行われた。生誕100年、没後40年の特集だった。それに関連して、小津の語録に触れた新聞記事があったのだが、失念してしまった。リズムがあったのに、覚えていない。「あー,情けない」。それを内田教授がいみじくも1月7日の日記に書いてくださった。正月早々、のどの小骨がとれた気分である。

「なんでもないことは流行に従う。重大なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従う」

出典は、佐藤忠雄著の『小津安二郎の芸術』。
昭和33年、『彼岸花』の撮影中に、小津・岩崎・飯田心美の鼎談が『キネマ旬報』で行われたときの小津の言葉である。

1月5日

アメリカと違って日本は国土が狭く、歴史が古い。集落の中を高速道路が横切ると、集落が分断され、祖先が大事に育ててきた森が壊されてしまう。水田に構造物をつくると、水の流れが変わって、ダメになってしまう。調査団(注:1956年に来日した、高速道路建設による日本への影響調査を行ったワトキンズ調査団のこと)のヒアリングで聞いたのは、古老たちの悲痛な叫びでした。果たして心配したとおりになってしまいました」(経済学者 宇野弘文 日経新聞 1月5日)

宇野氏は当時、調査団メンバーの経済学者のアシスタントであり、通訳でもあった。日本各地での反対論を通訳したが、報告ではまったく無視された、という。
高速道路民営化にまつわる問題のなかで、建設自体に伴う負の要素への言及はほとんどないだろう。主に、採算性の問題と官僚性の問題になってしまったのだから。
戦前は軍部の論理で動いた中央官僚が、戦後はアメリカ的な論理で動いて、率先して日本の自然や文化を壊していった。
「だれのものでもないけれど、みんなが使えるような空間や結びつき」。
社会的共通資本、コモンズ、結い、講、みんなこれからの時代のキーワードでもある。

●2004年
 
1月3日

イラク戦争従軍記を児童書『ぼくの見た戦争』(ポプラ社)にした報道写真家、高橋邦典氏。

児童書なら、「戦争を古びさせず、本質的に表せる」と。
「大きな悲しみをもたらす死を、戦争が正当化する不条理」を、子どもに語ろうとした、従軍記者。
それは、そのままベトナム戦争に従軍して死んだ写真家、沢田教一のイメージに重なる。

ここにも、世界に誇れる日本人がいる。

12月25日

有明海問題の真実──科学者の視点から 
江刺洋司(植物生理学・環境生物学者、季刊『環(KAN)』15号(03/秋、藤原書店)に掲載

 有明海を死に追いやる主因は,有機酸剤。
海苔養殖の収穫を向上させるために有明海に投棄された有機酸剤は、赤潮プランクトンの死骸に変貌して海底に堆積し、初夏になって海水温度が上昇しはじめると、酸化的分解から腐敗へと進み、すべての動物群にとって猛毒となる硫化水素の発生をもたらした(ちなみに海苔は植物、タイラギは動物だ)。
つまり、謂われない疑いを受けたのは、諫早湾干拓で、少なくとも今回の海苔色落ちとは無関係であることがわかったのだ。

「うそーっ」という声があがるのもうなづける。潮受堤防締め切り(97年)以降、そのような報道にしか我々は接してこなかったからだ。主たる要因は、水産庁と漁民にある。要するに、長年にわたる(77年から有機酸処理が普及)水産庁を頂点とする官僚制度と海苔関連業界との癒着によって隠蔽されて、25年以上も海に投与されていた環境負荷(有機酸剤)に、マスコミはじめ、ノリ第三者委員会の委員たちも気付かなかったのである。データは公開されているのに、だ。

 まさに、メディア・リテラシーのお手本になるような一件だ。はじめからバイアスがかかった目で見ると、大きな過ちを犯す。「科学的データを曇りのない目で見ればわかるはずなのに」、と江刺さんは嘆く。
詳しくは、『有明海問題の科学』(同氏著 藤原書店)をご参照されたし。

12月23日

「心の垣根」と「親和力(しんなりょく)」。
いずれも先頃読了した『逝きし世の面影』(渡辺京二・著 葦書房)で、こころにストンと落ちたことば。共同体の解体が進んでしまった今となっては、心の垣根の低さ、つまり、他者を隔てない、人なつこさやおだやかさが、次の共同体の構築に役立つのではないか。
他者とともに生き、他者のために生きる、これを通じて、自分のために生きる、他者と親和する力が、索漠としたグローバリズムが席巻する世には必要だ。

12月17日

花園大学でご一緒している黒田裕子さん(阪神高齢者・障害者支援ネットワーク)から言葉をいただいた。

人生の 旅の荷物は 夢ひとつ

学生への贈る言葉だが、それに限定することはない